76 海の中へ
船の準備が終わったので三人は男性に呼ばれて、船小屋の外に出て裏側に回る。そこにはそれなりの人数が乗れそうな、木で出来た船が海の上に浮かんでいた。大丈夫なのだろうかという不安はあるが、既に男性が乗っているので一応大丈夫だろうと思い、船に乗り込む。
少しだけ揺れたがぎしぎしと音はしなかったし、大丈夫の様だ。そのことにほっとして振り返り、後ろにいる二人に手を差し伸べる。はっきり言って、さっき変なことを言われたので恥ずかしいのだが、二人は女の子だし少し怖いかもしれない。
なので恥ずかしいのは我慢して、手を繋いで船に乗らせた方がいい。
「あ、ありがとうございます……」
シルヴィアはまだ少し顔を赤くしたまま悠一の手を握り、ゆっくりと船に乗り込む。初めて女の子の手を握った悠一は、思っている以上に柔らかくて暖かいその感触にドキドキしていた。そしてシルヴィアも、父親や同い年の幼馴染とは数回あるが、一歳でも年上の悠一の手を握りごつごつした感触にドキドキしていた。
シルヴィアが船に乗ると少し揺れたが、大きくは無かったのですぐに手を離して腰を掛ける。
「はい、ユリス」
「ありがとうございます……。きゃ!?」
次にユリスが乗り込んだが、少し大きく揺れてしまいバランスを崩してしまう。
「おっと」
ユリスは前に倒れそうになるが悠一がいたので倒れることは無く、そこで受け止められる。そのことにほっとするが、すぐに顔が茹蛸のように真っ赤になる。狙ってやったわけではないのだが、悠一に抱き留められているのだ。健全で純情な女の子であれば、嬉恥ずかしい状況だ。
もちろんユリスも嬉しいのだが、それ以上に恥ずかしい。悠一もまた間近でユリスの顔を見たり、甘い香りが鼻腔を刺激して嬉しい状況ではあるが恥ずかしい。シルヴィアはそれを見て、頬を膨らませて羨ましそうに見ていた。
「す、すみませんっ!」
恥ずかしさに耐えられなくなって慌てて体を離すが、その影響で船が大きく揺れてしまう。このままでは危険なので、即座に魔力を水に流し込んでスキルでそれを操作して船と接触している水だけを凍らせて、船をそこに固定させる。
そして揺れが収まったところで、後ろに倒れそうになっているユリスの腕を掴んで引き寄せる。また恥ずかしいことになってしまうので抱き留めはしなかったが、手を繋いでいることには変わりないので意識してしまう。
「申し訳ございません。ボクのせいでこんな……」
船に腰を掛けて氷を水に戻すと、ユリスは少ししゅんとした顔で謝って来た。
「謝る必要は無いよ。別にユリスが悪いことをした訳じゃないし」
「ですが、ボクが慌てて離れたせいで船が大きく揺れて、下手したら転覆していたかもしれませんし……」
「気にしなくていいよ。それに、ああしていなかったらユリスは怪我していたかもしれないんだよ? 魔法で治せるとはいえ、女の子が怪我するところは見たくはないな」
それと、前に倒れるのであれば大丈夫だが、後ろに倒れればスカートが捲れ上がってしまうかもしれない。そうなれば下着が丸見えになってしまう。
ユリスは行っていないが歳不相応なスタイルをしている為、それを少しコンプレックスに思っており、普段から大きめな服で隠そうとしている。しかし下に履いているのはミニスカートだ。後ろに転べば間違いなく、中が見えてしまう。それはシルヴィアも同じだが。そしてそんなことは、口が裂けても言えない。
「本当に付き合っていないのか?」
「まだですよ。というかさっきのことをぶり返さないでください。そして早く出発しましょう」
またさっきと同じようなことを言われて、三人とも顔を赤くする。男性は高笑いすると一番後ろに座り、そこに一本建っている棒のような何かを右手で掴んで魔力を流すと、船が動き始めた。最初はゆっくりだったが少しずつ速くなっていき、海辺からか大分離れた時にはかなりの速度になっていた。
かなり速いので操作を誤ったら大惨事になってしまうが、それでも吹き抜けていく風が心地よかった。
「結構速いですね、これ」
「ある漁師が作り出した魔導具なんだ。風で動く帆だと風の強さで左右されるし、手でこぐ奴だと漁をする前に疲れちまう。だからそれを無くすために考えたのが、魔力を送り込んだら水の中で風が発生して、それを使って移動するという魔導具なんだ。この魔導具が開発されたから、ここ数年の海洋都市の水揚げ量が上がっているんだ」
やはり速く動く船というのは、漁において重要な物の様だ。確かに速い船の方が速く魚がたくさんいる場所に行けるし、そこで大量の魚を捕らえた後すぐに戻ることが出来る。そうなると鮮度が落ちないので、その分稼ぎが出る。
それはいいことなのだ。いいことなのだが、速いとその分乗っている人に凄まじい影響が出てしまう。その影響とはすなわち、船酔いだ。普段から船に乗り慣れている人であれば、これくらいの速さで動いていても何の問題も無いだろう。
しかし普段から乗らない人が揺れが激しい上に、速く動く船に乗ればどうなるか。当然酔う。速いと言っても奥の方まで移動するのに、大体二十分近く掛かる。出発してすぐは酔わないけれど、それでも十分も乗っていれば―――
「うぅ……。き、気持ち悪いです……」
「こ、こんなに揺れるなんて、予想外で……うぷっ!」
シルヴィアとユリスは顔を青くしてダウンしていた。悠一は普段から激しい動きに慣れているので、それほど酷くは無いが酔ってはいる。それでも少々辛いが。
「今時の若者ってのは、随分と弱いねぇ」
「彼女たちは仕方がないと思いますけどね。二人とも魔法使いで、激しい動きには慣れていませんし」
「そう言う君も、少し顔が青いぞ?」
「船には乗り慣れていないので、少し酔ったんですよ。二人ほどではありませんけど」
まだあと十分程揺られ続けるので、気休め程度にと思い少し躊躇いつつも背中を擦る。次こういったクエストを受ける時は、酔い止め薬を用意しておこうと決めながら。
♦
海に出て約二十分。三人は沖の方に来ていた。シルヴィアとユリスは完全に船酔いでダウンしており、まだ回復するのに時間が掛かりそうだ。悠一も酔っていたには酔っていたが、二人ほど酷くは無かったのですぐに回復した。
でも二人はそうはいかず、今は悠一に背中を擦られながら少し休憩している。こればかりは回復魔法を使っても治らないので、自然回復するのを待つしかない。
「それにしても、随分と綺麗な海だな」
昨日遊んだ時もそうだが、こちらの世界では自然が綺麗に残っている。というのも科学技術が全然発達しておらず、有害物質などが垂れ流されていない。それと、人口も地球と比べると格段と少ない。
というのもこの世界には、モンスターが蔓延っている。それらが人の住める環境を奪って行ったので、人口が減って行った。人が少ないとその分使われる資源も減る為、色んなところに森があったり海がこんなに綺麗なままなのだ。
顔を少し覗かせてみると、浅いところを泳いでいる魚の姿がはっきりと見える。それどころか、ある程度置くまで見ることが出来る。これだけ綺麗なら、海に潜っても大分先まではっきりと見えるだろう。
「何だ、あんたは海を見たことが無いのか?」
「えぇ、まあ。海に面していない内陸の方から来ましたからね。海がこんなに綺麗なことに驚きました」
実際は自分のいた世界とは全然違うから驚いていたのだが、異世界から来たなんて突拍子の無い話を信じる人はそういない。いたとしてもその人は、ただの痛い人だ。もし過去に前例があれば、疑われるけれどある程度の説得力があるだろう。
しかしそれのことは全く聞いたことが無いので、前例がないということになる。なので説明したところで、全く信じてはもらえない。そもそも説明するつもりもないが。
しばらく海を眺めて、浅いところを泳いで行っている魚の姿を見ていると、シルヴィアとユリスが復活した。まだ多少気分が悪いようだが、戦いには支障は出ないレベルだ。
「あ、少し待ってくれ」
早速潜り込んでモンスターを探しに行こうとすると、男性から声を掛けられる。何だと思って止まり振り返ると、腰から下げている袋から何かを取り出した。取り出したそれは、ブレスレットだった。
「これを着けておきな。海の中だと声が聞こえなくなるからな。それを着けておけば、潜ていてもお互いの声が聞こえるようになっている」
「また便利な魔導具ですね」
「以前二人組で海に潜った冒険者パーティーが、浮力以外の水の影響を受けないのはいいが声が全く聞こえなくて、連携が少し取り辛かったとクレームが来てな。その後すぐに魔導具職人に頼んで、風魔法で声を近くにいる同じ魔導具を着けている人に聞こえる魔導具を作ったんだ」
確かに声が聞こえないと、連携が難しくなってしまう。悠一は戦っている時にも二人の声をしっかりと聞いていて、魔法の詠唱が終わると同時に邪魔にならないように離れている。
しかし声が聞こえなくなると、それが出来なくなってしまう。なので悠一は、そこは魔法を発動する時に感じられる魔力で判断しようとしていたのだが、そんなことをしなくても大丈夫になりほっとする。
三人ともブレスレットを受け取りすぐにそれを着ける。これにも複雑な魔法式が刻み込まれている。どんなものなのかを読み解こうとするが、複雑過ぎて解読出来ないので速攻で止める。きっとシルヴィアやユリスであれば、ある程度なら解読出来るのだろうなと魔法の知識の差を感じる。
「帰りはそのブレスレットに付いている青色のボタンを押せば、俺のいる小屋に連絡が届く。そうすれば迎えに行くから、そのことを忘れるなよ?」
「分かりました。それでは」
帰る方法を説明してもらうと早速悠一は、海の中に飛び込む。それに続いてシルヴィアとユリスも、海に飛び込む。
三人とも飛び込んだのを確認した男性は、一度小さく微笑みを浮かべてから魔導具を起動させて、海辺の船小屋まで戻って行った。
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