83 炎龍戦
活動報告に、お知らせがあります。
「ユリスの魔法ですらあの程度のダメージって……、反則過ぎじゃないですか?」
シルヴィアは鱗に小さな傷が付いただけで、平然としている炎龍を見てそう呟く。確かにいくらなんでも、反則だ。敵が格上とはいえ、それでもユリスの魔法はかなり強力で、ある程度ダメージは入る物だと思っていた。
しかし実際にはダメージすら入っていない。他のモンスターにとっては驚異的な威力を誇っていても、炎龍相手では蚊に刺される程度だ。プラズマ弾を何発も放っていても、それは変わらない。
もっと威力の高い物が使えればいいのだが、正直どれだけ破壊力のある物理現象を起こすことが出来ても、物理法則をほぼ無視した魔法、それも上級魔法には遠く及ばないだろう。ここのところよく使う、ユリスの【シャイニングレイ】を模したプラズマの雨も、本物に比べると威力は全然ない。
圧縮したガスによるガス爆発であれば、構築したガスの量によって威力が変化するため、【ムスプルヘイム】は無理でも、【エクスプロード】くらいの威力は出せる。ただしそれをした場合、指向性を持たせている訳ではないので、間違いなく自分とシルヴィアとユリスを巻き込み、大爆発を起こす。
自分の魔法で自爆するのは御免なので、そんなことをするつもりはないが、それくらいの威力の魔法を使わなければ、恐らくこの炎龍は倒せない。そもそも炎を統べる龍なので、炎系の魔法はまずそんなに効かないだろう。むしろ炎を食べて、回復してしまいそうだ。
そうなるとシルヴィアの得意な氷魔法か、二人とも使える水魔法で攻めていくしかない。ただ、ユリスは水属性が一番苦手で、戦略級を除いたすべての魔法の中で一番威力が低い魔法になってしまう。本人も決定打に欠けてしまうため、上級は覚えているがあまり使っていない。
「って前に言っていたけど、今はそんなことを言っている場合じゃないんだよなぁ」
「分かっていますよ。今のこの状況で、もっとしっかりと見ず属性魔法の練度を上げていればよかったって、ボク後悔していますからね?」
「その問題については後で解決するとして、今は目の前の問題だ。戦略級魔法以外で大きなダメージ入らないんじゃないのか?」
「もしそうだったら、絶望的ですよ。しかもそれでも倒し切れなかったら、その時点で僕は何も出来なくなりますからね」
「回復薬を飲めば何とかなるだろうけど、残りの手持ちを考えると多用はしたくないしな」
ユリスは戦略級魔法は、一回しか使用出来ない。悠一よりも魔力保有量が多いと言っても、戦略級魔法は戦況その物をひっくり返すために破壊力を追求し切った魔法なので、消費量が半端ではない。今の何倍、十何倍の魔力量になれば何発も撃てるようになるが、そこまで行くのにどれだけ時間が掛かるのか分からない。
どうするべきかを考えていると、炎龍が口から炎を吐き出してくる。咄嗟に分解魔法で防ごうとするが、炎は分解されているが後から止めどなく炎がやってくるので、止めることが出来ない。実を言うと、これは悠一ですら気付いていない弱点だ。
悠一の分解・再構築は確かに反則過ぎる能力だが、それ故弱点も知られればかなり痛い。実は悠一の分解魔法は、一度に一つの物しか分解出来ないのだ。今までは刀で斬り伏せたり、【天眼通】で見切って躱したり予測して速いテンポで複数の物を分解していた。
なので一見弱点は無いように見えるが、実際はちゃんと弱点はある。一度に分解出来るものは一つだけだ。他にも、どれだけ魔力操作が上手くなっても、生物対象にした分解は自分の魔力を大幅に消費するのは変わらない。
しかも分解する生物の大きさによって消費量が変わり、一定以上の物になると出来なくなる。というか、分解するための魔力が足りなくなる。他にも弱点はあるが、悠一はそれらには気付いていない。
「くそっ! 一気に分解し切れないのは面倒だな!」
二つ同時に分解は出来ないが、分解を発動させた状態で再構築魔法は使える。なので悠一は無数のプラズマ弾を構築し、それを一斉に放つ。顔面にもろにそれを喰らった炎龍は炎を吐き出すのを止めるが、すぐに前足を振り下ろして攻撃してくる。
三人は散開して躱し、シルヴィアとユリスは得意属性の上級魔法を撃ち込む。直後に上に跳躍していた悠一が、足場を蹴って自由落下よりも早い、もはや墜落と言ってもいいほどの速度で降りて来て、その勢いで目を斬り付けようとする。
目を斬って視界を奪うのは化け物相手には最も上等な手段だが、炎龍はその攻撃を躱し尻尾を振り上げて攻撃してくる。【天眼通】でそれを見切って躱し、邪魔なので尻尾だけを分解しようとするが、危険を察知した炎龍がその前に口から炎を吐き出して阻害してくる。
【縮地】で頭の後ろに回り込み思い切り蹴飛ばすが、当然だがびくともしない。むしろ鋭い眼でぎろりと睨まれ、噛み付こうとしてきた。全力で身体強化を掛けてあるというのに、殴っても蹴っても斬り付けてもダメージが入らない。
再構築魔法による攻撃は硬い鱗で防がれてしまうし、分解魔法や物質変換を使おうとすればその前に勘付いてさせまいと攻撃してくる。
「まあ、分解しようにもこれだけデカいと分解するための魔力が足りないんだろうけど」
人間サイズのモンスターを分解するのでさえ、かなり魔力を持っていかれる。例えそれが、大気中にある魔力を用いたとしてもだ。本当に、どういう訳か大気中の魔力を使って分解しても、自前の魔力が大幅に持っていかれる。前から不思議だと思っているが、特に気にしないでいるが。
「ユリスに抜けられるのは正直痛いけど、戦略級魔法を使うしかないか? いや、でも魔力の反応には敏感みたいだし、詠唱している最中はユリスを集中的に狙ってきそうだな」
龍族は人間以上の知能と感知能力を持っており、何が危険で何が危険じゃないのかをすぐに判断しその危険な物で攻撃されないように、あの手この手で妨害してくる。現に悠一も、分解魔法と物質変換の時だけ、過剰な反応を見せてくる。
ユリスが戦略級魔法の詠唱を唱えている間、炎龍は間違いなく悠一とシルヴィアは無視して、何が何でもユリスを倒そうとしてくるだろう。その間悠一が守ればいいだけの話なのだが、正直かなり難しい話だ。
刃が触れた瞬間に分解が発動するようにして攻撃を仕掛けても、すぐに反応して攻撃を喰らう前に回避行動をしたり、攻撃を中断させる程の猛攻を仕掛けてくる。意識を向けることくらいは出来るかもしれないが、やはりすぐにユリスの方に戻ってしまう可能衛の方が極端に高い。
しかし、確実に大きなダメージを与えるとしたら戦略級魔法しかない。一番得意な光属性の戦略級魔法はまだ覚えていないが、光に次いで得意な炎属性と氷属性の戦略級魔法は覚えている。炎属性だとダメージがあまり入らないかもしれないが、氷属性だと倒すまで行かなくても大ダメージは与えられるはずだ。
そうすれば動きもある程度鈍くなるはずなので、その間に一気に畳みかけるしかない。失敗したら、ほぼ間違いなく殺されてしまうが。焼き殺されるか、腹の中に納まるかのどちらかだ。出来れば即死出来るであろう焼き殺しの方がいいが、死ぬつもりは毛頭ない。
「ユリス! 合図したら【コキュートス】の詠唱に入れ! あと、出し惜しみもするな!」
吐き出してきた炎を分解しながら防ぎ、ユリスに向かって大声で叫ぶ。
「っ! はい!」
悠一にそう言われ、ユリスは合図が来るまで攻撃魔法の使用は控える。炎龍は悠一がユリスにそう言ったのを理解し、危険だと判断した野間ユリスの方に意識が行く。そして口から炎を吐き出す。
「【リフレクション】!」
だが吐き出した炎は、ユリスが出した半透明で縦長の膜のような物に当たった瞬間、炎が炎龍の方に反転し向かって行く。突然のことだったので反応し切れず、炎龍は自分の炎で自分の顔を焼かれる。もしかしてとは思っていたが、自分の炎を喰らえば多少のダメージは入るようだ。鋼を一瞬で溶かすほどの熱を持っているので、当たり前と言えば当たり前だが。
何がともあれ、自分の炎で自分を焼いたので、炎龍はもがいている。
「今だ!」
「【命なき死の世界、光注がぬ骨凍む天。見捨てられたその世界の生命は、静かに全てを奪われる】」
悠一がすぐさまユリスに合図を出し、ほぼ同じタイミングで詠唱を開始した。ユリスが氷戦略級魔法の詠唱を唱え始めたので、黒ローブの男は目を見開いた。かなり若くしてAランク冒険者になり、【聖女】の二つ名を得ているのは知っていた。
だが知っているのは名前だけで、戦い方や覚えている魔法までは知らない。なので【コキュートス】の詠唱を始めた時は、目を大きく見開いて非常に驚いていた。老練の魔法使いでも、覚えられないことすらある魔法を、十五歳で使えているのだ。驚かないはずがない。
「【下されたのは、神による不可避な宿業。全てを奪われ、終わり凍まった世界は、未来永劫続く美しき死の世界】」
もがいていた炎龍は若干顔の鱗が焼け爛れていたが、だがそれだけだ。大したダメージが入っている様子は無い。復活した炎龍は、ユリスの体から莫大な魔力が吹き荒れていることに気付き、殺すために攻撃を仕掛けようとする。
その前に顔の周りに水を出現させて、一瞬で蒸発するほどの熱エネルギーを作り出し水蒸気爆発を顔面で起こす。防御が全く出来ないのでもろにその爆発を受け、炎龍は地面に一度倒れる。ダメージは入らないだろうけれど、時間稼ぎ程度にはなるだろう。
そう思っていたのだが、意外にもすぐに復活し地面に倒れたまま炎を吐き出して来た。悠一はそれを分解魔法で、ユリスの方に行かないように防ぐ。それでも炎龍は炎を吐き出し続ける。連続して分解し続けている為、魔力がどんどん消費されて行く。
「【おお、なんと美しいのだろうか。醜き者と美しき者すら凍まり、何も壊されないこの世界は、かつて神が望んだもの。故に神は再び望む。閉ざされ全てが埋もれた世界を、白一色の世界を、全てが凍まった死の世界を、絶対不変の世界を、神は望んだ】」
シルヴィアが援護の為に雷中級魔法【トニトルスハンマー】を発動。炎龍の頭上に魔法陣が出現し、そこから巨大な雷の鎚が現れ、それが振り下ろされる。鎚による衝撃と雷による放電のダブルパンチを受けるが、鱗で殆んど防がれてしまう。
「【時すら凍まったその世界は、何一つ動かず、何一つ変わらない不変。二度と新たな生命は生まれることは無い。命ずる。全てよ凍まれ、と】」
しかし、ダメージは入らなくていい。あとほんの少しだけ、足止め出来ればよかった。再び振り上げられた鎚が振り下ろされたので、その衝撃で口を閉じ炎が止む。それとほぼ同時に、ユリスは詠唱を完了させた。
「【コキュートス】!」
巨大な魔法陣が炎龍の足元に出現し、絶対零度の冷気が柱のように立ち昇る。前回は体だけを凍らせたが、今回はその冷気が立ち昇った場所全て凍っている。仕様は切り替えることが出来る様だ。
ユリスは戦略級魔法を使ったことで一気にほぼ全ての魔力を持っていかれ、堪らず膝を着く。苦しそうに肩を上下させて呼吸をしており、顔色も悪い。シルヴィアが新作の魔力回復薬を差し伸べ、ユリスはそれを受け取って一気に飲み干す。
魔力はすぐに回復したが、それでも一気に消費したのには変わりない為、大量消費の後に残る激しい倦怠感と疲労感は抜けない。もう戦うことは出来ないだろう。
そう思っていると、氷の柱に少しずつ罅が入り始める。倒せないと分かっていたが、それでもこれで倒せていてほしいという気持ちもあったため、気持ち的に少し沈む。すぐに気を張り直して刀を正眼に構え、氷から抜け出しつつある炎龍を正面に見据える。




