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59 白い毛の化け物

 森の中に入ってから数十分が経過した。三人は数多くのモンスターと遭遇したが、どれもすぐに討伐している。身体的な疲労は全く無いが、シルヴィアとユリスは精神的にぐったりしていた。


 というのも虫型モンスターと遭遇するからだ。虫型モンスターは、基本体は非常に大きい。中には五メートルも行く個体もいる。虫が苦手な人にとっては、悪夢以外何でもない。それ以外にも、ディヴィアントエイプもいるので、そっちの方を警戒しておりそれで精神的に疲れているというのもある。


 まだそのモンスターとは遭遇していないが、二人は絶対に遭遇しないようにと心の中で祈っている。知らず知らずのうちにフラグが建っているかもしれない。


「それにしても、索敵を使おうにも気に魔力が宿ってるから妨害されて使い物にならないな」


 歩きながら索敵魔法を発動してみるが、広い範囲に魔力反応を感知してしまい、それがモンスターの反応を妨害してしまう。こういった場所では非常にモンスターの奇襲を受けやすいので、悠一は周囲に神経を張り巡らして警戒している。


 もし奇襲してきても剣の間合いに入り込めば、即座に反撃出来る。五十嵐真鳴流の技の中には、神経をドーム状に広げてそれを絶対防衛範囲とするものがある。その範囲は使っている武器によって変化するが、その感度は非常に高い。


 広げているとその範囲に入っているもの全てを、目を瞑っていても分かる。なので仮に奇襲してきても、その範囲内に入ってしまうと体が勝手に反応して、即座に斬り倒す。これを応用した剣術が中伝にあり、『白霧蛟びゃくむみずち』という剣術だ。


 絶対防御範囲内に入ってくるもの全てを一刀両断して行くので、乱戦向きである。全部体が脊椎反射の方に反応するため、振るわれる剣の速度は凄まじい。


 今もその範囲を広げてあるので、奇襲されても大丈夫だ。誤って二人を傷付けなければいいが。


「こうも索敵魔法が阻害されてしまうと、いつモンスターに襲撃されるか分かりません……」


「ちょっと怖いです……」


 なるべく悠一から離れないように背後にぴったりと着き、ローブの裾を摘みながら二人はそう言う。若干体は震えており、怯えているのが目に見えて分かる。可愛いなと思いつい頬が緩んでしまうが、すぐに集中して範囲内に限定して集中する。


 そして数分が過ぎた頃、気配を感じた。その気配を感じた瞬間には、それは既に絶対防御範囲内に入っており、反射的に悠一の体が反応する。即座に抜刀して右へと薙ぎ払う。


 斬られたのは小型恐竜のようなモンスターだが、異常な反応速度を見せた悠一の前で何も出来ずに絶命する。モンスターの名前はランポニスリザードと言い、Bランクモンスターでそれなりに強力なのだが、めきめきと強くなっていく悠一の前では無力だった。


「び、びっくりしました……」


「飛び出して接近してきたと思ったら、もう斬られていましたね。これもユウイチさんの剣術ですか?」


「んー、剣術というより技術かな。人間ってさ、熱いとか痛いって感じたら、反射的に体が動くだろ? 所謂脊椎反射ってやつ。痛みとかを感じたらその情報が脳に行かず脊椎が反応するのは知っているよね?」


「それはまあ、知っていますけど」


「でだ、俺は神経を刀が届く範囲まで広げて、そこにこのモンスターが入り込んできた瞬間にそれを刺激として認識して、脊椎反射で斬ったんだ。脳から伝達されるよりも先に体が動くから、普通に振るうよりも速く攻撃出来るんだ」


 そこまで説明すると、二人は少し呆れたような表情をしていた。最近になって敵の次の動きが分かる【天眼通】を覚えたというのに、元々それすらも必要ないほどの技術を身に着けていたのだ。


 一見刀の届く範囲なので元からその中に入っていれば大丈夫だと思うかもしれないが、悠一は自在にその範囲を狭めたり広げたりすることが出来る。なので刀が届く範囲まででなくても、ちゃんと刀が振るえる範囲まで狭めれば、何の問題もない。


 他にも意図的に極限まで集中することで世界がゆっくり動いているように見え、自分の動きがその間だけ早くなるという技術もある。これはスポーツなどでは一般的に『ゾーン』と呼ばれている現象だが、五十嵐真鳴流ではこれを『修羅の境地』と呼んでいる。


 悠一も使えるには使えるが、あまり連発したり長時間使用すると体への負担が凄まじいことになる。なので滅多に使うことは無い。ちなみに使った場合、その時だけ常時【天眼通】発動状態のようになり身体強化を掛けているかのように動きが速くなる。実はエルフの里防衛の時、ライアンと戦っている最中に使用している。


 気付いた時には既に懐に潜り込んでいるという方法にも使える為、ライアンとの戦いの時にも使用していたのだ。初見殺しの技なのだが、予想外にも躱されてしまったのには驚きだったが。


 このことも話そうかと考えたが、そうするとまた呆れられるだけなので話さないでおくことにした。もし使ったとしても【天眼通】と身体強化を掛けただけだと誤魔化すことも出来る。


 絶対防御範囲のことについて説明した後、三人は少しずつ奥の方に向かって行く。モンスターはそれほど多くは無いので、遭遇してもすぐに討伐は出来ている。だが中には中々に強いモンスターがおり、倒すのに掛かってしまうこともあった。


 それでも無傷で討伐出来たので、上出来だろう。進んでいくうちに虫型モンスターの数も減って来たので、シルヴィアとユリスも怯えることなく戦っているそれでも不安要素はあるのだが。


 襲ってきた狼モンスターを連携で倒し、その討伐部位を剥ぎ取っていると上から気配を感じた。顔を上げてみると、太い木の枝に片手でぶら下がっている白い毛をした猿がいた。


「もしかして、奴らと同類じゃないよな……?」


「どうかしたんですか、ユウイチさ……」


 近くに生えている薬草を採取していたユリスがそう言いながら上を向くと、そのまま固まった。シルヴィアも一緒になって顔を上げると、同じように固まった。そして次第に顔が青くなっていく。


「さ、最悪です……」


「どうして……こんなところで……」


 察するに、あの猿が二人の話していたディヴィアントエイプの様だ。白い毛の猿はシルヴィアとユリスを見つけると、恍惚とした表情になりぶら下がっている枝から手を離す。着地したディヴィアントエイプは猛スピードで、二人に向かって突進していく。


 そして跳び上がって襲い掛かろうとしたところで悠一が後ろから割って入り、顔面に蹴りを叩き込む。蹴り飛ばされたディヴィアントエイプは少し離れた木の幹に激突するが、全く意に介していないようだ。


 鼻から鼻血をぼたぼたと流しながら立ち上がり、息を荒げる。もしこれが人間だったら、完全にヤバい奴だった。今でも十分ヤバいのだが。


「つか、顔面蹴られても立ち上がるとか。どれだけ執着心凄いんだよ」


 そう言いながら瞬爛を鞘から引き抜き、下段に構える。通常の刀よりも倍近い長さがあるので、その分離れた場所から攻撃出来る。二尺三寸の刀よりも大きい四尺刀だが、五十嵐真鳴流剣術は使える。


 もしこの世界ではなく前世だったら無理かもしれないが、この世界はレベルが上がって行くごとに筋力が上がって行く。二尺三寸の刀でも扱いやすいのだが、レベルが上がって行くごとにだんだん軽く感じていたのだ。


 程よく重い刀の方が悠一には扱いやすいので、今の四尺ほどの長さはある瞬爛はとても使いやすい。大太刀に部類されてしまうので若干遅くなってしまうかもと懸念したが、二尺三寸の刀を振るっている時とそう大差は無かった。


 ディヴィアントエイプがまた飛び掛かって来たので、地面を強く蹴って間合いに踏み込み、刀を振るう。体を空中で捩って躱そうとしたが肩口を斬られ、血が噴出する。しかし、それでもなお悠一の後ろにいる二人を狙っている。


 流石にこれ以上怖がらせるのも良くないので、闇属性を開放する。闇属性は光と対極にある物で、動きが非常に遅い。攻撃にするには武器にそれを纏わせて直接攻撃しなければならないが、それ以外にもそれに適性があれば召喚魔法も使える。


 召喚魔法は遭遇したモンスターを弱らせた後、それに自身の魔力を流し込み、契約することで使えるようになる魔法だ。契約したモンスターは普段は宿主の魔力内に入り込んでいるが、召喚魔法が行使されると実体化して外に出てくる。


 ただこれは難関魔法の一つなので、仮に適性があっても使えるとは限らない。他には、重力を操作するという能力もある。そして悠一の刀に付与されている闇属性は、まさにその重力を操る魔法そのものであった。


 今まで通り斬撃として飛ばすことは出来る。炎や風、氷などよりは速度は遅いが、それでも勢い良く振られた刀から放たれるので剣速と同じ速度で飛んでいく。悠一は闇を斬撃とした飛ばすのではなく、刀に圧縮して表面に纏わり付くようにする。


 こうすることで、斬られたところの重力を操ることが出来る。他にも振り下ろす時だけ刀の重さを一気に上げることで、威力を跳ね上げるということにも使える。今回悠一は振り下ろす時だけ、一気に重くなるようにしている。


 自分で振り下ろす時の勢いと重力の重さが重なり、凄まじい威力を発揮する。脳天に叩き込もうとするが、また回避行動を取り左腕だけが斬り落とされる。だがディヴィアントエイプはそんなのを気にせず、二人の所に向かって行こうとする。


「流石にここまで来ると引くな……。どんだけだよ、本当にオーク以上じゃないか……」


 剣では見切って躱されるというより勘で躱されてしまうので、躱すことの出来ない程の鋼の槍を構築してそれを一斉に放つ。全方位から一斉に襲い掛かってくる無数の槍を躱そうとするが、そんなことは出来るはずがなく串刺しにされて絶命する。


「やれやれ、どんだけ女の子にしか興味ないんだよ、このモンスターは。……どうしよう、こいつの討伐部位、無性に回収したくない……」


 どうしても思い出してしまうのは、ここ最近あまり遭遇しないか前は良く遭遇していた赤毛の変態猿エキセントリックエイプとその上位種であるエキセントリックコング。タイプは同じだがそれでも別のモンスターだということは理解しているのだが、それでもどうしてもあれと重なってしまう。


 悠一も倒したモンスターの討伐部位は基本回収するが、奴らだけは例外だった。そして今串刺しにされているモンスターもまた、その例外に入ってしまった。


 とりあえず回収はしないことにして、槍ごと分解してそのままその場を後にした。

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