75 海中クエスト
海で三人で楽しい思い出を作った次の日、三人は早速組合に来ていた。海洋都市の組合は非常に大きく、四階まである。モンスターが海からやってくることがある上に、西側に広大な森がある。
大深緑地帯のように魔力が集中している訳ではないが生存競争が激しく、強いモンスターが多い。そこからもモンスターが街に向かってくるので、掲示板に張り出されている討伐クエストの数が多い。
他にも貿易が盛んなので色んなものが行き交っており、仕入れて来たものの仕分けや飲食店から発行された、求人クエストという物もある。やったことは無いが、アルバイトのような物になるかもしれないと思っており、少し興味がある。だが今日はまず討伐クエストを受けることにしている。
クエストの数が多い為掲示板はGからEまでが一階、DとCが二階、BとAが三階、そしてSからSSSが四階と分かれている。悠一たちはAランククエストを受けるつもりなので、今は三階にいる。三階にもちゃんと受付があり、一々降りなくてもそこで受注することが出来る。後は、ここに来る途中で狩ったモンスターの素材や討伐部位は、全ての階で売ったりすることが出来る。実に便利だ。
「やっぱり海の方で受けるクエストが多いな」
「海洋都市ですからね。海棲モンスターが多いんですよ」
掲示板に貼られているクエストを一通り眺めてみたが、西側にある森での討伐クエストより海の沖の方に生息しているモンスターの討伐クエストの方が、圧倒的に多かった。Aランクなのでどれも報酬が凄まじく高いが、難易度が他と比べて恐ろしく高い。
まず、海の中でしか生きられないモンスターがいる。この時点で、海の中での戦いで使える魔法と動きが限られてしまう。炎は出た瞬間に消えてしまうし、雷だと自分たちも感電してしまう。土の魔法も使えるには使えるだろうけれど、地上で使うよりも威力は落ちるだろう。氷は、指定した場所を氷結させることが出来るので、そこは気にしなくても大丈夫だ。
ただユリスの得意な光魔法は、水が変に光を屈折してしまう可能性もある為、本当の実力を発揮し切れないかもしれない。悠一も近接戦を主にしているので、海の中だと刀の振りが遅くなってしまうし自分の動きも遅くなってしまう。
普通だったら躱せるような攻撃を、喰らってしまう可能性が非常に高い。なので海中での戦闘はあまり好ましくないのだが、多くのクエストが海中戦の物だった。
「そもそも、どうやったら海の中で戦うんだよ」
「そこは組合からクエストを受けた時に、海の中でも活動出来る魔導具が支給されるそうですよ」
「そんな物があるんだ……」
確かに考えてみれば、海の中で戦うのに組合が何の対策を考えていない訳がない。それくらいの物があっても、当然だ。少し細かい説明を受けると、使用出来る魔法は限られてしまうけれど動く時には水の影響を受けなくなるそうだ。
それはつまり、動きが遅くなることは無いということになる。剣士が水中戦をちゃんと出来るように、考えてあるようだ。それを聞いて悠一は、少しホッとする。
あとは水中で足場を作って地上で戦っているのと変わらない状況を作れば、問題はないはずだ。
「にしても、海の中での戦闘か……」
「苦手ですか?」
「苦手というか、そもそもそんなことを経験したことが無いからな。ユリスはどうなんだ?」
「ボクは二回ありますよ。二回とも湖に住み着いたモンスターの討伐でしたので、海での戦いは初めてになりますけど」
「それでも経験していることには変わりは無いよ。どんな感じだった?」
「使える魔法が限られるので、一言で言えばとても大変でした。水による浮力以外の影響は受けていませんでしたけど」
やはり水中戦は大変なのだそうだ。海の方のクエストは受けないで、西にある森のモンスターの討伐をした方がいいだろうかと考えるが、しばらくはこの街に留まるのでそっちも出来ておかなければならない。
少しどうしようかと考えるが、やっぱり水中戦も慣れておかなければならないかと溜息を吐き、一枚だけ依頼書を掲示板から剝す。取ったクエストはアクアドラグーン十五体の討伐だ。達成報酬は543200ベルだ。やっぱりAランクのクエストは、危険が他のよりも高い分報酬も恐ろしく高い。
とりあえずその依頼書を受付に持って行き受注して二人の元に戻ると、少し難しそうな顔をしていた。
「どうしたんだ?」
「今ユウイチさんが受注したアクアドラグーンの討伐のことなんですけど……」
「見た目は青い鱗で覆われて、蛇みたいに長い胴体をした翼の無いドラゴンなんですけど、水中では恐ろしく速い動きをするんです」
「結構速いのか?」
「ユウイチさんの全力より速くはないでしょうけど、恐らく動きには対応してくると思います。それに、一体ずつでしか行動しないので、広い海で探し出すのは困難かと」
「そんなに難しいのか」
「単体でしか行動しませんからね。集団で行動するのは、本当に稀なんですよ」
アクアドラグーンはユリスの言う通り、見た目が胴体の長い翼の無い竜だ。口からは飲み込んだ水を高圧縮してレーザーのように吐き出してくる上に、何より恐ろしく速い。ユリスは戦ったことは無いのだが、図鑑などでそれを見て知っている為難しい顔をしているのだ。
もちろん悠一も図鑑で見て知ってはいるけれどそこまで細かく覚えている訳ではないので、具体的な強さがよく分からない。実際に見てみないと、それがどれだけ大変なのかが分からない。
「強さと速さは一度置いておくとして、確かに一体ずつでしか行動しないというのは面倒だな。索敵をするにしても、普通の魚もいる訳だし訳分からなくなりそうだ」
「そこが水中戦の一番大変なところなんですよね……。ボクもそれで苦労しました……」
使える魔法が限られる上に、広大な海にはモンスター以外にも魚たちがたくさんいる。森やフィールドも野生動物とかはいるが、海はそれ以上に広い。索敵をしたら、短い範囲にたくさんの魚たちが入り込んでいて、それで阻害されてしまうかもしれない。
ユリスも過去にやった水中戦では、索敵を広げても魚が入り込んで目視出来る距離まで行かないと何が何だか分からなかった。それくらいにまで難しいのだ。それはそれで面白そうだが。
「あ、そうだ。これ、今の内に渡しておくよ」
あることを思い出した悠一は、受付の人から貰った袋の中身をシルヴィアとユリスに渡す。それはペンダントで、真ん中に青い結晶が嵌め込まれている。そしてよく見れば、その結晶には複雑な式が刻まれている。
これこそが話に出て来た、水中でも活動出来る上に浮力以外の水による影響を受けない魔導具だ。これを付けていれば水中にいても呼吸出来て、服も濡れない。着けているだけで効果を発揮するので、あり得ないくらい便利だ。
ちなみに他の種類では、自動で温度調節をする魔導具もある。これがあれば火山地帯や極寒地帯に行っても、通常の温度のままになる。簡単に言えば、どこに行っても適応出来る魔導具だ。本当に魔法は何でもありだなと、悠一は思った。
魔導具を受け取った二人はすぐにそれを首にかけて、少し軽く指先で弄ぶ。どうやら気に入ったようだ。悠一も首にかけてみるが、アクセサリーなどはあまりというか今回初めて着けるので、なんだか変な感じだ。
一先ず三人は沖の方まで移動するために、組合が建てた船小屋の所に行く。そこに行けば沖の方まで送ってくれる。帰りはどうなのかは知らないが。
いつも通り朝早くに出ているので冒険者や店を出している店主は多く見られるが、一般人はそんなに見られない。
「本当に今日は、どれくらいでクエストが終わるんでしょうか?」
「運が良ければ昼頃には終わるかもしれないけど、アクアドラグーンは単体行動するわけだし、それを考えると今から大体八時間くらいじゃないか?」
今は大体午前六時程度なので、終わるのは午後の二時になってしまうかもしれない。運が良ければそれよりも早く終わるが、森以上に広い海でそう簡単には遭遇しないだろう。それでも三人は、なるべく短い範囲に数体ずついてほしいなと、密かに願う。
組合から出て十分ほど歩くと海辺に着き、船小屋を探そうとする。すると立て看板が建っており、矢印で船小屋のある方向を示していた。その通りに進んでいくと、木組みのそこそこ大きな建物があった。掛けられている看板を見ると、組合船小屋と書かれていた。
「分かりやすいな」
「そっちの方が助かりますけどね」
そんな軽いやり取りをした後、船小屋の中に入る。そこには一人の若い男性がいて、煙草を咥えて新聞を読んでいた。入ってすぐは気付かなかったが、少し近付くと三人に気付いて顔をあげる。
「こんな早くに来るとは、三人とも冒険者か。随分と若いな」
男性はそう言いながら立ち上がり、悠一たちの方に近付く。
「クエストを受けたのか?」
「はい。アクアドラグーンの討伐を」
「Aランククエストじゃないか。そんな若いのに、よくそこまで行けたな」
「仲間がいますからね。俺一人だったら、こんなに早くここまで来るのは無理でしたよ」
もしかしたら初めてのダンジョンで、命を落としていたかもしれない。というか、一人だったらそこまで行っていなかったかもしれない。仲間というのは本当に大事だなと、しみじみと思った。
「にしても、お前さんのいう仲間は随分な美人だな。恋人か何かか?」
「んな!?」
思わぬ発言に、三人は顔を赤くする。それを見て男性は、違うなと分かった。ただそれと一緒に、意外とまんざらでもないなということも分かり、ニヤニヤと笑う。
「今から船を準備するから、少しだけ待っていてくれ」
男性はそういうと、後ろにある裏口から外に出て準備をする。少し揶揄ってやろうかと考えたが、一応客なので止めたのだ。
男性が船を準備している間三人は小屋の中で待っていたが、先程のあの発言のせいで恥ずかしくて話をすることが出来なかった。その後やっと話せるようになったのは、男性が準備を終えて戻ってきた時だった。




