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78 双頭の海竜

「本当に申し訳ございません!」


 シュヴァルツアピストリークスを討伐した後シルヴィアたちの所に戻ると、シルヴィアがいきなり頭を下げて謝って来た。先程【ボレアスデスサイズ】が当たりそうになったのを気にしていたのだろう。


「気にしなくていいって。【天眼通】で見えていたし、見えていなくても魔力感知してそれで分解していたし」


「ですが、それでも危険な目に遭いそうになったことには変わりません! 罰なら何でも受けますので、どんなことを命令しても構いません!」


「いやいや、女の子がそれ言っちゃダメでしょ」


 そう言って頭を上げさせようとするが、シルヴィアは頑なに上げようとしない。それと、本気で命令を何でも聞くつもりでいる様だ。止めるように諭そうとするが、こちらも頑なに断ってくる。あまりの頑固さに、悠一はやれやれと肩を竦める。


 こうなったら、ちょっとした罰をすることにする。


「それじゃあシルヴィア。顔を上げて、目を瞑れ」


「っ! は、はい!」


 悠一がそう言うとシルヴィアは顔を上げて、ぎゅっと目を瞑る。だが何か勘違いしているのか、顔が赤い。可愛いなと思いながら右手を上げて、中指を曲げて親指に引っ掛けてからぐっと力を入れて、中指でデコピンする。


「きゃう!?」


 デコピンされたシルヴィアは可愛らしい声を上げて、右手で額を擦る。痛かったのか、少し涙目になっている。


「こ、これだけですか……?」


「そうだよ。流石に恥ずかしいことは出来ないし、だからと言って叩いたりすることは出来ないから、大分ベタな解決方法になったけど」


 シルヴィアは目を瞑れと言われたので、てっきり何か恥ずかしいことをされるのかと思っていた。しかしよく考えればユリスもこの場にいるので、そんなことをするわけには行かない。ようやくそれを理解したシルヴィアは、俯いて顔を赤く染める。


 それと、危険な目に遭いそうになったのにデコピン一回で許してくれたことに、本当に優しいのだなとシルヴィアは改めて思った。


 悠一は再構築魔法で大きな瓶を作り出し、ユリスに瓶の中に水が入らないように頼んだ。ユリスはそれを了承して、風魔法で水を瓶の外に排出しその間にシュヴァルツアピストリークスの身を中に詰め込んだ。それを詰め込んだ後、組合から渡された水が入らない魔法の鞄の中に放り込み再び泳ぎ始める。


 途中で死体を分解するのを忘れてしまっていたのを思い出したが、他の肉食の魚やモンスターが食べるだろうと放置した。実際三人は気付いていないが、シュヴァルツアピストリークスの死体の周りには、小さな肉食魚が集まっており、肉はおろか骨すら残さず食べ尽くさん勢いで貪っていた。


 そのことに気付いていない三人は、海の中を泳ぎ続ける。何度か索敵にモンスターの反応があったが、こちらには気付いていないようだった。


「中々見つからないなぁ……」


「群れで行動しないモンスターですからねぇ。これだけ探す範囲が広いと、骨が折れますよ……。綺麗なお魚さんを見れるからいいですけど」


「もうなんだか、海中お散歩をしている感じですね」


「それは言えているな。けど、そんな楽しい海中お散歩は終わりの様だ」


 悠一は苦笑いを浮かべながら、ある一点を見つめていた。シルヴィアとユリスもその方向に目を向けてみると、体の色や特徴は殆んど・・・アクアドラグーンと同じモンスターがいた。違う点と言えば、そのモンスターには、二つの首が生えているということだ。そこだけを除けば、アクアドラグーンと同じだ。


「な、なんですか、あのモンスター……?」


「アクアドラグーン……ではないですよね……? 首が二つ生えていますし……」


「もしかしてだけど、あれも新種のモンスターなんじゃないか? もしくは知られずに派生して生まれた、突然変異種」


 あのモンスターを見た悠一は、真っ先にこの二つの可能性が候補に挙がった。そして、ユリスも知らないような口振りだったので、これは前者の可能性の方が高い。もしあれが新種のモンスターだったら、この短期間で三体と遭遇したことになる。


 前にユリスから聞いたが、短い期間で二体もの新種モンスターが確認されること自体が以上だ。そしてあれがもし新種モンスターだったら、三体目になる。もしそうだと、もはや何かがあるとしか言いようがない。


「逃げるにもこっちを凝視してるから、逃げることは出来ない。二人共、戦うぞ」


 残された方法はこれしかない。シルヴィアとユリスか杖を構えて、悠一は抜刀して脇に構える。そして広範囲に足場を作りその上に立ち、出るタイミングを計る。


 十秒近くが経過した時、双頭のモンスターの悠一から見て右側の首が口を開けて、そこから高圧縮した水をレーザーのように放って来た。三人共ギリギリでそれを躱し、身体強化を掛けて走って行く。ある程度の抵抗もある為、地上ほどの速度は出ていないがそれでもすぐに刀が当たる間合いまで入り込んだ。


 右から左へ薙ぎ払おうとするとモンスターは突如体をしならせて尻尾を振り上げて、水圧で悠一の動きを一瞬だけ鈍らせる。そのことに内心舌打ちして足場を強く蹴って左に躱す。その直後、モンスターが口を大きく開けて突進していった。


 すれ違いざまに一撃叩き込んでやろうとしたが、その前に間合いの外に出てしまいそれは叶わなかった。泳いでいったモンスターは途中で急旋回して悠一の方に戻って来て、また噛み付き攻撃をしてくる。右に飛んで躱すが、その瞬間モンスターの首の一つが悠一の方を向いて、そこからレーザーのように水を放ってきた。


 大きく屈んでそれを躱した後、【縮地】で間合いを詰めようとする。しかし抵抗があり本来の速度を出せず、間合いに入り込むと同時に刀を振るっても躱されてしまった。躱すと同時に尻尾を振り回して攻撃してくるがバックステップで距離を取り、刀に付与されている風属性を開放する。


 圧縮して放とうにも射程が大きく落ちてしまうので、ある程度近付いてから斬撃として放つ。鮮やかにかわされてしまうが、それでいい。続けて二度、三度と斬撃を放ち、モンスターは可憐に避けていく。だが悠一は焦りを見せていない。


「【全てが停まったおわったその大地に、悪はあってはならない。誰もがそれを許しはしない。騎士かれは決して許しはしない】」


「【遥か彼方の地平線から出でるのは、始まりと終わりを告げる暁。万天全てを満たす光よ、報われぬ者に救済を。そして私は願う。光あれ、と】」


 後方で二人が、魔法の詠唱を唱えているからだ。シルヴィアは氷中級魔法の【フィンブルランサー】だが、ユリスは光上級魔法の【アークジャベリン】だ。恐らくシルヴィアの魔法が牽制、ユリスが本命だろう。


 だが悠一は、彼女たちの魔法では倒すことは出来ないと、直感的に察していた。だが、倒せなくても致命傷にはなるはずなので、右に向かって全力で走る。


「【穿て、氷結の槍! 彼の者を射殺せ―――フィンブルランサー】!」


「【アークジャベリン】!」


 二人が顕現させた魔法陣から、無数の氷の槍と光の槍が放たれる。槍は一直線にモンスターに襲い掛かるが、シルヴィアの魔法はともかくユリスのは威力があまり安定していなかった。やはり海の中なので、魔法に寄るのか光が変に屈折してしまい、上手く扱えないようだ。


 モンスターはその槍を躱そうとするが、その前に悠一が後ろと上下左右を塞ぐように自らかなり分厚い氷の壁を作り出し、行く手を塞ぐ。逃げ場を失ったのでモンスターは、二人の魔法をもろに食らう。


 氷と光の槍が深く突き刺さるが、それだけで倒すことは叶わなかった。しかし動くことすらままならないダメージを負ったので、悠一が風属性を開放して斬撃を飛ばす。そして【縮地】を連発して反対側に回り込み、同じように斬撃を放つ。


 前後から攻撃が襲い掛かり、これで終わりかのように見えた。油断しないようにと警戒して見ていると、突然モンスターの体が青から赤黒く変色した。それを見た瞬間、悠一は嫌な予感がした。


「ガルァァァァアアアアアアアアアアアアア!!」


 水中だというのに、あり得ないくらい大きな声で咆哮を上げる。ビリビリと響く声に、思わず三人は耳を塞いでしまう。


 モンスターは咆哮を上げた後、尻尾で背後から迫って来ていた風の斬撃を叩き、前方のは噛み付いて消滅させた。


「いやいやいや……、どんな顎してるんだよ……」


 おかしな光景に、思わずそう口にしてしまう。普通だったら噛み付いたところで、そのまま口から斬られて行く。しかしあのモンスターは噛み付いて霧散させた。どう考えてもおかしい。


「まあ別にいいや。この後普通のアクアドラグーンを倒さなきゃいけないんだし、少し本気で行くか」


 このまま戦い続けてもキリがないので、全力を出して速攻で片付けることにする。意識を集中させて、刀の柄をしっかりと握り直す。


 そして足場を強く蹴って突進していくのと同時に、双頭のモンスターも突進してくる。後方では、シルヴィアとユリスが魔法の詠唱を始めている。


 互いに攻撃が当たる範囲に入ると、モンスターは右足を振り上げてそれで攻撃を仕掛けてくる。悠一は避けずに刀でそれを受け止め、身体強化を全開にして無理矢理押し返す。押し返されたモンスターは少しだけ距離を取り、そこから助走を着けてもう一度突進してくる。


 それを悠一は水に魔力で干渉して、それで再構築魔法で氷の槍を無数に作り出し、一斉に放つ。モンスターはそれを避けず、そのまま突っ込み全て砕いて行く。防御力も上昇しているようだ。


 口を開けて噛み付こうとしてくるが悠一は体を回転させながら避け、胴体に蹴りを思い切り叩き込む。


「っ!」


 が、予想以上に体が硬く、右足を少し痛める。速い動きで動き回って戦う悠一にとって、足を痛めるということは最大の武器の一つを失ったということになる。だが、それはあくまで武器の一つなので、他にも方法がある。


 左足で足場を蹴り、モンスターから距離を取る。そして刀を正眼に構え、正面を見据える。


 方向転換して来たモンスターが一直線に悠一に向かって突進してくるが、右側にずれて片方の首を斬り付ける。斬った瞬間に分解が発動し、片方に首がすんなりと斬り落とされる。


「ガァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 片方の首を斬り落とされたモンスターは、悲痛の叫びをあげる。ちゃんともう片方にも痛覚があるようだ。傷口からは血が止めどなく溢れている。


 悶えているところに、シルヴィアとユリスの魔法が撃ち込まれる。上級魔法なので、ダメージが大きい。そこに追加で鋼の槍や剣を無数に作り出し、それを一斉に撃ち出す。しかも全て尽きる前にまた新しいのを作り出し、続けて放ち続ける。


 ずっと食らい続ける訳には行かないので、モンスターはその場から離れようとする。だが先にどう動くかを予測されていたため、その前に悠一が残った一つの首の片目を潰す。視界を半分にされて怒り狂ったモンスターは、体を回転させて尻尾で攻撃を仕掛けて来た。


 悠一はその攻撃を難なく躱し、左手で構築した槍を投げつける。狙いと威力が安定しなかったが、離れた場所からユリスが風魔法を付与し、勢いを増加させた。後はその風で軌道を変化させ、もう片方の目を潰そうとする。


 しかしそれは尻尾で弾かれてしまい、視界を完全に奪うことは出来なかった。モンスターは口から圧縮した水を吐き出すが、弱っているのか威力も落ちていた。これは好機だと見て、右足の痛みを我慢して身体強化を全力にして走り出す。


 本能的に危険を察知したのかモンスターは逃げようとするが、それよりも先に間合いに入り込み尻尾を斬り落とす。これでしっかりと泳ぐことが出来なくなった。他にも足も斬り落とし、そこにシルヴィアたちの魔法が撃ち込まれる。


 かなり弱ってきたところで悠一は左足で足場を蹴り、上に跳んでそこに足場を作りそれを蹴って勢いを付ける。浮力の影響で勢いが衰えてしまうが、普通に走って行くよりも勢いはある。


 そして胴体を半ばから両断し、残った頭も首から斬り離す。胴体を両断されからだを動かすための司令塔を失ったモンスターは、呆気なく絶命する。


 足場に着地した悠一は刀を払い、鞘に納める。


「思っている以上に強かったな。体も急に赤黒くなって、硬くなったし」


 ズキズキと痛む右足を一瞥し、苦笑を浮かべる。モンスターの死体を見てみると、倒されたからか赤黒かった体は徐々に青く戻って行く。本当にこのモンスターは何なのだろうかと思いながら、足場を走ってやってきたシルヴィアたちと一緒に、剥ぎ取りを始めた。

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