表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/99

64 三人の休日

 武具屋にシルヴィアの杖を作るように依頼した次の日、三人は街の中を散策していた。昼近くとはいえまだ午前中だというのに活気に溢れており、人々が道を行き交っている。どこの街も同じなのだろうかと思いながら歩き、道端にある露店を見やる。


 今日はシルヴィアが杖を持っていないので、クエストには行かないのだ。シルヴィアは自分のせいでと謝って来たが、適度の休息も必要だと言って頭を上げさせた。それに、昨日あんなヤバい奴のいる森に連れて行ってしまったので、それの償いというのもある。


 何でも好きな物を奢ると言ってあるので、明日程度の出費は覚悟している。服などもそれに含まれているので、今日だけでもかなり消費するかもしれないが。あと仕事には行かないので、ローブではなく私服を着ている。


 シルヴィアは紺色の袖がゆったりしているオフショルダーのブラウスに、黒のミニスカートに白のニーソックスを履いている。ユリスは白のシャツにカーキ色のカーディガン、赤のミニスカートに黒のタイツを履いている。


 もちろん見たことのない組み合わせだったので、二人の私服姿を見た時に意識してしまった。悠一は黒のズボンに藍色のシャツ、その上から白いジャケットとあまりぱっとしない印象だ。


 ローブ姿と私服姿とで大分違う二人と自分を比べてしまい、なんだか浮いている気分になってしまっていた。二人はそんな悠一を見て、格好いいと言ってくれたのは嬉しかったが。


「ユウイチさんは杖を作らなくてよかったんですか?」


 道端で行われていた大道芸をチラ見していると、ユリスがそう質問してきた。


「俺は別に杖はいらないかな。そもそも杖長くても十分魔法を使えるし、持っていると嵩張かさばりそうだし」


「杖無しで、あそこまで強力な魔法を使えるのは羨ましいですよ。ボクもそれなりに使えるつもりだったんですけど、まだまだですかねぇ~」


「いや、まだまだどころか十分だと思うけど……。ユリスとシルヴィアの方が俺より魔法に優れている訳だし」


 本来であれば魔法使いは、杖を使わなくても魔法を使える。しかし、そのまま使うと威力が低かったり安定しないので、媒体となる物が必要なのだ。それが魔力を含んだ木から作られる杖だ。


 媒体となる杖に魔力を通して魔法の構築式を魔法陣として展開し、現象として引き起こす。杖があるのと無いのとでは発動速度もそうだが、威力も異なってくる。杖に内包されている魔力もそれに加算されて、魔法となって放たれるからだ。


 なので全ての魔法使いは杖を持っている訳だが、中にはそれを必要としない者もいる。媒体なしでもそれなりに強力な魔法を発動させることが可能で、発動速度も速い。そう言った連中は距離を詰められた時に対応するために、剣を学ぶ。


 だが剣だけに偏ってしまう、あるいはその逆になってしまうので、両方を選んでかつ一流の冒険者になるのは少ない。新人狩りのアルバートや、軍国の大佐ライアンは、魔法と剣の才能に恵まれていたのかもしれない。


 そして彼らを倒した悠一は、彼らよりも優れた才能を持っていることになるのかもしれない。


「ユウイチさんは自分の魔力を使って、大気中にある魔力を使って魔法を引き起こしているんですよね? 私たちもタイに、百パーセント自分の魔力を使っている訳ではないので、魔力切れを起こす心配がないというのは羨ましいです」


「氷や鋼といった決まった形をしている魔法では、大気中の魔力を使っていないけどね」


 悠一が大気中のを使っている理由として挙げられる理由は二つ。まず、ある程度の距離であれば離れた場所に物理現象を再構築魔法で起こしたり、分解したりすることは出来る。しかし、一定以上離れると届かなくなってしまう。


 そしてもう一つは、爆発や炎を起こしたりする時、指向性を持たせることが出来ないので非常に危険なのだ。というのも、ガスを発生させてそれを燃やしているからだ。魔力その物を炎に変えている訳ではないので、風でガスがこっちに来てしまう可能性だってある。そうなると自爆確定だ。


 この二つが原因で、よく大気中の魔力を自分の魔力を使って掻き集めて、それを魔法に変換しているのだ。という説明を二人にしたが、それでも羨ましいことには変わりないようだ。悠一からしてみれば、複数の属性に適性がある二人が羨ましいのだが。


 そんな話をしていると、妙にたくさんの女性が並んでいる露店を見つけた。そこで売られているのは、クレープだった。こっちの世界にもあるんだなと、少しだけ驚いた。


 女性がたくさん並んでいる理由は、やはり甘さが控えめだからだろう。この世界では、スイーツやお菓子は高ければ高いほど甘くなっている。最高級の物となると、もはや砂糖の塊と思うくらい甘い。


 男性はともかく、女性は自分の体形を非常に気にする。なので、平民貴族問わずお手頃なスイーツは女性人気が高い。そして悠一と一緒に行動している少女二人も、スイーツが大好きだ。目を輝かせて店を見ているが、迷惑を掛けたくないと我慢して自身の服の裾をぎゅっと握っている。


 それを見た悠一さすぐに察し、小さく苦笑する。


「別に我慢しなくてもいいんだけど? 昨日君らに少し嫌な思いさせちゃったし、何でも好きなのを奢るって約束しただろ」


「約束はしていますけど……、何と言いますか……」


「ご飯もそうですけど、パーティーを組んでからずっとユウイチさんが作ったり、お金を払っていますし……」


 二人は揃って顔を少し赤くして、そうぼそぼそと口にする。


「気にしなくてもいいよ。ここ最近料理が楽しいって思い始めているし、それに二人には助けられているし食事代くらいはね」


「でもお世話になりっぱなしなのはちょっと嫌です……。これからは、せめて交代にしませんか?」


「ボクもそれがいいと思います。ユウイチさんだけに全部任せるのは、なんだか申し訳ないので」


「……そうだな。ごめん、そこら辺はあまり考えていなかったよ。今日は俺が払うけど、これからは交代交代でやろう。飲食店での勘定は割り勘の方がいい気がするけど」


 女の子にお金を全部払わせるのは、男として情けない気がするので、そこだけはせめて割り勘にするべきだろう。二人もそれで納得してくれて、表情が明るいいつものに戻った。


 早速三人は列に並ぶと、やはりというかなんというか、女性しか並んでいない。いや、男性もいるのだが非常に居心地が悪そうだ。悠一もその男性の気持ちに同情し、落ち着かない感じになった。それに、慣れてきたとはいえ、周囲からの視線が痛い。


 一般男性や男性冒険者たちが、悠一に対して凄まじい程鋭く殺気の篭った視線を向けてくる。ここのところ、二日に一回のペースで絡まれる。昨日も絡まれている。


 もちろん理由は「気に入らない」からである。絡まれた時シルヴィアとユリスは組合内にあるアクセサリーショップにいたので、特に問題は無かったが。絡んで来た輩はその場で即座に伸して、逃げるように二人のいる店がある三階まで移動した。


 今現在も周りにいる男性たちが悠一のことを見て、鋭い目付きで睨み付けていた。それに気付かないはずないので、やれやれと溜め息を吐く。


「そう言えば、本当に今更ですけどユウイチさんって、剣術の技の名前を口にしていますよね? あれってどうしてです?」


「あー……、出来れば触れて欲しくない話題だったかも……」


 一緒に行動し始めてからこのことについて何も言われていなかったので、大丈夫かなと思っていたのだが、ここに来て聞かれてしまい恥ずかしそうに目を逸らす。


「俺が住んでいたところのすぐ近くに仲の良い友人がいてさ、そいつも同じところで剣術習ってたから、お互いに競い合っていたんだ」


「楽しそうですね、それ」


「実際楽しかったさ。で、途中で勝ったら負けた奴に一つだけなんでも命令出来るっていうルールを作ったんだ。そっちの方が面白いからって理由で。今思い返すと、全力で否定しておけばよかった後悔しているよ……」


 若干遠い眼をして、そんな過去のことを語り出す。あの時はまだ幼かったのでそれがどうなるのか理解していなかったが、今思うと非常に恥ずかしい命令をされることがあるので、止めておけばよかったと遅まきながら後悔している。


「そんでさ、そんなルールを作ってから一週間くらい経った辺りで、不意を突かれて負けちゃってさ。その時に技を使う時に口にするようになんて命令されたんだ」


「そう言うことだったんですね……」


「でも、それってユウイチさんが勝てば取り消せるんじゃないですか?」


「あぁ、取り消せる。流石に恥ずかしいから止めさせる為にもう一回勝負したんだけど、また負けてさ。その時の命令が、『さっき命令したことは、絶対に取り消してはいけない』だったんだ。で、まあ結局そのままになってな。要するに、小さいころにそんなことがあって技名を口にさせられたもんだから、癖になったんだよ。俺だけだと恥ずかしいから、次の日に負かして同じ命令してやったけど」


「本当に楽しそうですね」


 ユリスの言う通り、本当に楽しかった。色々恥ずかしいことをさせられたりはしたけど、それでも楽しかったことには変わりはない。もう道場にいる友人と剣を交えて、互いに競い合うってことが出来なくなるのは悲しいが。


 今頃どうしているんだろうなと思いながらも、そこから展開していった思い出話に花を咲かせた。昔のことを話している間列は少しずつ進んでいき、やがて三人の番が回って来た。


「いらっしゃいませ~、ご注文は何になさいますか~?」


 店員は女性で、どことなくふわふわしている感じがする。話し方も間延びしているため気が抜けていそうな感じがする。そして、その人も美形だった。


 この世界には美形しかいない気がすると思いながら、適当にブルーベリーを選ぶ。シルヴィアはイチゴで、ユリスはバナナチョコを選ぶ。この世界にも前世の果物と同じのがあるんだなと思いながら数分待ち、出来立てを受け取る。


 受け取ると生地がほんのりと暖かくて、甘いいい香りがする。


「お買い上げありがとうございました~。またのお越しを~」


 間延びした声を聞きながらその場から離れ、少し歩いたところにあるベンチに腰を掛けて、そこで食べる。まだ全然昼前だが、先に甘い物を食べるのもありかもしれない。


 早速クレープに齧り付いてみると、ブルーベリーの甘酸っぱさとクリームの甘さが合わさって、とても美味い。少しクリームが甘い気がするが、むしろそれがブルーベリーの美味さを引き立てている。


「とても美味しいです~」


「果物とクリームの甘さとチョコレートのほろ苦さが合わさって、いくらでも食べられそうです~」


 二人も嬉しそうに、クレープを味わうように食べている。悠一もどんな味なのか気になるには木になるのだが、流石に食べさせ合いは出来ない。それなりに長く一緒に行動しているとはいえど、守り守られ頼り頼られる仲間でしかない。


 若い女の子とそう言う関係にはなりたいと思うのは、思春期男子として当たり前なのだが、恋人でも家族でもないので、食べさせ合いというのは出来ない。というか、そんなことをこんな人目のある場所でしたら、呪い殺されるのではないかという視線を向けられるかもしれない。


 最悪何かしらの問題が起こるかもしれないので、それだけは御免だ。そもそもそんなことをする勇気がないのだが。今だって、三人で一緒にいるだけでも目立っているのだから。


 黒髪はこの世界ではまずいないので、悠一は目立たないようにしていても注目の的になってしまう。一回髪の毛を染めようかと考えたが、髪を染める為の物が無い。それ以前に、染めるという概念が無い。なのでそれについては諦めている。


 ならばフードを被るか帽子を被ればいいかもしれないが、それだと今度は別の意味で目立ってしまうので却下。結果、普通でいる方が変に変装するよりも目立たないということになり、そのままだ。


「そう言えばさ、ユリスはAランク冒険者だろ? 二つ名とか付けられていないのか?」


 半分ほど食べたところで、ふと気になったことを質問してみた。以前聞いた話では、二つ名というのは少なくとも中堅上位か上級冒険者にならないと付けられない。今の悠一とシルヴィアはBランク。上級冒険者なので、いずれ二つ名は付く。


 それに対しユリスは出会った時から既にAランクだ。Aランク冒険者になると、二つ名を着けられていないということは、まずあり得ないのだ。なので気になって聞いたのだが、ユリスは頬を赤く染めて恥ずかしそうに目を逸らした。


 その反応からして、やはり付いているようだ。


「組合から正式な二つ名は付けられていますけど、正直恥ずかしくて……」


「そう言うもんなのか?」


「冒険者は皆、憧れる物だと思うんだけど」


「ボクだってカッコいいなーって思うけど、いざ自分も付けられると恥ずかしいよ? 自分からそれを名乗るのはちょっと……」


 確かに、変に二つ名を付けられると恥ずかしいだろう。悠一も健全な男子なので、そう言うのには憧れている。けど、ユリスの言う通り自分が付けられて、~のユウイチと呼ばれると思うと、なるほど確かに恥ずかしい。


 憧れる一方で、あまり変なのは付けられたくはないなとひっそりと願う。


「シルヴィアはまだ大丈夫かもだけど、ユウイチさんはもうすぐ付けられるんじゃないでしょうか? 冒険者の間では、最強の剣士【剣聖】再来だって噂されていますし」


「再来? 過去にもいたのか?」


「はい。というか、唯一のZランク冒険者がそうだったようです。魔法を使わずに剣一本だけで、SSSランク災害級指定のシルバリックドラゴンを倒したと英雄譚に書かれていますし」


「SSSランクを剣一本かよ……。そんだけ強いから【剣聖】と呼ばれた訳だけど、俺なんかにそんな二つ名を付けていいのか? 実力に差があり過ぎるんだけど」


「いいんじゃないですか? 元Sランク冒険者の【剣帝】のライアンを剣で倒したんですから。剣においてはほぼ最強クラスだったようですし」


 ライアンは若いころはそれこそ、剣において右に出る者はいないと呼ばれていた故に、彼が第二の【剣聖】ではないかと噂されていたが、冒険者を辞めてしまったためそれが付けられることは無かった。その後になってから現SSSランク冒険者に最も【剣聖】に近い剣士が出て、今度は彼なのではないかと噂されるも、そこに悠一が乱入してきた。


 ランクはまだBランクと低いものの、ライアンを剣で倒し様々な功績を次々と出している。なので今度は悠一がそう噂されている。だがSSSランク冒険者と悠一、どっちが一番剣に優れているとはっきりしていない為、意見が分かれているそうだ。


 別に二つはなあっても無くても構わないと思っているが。


「まあ、それよりもだ。ユリスはどんな二つ名が?」


「うっ……、出来れば訊いてほしくなかったです……」


 そう話を振ると、ユリスは顔を赤くする。


「私も気になるかな~。どんなのなのか、教えてよ~」


「シルヴィアまで……」


 シルヴィアもどんなものなのかを興味を持ち、ユリスに迫る。ユリスは言い難そうだったが、やがて観念したのか小さく溜め息を吐く。


「……【聖女】、です」


 少しの間の後に口にしたのは、彼女自身の二つ名だった。彼女にこの二つ名が付いた理由は、光魔法が使えることと、明るく優しい性格をしているからである。ただ、これのせいで攻撃魔法が不得手だと思い込んでいる輩もいるのが、悩みの種でもある。


「【聖女】? 結構いい奴じゃないか?」


「ボクだって最初は嬉しかったですけど、冒険者の間で【聖女】ユリスって呼ばれるようになってから、だんだん恥ずかしくなって来て……」


「そ、そうか……」


 顔を耳まで真っ赤にして俯きながらそう言い、悠一はどう反応すればいいのか分からなくなった。そこまで恥ずかしかったのだろう。


 やはり憧れるけれど、恥ずかしいのは嫌だと思いながら、クレープを食べていく。

面白いと思ったら、評価お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ