81 謎の黒ローブの男
倒木から腰を上げた黒ローブの男は、やって来た悠一たちを訝し気に見ていた。強さに差があるとはいえ、思っている以上の早さでやって来たので予定が狂ってしまったのだ。
「あれだけのモンスターを操って、一体何をしようとしていたんだ?」
「お前に答える義理は無いな。俺にとっては、お前は敵だからな」
「確かにそうだな。実際、見えないように隠してある設置型魔法をいつ放とうとしているか、タイミングを伺っているしな」
悠一がそう言うと、黒ローブの男はピクリと反応する。図星だったようだ。
「気付いていたのか」
「まあな。俺も魔法を使える身何でね。これくらいは感知出来ないとな」
実際には放たれている殺気を感じて、それで設置してある魔法を見えないようにして、それを放とうとしていると予測しただけなのだが。魔力を感知したというのは本当だ。なんとなく程度にしか分からないので、どこにあるのかは正確には感知出来なかったが。
「俺の闇属性による隠ぺい魔法で隠しているのに、それをこれくらい、か。やっぱ流石だな」
黒ローブは少し大袈裟に、演技をするかのように肩を竦める。直後、念のため広げておいた防御範囲に何かが入り込み、反射で抜刀してそれを斬る。見てみると、それは一体の小型モンスターだった。名前はヴェノムシーミアと言い、大きさは一メートルもない。
体は黒い体毛で覆われて目が大きいのが特徴的で可愛らしいのだが、爪や牙には掠るだけでも意識を失ってしまう程の猛毒がある。もろに噛み付かれたり引っ掛かれれば、のた打ち回って苦しみその後絶命するほどだ。
「こんなモンスターも自分の駒にするのか。暗殺とかには使えるだろうけど、生憎俺には暗殺とかあまり効かないぞ」
「そのようだな。それじゃあ、こういうのはどうだ?」
黒ローブがそう言うと、男の周囲に無数の魔法陣が出現する。しかし悠一は慌てることなく、冷静に構えている。
男の魔法陣から炎の剣が無数に放たれると、悠一の背後からそれを迎え撃つかのように光の剣が飛んでいき、衝突して爆発する。ユリスが光上級魔法【ラディアスカリバー】を放ち、飛んでくる炎の剣を迎え撃ったのだ。
悠一が慌てていなかったのは、背後でユリスが詠唱しているのが聞こえていたため、自分から動かなくても大丈夫だと判断したからだ。黒ローブの男はユリスが珍しい光属性適性者であることに驚き、一瞬だけ動きが止まる。
その隙を見逃さず悠一が突進するが、その前に地面が隆起して行く手を阻む。悠一はそれでも速度を落とさず、自身の周囲に無数のプラズマ弾を構築して、それを弾丸のように放つ。
放たれたプラズマ弾は隆起した壁を破壊して、その背後にいる黒ローブの男に襲い掛かる。あと少しで当たると思った時、突然プラズマ弾が地面に落下した。闇属性による重力操作だ。
すぐに惜しまず分解魔法で魔法を分解し、刀の炎属性を開放して炎の斬撃を飛ばす。だがその炎は男の水上位魔法【アクアブリンガー】によって撃ち落とされる。炎に触れたことで大量の水蒸気が発生するが、索敵を広げてあるので狭い範囲だけであればどこに何があるのかは分かる。
そのまま直進しようとすると、上から水の大剣が振り下ろされてきた。もう一度【アクアブリンガー】を使用したようだ。急ブレーキを掛けて左に体を捻って回避し、その勢いを使って再度開放した炎を斬撃として飛ばす。
その斬撃は水の膜のような物で防がれてしまったが、一瞬だけ意識が斬撃に向いたのでその隙に【縮地】で背後に回り込んで、上から刀を振り下ろす。黒ローブはそれにギリギリ反応して体を捻って躱すが、羽織っているローブが大きく斬り裂かれてしまう。
「ちょこまかと!」
再度攻撃を仕掛けようと数が、その前にその男の背中に魔法陣が浮かび上がり、そこから圧縮された風が放たれる。それを【天眼通】で見切り躱し、胴体に回し蹴りを叩き込む。蹴る直前に軽く跳躍されたので、その分ダメージが流れてしまったが。
黒ローブは数回転がった後、身体強化を腕だけに集中させて腕だけで跳び上がって立ち上がる。
「流石だな、ユウイチ・イガラシ」
「やっぱり俺の名前を知っていたのか?」
「あぁ。お前は有名人だからな。多くの冒険者はお前のことを知っているだろうよ」
別の理由で有名な気がしないでもないが、確かに色々目立つことはしている。Aランククエストをこなしたり、新種のモンスターを倒したり等々。色々なことをやらかしているので、知られていない訳がない。特にライアン・アルバシューズを倒した辺りから、自分に関する噂をよく聞くようになった。
「【剣皇】ラインハルト・ブルースミスと同じ、二代目【剣聖】に近い男。仲間に【聖女】ユリス・エーデルワイスがいるから、お零れを貰っているのかと思っていたが、しっかりと高い実力を兼ね備えているようだな」
「女の子に全部守られる程、俺は弱くないよ。まあ、二人がいなかったらここまで来ることは不可能だったろうけど」
ダンジョンに潜っている時や、集団で上位モンスターに襲われた時のことを思い出し、少しだけ遠い眼をする。ダンジョンは無理でも上位モンスターの集団であれば一応切り抜けることは出来ただろうけれど、無傷で切り抜けるのは無理だ。きっと倒し切るころには、激しく消耗していただろう。
そうならなかったのは、一発一発の威力が高い魔法を扱える、シルヴィアとユリスがいたからである。二人共上級魔法まで使えるようになっているので、安心して背中を任せることが出来る。なのである程度の無茶をすることが出来る。そうしたら、二人が心配するので無茶はあまりしないが。
「自分の強さを驕らず、仲間のおかげだというか。ということは、そこの二人がお前にとっての弱みみたいなものなんだな?」
黒ローブはそう言うと、不気味な笑みを浮かべる。
「【訪れるのは破滅。焼き払うのは煉獄。全てを焼き払う煉獄は、万象一切を灰燼へと還す】」
突然魔力を高め、男は詠唱を唱え始める。直感的にかなり危険な物であると察知し、止めようと【縮地】で距離を詰める。そして刀を右から薙ぐが、同時に男の背後から七体ものヴェノムシーミアが飛び掛かってくる。
悠一は舌打ちをして急停止し、バックステップで離れる。ヴェノムシーミアは離れた悠一を追いかけて来たが、地面から氷の杭が飛び出して来てそれに貫かれ、絶命する。
「【紅く燃ゆる炎は終わりを告げる。暴虐なる猛火は、魂を永劫輪廻から外す。その者は二度と、悪夢から覚めることは無い】」
足止めを喰らっている間にも、男は詠唱を続ける。莫大な魔力が吹き荒れ、ビリビリと大気を震わせる。
「【シルバリックロザリオ】!」
「【ヒエムスビースト】!」
シルヴィアとユリスは素早く詠唱を唱え、上級魔法を放つ。ユリスの魔法陣からは光の十字架が現れ、それをユリスが操作して攻撃する。シルヴィアの魔法陣からは氷の猛獣が現れ、石を持っているかのように襲い掛かる。
しかし周囲から複数のモンスターがやって来て、体を張って男を守る。
「【悪夢から覚めず、永劫救われることは無い。ならば、炎を統べる化身よ、その者の魂を喰らえ】」
今までとは比べ物にならない程の魔力が吹き荒れ、三人は詠唱が完了してしまったと理解する。地面に巨大な魔法陣が出現すると、それは昏く光りだす。闇属性による、召喚魔法だ。
そんなものが出るのだろうと見ていると、予想外な物が出て来た。それはパッと見十メートル以上はあり、全身が赤黒い鱗で覆われていた。目は睨まれるだけで腰が抜けてしまいそうなほどの威圧感があり、背中には巨大な翼が生えていた。
「おいおい……、ドラゴンを召喚するとかどんだけだよ……」
この世界に来て初めて、ワイバーンとは違うタイプの飛龍を見て少し嬉しいには嬉しいのだが、敵がそんな存在を使役しているので感動している場合ではない。
「こいつは俺が使役している駒の中で、一番強い奴だ。名は炎龍だ」
男が炎龍と口にした瞬間、シルヴィアとユリスの顔が一気に蒼褪める。というのも、炎龍は一体だけで街を二、三個簡単に消し炭にしてしまう程の力を持つ。なので災いを示す絵では、大体炎龍の姿が書かれる。
そんな炎龍を、目の前の男は使役しているのだ。かなりの手練れであることは、間違いない。
「そんな……、炎龍を召喚するなんて……」
「今のボクたちじゃあ、どう足掻いても勝てません……。ユウイチさん、一度撤退した方がいいかと……」
「ランクで言えば、どれくらい?」
「SからSSランクです。いくらユウイチさんの実力が高くても、どうこう出来る相手ではありません」
確かに、今はじっと動かずただこちらをじっと見ているだけだが、それだけでもかなりの威圧感だ。まさしく、厄災そのものだ。襲い掛かったところで、勝てる確率の方が低い。だが、
「俺たちを撤退させてくれる感じじゃないぞ、あいつ」
もしここに悠一一人だけだったら、【縮地】を連発すれば逃げ切れたかもしれない。しかしこの場には、シルヴィアとユリスもいる。この二人を置いて行くわけには行かない。つまり、逃げることは不可能、戦うしかない。
「その通り。お前たち三人を返す訳には行かないからな。……炎龍! その三人を喰らえ!」
男がそう指示すると同時に、炎龍は背中の翼を大きく広げ大気がビリビリと震えるほどの雄叫びを上げる。あまりの音量に思わず耳を塞いでしまう。その瞬間、炎龍が口を大きく開けて炎を吐いてきた。
躱すのは間に合わないのですかさず分解を発動するが、一度で分解し切ることが出来なかった。魔法と違い術式を組んでいないので、分解しても消えることは無い。大本である炎龍を直接叩けば何とかなるが、近付いたら近付いたでそっちにも対応してくる。実に厄介だ。
「【ハイドロストライク】!」
悠一が全力で分解で炎を防いでいると、その後ろで手早く魔法の詠唱を終わらせたシルヴィアが魔法を発動させる。巨大な魔法陣が出現して、そこから水が勢いよく噴射される。
噴射された水は炎を吐き出している炎龍の口元に当たり、その瞬間大量の水蒸気をまき散らす。水が一瞬で気化して、水蒸気爆発が起きたのだ。おかげで炎の攻撃が止む。
しかしほっとしている暇もなく、炎龍が前足で攻撃を仕掛けて来た。こちらにはまだ余裕があったので、三人は散開して回避する。シルヴィアはスキル【詠唱破棄】で次々と魔法を撃ち込むが、詠唱が無い分イメージが少し不足していたのか、本来の威力を出し切っていなかった。
【詠唱破棄】は実力に応じて魔法の詠唱を省くという効果があるが、詠唱をしない分威力にばらつきが出てしまう。原因は、魔法を使うためのイメージが完全ではないから。威力が多少不安定になってい舞うので、ユリスはあまり【詠唱破棄】を使わない。
「言っておくが、こいつだけが戦う訳じゃないからな!」
黒ローブがそう言うと、周囲に複数の魔法陣を出現させて、そこから別々の属性の魔法を放つ。悠一は分解したり刀で斬り落としたりするが、シルヴィアとユリスは結構ギリギリ躱していた。
ユリスには他にも【ミラージュステップ】と【魔力霧散】、そして固有魔法の【リフレクション】がある。【ミラージュステップ】は一定距離姿を眩ませながら移動するが、その間ゲームのように無敵になる訳ではないので、普通に攻撃を喰らう。
【魔力霧散】は相手の放った魔法に直接干渉して、無効化させることが出来る。そして固有魔法【リフレクション】は、魔力攻撃限定で跳ね返すことが出来る。だが、固有魔法は本来であれば国の軍が管理する。ユリスが持っていることがばれたら面倒なので、滅多に使わない。
なので、今の黒ローブの攻撃も、【魔力霧散】と【ミラージュステップ】を同時使用して、やり過ごしていた。長距離を一瞬で移動出来たり魔法や物体を分解出来る悠一でも、それは技術や魔法によるものなので、ああいったスキルが欲しいなと思う。
「ほらほらほら!」
「あれだけの魔法を、全部無詠唱かよ!」
黒ローブの男は魔法を無詠唱で放ってくる。しかも全てが高火力だ。【天眼通】のおかげで何とかなっているが、それでも少しきつい。こうなったらと高を括り、危険承知で男に向かって突進していく。
高火力の魔法が雨の様に襲い掛かってくるが、刀で斬り落とし魔法で分解する。撃ち落とすのが間に合わない魔法はギリギリで躱しながら突進していくが、途中で炎龍が尻尾で攻撃して行く手を阻む。上に跳んで回避するが、そこには大きく口を開けた炎龍の顔があった。
「ヤバっ!?」
足場を作って更に上に跳躍しようとすると、凄まじい光の雨が襲い掛かる。見るからに【シャイニングレイ】なのだが、明らかに威力がおかしい。ユリスの方を見てみると、彼女の体が仄かな光に包まれていた。
以前話していた、一つの属性に特化する【限定属性】だろう。だから光魔法の威力が、上昇していたようだ。
内心ほっとしユリスに心から感謝して、足場を作ってそれを強く蹴って黒ローブの男に突進する。魔法が次々と襲い掛かってくるが、空中に複数の足場を作り高い機動力を以って躱していく。その途中で悠一は、刀を鞘に納める。
悠一が突然刀を鞘に納めたため男は困惑するが、チャンスが訪れたと思いガンガン魔法を放っていく。しかし悠一は全てを軽やかに躱していき、間合いに入り込む。
「五十嵐真鳴流抜刀術―――嗚里羽!」
鞘に引っ掛からないように抜刀し、右切り上げ、左薙ぎ、右薙ぎ、左切り上げの四連撃を叩き込む。高速で振るわれた刀は生粋な魔法使いである男には見切れず、全て喰らってしまう。だが悠一はすぐに【縮地】で背後に回り込み、構える。
「流石に引っ掛からないか」
「厚い鋼を斬った感じだったからな。攻撃を受ける直前に、魔力を鎧のようにしてそれを何重にも重ねただろ」
「それをあの一瞬で見切るとは、流石だな。その通りだ。生半可な攻撃じゃあ、俺の体を傷付けることは出来ないぞ」
黒ローブの男はそう言いながらまた複数の魔法陣を出現させ、連続して魔法を放つ。悠一はすぐにその場から走り出し、喰らわないようにするが、行く手を塞ぐかのように炎龍が炎を吐いてきた。
内心舌打ちをして【縮地】で上へ跳び、そこから百近くのプラズマ弾を構築して全て一斉に炎龍と黒ローブ目掛けて放つ。プラズマ弾は違わず炎龍と黒ローブに向かって行くが、炎龍の硬い鱗に防がれ黒ローブの魔法で撃ち落とされる。
しかしここで攻撃は止めず、莫大な魔力を集めてそれを全て鋼の剣や槍に構築する。そしてそれを一斉に放つ。その時にユリスが風属性を付与する。
無数の鋼の武器が上から襲い掛かってくるが、炎龍は上を向き口から炎を吐く。すると襲い掛かっていた鋼の武器が全て、あっという間に溶かされてしまう。
「いやいやいや……、鋼を一瞬で溶かすとか、一体何千度あるんだよ……」
危うく自分も喰らいそうだったので【縮地】で地面に戻り、綺麗に全て溶かされたので驚きを隠せなかった。何をしても攻撃が通じないので、本当に倒せるのかとそんな疑問が脳裏を過った。




