80 森の調査
海洋都市ヴェラトージュに来てから、四日が過ぎた。三人はこの四日間で水中で戦うクエストは受けず、なるべく陸地で戦うクエストを受けていた。何しろ水中だと、組合から支給される魔導具のおかげで動き自体はそれほど制限されないが、使用する魔法が制限されてしまう。
それだと色々と面倒なことになってしまうので、制限も何もない陸地のほうのクエストを受けた。それと、水中よりも陸地の方が弱肉強食の生存競争が激しく、強いモンスターが多かった。別にクエストを受けなくても、森や平原を探索しに行けばモンスターはわんさかいるので、乱獲して所持金と経験値がガンガン入って来た。
四日間でとにかくモンスターを倒しまくっていたので、三人のレベルは四日という短い期間の間で五も上がっていた。レベルが上がれば上がるほど経験値が入りにくくなるので、短期間で五も上がるのは早過ぎる。それでもまだユリスのレベルには届かないのだが。
「ユリスって二年前から冒険者やってるんだろ? 二年もやっていれば、レベルも百どころか二百とか行きそうなんだけど」
「中には二年くらいでそこまで行く人はいますけど、それはあくまでパーティーを組んで、十分な安全マージンを確保している人だけですよ。ボクは基本ソロなので、二年でやっと百に行くのが限界です」
「そんなもんなのか」
「そうですよ。なので、一ヶ月と少ししか経っていないのに八十を超えている悠一さんとシルヴィアは、早過ぎるんです」
今現在、悠一のレベルは89、シルヴィアは86だ。一般的な冒険者はここまで早くても三から四か月、遅くて一年以上掛かる。それを悠一たちは、あり得ないくらいの速度でレベルが上昇している。実を言うと、経験値の入り方は戦い方によって違うからだ。
安全を確保して自分と同等の敵と戦っていれば、ある程度の危険はあるが十分安全ではある。なので経験値も、そのモンスターを倒した分だけしか入らない。しかし悠一たちのように、常に自分たちよりも格が上で危険性が高い敵と戦っていると、そのモンスターを倒した時により経験値とレベル差により危険度、つまり格上と戦ったことによる経験値の両方が入ってくる。
普段から命の危険のあるクエストを受けて多くのモンスターを倒しているので、レベルの上昇率が半端じゃないのだ。ユリスは一年半掛けてやっと至ったその境地に、悠一とユリスは一ヶ月と少しで至っていた。
「けど、他の冒険者を調べたら私たちと同じくらいの早さで、八十を超えた人がいるってなっているんだけど?」
「それは……、その人が天武の才を持っていたからじゃない……?」
実を言うと、ユリスが冒険者になった時はまだ十三歳だった。まだ幼いのでモンスターと戦うのは怖く、最初は自分と同じ強さのモンスターか格下と戦っていた。それが原因で初期の頃にレベルが中々早く上がらず、二年でやっと百に至ったのだ。女の子なので、モンスターを怖いと思うのは仕方がないが。
「一ヶ月と少しだと、大体の平均は六十から七十だけどな。そうなると、俺たちはまあ早い方になるな」
悠一も冒険者のレベル上昇率の平均を調べていた。ユリスよりまだレベルが低いとはいえ、それでも上がり方が早いと思ったからだ。だが調べてみれば、登録後の一ヶ月程度のレベルの平均を見たら、65から78だった。
意外にも高かったので、自分たちは少し速い程度なんだなと、少しだけ安心したのは記憶に新しい。
「ボクがモンスターに怖がり過ぎていたんでしょうか……」
「冒険者登録したのが十三歳なんだし、ユリスも女の子だから仕方がないと思うけどね」
ちなみにだが、三人は今森の中を探索している。クエストは受けていないが、組合の掲示板に最近森のモンスターの数が増えているので、それを調べてきてほしいと書かれた張り紙が貼り付けてあった。今日はどうしようかと考えていたので、丁度いいと思い森の探索に来たのだが、あまりモンスターとは遭遇しない。
本当に増えているのか疑ってしまうが、索敵を使えばそこら中に反応が見られるので増えているのは確実なのだろう。
「……それにしても、索敵にはモンスターの反応はあるんだけど、中々遭遇しないな」
「言われてみれば……。どういうことなんでしょう?」
索敵にはモンスターの反応はある。しかし、反応の動きを感知してみると、少し不自然な動き方をしている。まるで、何かに操られているかのような感じだ。
「なんか変だと思わないか?」
「思います。モンスターが不自然な動きをしていますし、何より深部の方からモンスターや自然の魔力とは違う魔力を感じられます」
ユリスがそう言ったので悠一も索敵を最大まで広げてみるが、ユリスの言う魔力は感じられなかった。思っている以上に森は広いようだ。
「自然の物やモンスターの物とは違う魔力、ねぇ……。もしかして、魔法を使っているみたいに一定な動きをしている?」
「……していますね」
「となると、魔法使いだな。それも、モンスターを使役するタイプの」
モンスターを使役するタイプの魔法属性は、闇だけだ。闇属性だけモンスターを自分の戦力にして、召喚魔法で呼び出せたり、直接モンスターの脳に干渉して手駒にしたりなどすることが出来る。モンスターは一度干渉されると洗脳状態になり、そこからは魔法使いが命令しなくても自分の意思で動き回る。
この時魔法使いが干渉していない為、モンスターからはその人の魔力を感じ取ることは出来ない。しかし指示してある命令が頭の中に入り込んでいる為、少々不自然な動きをしてしまう。
「でももし魔法使いだったら、どうしてこんな森の中でモンスターを操っているのでしょうか?」
「そこまでは分からないかな。けど、ここのところこの森でモンスターが増えているのは、その魔法使いのせいであるのは間違いないと思う」
「そうだとしたら、すぐに止めに行かないとですね。大体どこにいるのかは分かっているので、少し急ぎましょう」
シルヴィアがそう言うと悠一は頷き、シルヴィアとユリスは身体強化を掛けて先を走って行く。悠一は二人の後を追い掛けていく。
走っていると一瞬だけ大きな魔力の流れを感じ、その直後にモンスターが一斉に悠一たちの方に向かってやってきた。自分の方に来ていると気付き、排除するために指示を出したのだろう。
気付くのが速いなと思いながら悠一はすぐに弓を構築し、魔力を大気中から集めてそれを矢として放つ。こうすればあらかじめ矢を大量に用意する必要もないし、一々筒から矢を抜くという動作をしなくてもいい。まだ上手く操作出来ないが、いずれ弓を引くような動作をするだけで矢を出現させられるようにしたい。
周囲からやってくるモンスターにシルヴィアとユリスの魔法と、悠一の魔力の矢が襲い掛かる。魔法はモンスターを吹き飛ばし、矢は的確に頭や心臓を穿つ。なお、魔力はかなり高圧縮すれば解放した時に爆発する魔力爆発という現象が引き起こされる。
剣での戦闘では危険なので全く使わないが、今みたいに弓矢で戦っている時は離れているため危険はそんなにない。なので悠一は、高圧縮した矢を放ち当たった瞬間に爆発を引き起こして、一度に数体倒して行く。
「これは本当に、いい魔力操作の練習になるな」
「これだけのモンスターを相手にして、それを練習台にするのはユウイチさんくらいだと思います」
距離を詰めて襲い掛かって来たモンスターの攻撃を躱し、強化された足で蹴り飛ばしそこに氷の槍を放ったシルヴィアがそう言う。シルヴィアとユリスは迷宮都市ロスギデオンから海洋都市ヴェラトージュに行くまでの間、悠一に敵の攻撃を先読みして躱す訓練をしてもらっていた。
その成果もあり今は二人は、Aランクモンスターの攻撃はまだ少し危ないが躱すことが出来るようになった。なので今のように周囲からモンスターが襲い掛かって来ていたとしても、先読みして躱し魔法を撃ち込んでいる。
今度は棒術を教えようかと考えたが、彼女たちはあくまで魔法使いなのでその必要は無いだろうと判断し、近接戦は教えないでおくことにした。
「【フラウテンペスタス】!」
「【ラディアスカリバー】!」
攻撃を掻い潜った後素早く詠唱を唱え、それぞれ得意属性の上級魔法を撃ち込む。シルヴィアの魔法陣からは氷の猛吹雪が発生し、敵を飲み込み内部で氷の刃で斬り裂かれる。ユリスの魔法陣は一つではなく周囲に数十もの魔法陣が出現し、そこから光の剣が一斉に襲い掛かって行く。
どれも上級魔法なので威力が桁違いで、一気にモンスターを倒して行った。悠一は莫大な魔力を無理矢理一本の矢にして上空に放ち、一番高いところまでいたっところで魔力を分散し、その分散した魔力を全てやの形に構築し直す。そしてその無数の矢は、空から雨のように降り注ぐ。
しかも一本一本高圧縮されており、当たった瞬間魔力爆発を引き起こして広範囲に亘って、モンスターを吹き飛ばしていく。ただそのせいで木々も一緒に吹き飛んでしまい、森の中ではもう絶対に使わないでおこうと決意する。
「それにしても、モンスターの数多過ぎだろっ!」
まだまだ魔力と体力には余裕はあるが、倒しても倒しても次から次へとやってくるのでキリがない。弓矢も魔力操作を高めるためにやっていただけなので、途中から刀に切り替えていつも通りの戦い方に移行する。
近接戦の方がずっと得意なので、討伐速度はぐっと上がったがそれでも終わる気配がない。
「最深部の方にはまだこのモンスターを操っていると思しき人はいますが、このままだと逃げられてしまうかもしれません!」
「そうなったら厄介だな。……よし、一度道を作る。そこを一気に突っ切るぞ!」
「「はい!」」
悠一は一度足を止め、シルヴィアたちの指示した方を向き、刀に秘められている風魔法を開放する。そしてそれを圧縮していき、切っ先に集中させてから爆発的に開放する。
解放された風は前方にいるモンスター全てを吹き飛ばしていき、そこだけ道が出来上がる。他のモンスターが底を埋めていこうとするが、それよりも先に悠一たちがその道を突っ切って行く。
目の前に何体か立ち塞がるが、走りながら放たれた魔法で払われたハエが如く散っていく。特に障害もなく進んでいくと、三人は最深部に出た。そこには真っ黒なローブを着た、見るからに怪しい人が倒木に腰を掛けていた。
「間違いありません。索敵で感じたのと同じ魔力を感じます」
ユリスはそう言いながら鋭い目つきで黒ローブを睨み付け、魔力を高める。シルヴィアも警戒していつでも魔法が放てるように魔力を高めて杖を構えており、悠一も刀を抜いて正眼に構えている。
「……やれやれ。駒の多くをつぎ込んだのだが、足止めにすらならないか。流石、【剣聖】に近い剣士と呼ばれているだけあるな」
黒ローブ―――声からして男だ―――はそう言いながら倒木から腰を上げる。




