92 次の目的地
モンスター襲撃からいくらか日にちが過ぎ、街は完璧に元通りになった。怪我人も、組合に貼り出されていた求人クエストで病院に行き、そこで悠一とユリスが魔法を使って治している。錬金魔法は医学知識があれば治療にも使えるので、再構築魔法をそう偽って傷跡も残さないように治した。
ユリスも光属性上級回復魔法を使い、同じく傷跡を残さず治した。シルヴィアも一緒にクエストに来ており、回復魔法は使えないので医者の手伝いなどをしていた。もちろんここでも、二人は明るく可愛いので男性人気が凄かった。なので、その日一日だけだと分かった途端に、悲しそうな顔をしていた。
そんなに落ち込むことなのだろうかと思ったが、彼らの気持ちはすぐに分かった。二人みたいな美少女に怪我を見て貰ったり、優しくしてもらったりすれば、なるほど確かにその日だけだと分かったら寂しいだろう。悠一も思春期男子なので、全てとは言わないが病院にいた男性の怪我人たちの気持ちが分かった。
討伐クエストだけでなく、そういった求人クエストを受けるのも中々面白いということが分かり、予定より長く街に滞在することになってしまった。海洋都市ヴェラトージュには、思っている以上に面白いことがたくさんあったのだ。まだその全部を回り切っていない。
しかし、流石にずっとこの街にいる訳には行かないので、まだ少し先の話になるが次の目的地を話し合うことにした。なので午前中はクエストを受けず、午後から組合に行ってクエストを探すつもりだ。
「それで、二人はどこに行きたい?」
「ボクは庭園都市リースフェルトに行きたいです」
「私は魔法都市アーデルハイツがいいと思います」
まさかここで見事に、意見が別れてしまった。二人が行きたいと言っている街は、今いる場所からは大分離れている。というのも、そこに行くにはどっちにしろ船を使う必要がある。だが距離的に言えば、どっちもそう変わらないのだ。
庭園都市リースフェルトも魔法都市アーデルハイツも、船で行くとしたら約十日。違いは、数時間程度しかない。その数時間程度の差を入れると、一番近いのは魔法都市だ。しかし街の規模や観光h氏の多さで言えば、庭園都市の方が多い。
はっきり言えばどちらにも興味があるのだが、行くとしたらどちらかにしなければいけない。一度どちらかに行けば、一度海洋都市に戻って来てからもう片方に行くしかない。それだと、お金については何の問題も無いが、時間を多く使ってしまう。別に時間も有り余っているので、こちらも全然大丈夫なのだが。
ただ移動が船になるので、船に慣れていない二人はそれで酔ってしまう。悠一も軽く酔うだろうけれど、二人は悠一の比ではない。それを考えると、数時間の差で早い魔法都市アーデルハイツの方がいい。しかし庭園都市リースフェルトも捨て難い。ここに来て行先に悩むことになるとは、思っていなかった。
「次の街については追々話すとして、今日はどうする? また求人クエストでも受ける?」
「そろそろ討伐クエストを受けた方がいいと思います」
「ボクも同じです。他の冒険者たちは、もう既にモンスターを倒しに行っていますし」
「そうだな。……よし、じゃあ討伐クエストを受けに行くか」
どんなタイプのクエストを受けるかを決めた後、宿屋の食堂で朝食を食べて出された紅茶を飲む。その間シルヴィアとユリスが庭園都市化魔法都市どちらがいいかを話し合っており、合間合間に悠一にも意見を聞いてきた。
悠一もどっちも気になるので行きたい方でいいと言ったのだが、それだと決まらないと言われ割と本気で悩んだ。結局観光スポットの多い、庭園都市リースフェルトの方が色々と見て回れそうだと思い、そちらに行くことにした。
シルヴィアは少ししょんぼりしたが、庭園都市から時間は掛かるが陸からでも行ける道があるので、その次にそちらに行くと伝えた。それを伝えるとパッと表情を明るくし、庭園都市の次は魔法都市に行くと約束した。
とりあえず次の目的地が決まったので三人は宿屋から出て、組合に向かって行く。街は既に人でごった返しており、あちこちで商品の宣伝をしている。中には少し変な宣伝をしている店もあるが、そこは無視する。
少し歩いて組合に到着した三人は、早速三階に上がっていく。BとAランクのクエストが貼り出されているその階は、一番下よりかは少ないがそれでも多くの冒険者が集まっている。一個上の四階は、ここよりも人が少ないだろう。
Sランク以上ともなると、それは精鋭に等しい。Aランクは一個中隊を相手に出来るが、一番低いSランクで一個大隊を相手に出来、一番上のSSSランクは、国の全勢力と戦っても勝てる。AとSに大きな差があるように、SとSSランク、SSとSSSランクにも大きな壁がある。
それを思うと、モンスターの襲撃は全上級冒険者ではなく、全Sランク以上の冒険者だけでも対処できたのではないかと思う。しかしそうしなかったのは、それだと後になって組合に文句を言いに来ることを考慮したからだろう。実際はどうなのかは分からないが。
四階はどうなっているんだろうなと思いながらクエスト掲示板を眺め、何かいいクエストは無いかを探す。やはりと言うべきか、まだ求人クエストの方が多い。どれも飲食店の手伝いや、人手が足りなくなっているので衛兵たちと一緒に街を見回りしてほしいといった物や、中には口にするのを憚られる店で働いてほしいといった物もあった。
そんな物まで出すんだなと少し驚きながら掲示板を眺めていき、森の方のよさそうな討伐クエストを発見する。それは森に出現するようになった、ブラッディケルウスを討伐して来いという物だった。ブラッディケルウスはAランクモンスターに指定されており、見た目は鹿なのだが全身血のように紅く、角が真っ黒なのが特徴だ。
性格は非常に獰猛で、視界に生物が映り込んだらそれを自分の角で突き刺して殺すまで、追い掛け続けてくる。逃げても逃げても、体が大きくその分体力もあるので、二時間以上ぶっ続けで走らないと逃げ切れない。
なので悠一たちと同じように、危険を承知で一個上のAランククエストを受けたBランク冒険者や、上がったばかりのAランク冒険者が命を落とす、その二割程度がブラッディケルウスによるものだ。そのことは図鑑にはっきりと記されているが、三人にとっては問題ないことだ。
悠一は持ち前の速さで逃げ切れるし、逃げなくても剣も魔法も使える。シルヴィアとユリスも、威力は多少落ちるが詠唱を破棄することが出来るので、突進して間合いを詰め込む前に魔法を放てば倒せる。なので三人にとって、ブラッディケルウスは大した脅威ではないかもしれないのだ。まだ戦ったことは無いので、はっきりとそう言えないが。
「ユリスはこれと戦ったことある?」
とりあえずもしかしたら実戦経験があるかもしれないユリスに、依頼書を指さしながらそう訊いてみる。するとそれを見たユリスは、少し顔を引き攣らせた。どうやらあるようだ。
「……一度だけあります。ユウイチさんは図鑑を読んで内容を覚えているので、どんなモンスターかは知っていますよね?」
「凄く面倒なモンスターなんだろ?」
「はい。初めてそれと戦おうとした時、いきなり雄叫びを上げて猛突進して来たんです。慌てて魔法を放って反撃しようとしたんですけど、全部躱してきて……。それでボク、怖くなって身体強化掛けて走って逃げだしたんです……」
「そんなに怖かったのか」
「でもブラッディケルウスは、逃げても逃げてもずっと追いかけ続けて来て、身体強化を掛けているとはいえ体力はあまりないので、すぐにバテて来て……。それで、一先ず木の上に逃げたんです。けど、ブラッディケルウスは木に突進して揺らして、ボクを落とそうとしてきたんです……」
一体どれだけ執着していたのだろうかと、この時悠一は思った。悠一だったら躱しながら攻撃を叩き込んで、少しずつ削って行くだろうけれど、それは近接戦が得意な剣士だから。ユリスは魔法使いなので、魔法を使うとしたらどうしても詠唱が必要になってくる。
ユリスは今は出来るが、その前は動きながら魔法の詠唱を唱えるということは出来なかった。なので攻撃を躱しながら、自分から攻撃を仕掛けるということをしなかった理由は、言われなくても理解した。
「何とか木から落ちずに詠唱を唱えて、魔法を放って倒せたんですけど……。他にもあと十四体同じモンスターを倒さなければいけないと思ったら怖くなって……。それが初めて、途中でリタイアしたクエストでした……」
「ユリスでもリタイアはするんだな」
「そりゃしますよ! ボクだって女の子なんですし、怖い物は怖いんです! 特にゴースト系モンスターや本物のお化けは!」
そう口にした瞬間、何かを思い出したのか顔を青くする。ゴースト、言ってしまえばある程度実態はあるお化けみたいなモンスターだ。見た目はほぼお化けなので、大体の女性は嫌っている。シルヴィアとユリスもその嫌っている女性で、ユリスは何か嫌な思い出があるのだろう。
少し気になるが、本人が顔を真っ青にするほどなので、よほど嫌いなのが伺える。そういう悠一も、実はホラー系はあまり得意ではない。小さい頃は、父親曰くまだ三歳だった悠一を一人で留守番させて出掛けて、帰ってきたら誰もいないはずなのに誰かと話していたという。
それで誰と話していたのだと質問したら、和室にある仏壇の写真を指差した。それは既に亡くなっている、祖母の写真だった。つまり三歳の悠一は、両親が出掛けている間、家にいたのであろう祖母の霊と話していたということになる。その話しを聞いた時、本当に自分がそんなことをしていたのかを、信じられなかった。
小さい子供は、皆まだ純粋無垢なのでそういったのが見えるのかもしれないと、悠一の父親は笑いながら話していた。それを聞いた悠一にとっては、笑い事ではなかったが。
「ゴースト系モンスターを倒せっていうクエストは受けないから安心しな。……本物の心霊現象は、どうしようもないけど」
「心霊現象とか言わないでください! その言葉だけで、怖くなっちゃいます!」
「いくらなんでも怖がり過ぎない?」
そう言いながらブラッディケルウスの討伐の依頼書を掲示板から剝し取り、カウンターに持っていく。そしてそれを受注して、三人は手早く終わらせる為にすぐに組合から出ていった。




