85 黒ローブの正体
タイトルを変更いたしました。
「異世界チート転生禄」→「白銀の剣聖」となります。これからも応援、よろしくお願いします!
呼びかける声が聞こえ体を揺さぶられる感覚を覚え、悠一は徐々に意識を取り戻していく。ゆっくりと瞼を開けるが、焦点が定まらず視界がぼんやりしている。呼びかけている声もどこか遠く聞こえ、体が殆んど動かない。
「ぐっ……」
右手の指を少しだけ動かすと、それだけで全身に鋭い痛みが奔る。だがその痛みのおかげで、意識が少しずつはっきりとしてくる。なんだか体が、暖かい何かに包まれている感じがする。
次第に焦点が定まりはっきりと見えるようになると、そこには大粒の涙をボロボロと零しながら、体を揺すりながら呼び掛けているシルヴィアと光魔法で治療をしているユリスが映った。暖かいと感じているのは、ユリスの回復魔法の効果だろう。とても心地が良い。
「ユウイチさん!」
「シル……ヴィア、ユリス……」
声を発するだけでも激痛が走る。自身の体をよく見てみると、白いローブの所々に血が滲んでいる。そして滲んでいる場所が、ジンジンと痛みを発している。限界を超えた身体強化と、白い雷による同時強化の副作用だろう。体中の激痛も、そのせいだと納得する。
とりあえず痛みを我慢して、体を起こそうとするが思うように動かない。
「無理はしないでください。魔力が完全に底をついていますし、あちこちに怪我を負っていますから。まだ動かない方がいいです」
「そういう訳には……うぐっ……!」
腕に力を入れて起き上がらせようとして、激しい痛みが体中を奔る。確かに動かない方がいいかもしれないが、いつまでもこの森の中にいる訳には行かない。この森には当然だが、モンスターが多く生息している。
そんな場所でいつまでも油を売っている暇はない。三人はもう魔力も残り少なく、まともに戦える状態ではない。特に悠一は、体をまともに動かすことすらままならない。
「結局、あの黒ローブの男性が何をしたかったのか、分かりませんでしたね……」
せっかく動きを封じて拘束しておいたのに、自分の命を使って炎龍の力を全て解放した。何が目的だったのかを聞き出すつもりでいたのだが、全て水の泡となってしまった。
だが今一番優先するべきことは、この森から離れることだ。ユリスがずっと回復魔法を掛け続けてくれたおかげで、少しだけだが痛みが和らいでいる。それでも歩くのはまだ辛いが、さっきよりはある程度マシだ。
シルヴィアから念のためにと魔力回復薬を一個貰い、中身を全部飲み干す。大気中の魔力が集まって来て、それが自分の魔力へと変換されて蓄積される。倦怠感と疲労感は無くならなかったが、こちらもさっきよりも全然マシになった。
その後でなるべく早くこの森から抜け出すということを二人に伝え、自力では立ち上がることが出来ないのでシルヴィアの肩を借りる。女の子に肩を借りて歩くとは、情けないなと悠一は心の中で密かに思った。ユリスは炎龍を倒したという証拠である牙を一本だけ剥ぎ取り、それを鞄の中に入れた。
牙を剥ぎ取った後ユリスが先頭に立ち、索敵出来る範囲まで索敵魔法を広げ、モンスターのいない場所をゆっくり通って行く。びっくりするくらい足手まといになっていると悠一は思い、なんだか申し訳ない気持ちになった。
♢
炎龍を倒してから四時間が経過し、三人はやっと海洋都市ヴェラトージュに戻ってこれた。こんなに遅くなった原因は、殆んどが悠一である。まず自分で歩くことが出来ないのでシルヴィアの肩を借り、ゆっくり歩いていた。
自分で歩けないということは戦うことも出来ないということになり、モンスターのいる場所を避けて森を歩いていた。何度も遠回りをしたので、その分遅くなってしまった。おかげでモンスターとは、一度も遭遇せずに済んだが。
街に着いた三人は、まず真っ先に宿に戻った。ボロボロな悠一を、休める為だ。宿屋に入り、カウンターにいる人から鍵を受け取り二階に上がって悠一に振り当てられた部屋に入る。そしてベッドの上に寝かしつけられる。
可愛い女の子に世話をしてもらえるのは嬉しいには嬉しいのだが、正直かなり恥ずかしいし情けなくなってくる。寝かしつけられた後、ユリスが光上級回復魔法【デウスエンブレイス】を掛ける。柔らかな暖かい光が悠一を包み込み、心地いい感覚に目を細める。
効果が高いのか、本当に少しずつだが痛みが引いて行く。少なかった魔力も、ゆっくり回復していく。【デウスエンブレイス】は怪我の回復はもちろん、失った魔力も回復していく。ただ怪我の治療がメインなので、魔力回復は副次効果だ。
「悪いな、残りの魔力が少ないのに」
「気にしないでください。ボクたちは普段からユウイチさんに守られていますから、これくらいは任せてください」
ユリスはそう言って、笑顔を浮かべる。その健気さを嬉しく思いつつ、その笑顔を見てドキドキと鼓動を速くする。
「ありがとうな、ユリス」
まだ痛むが大分楽になったので、左手でユリスの頭を優しく撫でる。頭を撫でられたユリスは嬉しそうに目を伏せ、ほんのりと頬を紅潮させる。すると、いつの間にか部屋の外に出ていたのか、シルヴィアが扉を開けて入って来た。
その手には少し大きな桶と手拭いがあった。
「ユリス、それは?」
回復する速度が遅くなり始めたところでユリスは魔法を中断し、シルヴィアに問いかける。
「ユウイチさんの体が大分熱を持っていたから、少し楽にさせようと思って持ってきたの」
シルヴィアはずっと悠一に肩を貸していた。その間当然体が密着する。ずっとドキドキしっぱなしだったが、その時悠一の体が熱を持っていることに気付いた。本人もそれに気付いている。
なのでシルヴィアはユリスが回復魔法を掛けている間に一階に降りて、宿屋の人に頼んで冷たい水と手拭いを用意してもらったのだ。シルヴィアは桶を床に置いて手拭いを冷たい水に浸し、よく絞ってから悠一の額の上に載せる。
結構冷たいが、熱を持っている体には非常に心地よかった。あと少し休めば、普通に動くことくらいは出来るだろう。
「あと少ししたら三人で組合に行くか」
「そんな無理をしなくても、明日でも大丈夫じゃないですか?」
「いや、報告は早い方がいい。もう少し休めば動けるようになるし、心配しなくても大丈夫だよ」
とは言っても、痛み自体は完全には引かないだろうけれど。かなり治まったとはいえ、まだ節々が痛い。それと、今は大丈夫だろうけれど明日になったら筋肉痛が酷そうだ。流石に疲れたので、明日は休みにするつもりだが。
ある程度体の熱が引くまで、三人は雑談をした。今日あの森の中であった黒ローブの男が、一体何をしようとしていたのか、どうやって炎龍を使役出来たのかを推測し合ったり、分解せずにそのまま放置した炎龍の死体についてはどうしようかなど、色々話し合った。
十分に一回二人が手拭いを冷たい水に浸し、それを額に載せていた。それを繰り返しながら話している内に、熱が大分引いてきた。全然痛むが日常生活には問題ない程度なので、上体を起こす。
「もういいんですか?」
「あぁ、大丈夫。じゃあ組合に行こうか」
そう言ってから悠一は軽く伸びをして、三人揃って部屋から出る。関節などが痛いので、ややぎこちない歩き方になっているが、それは仕方がないことだろう。一階に降りて宿屋から出て、外を歩いて行く。
朝とは違って人がごった返しており、街の至る所で露店が開いて大きな声で宣伝している。中には何を言っているのか意味不明な露店もあったが、そこは気にせずスルーする。
今日は一般人などにとっては休日みたいで、若いカップルなどが手を繋いだり腕を組んだり楽しそうに歩いているのをよく見かける。中には家かどこかで水着に着替えたのか、水着に上にパーカーか何かを着て海に向かって走って行く姿も見受けられる。
もしあの森で炎龍を倒し切れず、逆に自分たちが倒されていたら、こんな平和な光景は見られなかった。結果的に多くの人を守ることが出来てよかったと、心の底から思った。そうして歩くこと約十分、三人はお冒険者組合に着いた。
こちらも朝とは違い人が多く集まっている。まだ昼だというのに、酒場ではお酒を飲んでどんちゃん騒ぎをしている人たちがいる。よくも昼から飲んでいられるなと苦笑し、三階まで上がっていく。
「あ、お帰りなさい、ユウイチさん」
「報告しに来ました、エルザさん」
クエストカウンターに立っている受付の女性エルザが、三人の姿を見てそう言う。
「調査の方はどうでした?」
「モンスターが多かった理由は、一応突き止めました。それと、もう不自然な大量発生は起きないと思います」
「どういうことですか?」
とりあえず森であった出来事全てを、包み隠さず全て話す。どうやら組合は、モンスターが多くなっている原因として、人為的に増えているという印象を受けていたそうだ。なので黒ローブの男に関して話している時は、あまり驚いた様子ではなかった。
しかし炎龍を召喚したという話になった時から、深刻そうな表情になった。炎龍は一体だけで、国一つを灰にしてしまう程の力を持つ、正真正銘の化け物だ。それが近くの森で召喚されたのだ。そんな表情になるのも、無理はない。
一通り話し終えた後、エルザは大きな溜め息を吐いた。
「また軍国の連中が、魔法王国に不法入国していたのね……」
またというのは、以前あったエルフの森の襲撃のことだろう。あの時のことを思い出し、密かに怒りを募らせる。
「どうして話に出て来た男が、軍国の奴だと?」
「炎龍を従えている魔法使いなんて、片手で数えられる程度しかいません。しかも黒いローブを好んで着ているのは、軍国所属のSSランク冒険者【龍魔】のシャルル・アスラーニュしかいません」
「随分安直な二つ名ですね、そのシャルルっていう魔法使い」
「龍」を従えた「魔法使い」だから、【龍魔】という二つ名なのだろう。そしてSSランク冒険者であるということに、大して驚きはしなかった。それだけの強さがあると、戦ってて分かっていたのだ。
「それにしても、自分の命と引き換えに真の力を解放した炎龍を、たった三人だけで討伐するなんて……」
リオンは目の前に置かれている大きな牙を見て、顔を引き攣らせながらそう呟く。多くの冒険者がいる為大きな声は出していないが、正直かなり驚いている。悠一とシルヴィアが冒険者登録してまだ一ヶ月と少しだけだというのもそうだが、それ以上にまだそれだけしか経過していないのに、SからSSランクに指定されている化け物を倒したという方に驚いている。
「【剣聖】候補は本当、化け物みたいに強い人しかいないんですかねぇ……。レオンハルト君もつい五日前に、海に住み着いた水龍を討伐してきていましたし……」
水龍は炎龍と同じくらい強く、炎龍以上に巨大な龍だ。基本は海にいる害になる魚などを食べているが、稀に何かしらのきっかけで暴れ出すことがある。一度暴れ出すと国が消える可能性がある上に、その周辺の魚が全て食べられてしまう。
そうなると海洋都市は一番利益を出している漁が出来なくなり、不況になってしまう。そうなったら大変なので、暴れ出したらSSランク以上の冒険者に討伐依頼が出る。ただ災害その者と戦うような物なので、普通は誰も受けようとはしない。しかし姿の知らないライバルに燃えているレオンハルトは、そのクエストを受けて、倒してきている。
他にも同SSSランク冒険者にいる【剣聖】候補の冒険者も、恐ろしい功績を上げている。エルザが化け物揃いと思ってしまうのも、無理はない。
「俺一人だったら倒せませんでしたけどね。シルヴィアとユリスがいてくれたから、こうやって生き延びて帰ってこれたような物ですし」
「一番功績を上げているのはあなたですけどね、ユウイチさん」
最後にそう言われてからエルザはこのことを上に報告してくると言い、その場で別れた。その後は暇になったが、もう昼過ぎだったので酒場で適当に海鮮料理を食べて、残りの時間は街を散策することに使った。
夕飯も街の飲食店で食べ、疲れを取る為に疲労回復にいいと評判な温泉に行った。そこで十分疲れを取って温まったところで宿屋に戻り、それぞれの部屋に戻ってすぐにベッドに潜り込んだ。疲れが取れて体が温まった悠一は、気を失うように眠った。




