74 海での三人の思い出
先に砂浜に着いたシルヴィアとユリスは、少しだけ離れたところにある大きな木が数本立っているところに移動し、そこで服を脱ぐ。既に下に水着を着ている為見られても大丈夫には大丈夫だが、流石にかなり恥ずかしいので移動した。
それと念のために、ユリスが光魔法で光を屈折して姿を見えなくしている。これで見えなくなるので安心はするが、逆に誰にも見えない為に変なことをしているような感覚に陥る。
私服を脱ぎ水着姿になった二人は、今度は鞄の中から上に羽織るパーカーを取り出す。シルヴィアは白色で、ユリスは黄緑色だ。取り出したそれを上に羽織り前を閉じたところで、ユリスは魔法を解除して木の陰から出る。
悠一は二人が木の陰で服を脱いでいる間、先にパラソルやシートを魔法で作ってそれを設置して、その後で再構築魔法に含まれている物質変換で砂を土に変えて、それを隆起させて壁を作る。普通に服を脱いでもいいが、それだと変な誤解をされかねないので、それを防ぐためにやった。
「つーか、ぶっちゃけ物質変換のことを忘れてた。これがあれば、どんな硬い奴でも脆く出来るんじゃないか?」
着替え終わった後壁を分解して砂に戻したところで、悠一はそう呟く。そう思ったのは、今のように砂を土に変えることが出来たので、これを使って体が非常に硬いモンスター、例えばつい最近戦ったフォートレスドラゴンの硬い鱗を柔らかい物に変換してやれば、楽に倒せるのではと思ったからだ。
別にこれが無くとも分解という反則的な能力がある上に、質量変換の能力も備わっている為物質変換のことを忘れていたのだ。ずっと使っていなかったので、果たしてどこまで出来るのかは分からないが。今度硬いモンスターと遭遇したら、それに試してみようと考える。
「お、お待たせしました……!」
少しだけ自分の魔法の活用の幅が増えたことに気をよくしていると、後ろから声を掛けられる。振り返ると、そこにはシルヴィアとユリスが立っていた。
二人は恥ずかしいのか上にパーカーを着ている。ただ下はスカートやニーソックスを履いていないので、かなり扇情的になっている。もちろん水着を着ているというのは分かっているが、どうしてもそうなってしまうのは仕方が無いだろう。
一方でシルヴィアとユリスは、初めて見る悠一の肉体を見て鼓動を速くしていた。鍛え上げられて引き締まった肉体。あまり男性と接点がない二人にとって、それは少し魅惑的だった。それと同時に、あの強さは鍛え上げられた体があるからこそなのだと理解する。
「何か考えていたのですか?」
「そうだけど、どうしてそう思ったんだ?」
「ユウイチさんは、考え事をしていると顎を手で触る癖があるんですよ。自覚は無いのですか?」
「無いなぁ……」
シルヴィアに言われるまで全く気付かなかった。次考えことをする時は、少し意識してやることにする。
「とりあえず、今日は残りの時間をどう過ごすか」
「そうですね……。ユウイチさんはどう過ごすつもりですか?」
「適当に沖の方まで泳いだり、浮き輪を使って海の上を漂ったり?」
大人数であれば何かもっと楽しいことが出来たかもしれないが、今は三人しかいない。そうなると大人数でやるような遊びなどは出来ない。バレーボールとかがあれば、まだ三人でも遊べたが。
「あ、じゃあパレッタはどうです? それなら三人でも遊べますし」
「パレッタ?」
初めて聞く言葉に、つい聞き返してしまう。ユリスから説明を受けると、パレッタは一つの球を地面に落とさずにただ繋げていく遊びの名前である。球の大きさは大体バレーボールよりも少し大きい程度で、魔法を使ってもいい。ただし、攻撃力皆無な生活魔法だけだ。
生活魔法は名前の通り、日常生活で役に立つような魔法だ。火を起こしたりコップ一杯分、もしくは鍋一杯分の水を生み出したり、洗濯物を乾かす風だったりと、色々ある。パレッタでは主に風生活魔法が使用される。
というのも、ただ繋げるだけではつまらないので、そう言った魔力消費量の少ない魔法を使って、球を自在に操って、如何に次の人が落とすようにするかをする遊びになっている。落とした人は罰ゲームを課されるそうだ。
その説明を受けた悠一は、まるきりバレーボールじゃないかと思った。ただまあ、そういった遊びがあってよかったと、少し安心している。
「じゃあパレッタをやるか」
「大丈夫ですか? ルールの説明とかしていませんけど」
「大丈夫だよ。地面に落とさなければいいんだろ? 多分何とかなるよ」
パレッタで遊ぶことにして、悠一は早速真っ白い球を一個作り出す。少し目立っていたが、錬金魔法というのがある為、そこら辺は誤魔化せる。
球を作った後シルヴィアとユリスは上に来ているパーカーを脱いで、水着姿を曝け出す。それを見て悠一は、思わずどきりと心臓を跳ねさせる。二人の水着姿は何回か考えてしまっていたが、考えてしまっていた以上に似合っていたのだ。
シルヴィアは大人しめの青のビキニの水着だが、彼女の白い髪と健康的な白い肌と非常に合っていた。ユリスは少々派手な赤いビキニの水着だ。上に着ていた黄緑色のパーカーもよく合っていたので黄緑色のも似合うと思うが、赤色も中々にいい。
周囲にいる人たちも、シルヴィアとユリスのことを見ている。二人は見られているのが恥ずかしいのか、顔を赤くしてもじもじしている。そうやって恥ずかしがっている姿もまた可愛く、ドキドキと早鐘のように心臓が鳴る。
「そ、その……どう、ですか……?」
後ろで手を組んで、恥ずかしそうにしているユリスが感想を求めて来て、すぐに悠一はどんなコメントをするべきかと考える。一言で言ってしまえば「よく似合っている」や「可愛い」しか出てこない。でもこれだけだと短過ぎるので、もっと他の言葉を付け加えるべきだ。
「水着の色が二人に合っていて、とても可愛いよ」
全力で考えたが、女性に慣れていない付けが今ここで回ってきてしまい、思い付いたのがこれしかなかった。大分ありきたりな褒め方になってしまったが、シルヴィアとユリスはまんざらでもなさそうに顔を赤くしながらも嬉しそうな表情をしていた。
「か、可愛い、ですか……?」
「あぁ、可愛いよ。繰り返しになるけど、それぞれの色によく合っているから」
そう言いながら悠一は少しだけ近付き、頭をそっと撫でる。頭を撫でられたシルヴィアとユリスは、嬉しそうに目を細める。そして自然に頭を撫でたので、周囲の男性が鋭い視線を悠一に向けていた。その視線を感じて悠一は苦笑いを浮かべ、自然に手を離す。
だがシルヴィアたちはどうして手を離したのかを察して、少し名残惜しそうな顔をする。でも我侭を言う訳には行かないし何より恥ずかしいので、また褒められたりするようなことをすればいいと考える。
早速三人はパレッタを遊んでも邪魔にならないところに移動して、そこで悠一が球を上に飛ばす。シルヴィアとユリスは魔力量が多い(悠一と一緒に行動するようになってから、限界値がかなり伸びている)ので、ガンガン魔法を使ってくる。
生活魔法は消費する魔力量が恐ろしく少ないので、何時間もぶっ続けで使い続けることが出来る。それに対し悠一は、属性の適性が一つもないので一見すれば不利に見える。
しかし悠一は前世で培った次の動きだけでなく、何手も先を予測する技術を身に着けている上に反射神経や瞬発力が高い。そこにこちらの世界に来てから培った高い素早さが加わるので、魔法が使えなくても大丈夫だ。
「とか思っていたんだけど、結構難しいなっ!」
そう高を括っていたが、予想以上に球の軌道や速度が変化する。反応出来ないが、時々えげつないくらい曲がったり早くなったりするので、結構大変だ。ちなみに落としてしまった時の罰ゲームは、浜辺にある海の家のような飲食店で、何でも驕るという物だ。
シルヴィアとユリスも恥ずかしい物でなければ何でもいいと言っていたので、適当に話し合ってこうなった。
「そう言っていますけど、大分余裕で反応していますね。それっ!」
「っと! 危なぁ……。ユウイチさんはおかしいくらい速いから、この程度では反応出来るんですよね?」
「うわっと!? まあ、まだ取れるかな。えげつないくらい回転掛かっている奴は、結構危ないけど」
シルヴィアがユリスから飛ばされてきた球を、自分の風生活魔法で相殺してからかなり悠一に球を回し、触れる直前で操作して大きく軌道をずらす。それでも悠一は持ち前に素早さで回り込んで、レセプションでシルヴィアに返す。
シルヴィアとユリスはそれなりに本気でやっているのだが、その全てに反応し切っているので少し悔しく思っている。悠一も割と本気でやっているからだ。というのも、シルヴィアやユリスが球を取る時に軽く跳んだり、レセプションで返す時に腕を下に出すので胸が大きく揺れたり、変に強調されたりしているのだ。
三メートル間隔で離れているのでどうしてもそれが見えてしまうので、それから気を逸らすにはパレッタに集中するしかない。なのでどうしても本気の速さが出てきてしまう。
「本当、ユウイチさんの素早さは異常ですよ。どうしたらそんなに速くなるんですか? えい!」
「っとと……! そう言われても、俺の戦い方が素早さに直結するからじゃないのか? というか、それ以外に考えられない」
「確かにそうかもですね。ユウイチさんは手数の多さで敵を押したり、自分の魔法で足場を作って、それを使った高機動戦闘ですし。素早さがないと出来ないですよね。……って、うわわ!?」
「惜しかったなぁ……。まあ、大分普通の戦い方とは違う戦い方をしているけどな。速さで敵を押すっていうのは、俺の剣が多対一を想定した物だから、臨機応変に対応出来ないといけないんだよな。よっ!」
五十嵐真鳴流は、多対一を想定した技が多い。開祖が乱戦の時に一人ずつ倒すのは非効率だと考え、有効的な手段を考え抜いて生まれた。それが五十嵐真鳴流だ。
初伝は一対一から多くて三対一。中伝は四対一から七対一。そして奧伝は一対一から複数対一だ。一対一の技があれば、一度に三、四人を斬り倒す技まである。そしてその根底にあるのは、常に臨機応変に対応する速さだ。
まず瞬発力が無ければいけないので、剣術を習い始めると同時に体も鍛え上げられる。幼いころの悠一が嫌になったのは、そのトレーニングが厳し過ぎたからである。そのおかげで今がある訳なのだが。
「普通の戦い方って何ですか?」
ユリスがそう言いながら、恐ろしいくらい回転の掛かった球を悠一に飛ばしてくる。けれど悠一は上手くレセプションで受け止めて、ユリスの方に返す。
「そもそも俺の剣術とかは、あんな空中に足場を作ってそれを使って止まらずに戦うんじゃなくて、ちゃんと地面に立って複数人相手にするんだ。そこに障害物とかあれば、それを楯にしたり躱す時に足場代わりにしたりするけど」
「そうだったんですね」
言われてみれば、確かに宙で戦っている時よりも地面に立っている時の方が、動きが速い。悠一が自分の剣の真価を発揮するのは、地面に立っている時だ。シルヴィアとユリスはそんなことを考えながら、魔法で球を不規則に変化させる。
ずっと魔法を使う訳には行かないのでシルヴィアとユリスは魔法を使ったり使わなかったりしてパレッタを楽しみ、結果的に悠一が負けてしまった。最後の最後でユリスが全力を出して、当たったら手が弾かれるくらいの回転を掛けたため、当たった瞬間に弾かれはしなかったが見当違いな方向に飛んで行ってしまった。
結局悠一が何でも驕るということになるが、まだ夕飯時まで時間があるのでそれまで全力で遊び倒すことにした。海水に使った状態でパレッタをしたり、海に潜って貝殻を取ったり泳いでいる魚を見たり、少し離れたところにある崖から海に飛び込んだりした。ちゃんと深いところだったので、大丈夫だった。
それで日が少し傾いて若干空の色が変わるころに、海の家のような飲食店に行き、そこで少し早めの夕飯を食べる。少しだけ高いがその分ボリュームが良く、味もとてもよかった。あとデザートも食べた。
もちろん全額悠一が負担している。クエストをこなしまくっていたため所持金が凄まじいことになっている為、夕飯代全てを払っても全然懐が寂しくならなかった。その後ももう少しだけ遊んでから、海水の塩を落とすために飲食店の脇に設置されているシャワーで塩を落としてから、宿屋に戻った。
半日程度しか遊べなかったけれども、それでもとても楽しい日だった。女の子とこうやって遊んだことが無かったので、とてもいい思い出となった。




