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第五話『命の沙汰は時次第』 5

 トワはその目をあり得ないほどに丸く見開き、凍り付いた箱の蓋を震える手で開けようとしていた。


「こ、この箱って、まさか」

「し、知っているんですか、トワさん!」


 私は慌てて、その手から箱を受け取って簡単な処置をする。炙るように火にかざし、数回ハンマーで箱を叩くと、あまり分厚くはなかった氷はパラパラと崩れ落ちた。と、それと同時に横から伸びてきた華奢な手がその箱の蓋を持って行く。


「や、やっぱり」


 中身を確認すると、少女は硝子細工を扱うように慎重な手つきでそれを机の上に置き直す。それで、私にもその中身を確認することが出来た。

 白いスポンジが細長い形に中央部を切り抜かれ、その中に入っていたのは……万年筆だ。

 しかし、私が先ほど見たものとは、明らかに異なっている。器物としての“格”とでも呼ぶべきものが、私にも一目で感じられた。

 紡錘形をした黒色は、その全体を氷に覆われて尚、その光を全て吸い込んでしまいそうなほどの存在感を褪せさせてはいなかった。数か所に走った細かな傷から覗く中身は、この万年の強靭さと、歩んできた歴史の重厚さを感じさせる。

 私は何も言わずに、リュックから眼鏡拭きの布を取り出して、それでペン全体を覆うようにしてキャップを取り外した。傷も汚れも付けぬように、細心の注意を払って。

 姿を現したのは、まるで一点に向かって吸い込まれてゆくような形状をした、金色を基調としたペン先だ。中央には一回り小さく、銀か、或いは白金を素材としている装飾が施されていた。光の輝き、というものを形にしたらこうなるのだろう。私はその姿に、畏れすら感じさせられたのだ。

 向かい側で、私と同じように固まっていた少女が、重たい口を開く。


「間違い、ありません……これこそ『モンテ・ビアンコ』の誇る最高の万年筆、マスタリーシュテュックシリーズの149……」


 趣味の品には疎い私にも、これが噂に違わぬほどの高級品であろうことは分かった。


「しかも、シュユさんが使っていたもの、ですね」


 そして、持ち主の“思い”が籠ったものであろう、ということも。

 私は、暗黒色の筒と輝くペン先の対比を感動の念と共に眺めながら、しかし俗っぽいことを口に出さずにもいられなかった。


「……これ、いくらくらいするんでしょうね」

「本体のみだと、十万円弱かと」

「じゅうまっ……!」


 私は慌てて、しかし決して万年筆を損なわぬようにそれを元のスポンジの中に安置し、蓋をする。

 少女の口から小さく悲しげな声が漏れた、気がした。


“その“思い”の価値は、いくらになるだろうか?”

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