6 ランクアップ
食堂に着いた二人は何か適当に料理を頼み、運ばれてきたそれに舌鼓を打ち会話をしながら楽しんだ。会話をしながらの食事だったので数十分掛けて食べ終え、今は食後の紅茶を飲んでいる。コーヒーは無いようだ。
「この後シルヴィアはどうするんだい? 俺はもう一回簡単なクエストに行くつもりだけど」
食後にサービスとして運ばれてきた紅茶を飲み干し、シルヴィアに質問する。今こうして一緒にいるのは、彼女の受けていたクエストを手伝っただけで、ついでに一緒に食事することになったからである。パーティーを組んでいると言っても、臨時的な物だ。
「そうですね……折角ですし、正式に組んじゃいます?」
可愛らしく首を傾げて、そう言う。悠一は既に、そう言うということを予想していた。まだ数時間程度の付き合いしかないが、結構性格の相性もいいし意外と連携が取りやすい。実際悠一本人も、正式にパーティーを組もうかと考えていたのだ。
しかし自分がそう思っているだけなので、シルヴィアがそう思っている訳ではない。なのに彼女が自分から正式に組もうと言うのを、なんとなくだが予感していた。
「そうだね。今は一人で何とかなっているところもあるけど、必ず限界も来るし。俺としては嬉しいけど、君はいいのかな?」
「はい。私も同じ思いですし。それと私は魔法使いなので、守ってくれる人がいると助かります」
魔法使いは攻撃手段が多く強力な魔法が使える代わりに、よほど戦い慣れしていないと一人で戦うのは難しいとされている。なので基本剣士がいるパーティーには、魔法使いがいる。
魔法使いは基本的に剣士などの後方支援をするが、時には前に出て至近距離で魔法を浴びせるということをする人も、中にはいる。だが自分から危険に突っ込むという行為をする人など、そうそういない。最悪モンスターの攻撃を喰らって、あっさりと死んでしまうかもしれないからだ。
「じゃあ決定だな。これからよろしくな、シルヴィア」
「はい。よろしくお願いします、ユウイチさん」
こうして二人は正式なパーティーを組むことになった。シルヴィアは悠一の泊まっている宿とは別の場所で宿泊しているようだが、金欠だったらしく一日だけの宿泊だったそうだ。今日はそこそこ大きな収入が入ったので、悠一の泊まっている宿に来ることになった。
流石に年頃の男女が同じ部屋で止まる訳にもいかないので、隣の部屋に泊まることにした。シルヴィアが宿を移動した後、再び組合に行きオーガの討伐クエストを受注した。
オーガは初級モンスターにしては大柄で力も強かったが、シルヴィアの魔法と悠一の剣術を反則的な魔法によって、尽く散って行った。
♢
シルヴィアとパーティーを組んでから、およそ一週間が経過した。その期間毎日朝から晩までクエストをこなし続け、冒険者ランクがGからFに昇格した。11だったレベルも今では23にまで上がっている。ちなみにシルヴィアもFランクに昇格しており、レベルは20だ。
僅か一週間程度で冒険者ランクが上がったので、組合の人からは期待の新人などと言われている。特にレイナに言われている。
現在悠一とシルヴィアは、クエスト掲示板の前に立って何かいいクエストが無いかを探している。もちろん、Eランククエストが貼られているところだ。Fランクのクエストはもう既に粗方こなしており、今の二人にとって大した脅威でも何でもないのだ。
「ホブゴブリン三十五体の討伐、か……。確かゴブリンの上位種だっけ?」
掲示板を見ていると、そんなクエストが目に入る。ホブゴブリンは確かにゴブリンの上位種で、ゴブリンよりも知性が高く実に厄介なモンスターである。しかも自分の手で武器を作り出したりするので、結構面倒くさい得物を手にしていることがある。
ちなみにホブゴブリンもオークと同じで、雄だったら十代程度の若い少女を、雌だったら十代から二十代程度の男性を襲い、子を作ろうとする。故に男女問わずオークに次いで嫌われている。
「ホブゴブリンですか……。オークと同じような行動を取るので、あまり戦いたくないです……」
「そんなこと言っていると、いつまでも苦手を克服出来ないと思うけど。実際、俺だってあまり戦いたくはないモンスターだっているし」
数日前オーガの討伐クエストを受けている時に、エキセントリックエイプという全身赤い毛で覆われているモンスターと遭遇したことがある。その生態は、雌雄ともに男性を狙うという、実にクレイジーな物だ。
目と目があった途端に毛に隠れていたアレが起ち上がり、飛び掛かって来た時は物凄く驚いた。それと同時に生理的嫌悪感を感じ、構築した水素と酸素を魔力で圧縮して跡形もなく消し飛ばした。どう考えてもオーバーキルだったが、それは仕方がない。
エキセントリックエイプは中級モンスターでDランクに指定されているようだが、特に問題は無かった。とにかく、Eランク冒険者になったとしても絶対にあのモンスターの討伐クエストだけは受けたくないと、本気で思った。しかし放置しておくとある意味危険なので、あまり気乗りしないがその討伐クエストがあったら行くつもりでいる。
近付かずに魔法で吹き飛ばすつもりでいるが。
「そんなことより、最近あまりいいクエストが無い気がするな。Eランクの討伐系クエストも、なんだか微妙なのが多いし」
ホブゴブリンはゴブリンの上位種とのことなので、大した強さは無いと判断し一度候補から外す。そこからグレートスライム、ブルーオーガ、ギガントマンティス、ビッグトードといったモンスターもいるが、どれもなんだか微妙そうである。
「そうは言いますけど、ブルーオーガは前回戦ったレッドオーガよりも強いですし、ビッグトードは体に多くの水分を含んでいて表面を粘液で守っているので、そう簡単には攻撃は通りませんよ」
ブルーオーガはオーガの上位種であり、体は二メートル近くになり膂力も半端じゃない。一度でも手で腕や足、頭などを掴まれればその時点で人生終了である。
ビッグトードは見た目はただ単にカエルをそのまま大きくしただけなのだが、口からは色んなものを溶かしてしまう強酸を吐き出すし、体の表面には粘液があり攻撃しても中々通らない。Eランククエストの中でも、実は意外と苦戦するモンスターなのである。
「へぇ、物知りなんだね」
「冒険者になる前に図書館で図鑑を読んだので、それなりには知っていますよ」
シルヴィアは魔法使いなので真価を発揮すれば強力だが、逆に魔法を発動させる暇もなく追い込まれると、何も出来なくなってしまう。なので冒険者になる前に多くのモンスターの習性や生体、特性などを図書館にある図鑑を読んで頭の中に叩き込んであるのだ。
モンスターについてよく知っているということは、物凄い強みになる。
「俺も図鑑か何かを読んだ方がいいかな……」
今のところ魔法と剣術でどうにかなっているが、最低限モンスターの知識が無いと後々大変なことになる可能性がある。書店とかで図鑑を買っておいた方がいいなと、本気で考えた。
「そこのお二人さん」
Eランククエストの掲示板を眺めていると、不意に声を掛けられる。振り返ってみると、そこには全身黒の装備で包み込み、左右の腰に二本の剣を下げている男が立っていた。
体付きががっしりしており、佇まいだけで歴戦の剣士であることを見抜いた。だがそれと同時に、言い表せぬ違和感を感じた。だがそれが何なのかは、まだ分からない。
「君たち、最近組合や冒険者の間で有名な二人組だろ?」
「有名?」
シルヴィアが小首を傾げて、頭にはてなを浮かべる。
「登録したばかりなのに常に一個上のランクのクエストを受けて、全てを連続して達成する見たことのない武器を持った剣士と白髪の魔法使いの新人冒険者。結構有名だよ。だから少し話をしたくてね。あ、俺はアルバート・ハングバルク。よろしくね」
黒ずくめの男アルバートは人当たりのよさそうな笑みを浮かべながら、そう言葉を並べる。確かに登録したばかりの新人がFランククエストを受けて、その全てを連続達成しているとなると目立ってくる。
しかしそれは珍しいと言うだけで、無い訳ではない。現に現役SSSランク冒険者の内の一人は、たった一人で数多くのクエストをこなし、四日でGからFに昇格したという最速記録を所持している。他にも約十数名、悠一とシルヴィアと同じように早いペースで上がったというケースもある。
そのことをレイナから聞いてあるので、アルバートが別の目的で話し掛けて来たのに、すぐに検討が付いた。
「確か君は、ユウイチ・イガラシといったね? 腰から下げている剣は、一体何なんだい?」
「別に答えるつもりはありませんよ。仲間じゃない人以外に、自分の情報はあまり与えたくないので」
そうきっぱりと言い張り、なるべく情報を与えないようにする。まるで値踏みするように見ていたので、何かしらよくないことを考えているのは確実だ。そんな相手に自身の情報を与えて、もし襲われた時に不利になったら堪ったものではない。
シルヴィアも同じ考えなのか、口を開こうとせず悠一の背後に移動した。
「酷いなあ。そこまで邪険に扱わなくてもいいじゃないか」
「そもそも今初めてあったばかりの人に、自分の情報を与える人なんていないと思いますが。俺たちはこれからクエストに行くんで、ここで」
あまり長く話していて誤魔化し続けていても、いずれボロが出てきてしまうかもしれない。そうなったら隠していた情報を知られてしまい、元の子もない。悠一は逃げるようにブルーオーガの討伐クエストの依頼書を掲示板から剝し、レイナに渡したすぐに組合から外に出る。
アルバートは、組合の外に出ていった二人の背後を見送り、それと同時に何かを企んでいそうな黒い笑みを浮かべた。