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69 かつて無いほどの怪物

「ガァア!」


 振り下ろされた前足の攻撃を躱し、関節に刀を叩き込む。どんな硬いモンスターでも、関節自体は柔らかい。人間の着る鎧も、関節部分だけ鉄で覆われていない。そうでないと、膝を曲げることが出来ないからだ。


 なのでこのモンスターもそうなのではと思って攻撃をしたのだが、案の定そこも硬く守られていた。もしかしたら全身硬い鱗で守られているのかもしれない。そう思うと勝手に溜め息が出てくる。口から吐き出して来た炎の塊を分解して、お返しに高圧縮したガスで爆発を起こす。


 少し近いところにいたので体が爆風で浮きそうになったが、持ち堪えてから【縮地】で突進する。煙がもうもうと上がっているが索敵魔法を使っている為、どこにいるかは分かる。索敵を頼りに刀を振るうと、斬った感じはしないが確かな感触はあった。


 絶対防御範囲を広げると、既に間合い内に存在が確認出来、体が反射的にそこを斬り付ける。バックステップで距離を取り範囲を少しだけ狭めて前に三歩踏み出すと、上から何かが襲い掛かって来た。反射でそれを刀で弾き上げ、霞に構えて鋭い突きを一回放つ。


 硬い感触に防がれたのを確認し、もう一度バックステップで距離を取り込められている魔力を開放する。風が刀身に集中して行き、凝縮されて行く。そして地面に突き立てると、小規模な竜巻が発生する。発生した竜巻で煙を吹き飛ばし、ついでに索敵にモンスターの反応があった方には風の刃が襲い掛かる。


「きゃあ!?」


「ひぅ!?」


 ただ、下から上に暴風が吹き荒れたためか、シルヴィアとユリスが可愛らしい声を上げる。振り返りはしないが、睨まれているのが分かる。後で謝っておこうと決め、もう一度風を発生させ、切っ先に集中させる。


 集中し圧縮されプラズマが発生し始めた時に、突きと同時に開放する。自分自身も吹き飛んでしまいそうなほどの暴風が荒れ狂い、地面を抉り目にも留まらぬ速度でモンスターに襲い掛かる。モンスターは危険を察知したのか慌てて躱そうとするが、それよりも先に風が当たった。


 直撃はしなかったが、それでも体の一部を抉り取ることが出来た。これくらいの威力がないと、ダメージが入らないようだ。なら出し惜しみせずに属性を開放してガンガン攻め込んでいこうと考えていると、モンスターは低い唸り声を上げてから大気を震わせるほどの咆哮を上げる。


 その直後、周囲に複数の魔法陣が出現する。悠一は急いで分解で魔法陣を消そうとするが、それよりも早く魔法が放たれてしまう。放たれた魔法は雷と風と氷の複合魔法で、分解するより【縮地】で躱した方が早い為、分解せずに【縮地】でシルヴィアとユリスのいるところまで下がる。


 ちらりと顔を見てみると、目尻に薄っすらと涙を浮かべ顔が赤くなって威圧感の無い眼で睨んでいる。こんな状況でなかったら、つい頭を撫でてしまいそうになるくらい可愛かった。


「……見てないですよね?」


「君たちは俺の後ろにいたんだから、見えるはずないだろ。後で謝って、何か奢るから」


 そう言ったがシルヴィアとユリスは、じとーっと睨んだままだった。やれやれと溜め息を吐き、百程のプラズマ球を生成し、半分は弾丸として飛ばしもう半分はレーザーを放つ。今使える物理現象の中で二番目に強い物だが、さっきの風による攻撃程の威力は無いので鱗の表面を浅く抉る程度だった。


 そのことに内心舌打ちしつつ、モンスターの周囲に複数の足場を作りそのうちの一つ目掛けて【縮地】で移動する。そして足を着けてその足場を全力で蹴り、斬り付けながら反対側に移動する。そこにある足場に着地し、もう一度全力で蹴りすれ違いざまに斬り付ける。


 これを何度も高速で繰り返す。普通であれば見切られて攻撃を喰らってしまうが、悠一は素早さがおかしいほど高い為、こうした高機動戦闘が得意なのだ。常に移動した状態で攻撃している為、同じ速度で動ける相手でなければ捉えることはほぼ不可能だ。


 とはいえ、今相手にしているモンスターは防御しなくても体が鎧のように硬い為、別に躱そうとする必要はない。今悠一が出せる最大速度の勢いの乗った攻撃が叩き込まれ続けるが、鱗の表面に僅かに傷を付けるだけだ。


 あまり戦いを長引かせるのは得策ではないので、悠一は刀に魔力を纏わせて斬り付けた瞬間だけ分解が発動するようにする。するとそれを感じ取ったのか、高速移動している悠一の方に向かって顔を向けて口を大きく開けた。


 そしてそこから機関銃のように、炎の球を吐き出して来た。咄嗟に【縮地】で距離を取り続けて飛んでくる炎の球を、構築したプラズマ弾で撃ち落としたり刀で斬り伏せたりしてやり過ごす。攻撃が止むと悠一は、シルヴィアとユリスのいるところまで走って戻る。


「大丈夫ですか?」


「何とかね。流石に今の攻撃は予想外だったけど」


「それよりも、あれだけの速さで動いているユウイチさんを捉えて、的確に攻撃してきた方がもっと予想外ですよ」


 悠一ほど素早さが高い人間はそういない。同じ素早さ特化の戦い方をしている冒険者とかではない限り、付いて来れない。悠一自身もそれを理解している為、それを最大限活かした戦い方をしている。過信はしていないが、付いて来れるのはそうそういないのを知っているから。


 だからこそ、それに対応してきたあのモンスターに驚いた。動きは鈍いが、動体視力が非常にいいのかもしれない。


「名前を付けるとしたら、フォートレスドラゴンってところかな」


 フォートレスは要塞という意味を持っている。体は小さいが、要塞のような圧倒的な防御力と反撃能力を誇っているモンスターであるため、その名が良いだろうと思い適当に着けた。


「マジでめんどくさいな。分解魔法を使って消し飛ばすにしても、魔力をヤバいほど喰うしそもそもあれは今の俺の切り札みたいなものだし。やっぱ刀に分解を掛けておいて、斬り付けるしか方法が無いんだよな……」


 今使える戦略の中で一番使えると言ったら、これしかない。ユリスの戦略級魔法は、本当に最終手段だ。まだ他にも倒せる方法があるかもしれないので、それを戦いながら探っていく。


 一応村にいる時に考え付いた作戦も使ったには使ったのだが、殆んど効果が無かった。他にも目に攻撃を仕掛けたり、ユリスの得意とする魔法の連続発動も試したが、これもダメだった。シルヴィアも【ボレアスデスサイズ】を使ったのだが、これも防がれてしまった。


 今有効なのは、最大火力にしたユリスの【シャイニングレイ】と同系統の【シルバリックロザリオ】、悠一の分解能力のみだ。【シルバリックロザリオ】は巨大な光の十字架を出現させて、それがとにかく暴れ回るという魔法だ。そして最後に上から落ちて来て、炸裂する。


 魔力のコントロールに長けていなければ操作が非常に難しい魔法だが、ユリスは単純な行動であれば操れる。まばゆい光と凄まじい轟音をまき散らし、それが収まると煙が舞い上がっていた。しかし、そのすぐあと耳を塞ぎたくなるような爆音が響いた。


 それが響くと同時に煙が全て一瞬で吹き飛び、フォートレスドラゴンが姿を現す。声だけでもかなりの威力を孕んでいるようだ。初めてダンジョンに潜った時に戦ったベルセルクのことを思い出す。


「属性を持たない、ただの咆哮でこの威力。至近距離にいたら、一撃で挽肉だな」


「怖いこと言わないでくださいよ……」


 警戒して向かってこないフォートレスドラゴンを見ながら、悠一は周囲の惨状を見てそう呟く。どう見ても、ベルセルクの爆音咆哮よりも威力が高いのだ。楯を作ったり防御結界を張ったところで、それはすぐに壊されてしまうだろう。


 凌ぐ方法としては、影響の届かないところまで移動することだけだろう。こんなモンスターが襲撃しているというのに、今だ壊滅していないあの村がある意味凄いなと、悠一は思った。


「とにかく、村で考えた作戦の殆んどは通用しない。こうなったら、ゴリ押しでもいいからいつも通りの戦い方で行くしかないな」


「それしかないですね」


「それとユリス、俺が合図したらさっき言ってた戦略級魔法の詠唱を開始してくれ」


 悠一がユリスのそう言うと、緊張した表情をするユリス。悠一がその魔法を使うようにと言ったということは、そうしない限り倒すことが出来ないということになる。悠一も消費が激しいのであまり多用はしたくない『修羅の境地』使って、更に分解も使うつもりだ。


 だが、恐らくだがそれでも倒し切ることは出来ないだろう。そのことを想定している為、戦略級魔法の詠唱を頼んだのだ。もしかしたら、その必要が無いかもしれないので合図をしたらという条件を付けたのだ。


 ユリスは小さく頷くと杖を構えて、フォートレスドラゴンを鋭い目つきで見る。悠一も『修羅の境地』を発動させて、悠一にとっては静止した世界を駆け抜けていく。普通であれば反応すら出来ないのだが、ドラゴンは体こそ動いていないが目だけは悠一を追っている。


 そのことに若干驚きつつも、刀に分解を纏わせて駆け抜けすれ違いざまに斬り付ける。そこから返す刀で斬り上げて攻撃しようとするが、視界外から攻撃が仕掛けられ自動的に【天眼通】が発動し、全方位が見えるようになる。


 それは尻尾による攻撃だった。その攻撃が当たる前に屈んで躱し、ついでに足を軽く斬ってからバックステップをして距離を取る。そこで一度『修羅の境地』を解除し、世界が元通りの速度で動き始める。


「まさか親父と同じように、あの中でも余裕で俺の動きについてくるとか……。どんだけ強いんだよ……」


 苦笑いを浮かべつつ、放たれてきた複数の炎の球を分解し防いでいく。悠一にとっては完全に静止した世界、更に自身の身体能力も上昇している。そこに身体強化やユリスの【エクエスベネディクトス】も掛かっている為、普通は追い付けない。


 なのにフォートレスドラゴンは反応し、反撃を仕掛けて来た。流石に普通に戦っていては勝ち目がないので、悠一は覚悟を決めてユリスに合図を送ろうとする。だがその前にフォートレスドラゴンが特大の焔の塊をシルヴィアたちの方に向かって放った。


 急いで二人の所に戻り、巨大で分厚い楯を作ってそれで防ぐ。爆音が轟き楯に大きなヒビが無数に生じたが、何とか防げた。一撃で破壊されないだけまだマシだが、それでもこの炎の攻撃よりもずっと強い手段を奴は幾つも持っている。それが非常に厄介だ。


「ユリス、戦略級魔法の詠唱を頼む」


「―――! はい、分かりました。それでは、【コキュートス】の詠唱に入ります」


 ユリスはそう言うと杖を浅く水平に構え、目を閉じて意識と魔力を集中させていく。


「【命なき死の世界、光注がぬ骨そら。見捨てられたその世界の生命いのちは、静かに全てを奪われる】」


 ゆっくりと、鈴のような可憐な声で詠唱を紡いでいく。既に莫大な魔力が集中しており、魔法陣がゆっくりと形を成していく。フォートレスドラゴンもその魔力を感じ取ったのか、それを阻止しようと突進してくる。


 そんなのを許すことはせず、悠一は風を開放して圧縮し、突きと同時に放つ。周囲の木々が吹き飛ぶほどの暴風なので奴も耐えきれなかったようで、少しずつだが後ろに後退して行く。そこにシルヴィアの【ボルティックストライク】が放たれ、轟音を響かせる。


「【下されたのは、神による不可避な宿業。全てを奪われ、終わり、まった世界は、未来永劫続く美しき死の世界。時すら凍まったその世界は、、何一つ動かず、何一つ変わらない不変。二度と新たな生命は生まれることは無い】」


 ユリスの詠唱が完了するまで足止めをするため、悠一とシルヴィアは全力で攻撃を仕掛けている。分解の掛かっている斬撃も使っている為、少しずつ傷が刻まれていっている。これだけでも倒せそうな気もするが、確実に倒すためには今現在魔法の頂点にある戦略級魔法の方がいい。


 シルヴィアはまだ上級魔法までしか使えないし、悠一の魔法モドキは再構築魔法を使って化学反応や物理現象を引き起こしているだけに過ぎない。今この中で最も火力があり、一回の攻撃で戦況をひっくり返せるだけの力があるのはユリスだけだ。


「【おお、なんと美しいのだろうか。醜き者と美しき者すら凍まり、何も壊されないこの世界は、かつて神が望んだもの。故に神は再び望む。閉ざされ全てが埋もれた世界を、白一式の世界を、全て凍まった死の世界を、絶対不変の世界を、神は望んだ】」


 更なる魔力が吹き荒れ、地面に巨大な魔法陣が出現したのを確認した悠一は、詠唱がほぼ終了したことを直感し【縮地】でシルヴィアたちのいるところまで戻る。ついでに上に無数のプラズマ弾を構築し、それを雨のように降らせて攻撃した。


「【命ずる。全てよ凍まれ、と―――コキュートス】!」


 強い声で詠唱を完了させ魔法の名を口にすると、魔法陣が強く光りそこから絶対零度の冷気が柱のように発生する。フォートレスドラゴンはそれを躱せずもろに受け、一度姿が見えなくなる。放たれた冷気が周囲にも影響を及ぼし、木々が凍り塵となって崩れ去って行く。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 やがて魔法陣が消え冷気が収まると、それと同時にユリスが膝を着いて肩で激しく呼吸する。グラトニアの時は気絶してしまっていたので、今回は大丈夫な方なのだろう。


 それはそうと、悠一は前を見やる。するとそこには、真っ白になって動かなくなっているフォートレスドラゴンの姿があった。あそこまで綺麗に凍ってしまえば、どんな生物でも流石に生きてはいられない。


 だがそれでも、ここは異世界だ。もしもの可能性が無い訳ではない。刀に分解を掛けておいて、警戒しながらゆっくりと近付いて行く。


「…………動かないな」


 大分近付いたが何の反応もなく、ただただそこで白く凍って石造の如く動かなくなっている。きっとこれで倒したのだろう。そう思い分解を解除して、刀を収めて二人の所に戻って行く。


 その直後、後ろからピシッという小さな音が聞こえた。まさかと思い振り向くと、見た目は変わっていないが所々に小さなヒビが生じていた。粉々になって崩れるのかと思ったが、どうしても嫌な予感しかしない。


 再び抜刀して正眼に構えるとほぼ同時に、砕けるような音がする。そこから、大分ボロボロに放っているがそれでもなお倒れていないフォートレスドラゴンが、大爆音の咆哮を上げた。

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