72 海洋都市ヴェラトージュ
迷宮都市ロスギデオンから冒険を始め、一週間と三日が過ぎた。三人は限りなく海洋都市ヴェラトージュに近いところに来ていた。というのも、二週間を予定したいたのだが思っているよりも早く、二つ目の村に着いたのだ。
その村は農業が盛んなところで、自然豊かな場所だった。そこで一日ゆっくりと休息を取ってから、再び馬車を走らせた。モンスターとはたくさん遭遇したが全て難無く倒し、順調に進んでいた。
その結果、予定より早く海洋都市の近いところまで来たのだ。今は昼時なので、馬車から降りて昼食を取っている。いつもは悠一が作っていたのだが、今日はシルヴィアが作ってくれた。前に話し合った時に、寮櫓などを交代制にしたのだ。
「結構美味いじゃん、これ」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ。ちょっと味が薄く感じるけど、それを差し引いても美味いよ」
味が少し薄く感じるのは、普段から少し味の濃い物を食べているからだろう。濃すぎるのも良くないがしっかりした物でないと、なんだかあまり満足出来ないタイプなのだ。だがシルヴィアが作った料理(と言っても野菜多めの肉野菜炒めなど)は、味が薄くても全然大丈夫だった。
ちなみに悠一は、可愛い女の子に料理を作ってもらうという経験をしたことが無いので、初めてのことに実は喜んでいたりする。またシルヴィアも、家族には自分で料理を振舞っていたが他人には経験が無かったので、初めて他人に振舞った料理を美味いと言われて結構喜んでいる。
笑顔で上機嫌に料理をぱくついているのが、良い証拠だ。それをユリスは、ちょっぴり羨ましそうに見ている。ユリスも料理は出来るが、レパートリーはあまり多くない。なので自分よりも女子力の高いシルヴィアに、少し嫉妬している。海洋都市に着いたらまず書店に立ち寄って、そこで料理のレシピ本をいくつか購入することにした。
昼食を談笑しながら食べていき、完食したところで食器などを片付けて再び馬車を走らせる。もうすぐ街と言ってもまだあと数十分は走らせなければいけないし、それまでモンスターが襲ってこないとは限らない。
三人は念のため周囲を警戒して進んでいくが、半分くらいの所まで来ても何も起こらなかった。
「襲ってこないな」
「街の近くなので、街の衛兵や冒険者たちが粗方倒しておいたんじゃないですよ」
これは別に珍しい話ではない。街に入るには門を潜る必要がある。その時は入る為に審査が必要になる。その間モンスターに襲われでもしたら、一溜りもない。その為に、街の周辺のモンスターを粗方片付けるのだ。
強い冒険者であれば全然大したことは無いが、全員がそういう訳ではない。中にはまだ駆け出しの冒険者や、戦うことを知らない商人などもいる。実力の高い冒険者であればモンスターが襲ってきても簡単に倒せるが、そうではない人たちは苦戦を強いられるし、最悪殺されてしまう。
なので街の周辺は、街にいる衛兵や派遣されてきた軍人が定期的に見回っており、モンスターの姿が確認されたらそこで討伐される。大量発生などは別件として扱われ、組合に緊急クエストとして貼り出されるが。
「緊急クエストって、やっぱりそんなに貼り出されないんだな」
「そもそも大量発生する確率や、新しいダンジョンが出現する確率が低いですからね。ボクも二年冒険者をやっていますけど、緊急クエストを見たのは五回だけです」
「その内一回が、あのダンジョンなわけだ」
話によると、ユリスが経験した緊急クエストはDランクの時に経験した、大量発生したコボルドの討伐。Bランクの時には、街の防衛。同じランクの時にダンジョン攻略。Aランクになってから、突如王都周辺に現れた中級悪魔の討伐(この時は討伐隊に加わっていた)。そして悠一たちと一緒に攻略したダンジョンだそうだ。
なお、悪魔討伐戦がユリスに【聖女】の二つ名が付いたきっかけでもある。悪魔は光属性に弱い為、この戦いでは大奮闘していたのだ。しかも攻撃を仕掛けつつも、怪我をした人たちを広範囲に薄く広げた回復魔法で治していた。
戦いながらも誰も見捨てず、誰一人として犠牲者を出さなかった。光属性を使え、かつとても優しいので【聖女】の二つ名が付いたのだ。本人からすれば黒歴史に近いのだが。
そんな話を聞いていると、前方に長い行列が見えた。街に入る為に、門で足止めを喰らっている人たちだ。そこで悠一は、周囲を警戒する。かなりの視線が、自分たちに向けられているのだ。
よく見れば、その視線は全て男から向けられている。シルヴィアとユリスのような美少女二人と、本来であればこの世界にいるはずのない黒髪黒目を持つ悠一が一緒にいるのだ。目立とうとしなくても、目立ってしまう。
尤も警戒した理由は、確実によろしくないことを考えている輩がいるからである。少し前の方には、二人組の男がおり、シルヴィアとユリスを見ながら下卑た笑みを浮かべている。それを見て悠一は、やれやれと溜め息を吐く。
「凄い長さですね」
「街に入るのに、どれくらい時間が掛かるんでしょう?」
「ざっと一時間半くらいじゃないか? 運が良ければもう少し早くなると思うけど」
そうは言っているが、悠一はなるべく早く安全な街の中に入りたいと思っている。と言っても、シルヴィアたちを狙っているであろうあの二人組に見つかったら、安全も何もないのだが。
とりあえず街に入るまでの間が暇だったので、順番を待ちつつ三人で楽しく談笑をする。前世のネタを持ち出した時に二人が笑い、その時の顔が本当に可愛かったのは言うまでもない。それのおかげで妙に意識してしまい、一度若干口数が減ってしまった。
談笑しながらゆっくりと進んでいき、門の所まで来たのは最初に予想した通り一時間半後だった。
「次」
前にいた馬車が門を潜って行き、門兵にそう言われて悠一たちの乗る馬車が前に出る。
「随分と若いな。恰好からすると、冒険者か」
「はい、そうです」
「まずは身分証明書の提示を」
三人は鞄の中から冒険者カードを取り出し、それを門兵に見せる。すると、少し驚いたように少しだけ目を見開く。
「驚いたな。ここ最近数多くの功績を連続して残している、噂の冒険者パーティーか」
「噂?」
門兵の話によれば、悠一たちは結構有名になりつつあるそうだ。特に悠一は軍国の【剣帝】を剣で倒したため、二代目【剣聖】に近い男として知られつつある。シルヴィアも高火力の氷魔法を多く使っている為、氷に該当するような二つ名が付くのではないかと、冒険者内で話題になっている。
他にも、悠一が美少女二人を引き連れているというのもあるが、これは門兵からは話されなかったため知らない話だ。
「そんな風に伝えられているんですね」
「あぁ。ただ、現SSSランク冒険者のレオンハルト・ブルースミスも【剣聖】に近い男って呼ばれているから、君に対して少し敵対意識を持っているようだ」
レオンハルト・ブルースミスは現在【剣皇】と呼ばれている冒険者だ。彼は剣一本だけで数万のモンスターの大群を倒し、ドラゴンも下したことがあるほどの実力者だ。その情報を知り、やはりSSSランク冒険者は化け物だなと苦笑する。
「おっと、引き留めて悪かったな。通っていいぞ」
門兵は後ろが詰まっていることに気付き、すぐに冒険者カードを返して許可を出す。早速ユリスが馬車を走らせて門を潜り、街の中に入る。
海洋都市ヴェラトージュは門がやや高い位置にあり、そこから下り坂のようになっている。というのも、海に面している街なので水害などが起こったりする。津波などが最たる例だ。
その対策として魔法使いと大工が結束した。まず魔法使いが土魔法で地面を操り坂を作り、そこに大工たちが家を建てていった。こうすることで例え津波が来ても、坂を上って行けば避難が出来るようになったのだ。ただ、坂だけだと大変なのでちゃんとした平面もある。
そうでないと、かなり面倒なことになるからだ。
「ここも賑やかだな」
「王都と引かず劣らずの活気です。船による貿易が盛んだからでしょうか?」
「多分それだろうな。どこでも貿易が盛んな場所は、栄えるみたいだし」
今まで寄った街と比べて、人間以外の種族が多い。獣人族とエルフ、中には初めて見たダークエルフもいる。昔はよく敵対していたという三種族だが、今は友好関係にある。そう思うと、エルフの里を襲撃した軍国はロクでなしとしか思えなくなってくる。
せっかく築き上げて来た関係を崩そうとしてきたのだ。結果的に悠一たちが阻止したため大丈夫だったが、もし防衛し切れずにいたらどうなっていたか。守ることが出来てよかったと、今更ながら安心した。
「つか、ここからでも海が見えるのな」
悠一はそう呟き、どんな魚が釣れるのだろうかと考える。正面に座っているユリスの顔をちらりと見てみると、顔を少しだけ赤くしながらも目を輝かせて海を見ていた。そう言えば、シルヴィアは海を見たことがないと言っていた。
初めて見たから、そのような反応をしているのかと納得する。やはりいくら大人びていようとしていたも、こういうところで歳相応の女の子らしさが出てくる。小さく微笑むと同時に、また二人に似合いそうな色の水着姿を想像してしまい、慌てて頭の中から振り払う。
代わりにどんな魚料理があるのだろうかと考えて、なるべく邪なことは考えないようにする。二人は前方に見える海に夢中で、悠一の葛藤に気付いていなかったのが幸いだった。
街に入ってからしばらくガタゴトと馬車に揺られ、迷宮都市の馬車の貸し出しやの店主の女性が言っていた、海洋都市にある支店を探す。少し時間が掛かると思っていたが意外と早く見つかり、馬車を返した。そこから今度は、徒歩で宿屋を探す。
迷宮都市では空き部屋が一つしかなく同じ部屋で寝泊まりしていたが、ここではそうならないようにと心の中で祈った。
「お、釣具店あるのか。流石は海洋都市」
探している途中で釣具店を見つけるが、その隣が水着店だった。それに気付かずに口にしてしてしまい、振り向いたシルヴィアとユリスが顔を赤くして悠一をジト目で睨む。そのすぐ後に悠一も気付いて、すぐにワザとではないと否定する。
ただ悠一は久々に釣り、それも海釣りが出来ると思い少しテンションが上がっていただけなのだ。全く持って悪意は無い。何とか悠一は二人を説得して、宿探しを再開する。少し口数が減ってしまったが、話すことが出来たのでまだマシだった。
それから数十分間、書店とかに軽く寄り道などをして宿屋に着いた。書店では悠一が馬車の運転方法などが記されている指南書と、ついでに魔導書。ユリスは料理のレシピ本をいくつか購入した。
悠一が魔導書を買った理由は、もしかしたら魔法に適性が無くても魔法式を自分の構築魔法で作り上げて、魔法を使えるのではないかと思ったからである。もしそれが出来たら、もう反則を通り越して化け物になってしまうかもしれないが。
何故なら、成功したら全属性の魔法を使うことが出来るからだ。やはり戦いにおいてレパートリーが多い方が、有利に事が運ぶ。まだどうなるかは分からないが。
「部屋は幾つ空いていますか?」
とりあえず見つけた宿屋に入り、そこで受付にいる若い男性に質問する。先に聞いておけば、安心出来るからだ。
「今は四部屋空いております」
「なら、二部屋お願いします」
「いいのですか? お連れ様と同じ部屋でなくて」
「流石に年頃の男女が、同じ部屋で寝泊まりするのはマズいかと……」
思わぬ嬉恥ずかしいハプニングが起きてしまう可能性もある。前回一度だけやらかしてしまい、地味に痛い思いをした。
部屋を取った後、一度振り当てられた部屋に移動してそこで私服に着替え、一階に集合する。また見たことのない、それでもよく似合っている私服だったのでついドキドキしてしまう。
「いつも通りだけど、今日は残りの時間は自由だ。明日から仕事を始めるけど……、毎日はしない」
「どうしてです?」
「働き過ぎも良くないってことだよ。適度な息抜きも必要だろ? それに、折角海洋都市に来ているんだし、それなりに楽しまないとな」
そう言うと二人はほんのりと頬を染めるが、ジト目で睨んでこなかった。そのことに悠一は若干ほっとして、宿屋から出て街の散策を始める。
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