8 固有魔法
「新人の癖に、中々やるじゃないか……」
「あんたが弱いだけなんじゃないのか?」
「ほざけ!」
アルバートはその場から立ち上がって猛スピードで突進してくるが、剣の間合いに入り込む数瞬前に悠一の背後から魔法が飛んできた。突然のことではあったがアルバートは急停止して、飛んできた魔法を両手にある剣で切り伏せる。二刀流であるが故に、攻撃速度が速い。
「二体一は卑怯なんじゃないか?」
「ふっつーに不意打ちしてきたお前が言うな」
微粒子を大量に集めて無数の氷の槍を構築し、それを一斉に放つ。しかしアルバートは炎中級魔法を放ち、氷の槍を溶かす。
してやったりと口角を上げるが、溶けて出来た水に熱エネルギーを生成し、急激に熱することで水蒸気爆発を起こす。威力は大分低いが近距離でそれを喰らったアルバートは吹き飛ばされて、地面を数回転がる。
腕の筋力だけで跳び上がり体勢を立て直そうとするが、立ち上がった直後に跳んできた鋼の槍に目を見開き、ギリギリのところで躱した。
「ふぅ……、今のは少し危なかった……」
「躱されたか……」
躊躇いもなく頭を狙ってきたのでアルバートは内心冷や汗を搔きつつも、双剣を構える。悠一はなるべく人は殺したくないという考えは持っているが、仲間に手を出すような輩には一切容赦はしない。
シルヴィアもまだ一週間程度だが一緒に行動してきて背中を任せられる大切な仲間なので、体目的で手を出そうとしているアルバートには、出し惜しみせず全力で戦うつもりでいる。現に氷の槍ではなく、鋼の槍を構築している。
双剣を構えて素早い動きで次々と繰り出されてくる攻撃を全て刀だけで受け流し、合間合間に反撃を繰り出す。アルバートもそれに反応はするが、体が間に合わず少しずつ体に傷が刻まれて行く。
次第に焦り始め、至近距離で風魔法を放って無理矢理悠一を後ろに吹き飛ばした。吹き飛ばされた悠一は、空中に足場を作り出してそれを踏んで地面に着地して、刀身に纏わりついている炎を斬撃として飛ばす。
アルバートは炎中級魔法を放って相殺するが、肩を上下させて息が上がっている。新人だとタカを括っていたため、ちゃんとした準備もせずにいたのが災いした。
「はは……、まさかここまで強いとは思ってもいなかったよ……」
完全にただの新人だと思い込み、油断していた。剣には自信があったアルバートだが、悠一はその遥か上を行っているし、魔法だってまだどんな物を使うのかはっきりと分かっている訳ではない。
しっかり下調べをして準備をするべきだったと、過去の自分を悔いた。しかし過去を悔いても今の状況が変化する訳ではないので、両手に持っている剣の柄を握り直して構える。
悠一は剣先をかなり高めに正眼に構えて、少しずつ間合いを詰めていた。すると足元に大きな魔法陣が現れ、莫大な魔力が放出される。これはアルバートが仕掛けた罠で、彼は掛かったと愉悦の表情を浮かべた。
しかし、魔法が発動する前に魔力が霧散し、魔法陣が消滅した。
「…………は?」
魔法が発動しなかったので、アルバートは目を見開いて間抜けな声を上げる。設置してあった魔法は、彼の持つ最大火力の物だ。それがもう魔法陣として現れた時点で、勝ちを確定していた。
しかし、あと少しで発動するはずだった魔法が、突然霧散してしまった。それも、組んだ術式ごとだ。それなりに長い間冒険者としてやってきたアルバートだが、こんなことは見たことも聞いたこともない。
「一体どうして……」
「それが俺の魔法の一部の能力だからだ」
いつの間にか間合いを詰め込んでいた悠一に両足の腱を斬られ、地面に倒れる。
「お前の、魔法だと……?」
「あぁ。俺の魔法の能力は、分解と再構築だけだ。俺はこれにしか適性が無いが、空気中にある微粒子を集めて構築させれば、炎や雷といった特定な形を持っていない属性以外は再現出来る。さっきから使っていた氷の槍と、さっき使った鋼の槍も、微粒子から構築した物だ。今のお前の魔法が消えたのは、魔法陣そのものを俺の魔法で分解したからだ」
最早何を言っているのか分からないと言わんばかりに、口をあんぐりと開けて固まっていた。他の属性には一切の適性が無いが、それを補う程の反則的な能力のある魔法を所持している。それは一般的に固有魔法と呼ばれており、本来であれば国の軍に最大戦力として保管されてしまう。
もちろん悠一はそのことを知らないのだが魔法のことはあまり知られたくなかったので、普段から物質を作り替えたり普通の属性魔法の様に氷や地面の操作などを行っている為、錬金魔法と水と氷属性の適性があるとだけ思われていた。
だがシルヴィアは、言われてみれば錬金魔法では説明が付かないことが結構あったなと思い返す。
「バカな……固有魔法所持者だと……!?」
ようやく思考が復活し始めて、信じられないと言った感じでそう喚き散らす。
「固有魔法? ……あぁ、まあそうなるな」
悠一は一瞬何を言っているのか理解出来なかったが、名前のままであると理解すると肯定する。
「バカな……バカなバカなバカな!! 固有魔法使いが、冒険者なはずがない!!」
「いや、普通に冒険者だし」
冒険者カードを取り出して、それをアルバートに見せつける。身分の証明にもなるそのカードを見たアルバートは、驚愕の表情を浮かべる。確かに間違いなく本人であることを示しているが、それでもまだ信じられないのだ。
固有魔法は総じて強力な能力がある。中には、一見弱そうに思えるがかなり強力で厄介な物もある。それと同時に属性魔法ではないのでどれも目立つ物であり、嫌でも噂が耳に入ってくる。しかし悠一は魔法についてはそれほど知られたくなかったので、分解は何度かしてはいるが殆んどは属性魔法に似たような攻撃ばかりしていた。
おかげで魔法については言及されることなく、こうして冒険者をやっていられるのだ。
「う、嘘だ……」
「現実だから受け入れろ。そして、これで終わりだ」
悠一は刀を鞘に納め、握った右手で顔面を殴り気絶させる。すると聞き慣れたレベルアップのファンファーレが、頭の中で鳴った。どうやら人間相手でも、経験値は入るようだ。
しかしさっき確認した時は四分の三を行った程度だったのに、たった一人倒しただけでその分が溜まるとは、随分と経験値が入るのだなと思った。ステータスウィンドウを開いてみると、四分の三はあった経験値が溜まって、更に三分の一溜まっている。しかも、レベルが二も上がって25になっている。
ステータスも二上がっただけだというのに、おかしいくらい跳ね上がっている。明らかにレベル25の域を突破している。だがその分モンスターとの戦いで死ににくくなるので、あまり深く考えないようにする。
とりあえずモンスターの討伐部位の回収を始めることにしたのだが、その最中に目を覚まして逃げられては後々面倒なので、縄を作り出してそれで硬く縛り上げる。それから放置したままのブルーオーガの角の剥ぎ取りを開始する。
剥ぎ取りは十数分掛かったが、アルバートは目を覚ますことは無かった。回収を終えてから二人は街に戻ることにした。アルバートは、悠一が作り出した引き車に乗せられて、ガタガタと揺られることになった。
モンスターと遭遇した時は二人の魔法で瞬殺していき、出来るのであれば討伐部位を回収して行った。そうして歩くこと約一時間、悠一とシルヴィアは組合に戻ってきていた。
「まさかアルバート・ハングバルクを倒してしまうとは……」
クエスト達成報告ついでに縛り上げられて引き車の上に乗せられ、今は目を覚まして必死にもがいているアルバートのことを説明すると、レイナは呆れたように溜め息を吐いた。話によると、アルバートはやはり新人狩りを頻繁に行っており、その被害は数十にも及ぶという。
本当だったらすぐにでも冒険者資格を剝奪するつもりでいたのだが、なまじ上級冒険者である上に隣国の貴族の息子なので、中々そうは出来なかったのだそうだ。なので色々手回しをしていたのだが、悠一たちが先に片付けてしまったのだ。
「アルバートは【葬天】の二つ名持ちでかなり強いはずなのですが……。やはり悠一さんとシルヴィアさんがおかしいのでしょうか?」
実際には悠一の持つ反則的な魔法のおかげなのだが、知られたくはないのでここは黙っておく。
(つか、あの程度で二つ名持ちって……)
二つ名は実力者にのみ与えられるものだと相場が決まっていると思っているので、あの程度の実力で二つ名持ちはあり得ないと考える。しかし周囲にいる冒険者の反応を見る限り、二つ名持ちというのは本当のことなのだろう。
もしかしてこの世界の冒険者の水準は、意外と低いのではないかという考えが脳裏を過った。
「この件に付いては、後程組合から特別報酬が渡されますので、しばらく組合内でお待ちください」
レイナにそう言われて、二人はしばらくの間組合の食堂で時間を潰すことにした。先にブルーオーガ討伐の報酬を受け取ってから、そそくさと食堂に移動する。
今の時間はそれほど混んでいないので、あちこちに空いた席がある。二人は適当に空いた席を選び、そこのテーブル席に腰を掛ける。
「……ユウイチさん、洞窟にいる時に言ったことは本当のことですか?」
席について飲み物を注文してから、シルヴィアがそう口を開いた。きっと魔法のことなのである。
「あぁ、本当のことだよ。俺の魔法は分解と再構築。それ以外には適性が無い」
最初は羨ましいと思ったりしていたが、特殊過ぎる物でない限り再現は出来るので、今はさほど羨ましく思ってはいない。
「固有魔法……、噂では強力な物だとは聞いていましたけど、強力どころか反則ですよ……」
「俺もこれが使えるようになってから、本当にそう思ったよ」
転生する際にセリスティーナから特別に貰った能力ではあるが、あの時は軽いノリでそれを頼んでいた。しかしいざ使ってみると、恐ろしく強力である以前に最早反則であった。
何もないところから物質を作り出せるし、その気になれば生物すら分解出来る。その分消費する魔力が大きくなってしまうが、それは仕方がない。
「それじゃあ、悠一さんの使っているカタナ、でしたっけ? あれも魔法で作ったんですか?」
「そうだな。一度属性付与のされている剣を買ってその後に鉄塊に変えて、鋼を生み出してから混ぜ合わせて作ったんだ。付与されている属性も消える可能性もあったけど、そうはならなくて安心したのを今でも覚えているよ」
ほんの一週間前なのだが、自分の使いやすい刀に必死に作り替えようとしていた頃が、少し懐かしく感じてしまう。
「たった二つの金属だけで、あそこまで凄い武器を作り出せるんですね」
「元となった剣の鉄がかなり良質だったからな。おかげでしばらく手入れしなくても、切れ味が落ちない俺だけの武器が出来上がったよ。ちゃんと手入れはしているけど」
いくら切れ味がそう簡単には落ちないとはいえ、ずっと怠っていればすぐにダメになってしまう。特に刀は繊細なので、数日おきに手入れをしなければいけない。悠一も一日おきに手入れをしており、少々やり過ぎ感はあるが、それだけ気に入っているということだ。折れてもすぐに直せるが、なるべくそうしたくはない。
悠一の魔法についての話を終えた後、二人は他愛ない話をしばらく続けて、組合の人に呼ばれて組合長室まで足を運んだ。組合長は髪に白いのが混じり始めてはいるが、それでも体付きはがっしりしており減益と言われても信じる。
その組合長からアルバートを倒してくれたことについての礼を述べられ、特別報酬を受け取った。その報酬は目が飛び出るくらいの莫大な資金と、特別に冒険者ランクをもう一個上げるという物だった。そのおかげで二人は、Eランク冒険者になることが出来た。
Eランク冒険者になってから二人は、今度はDランクのクエストを受けるようになる。Dランクの討伐クエストには強力なモンスターが多く、結構やりがいがあった。