82 黒ローブの男排除
容赦なく炎を吐き出し続けてくるので悠一は考えるのを止めて、ひたすら鋼の槍や剣、プラズマ弾を撃ち込んでいく。悠一の魔法は込められた魔力量で威力が変わるのではなく、ただどれくらいの質量を作り出したかで変わって来る。
よく使う爆発だって、一度に作り出したガスの量で威力が変化する。プラズマも、一度にどれだけ多く発生させてどれだけうまく一点に集中させるかで、変化する。唯一威力が変化しないのは、鋼程度である。
魔力で操作しているので速さを上げればその分の威力は上がるが、強度そのものは普通の鋼だ。意図的に炭素を豊富に含ませて、それを強く結びつければ強度が上がり鋭さも増すが。しかし、そんなことをしても今戦っている炎龍には、傷一つ付けられないだろう。
「いくらなんでも強過ぎだろ。今まで戦ってきた新種なんか、可愛く思えるぞ」
シルヴィアとユリスが上級魔法を撃ち込み、悠一も頭上に発生させた巨大なプラズマ球から無数のレーザーを撃ち込むも、傷一つ付いていない炎龍を見てそう呟く。シルヴィアとユリスには魔法使いとしての実力にそれなりに大きな差があるが、それでも二人共上級モンスターを蹴散らすだけの力はある。
特にユリスは、今光属性だけに特化させている状態だ。光属性は当然だが全属性の中で最も速く、それに伴い威力も一番高い。それだけに特化して、一回の魔法の発動に莫大な魔力をつぎ込んでいるというのに、それでも傷が付かない。あまりの硬さと強さに、どうやったらこんな化け物を使役することが出来たんだと思う。
悠一も刀に魔力を纏わせて、斬った瞬間に分解が発動するようにしているのだが、龍は知能が高く攻撃を仕掛けてもその巨体に似合わない素早い動きで躱したり、死角から尻尾の攻撃を仕掛けてくる。速さだけで言えば悠一の方がまだ上だが、それでも炎龍はその速度に対応してくるので厄介極まりない。
「セリスティーナも、この魔法だけじゃなくて他の属性にも適性があるようにしてくれればよかったのに」
そんな今言ってもどうにもならないことを口にして、上から振り下ろされてきた前足を横に大きく飛んで躱し、氷属性を開放して斬撃を飛ばす。氷の斬撃はすさまじい速さで進んでいくが、炎龍にあったった途端に砕けてしまう。
だろうなと心の中で呟き、口から吐き出して来た火炎弾を分解して消し、正面から突進する。だがその途中で横から雷魔法が襲い掛かって来たが、【天眼通】で見えていたため分解して防ぐ。お返しに鋼の槍を無数に構築して撃ち出すが、結界を張られて全て防がれる。
そこにシルヴィアの【フラウスピリタム】とユリスの【アストラルレイ】が同時に放たれるが、それも結界で防がれてしまう。炎龍もそうだが、あの男も凄まじく強い。しかしそれはあくまで、離れた場所から強力な魔法を撃って来ているだけで、本人が強いという訳ではない。
どうにか距離を詰めて倒したいのだが、炎龍が邪魔をしてくるので中々出来ない。闇属性による召喚魔法が、ここまで厄介だとは思いもしなかった。とはいえ、諦める訳ではない。
ガンガン炎を吐き出したり尻尾や脚での攻撃を躱し、炎龍との距離を詰めて攻撃を仕掛け、攻撃されたらすぐに距離を取って離れた場所から魔法を放つ。シルヴィアとユリスも攻撃を仕掛け続けるが、それはつまり魔法を使い続けることなので、上級魔法を連発させ続けているので魔力が大分減ってしまっている。
この街に来た時に買った新作の魔力回復薬は、本当に大気中の魔力を取り込んで自分の物にしている為、負担は全く無い。なので二人もその新作回復薬はよく使うのだが、こんな状況でそれを飲むなんてそんな暢気なことはしない。
しかしこのままだと二人の魔力が尽きてしまうので、その時間を少しでも稼ぐために空気に触れると発火するガスを、先に作り出した小さな魔力の器の中に大量に構築する。そしてその器が耐えきれなくなり崩壊し、圧縮されたガスが一気に広がり大爆発が起きる。
炎龍なので炎は絶対に聞かなさそうだが、それでも意識をこちら抜向けることは出来るだろう。その読みは見事的中し、炎龍は悠一に意識を向けて集中的に攻撃を仕掛けてくる。その間にシルヴァとユリスは魔力回復薬を取り出し、それを飲んで魔力を回復させる。
「自分を囮にして、二人を回復させるか」
黒ローブの男は、悠一に向かって魔法を放ちながらそう言う。
「今ここで二人が抜けると、正直かなりきついんでね。悪いけど、あの二人にはまだ戦ってもらう」
放たれて来た魔法を全て冷静に叩き落しながら、悠一はそう口にしてお返しと言わんばかりにプラズマ弾を無数に構築して、それを一斉に放つ。一直線に飛んでいくが、結界が張られて防がれてしまい、小さく舌打ちをする。
「普通だったら女の子は逃がすんだけどな。尤も、あんな可愛い女の子は逃がさないけど」
「そうだろうから、残ってもらっているようなもんだ。あの二人には手を出させないぞ」
大量の魔力を大気中から掻き集め、それを使って超巨大なプラズマ球を上に作り出す。そしてそのプラズマ球が無差別に放電する。ちゃんと制御出来ればいいのだが、完璧に物理現象に従っている為不可能だ。それに、仮に出来たとしても上手く操れる自信がない。
無差別にプラズマが放電されるが、黒ローブは涼しい顔をして結界で防いでいる。だがこの結界にも弱点はある。それは、結界を張っている間男は攻撃を仕掛けることが出来ないということだ。
何度も攻撃を仕掛けている内に悠一はそのことに気付き、タイミングを見計らって常に防御し続けなければいけない状況を作り出した。確実に討ち取るとしたら、今しかない。
全力で地面を蹴り男に接近していく。そのことに男は、若干焦りを感じた。既にこの結界を張っている間の弱点を見破られてしまい、あえて自分も危険になるようなことをしたのだと気付いたからだ。けれど焦りを感じたのはほんの一瞬だけだ。
確かに防御している間は攻撃は出来ないが、先に魔法を設置しておけば後は発動するように操作すればいいだけだ。今もなお凄まじい速度で、上から降り注いでいる放電現象を巧みに躱しながら進んできている悠一を見据えて、薄ら笑いを浮かべる。
この時男は完璧に油断していた。放電は全て悠一が操作している物で、当たらないようにしていると思い込んでいたのだ。実際は完全に無差別にされていることで、攻撃は【天眼通】で躱しているのだ。
「掛かったな、ユウイチ・イガラシ!」
そのことに気付かず、男は設置しておいた魔法を発動させる。地面に大きな魔法陣が出現した瞬間、炎の塔がその魔法陣から吹き出した。完全に資格外からの攻撃。しかも気付いたとしても範囲が広く、到底躱せない。
そう思っていると、突然防御結界が砕け散った。
「なっ!?」
今使用出来る結界で一番強度の高い結界が、突然消滅した。どうしてだと周囲を見回していると。背後から凄まじい殺気を感じる。咄嗟に手に持っている杖を振り回すが、何にも触れず空を切る。その直後、バランスを崩し地面に倒れる。
何だと思い視線を足の方にやると、左足が綺麗に膝上から両断されていた。足が斬られているとしっかりと認識した途端、激しい痛みが襲い掛かって来た。
「ぐぁぁぁああああああああああああああああああ!?」
男は堪らず声を上げる。切り口からは赤い血が止めどなく溢れ出てきており、顔には脂汗が大量に浮かんでいる。それに急速に血を失って行っているので、眩暈が激しい。
「どうして……俺の結界が……」
「ユリスのスキルのおかげさ。俺自身でも結界は消せたが、先にユリスが【魔力霧散】で結界の魔力に干渉して、お前の結界を消したんだ」
「【魔力霧散】持ちか……」
【魔力霧散】はもう一つの魔法封じの固有魔法【マジックキャンセラー】と同じ、魔法使い殺しと呼ばれている。基本近接戦に弱い剣士などが会得しやすいスキルだが、魔法使いも数はそれほど多くは無いが修得している。ユリスはその少数の一人だ。
相手は魔法を使うことが出来ないが、自分は魔法を使える。剣士よりも魔法使いが手にしたら、そっちの方が厄介なスキルだ。
「とにかく、お前がこの森で何をしようとしていたのかを聞き出さなきゃいけない訳だし、お前はここでじっとしていろ」
悠一はそう言って地面に魔力を流し込み、一度分解してから拘束するように再構築する。これで男は身動き一つ取れない。それに、魔法を使うための魔力は血液から作られるため、血を失っていくと魔力量も減っていく。
止血はしておいたが、多くの血を失っている為魔法を使うことは出来ないだろう。
「さてさてさーて、問題はこいつだ」
黒ローブの男を拘束した後、注意がシルヴィアとユリスの方に向いていて、そっちを集中的に攻撃している炎龍を見てそう呟く。黒ローブは純粋な魔法使いなので、距離を詰めればあとはどうにでもなる。しかし、炎龍は離れても距離を詰めてもどうにもならない。
鱗が硬過ぎて攻撃は通らないし、分解・再構築の魔法に備わっている物質変換の能力で鱗を柔らかい物に作り替えようとしても、その前に察知して阻害されてしまう。今もこっそり作り替えようとしたが、その前に気付いて口から炎を吐き出して来た。
地面を分解、再構築して壁を作り出しそれで防ぐが、あまりの熱量で一部が溶岩化してしまう。一回でも喰らったら、苦しむ間もなく即死する。そのことにゾッとするが、意識を切り替えて鋭い目付きで炎龍を睨む。
【縮地】を使ってあえて正面に移動し、そこで氷の槍を無数に作り出して攻撃する。その攻撃は躱されて噛み付こうとしてきたが、足場を作ってそれを蹴り距離を取る。そしてその時に作り出した巨大な槌を操作して、横から叩き付ける。
悠一に意識が向いていたためその攻撃は避けられる、鈍い衝撃音をたてながらもろに食らい、地面に倒れる。そこにユリスの光上級魔法【ヘブンリーロザリオ】が襲い掛かる。
【ヘブンリーロザリオ】は敵の周囲に複数の光の十字架を出現させ、それで敵を斬り刻むという魔法だ。ちなみにこの上位版となる【ディバインロザリオ】は、戦略級魔法に指定されている。広範囲に無数の光の十字架を出現させてそれで一気に敵を殲滅するという魔法だが、操作が恐ろしく難しく下手すると十字架が自分の方に飛んでくるかもしれない危険性がある。
もし飛んで来たら、まず躱すことはほぼ不可能。光魔法は全属性の中で一番の速さを誇っている為、悠一のように先に攻撃を見切るスキルなどがないと躱せない。恐らくそれでもかなり難しいだろうが。
「それで、そんな魔法でも大したダメージは見られない、か」
ユリスの光上級魔法が容赦なく襲い掛かっていたが、それでも鱗の表面に軽い傷を付けたくらいで、致命傷とは絶望的に遠い。今日で何度目か、本当にこれを人間が相手にしていいのだろうかと疑問に思った。
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