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第三話『クロノスは氷の神であったか』 2

 二人で梯子を下り、《箱舟》から降り立つ。

 私達は、冷たい、凍った大地へと歩みを進めた。



 出たばかりの太陽の光が、表面的に大地を撫でている。私は鞄から手帳を取り出して、最初のページに書かれた正の文字に一画足した。

 街が凍ってから、欠かさずに付けている備忘録だ。

 傍らの少女が、もの言いたげな目でこちらを一瞥してから、白い息をひとつ吐いた。


「依頼人は――」


 こちらに視線を戻すことはなく、トワが声を発する。

 彼女の方から何かを言ってくるのは、あまり多くはないことだった。


「何故、聖書を必要としているのでしょう」

「何故、って?」

「神を信じていないのに関わらず、そんなものを……」


 私は、あの少年の顔を、言葉を思い出していた。


『信じてないけど……読んでおきたいんだ』 


「信じていないからこそ、かもしれませんよ」

「……そういうもの、でしょうか。よく分かりません」


 この世界に神はいるのだろうか、とふと考えた。

 美しく残酷なこの街の風景を作り出した、神がここにいたとしたら、大層満足げな顔でこの街を見下ろしているのだろう。

 ふと見ると、買い物かごを腕に提げた女性とその子供なのだろう少年が、互いに幸せそうな笑顔を向け合っていた。それを見たトワが言う。


「あの二人は、“永遠”に幸せでいられるんです」


 そんな神はきっと、少女のような顔をしている。

 私は、凍てついた十字架を仰いでため息をついた。


「着きましたよ」



「もう少し、左にお願いします」

「分かり……ました」


 少女が慣れない手つきで差し出すランタンの火と共に、ハンマーを振るう。重厚な木製の扉が、徐々にその内に秘めていた歴史を取り戻していく感覚が手に伝わってきた。


「日が暮れるまでには、中に入れそうですね……」


 私が呟く横で、少女は無表情のまま、揺らめく炎をじっと見つめていた。

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