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第四話『祇園精舎の鐘を鳴らせ』 4

「……トワさん、何枚撮るつもりですか」

「メモリの限りです」


 少女は昨日渡したばかりのカメラを、宣言の通りに今にもメモリが無くなるのではないかと思われるほどに使っていた。

 家があれば向け、人が居れば向け、何もなくとも向ける。まるであらゆる物を初めて見たかのように――

 いや、彼女にとっては、そうなのだろう。


「まあ、構いませんが……メモリ一杯になったら、きちんと整理してくださいね」

「分かっています」


 そう伝える私の顔にレンズを向けるトワ。どうやらかなり浮足立っているようだ。


「もうすぐ《箱舟》ですよ。私は依頼を報告してきます」

「分かりました」


 行きに比べて格段に重たくなってしまった鞄を持ち直し、私は屋根裏部屋に続く梯子にトワを案内する。そのままカメラとランタンを持って上がっていこうとするトワに、


「あ、少し待ってください」


 私は呼び止めるために声をかけた。


「何ですか?」

「いえ、一度カメラを見せてもらいたいなと思って」


 彼女は特に何かを言うこともなくカメラを渡してきた。私は記憶領域から、過去の写真を閲覧していく。

 トワが撮ったものと思われる数多の凍った風景の先に、先日私が撮影した二枚があり、さらにその先まで遡る。そこに映し出された写真は、


「これは……」


 屈託のない笑みを浮かべる、父と子の姿があった。

 世界が、”変わらない世界”に変わってしまっても、確かに変わらないものがあった。



「今帰りました」


 開いたままになっている《箱舟》の玄関を潜ると同時に、見覚えのある人影が飛び出してきた。


「セツナ兄ちゃん!」


 今回の依頼人、皐月シュン。どうやら朝から私の帰りを待っていたらしい。

 不安と期待が入り混じった目で、真っ直ぐに私を見上げてくる。


「シュン君。安心してください、本は無事に見つけてきました」


 全身で喜びを表現する少年をひとまず落ち着かせて、私は応接室に場所を移した。

 床に置かれたランタンを倒さないように注意して歩いてから、赤いソファーに向かい合わせに腰かける。上から、何かの視線を感じた。

 気を引き締める私に構わず、シュンは問いかけてくる。


「それで、それで、どんな本だったんだ!?」

「今回依頼された、『お父さんの本』は、こちらです」


 私は抱えていた袋から、一冊の本を取り出す。それは、赤い本だった。


「ああ、これだよこれ! 『にゅう てすためんと』って奴! いやあ、流石セツナ兄ちゃんだな!」


 どうやら、依頼されたものはこれで間違っていなかったようだ。


「なあなあ、中、中見ていいか!?」

「勿論。だってそれは……」


 私はそこで一旦言葉を区切り、少しだけ声を落として呟く。

 語り掛けるように。


「”あなたのお父さんの”本ですから」


 依頼人に見えるように本の向きを変えてから、その本のページを開く。

 対面に座る少年の顔が、困惑を浮かべるものに変わった。


「……なんだこれ?」


 そこにあったのは、まるで生き物のように連なったラテン語と漢字の列だった。

 持ち主が居なくなった今、それは異物として私たちの眼前に現れた。

 少年の絶望を伴って。


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