65 街の散策
購入したクレープを食べ終え紙をゴミ箱に放り込み、再び街の散策を始める。相変わらず視線が向けられるが、もうある程度慣れているので気にならなくなった。時折、少し寒気がするほどの殺気を向けられるときもあるが。
三日間仕事を休みにしているので瞬爛を持っていないが、仮に街中で襲われたとしても再構築魔法で刀を作って対応出来る。強度は普通の刀なので打ち合いをし過ぎると折れるが、そこは別に大丈夫だ。悠一がいなくても、シルヴィアとユリスは杖無しでも魔法は扱える。
もしかしたら隙なんて無いんじゃないかと思うが、二人は距離を詰められると何も出来ない。武器を持って近接戦闘をすること自体、まずないのだ。街で襲われるなんてことはまず無いだろうけれど。
「やっぱり、ユウイチさんも杖を作ってもらったどうです? 長杖は無理でも、短杖であれば懐に持っていても大丈夫な気がしますけど」
「うーん……、杖があった方が魔法の威力や発動速度も上がるだろうけど、殆んど使わないと思う。そもそも俺は刀で打ち合っている時に、距離を取った時に攻撃を途切れさせないために魔法を撃っているようなもんだからな」
弱い敵だったら刀だけで瞬殺出来るが、同ランクか自分よりも強いモンスター相手だと、刀だけでは倒せない。後ろからシルヴィアとユリスの援護が当たっとしても、削り切るのに時間が掛かってしまう。それだとこちらが不利になるだけだ。
なので二人だけに魔法での攻撃を任せるのではなく、自分自身も敵が距離を取った時やあえて自分から離れた時に魔法を打ち込む。こういった戦い方をしている為、杖は必要ないのだ。離れた時に一々杖を出していたら、その間の時間が勿体ない。
「あった方がもっと強くなると思うんですけどねぇ」
「俺は剣士だし、魔法の威力はそれほど気にしていないよ。……そもそも威力どうこうの以前に、性能がヤバ過ぎるんだけどね」
魔力の消費効率や扱い方などは最近二人から教えて貰っている為、少しずつ良くなっている。おかげで、生物対象にした分解も、ほんの少しだけだが消費量が減っている。このままいけば、大量に魔力を消費しなくても生物を分解出来るようになるかもしれない。
そのためには毎日自分の魔力を一点に集めて、それが乱れないよう制御する必要がある訳だが。はっきりいて地味な訓練方法だが、魔法使いであれば皆やっていることなのだそうだ。これを毎日続ければ、効率がより良くなっていく。
その人の才能とかもあり個人差もあるが、大体二、三ヶ月あればそこそこ効率が良くなるそうだ。ずっと小さいころからそれを行っている二人には敵わないだろうけれど、それなりによくなれば少ない魔力でより強力な魔法が撃てるようになるだろう。と言っても、再構築魔法による物理現象なわけだが。
「やっぱりボクも、近接戦闘が出来るようになった方がいいですかねぇ?」
「急にどうした? ユリス」
「いえ、ただ距離を詰められてもある程度戦えるようになっていれば、生存効率が上がるかなーって思っただけなんですけど、Bランク辺りにもなると純粋な剣士でなければ身体能力で互角に戦えませんよねぇ……」
「身体強化を使えばある程度は可能だろうけど、それで戦うとなると厳しいかな。先読みして攻撃を躱しながら、並列して魔法の詠唱、発動なら出来そうだけど」
「動きながらの魔法の詠唱は一種の高等技術なんですけど……」
詠唱は魔法を発動させる為に必要な物だ。それをすることでイメージをより具体的にすることが出来、威力が上がる。イメージが鮮明であれば鮮明であるほど、強いのだ。
なので悠一の言ったように敵の攻撃を躱しながらの詠唱は、難しいのだ。目の前の敵に集中しているとどうしてもそっちの方に意識が言ってしまい、イメージしながらの詠唱は中々出来ない。なので、動き回りながらの魔法詠唱は、魔法使いの間では高等技術として扱われている。
「まあ、それが無理ならひたすら躱し続けて、俺かシルヴィアが援護した後に距離を取って詠唱をするっていう戦い方もありだな。今度敵の動きを先読みして躱すための訓練、しておく?」
「そうですね。やっておきましょう」
「あ、なら私もいいですか?」
「構わないよ。じゃあ、シルヴィアの杖が出来上がった辺りから、その訓練を始めようか」
「「はい!」」
とりあえずそのことを決めると、二人は元気よく返事をする。怪我をさせる訳には行かないのでもちろん木刀を使用し、思い切り手加減をするつもりだ。だんだん慣れてきたら、少しずつ上げていくつもりだが。
どんな訓練にするかの方針を考えながら、悠一は二人と一緒に街を回って行く。武具屋は、特にほしい武器がある訳ではないので無視して、雑貨屋や服屋、書店など様々なところを回る。書店には中級魔法の魔導書が並んでおり、手に取って見てみたら複雑な数式や文字が並べられていた。
一目で魔法の構築式であることは理解出来たが、その内容までは分からなかった。その時に、この構築式その物を自身の魔法で構築すれば使えるのではと考えたが、そもそも書かれている内容を理解出来そうもないし、別になくても良いので止めておいた。
書店では魔導書は購入しなかったが、代わりに小説やこの世界の料理本をいくつか購入した。いつまでも前世の知識の料理をするわけには行かないのだ。幸いこちらの料理は洋食に似ているので、悠一でも作れそうだ。
雑貨屋は油などの調味料や持っていない調理器具、少なくなってきた食料を大目に買い込んだ。ワイバーンの肉もまだまだあるがそれでも少なくなってきているので、普通の牛肉や豚肉も買い込んだ。そろそろワイバーンを狩って、またハムや燻製肉を作ろうかと考えた。
服屋ではシルヴィアとユリスがどれにしようかを必死に考え、悠一は自分が気に入った色の服を適当に選んで籠に入れていた。私服はそれほど着る訳ではないが、やっぱりあった方がいいと思ったのだ。二人は籠がいっぱいになるほど購入していたが。
「はぁ~、たくさんお買い物しましたぁ~」
「可愛い服もたくさん買えましたし、満足です~」
もうそろそろ昼頃なので適当な飲食店を探している時に、二人がホクホクとした顔でそう言う。服に付いてはそれほど頓着していない悠一は、どうしてそんなに買い込むのかが分からなかった。けど、二人が喜んでいるのであれば、それはそれでいいかと頬を緩める。
昼が近いので街は更に活気付き、あちこちで客の呼び込みをしている。
「海洋都市ヴェラトージュ産の、白身魚の塩焼きはいかがですかー! 一本250ベルですよー!」
「農業都市原産のA5ランクの牛肉を、贅沢に使った串焼きを販売しておりまーす! 今なら一本200ベルでーす! どうぞお買い上げくださーい!」
この時間になってから様々な露店が、様々な手軽な料理を販売を始めている。あちこちから空腹を刺激する香りが漂ってくる。腹が鳴りそうなのを我慢して歩いていると、小さいけれど雰囲気の良い木造の飲食店を見つけた。
どうやらパスタを専門にしている店の様だ。試しに入ってみると、中には人はいるが多くも無く少なくもない程度だった。パスタの香ばしい香りが漂っており、更に刺激される。
「ここで昼食を取るとするか」
「パスタ専門店ですか。どんなのがあるんでしょうか」
「いい雰囲気のお店ですね~」
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
三人が店の中に入ると、ウェイトレスが出迎えてくる。年上っぽい雰囲気の女性で、クールな印象を受ける。
「三人です」
「三名様ですね。では、空いているお好きな席へどうぞ」
そう言われて適当な席を選び、そこに腰を掛ける。そのすぐ後に水の入ったコップとメニューを持ってきた。
「それでは、ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
ウェイトレスはそう言うと深々と頭を下げてから、その場から立ち去って行く。それを見届けてから悠一はメニューを開いて、どれにするかを選び始める。種類が多くてどうしようかと少し考えるが、トマトソースパスタを選んだ。
シルヴィアとユリスは悠一よりも少し長く考えていたが、何にするのか決まったのかメニューを閉じた。三人とも決まったのでウェイトレスと呼び、早速注文する。シルヴィアはクリームチーズパスタ、ユリスは海鮮パスタだった。
海鮮物は鮮度が命なので海の近く以外ではあまり出回っていない印象があるのだが、こちらの世界には冒険者が使っている魔法の鞄がある。その鞄は入れた物の鮮度をなるべく長く保たせる保存の魔法が掛けられており、これさえあれば海鮮物をある程度遠くの所まで運ぶことが出来る。
今いる街は海洋都市ヴェラトージュにそこそこ近いので、原産地ほどではないが鮮度の高い海鮮物を食べることが出来るのだ。
「海洋都市か……、次はそこに行ってみようかな」
そう悠一が何気なしに呟くと、二人が顔を赤くしてジト目で睨んできた。何でと思ったが、すぐに理由を察した。
「あ、いや、別にそう言う意味で言ったんじゃなくて、ただ釣りとか出来そうだなーって思っただけで……」
そう言いつつも二人に似合いそうな色の水着姿を想像してしまい、顔が熱くなっていく。
「……本当ですか?」
「変なこととか、考えていませんよね?」
「考えてない考えてない!」
少しオーバー気味に否定するが、本当は少し二人の水着姿を見てみたいと考えてしまっている。それを悟られたら大変だ。物凄くいたたまれない気持ちになってしまうだろう。
顔を赤くして疑り深い視線を向けてくるが、やがて二人は溜め息を吐く。
「ユウイチさんがそう言うのであれば、そういうことにしておきます。ですが」
「隠し事はあまりしない方がいいですよ?」
誤魔化したのはバレているようだ。シルヴィアは恥ずかしそうに顔を伏せ、ユリスは赤い顔を向けてそう言う。そんな二人に悠一は、鼓動を高鳴らせてしまう。
結局少しの間まともに顔を見て話すことが出来なくなり、料理が運ばれてくるまで口を開くことが出来なかった。料理が運ばれてきてからは少しずつ気分が落ち着いてきたので、少しずつ会話をしていき次第に楽しく話すようになった。
談笑しながら昼食を食べていき、約三十分後に完食。食後のデザートと紅茶も楽しんでから、勘定を払い街の散策を再開した。
♢
「はふぅ~、楽しかったです~」
「たくさん歩いて、脚がくたくたです~。けど楽しかったので、よかったです~」
一日中ずっと街を散策した三人は、外で夕食を取って宿に戻って来た。悠一はそれほど疲れている訳ではないが、シルヴィアとユリスは少し疲れているようだ。今二人は、ベッドの縁に腰を掛けている。
どうしてもそれに意識してしまうが、なるべく冷静を装う。
「さて、明日はどうする? 今日と同じように街を回る?」
「ん~、私は構いませんけど……。ユリスは?」
「ボクも構いませんよ。まだ回り切れていないところもありますし」
この街は非常に広いので、ユリスの言う通りまだ回り切れていない。はっきり言ってしまえば、シルヴィアの杖が完成したら次の街に向かうつもりなのだが、また何かあってここに戻ってくるかもしれない。もしそうなった時の為に、あらかじめ街の構造を知っておいた方がいい。
明日もまだ行ったことのない場所に行ったりすることに決定し、今日はもう休むことにした。シルヴィアとユリスは湯船にお湯を張って先に風呂に入り、その後で悠一も風呂に入る。もちろん、湯船には浸かっていない。
風呂から上がって寝間着に着替え、ベッドに潜り込んで瞼を瞑る。が、どうしてもシルヴィアとユリスのことを意識してしまい、中々寝付けなかった。結局悠一が眠りに就けたのは、その三時間後だった。




