88 突然の襲撃
過ぎ去っていったオブジェクトを見送った三人は、また街をぶらぶらする。途中で目に入った面白そうな露店で何かを購入し、それで一喜一憂する。食べ物で美味いのがあれば、見た目は美味そうなのに物凄く苦かったり、逆にゲテモノっぽい見た目なのにとても美味かったりする。
一回それでまた激辛料理を引き当ててしまい、三人揃って悶絶したりもした。その時はすぐに甘い飲み物などを買って、一気に呷って口直ししたが。そう言ったことがあるから、祭りは面白い。特にこの世界のは、前の世界のよりもユーモアがある。あり過ぎて、どう反応すればいいのか分からないのもあるが。
「はうぅ……。まだお口の中がヒリヒリしますぅ……」
「いくらなんでも辛すぎですよぉ……。ボク、辛いの得意じゃないのに……」
「あれはマジで予想外だった。どんだけ香辛料使ってんだよ……」
少し休憩するためにベンチに腰を掛け、未だ辛さが残ってヒリヒリしているので甘い菓子を買って、それを食べて口直ししている。三人が買ったのは肉団子のような物で、見た目は真っ赤なのだが香ばしい香りでとても美味そうだったのだ。
なのでそれが辛い物だと疑わず、一口で食べてしまい、予想以上の辛さに悶絶した。中学の時に学校の友人が持ってきていた、超激辛のチョコレートを食べた時と同じかそれ以上だった。あの時のは見た目が完全にチョコレートだったので、見た目に騙されて一個丸々一気に食べてしまった。
今回のは一個で三つだったので、一つずつ分けて食べたが、もし分けずに三人分購入していたらと思うと、少しげんなりする。購入する前にちゃんと確認しておけばよかったと、若干後悔する。後から来た風味が良かったので、文句を言いたくても言えないが。
「人は見掛けによらないって言うけど、意外と食べ物にも当て嵌まるんだな……」
「止めてくださいよ……」
辛い物がダメで一番口直しのお菓子を食べているユリスが、少し涙目になってそう言う。この三人の中で一番の甘党で、それと同時に一番辛い物がダメであることが、つい先ほど発覚している。それに、意外にもよく食べる。
それでもウェストが細くくびれているので、食べた分の栄養が出っ張るところに行き渡っているのだろう。ちゃんとその分運動もしているだろうけれど。悠一もかなり食べるタイプだが、それは常に体を動かして戦うタイプなので、多く摂取していないと力が出ないし体が持たないからだ。
前の世界でも体調を崩さないようによく食べ、よく運動して、よく寝ていた。高校に入ってからは、勉強が大変になり睡眠時間が多少削られたが。こっちに来てからは、また元の生活リズムに戻って行ったが。時々中々眠れなくなる時があるが、それは悠一にとっては仕方のないことだ。
「それにしても、祭りってのはやっぱり楽しいな」
「そうですね。色んなお店が出て、色んな美味しい食べ物もあって。人が多くて進み辛いっていうのもありますけど、それでも楽しいです」
「ボクもです。村のお祭りはこんなに大規模じゃなかったので、ここのは少し疲れましたけど、とても楽しいです。他にも、どんなお店があるのか、気になってしまいます」
祭りの時は共通して人が凄まじく多く、よくぶつかったりする。だがそれは仕方のないことだ。祭りの時はそれが当たり前だし、そんなのを気にしていたら楽しむことが出来ない。祭りは、楽しんでこそだ。
口直し用に買った甘いお菓子を食べ終えた後、三人はベンチから立ち上がり、また歩き回る。食べ物はたくさん食べたので程よく腹が膨れたため、食べ物を売っている店は回らなかったが、代わりにくじ引きや射的など、そういった物を遊んで楽しんだ。
あちこちを歩き回っていると、またパレードをやっている大通りの方にやって来た。まだ終わっていないらしく、オブジェクトは進んでいる。相変わらず多くの人が集まっていて、歓声を上げている。だが三人は特に興味が無かったため、パレードは見ずに別の所に行く。
街の広場に行ってみると、そこでは一人の剣士が木刀を持って挑戦者と戦っていた。挑戦者の若い男性は動きは悪くないが、挑戦を受けている剣士の方が戦い慣れているらしく、軽くあしらっていた。
同じ広場では大道芸人が大道芸を披露していて、そこには小さな子供が集まって見ていた。時折見せる少し大袈裟な失敗を見ては、子供たちは楽しそうに笑っていた。平和だなと思いながらその広場を後にし、他に何か店が無いかを探し始める。
パレードをやっている大通りの向こう側でも何かやっているかもしれないと思い、三人でそちらに行ってみることにする。方向転換して大通りに戻り、まだ全部進み切っていない為通り過ぎるまでそこで待つ。オブジェクトの周りで踊っている踊り子たちの踊りを見ていると、不意にオブジェクトの上に立っている魔法使いたちが何かに反応し、上を見上げる。
何だと思い悠一たちも顔を上げてみると、空に何かが見えた。何だろうと思い索敵魔法を広げてみると、凄まじい魔力を感じ取ることが出来た。それを感じ取ってから三人とも険しい表情になり、悠一は遠距離視認魔法を発動し、それが何なのかを見てみる。
それは見た感じ、烏のように黒い鳥だった。ただ、明らかに普通の烏ではないのが分かるほど、巨大だ。あのモンスターは、図鑑で見たことがある。インフェロスコルニクスという、Aランクモンスターだ。生えている羽は鋼のように硬く、それを利用して攻撃してくる。
非常に獰猛で危険なモンスターな為、AランクからSランク冒険者はあまり手を出さないモンスターだ。悠一たちもまだ戦ったことのないモンスターだ。
「っ!?」
「な、なんですか!?」
どうしてあれが街の上を飛んでいるのだろうと思っていると、少し離れた場所から凄まじい衝撃音が響いた。そちらを振り返ってみると、そこにはBランクモンスターであるミノタウロスがいた。右手には岩か何かを削って作ったのであろう斧が握られており、口の端からは涎が滴っている。
「ブモォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ミノタウロスは口を大きく開けて、ビリビリと咆哮を上げる。あまりの声の大きさに、悠一はつい耳を塞いでしまう。ミノタウロスが咆哮を上げると、あちこちから鈍い衝撃音や同じような方向が聞こえて来た。他にもモンスターが降って来たのだろう。
『う、うわぁぁぁあああああああああああああああ!!』
大通りにいた一般人たちは、一斉に蜘蛛の子を散らすかのように走り去っていく。一方でオブジェクトの上にいた、ラグナロクの討伐隊に加わっていた人たちはすぐに地面に降り、それぞれに武器を構えてモンスターたちに立ち向かい始める。
「シルヴィア、ユリス! 君たちの杖と俺の刀を持ってきてくれ!」
「分かりました! 悠一さんは!?」
「俺は魔法で刀を作って、瞬爛を持ってきてくれるまでそれで戦う。なるべく急いでくれ!」
「「はい!」」
そう指示を出すと二人は身体強化を掛けて、すかさず宿屋に向かって走って行く。二人を見送った悠一は炭素の豊富に含ませた刀を作り、炭素を強く結合させて強度を底上げする。当然属性は無いが、別に大丈夫だ。
構築した刀を脇に構えて、暴れているミノタウロスの所まで走って行く。他の冒険者たちが応戦しているが、どういう訳か攻め切れていない。どういうことだろうと思っていると、背筋が凍るほどの殺気を感じ左に跳躍する。
直後、岩の大剣を持ったフォモールというモンスターが上からやって来て、その手に持っている大剣を振り下ろした。地面は大きく抉れ、躱してよかったと安心するが、すぐに気を引き締めて正眼に構える。
フォモールは鼻息を荒くして地面に減り込んでる大剣を引き抜き、雄叫びを上げて突進してくる。悠一も地面を強く蹴って突進していき、刀を右から薙ぐ。だがギリギリのところでフォモールが大剣で防ぎ、空いている左腕を大きく振り上げて攻撃してくる。
悠一はあえて躱さず身体強化を最大まで掛けて、振り下ろされてくる腕を刀の柄から離した右腕で受け止める。地面に大きな亀裂が入ったが、体勢は崩さずに済んだ。そしてお返しだと言わんばかりに【白雷】を発動し、フォモールに当てる。
「ブルァ!?」
電流が流れ込んできたのを感じたフォモールは、急いで腕を離して少しだけ後退する。その隙を見逃さず、【縮地】を使って接近しその勢いのまま首を斬り落とす。切れ味が高くなっている為、あまり力を入れなくても斬り落とせた。
予想以上に切れ味が良かったのでそのことに少し驚きつつ、次のモンスターを倒すために索敵魔法を広げる。レベルが上がり保有魔力量が大幅に上昇しているので、索敵出来る範囲もその分増えている。索敵を広げて探っていると、かなりの数のモンスターがいることが分かった。
数は次々と減って行っているけれど、それでもまだ数が多い。一体何体いるんだろうと思っていると、二つの大きな魔力が速く移動していて、次々とモンスターを倒して行っているのの気付いた。宿屋について、自分たちの杖と悠一の刀を以って、走りながらモンスターを魔法で倒して行っているのであろう。
二人共【詠唱破棄】のスキルを手にしているので、詠唱をしなくなった分発動速度が上がっている。悠一も二人と合流するために走り出し、向かっている方向にいるモンスターを魔法で吹き飛ばし刀で斬り伏せていく。
走っていると一か所に複数のモンスターが円状に集中しており、その内側には逃げ遅れてしまったのであろう一般人がいた。マズいと思い【白雷】を発動し、同時に【縮地】を使って接近する。【白雷】は魔法のように放って攻撃したり、操作して凝縮したり纏わせたりすること可能なスキルで、発動中は素早さと力が爆発的に上昇する。
使い慣れていないと、一定時間使用し続けると体に負担が掛かってしまうが、短い時間だけだと負担が掛からない。悠一はまだ使い慣れていないので長く持たせても大体五分が限界だが、今はそんなにいらない。ほんの一瞬だけ発動し、【縮地】で接近してモンスターをその素早さを駆使して一気に斬り伏せる。
「早くここから離れて!」
モンスターに囲まれていた人たちにそう言い放ち、足音を立てながら走って来ているミノタウロスを、刀に集中させた【白雷】を斬撃として放ち、両断する。助けられた一般人たちはすぐにその場から逃げ出し、安全な場所に向かって行く。
「ユウイチさん!」
何故かここにいるエキセントリックエイプを水素爆発で消し飛ばし、左から接近してきたサイクロプスを斬り伏せたところで、自分を呼ぶ声が聞こえて来た。振り返るとそこには、少しだけ息を乱しながら杖を持ったシルヴィアと、悠一の刀を抱き抱えるように持っているユリスがいた。
「持ってきたか。ありがとうな」
「いえ、これくらいは。ユウイチさんは、大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ない。君たちは?」
右手に持っている刀を分解し、ユリスが渡して来た瞬爛を受け取って左腰に差して、そう訊ねる
「私たちも問題ないです。でも、いくらなんでもモンスターの数が多過ぎです」
空から降ってくる気配はないのでもう増えないだろうけれど、それでもこの数は多い。一体どうして、モンスターが街を襲撃して来たのかを考え始めると、どこかから警鐘が鳴り響いてきた。
『海洋都市にいる全上級冒険者たちに、緊急防衛クエストが発令しました。全上級冒険者たちは、現時刻を以って海洋都市緊急防衛戦に参加してもらい、街に侵入してきたモンスターを殲滅していただきます。繰り返します……』
どういう原理なのか、脳内に直接声が聞こえて来た。けど今はそれに驚いている場合ではない。
「緊急防衛戦……」
「相当な数のモンスターが入り込んでいるからな。発令して当然だ」
繰り返し脳内に聞こえるその声を聴きながら、悠一は冷静にそう言う。索敵出来る範囲だけでも、数十のモンスターがいる。街全体には、百以上のモンスターがいることだろう。早く倒して行かなければ、この街が危ない。
そう認識し三人は意識を切り替え、とにかく手あたり次第モンスターを倒して行くことにする。




