57 ゴロツキ鎮圧
エルフの里の防衛クエストをこなしてから四日が過ぎた。今日もまたクエストを受けるつもりで組合に来て掲示板を眺めていたのだが、悠一はそこで首を捻っていた。ここ数日は強いモンスターが多くやりがいのあるクエストが多かったのだが、今日はそれほどいい物が無い。
相変わらず報酬は破格の物なのは変わりはしないが、どれも内容が薄いと言った方がいいのだろうか。期待しない方がいい物しかない。だがこれは仕方のないことなのだ。
迷宮都市と呼ばれてはいる物の、街の下にあるダンジョンは既に攻略済みなのだ。なので数多くのモンスターが間引かれており、必然的に内部に存在するモンスターの数は少なくなる。
仮にモンスターがダンジョンから出て来ても、その出入り口に立っている衛兵が討伐してしまうし、ダンジョン内には多くの冒険者が出入りしており、モンスターの数は多過ぎず少な過ぎない。常に一定の量が保たれているような物なので、想定外の状況にはなりにくい。
時々起こったりはするが、それほど危険な物ではない。ちょっとそう言ったところを求めている悠一にとっては、今日のクエストとこの街のダンジョンは大したものではないのだ。
「どうしようか……、いっそ街の外に出て、そこでモンスターを狩って行くか? いや、でもこの周辺にはそんなにモンスターはいないし……、どうした物か」
Aランククエストの方も見て、そこにも中々いいものが無いのを確認すると、やれやれと溜め息を吐きながらそう言う。ちらりとSランククエストの張られているところを見てみたら、どれも恐ろしく危険な物であり達成報酬も桁が一つ違った。
BやAは大体数十万から百万ベルなので、Sランク以上ともなると全て数百万から数千万ベルということになる。たった一回成功するだけでそれほどの報酬が貰えるとなると、危険度はAとは比べ物にはならない。いや、してはいけない。
中には上級悪魔の討伐という物もあり、これは明らかに例え悠一たちがAランクに上がったとしても、絶対に達成するどころか、逆に自分たちが殺されてしまう物であると認識する。なるべく戦いたくはないなと苦笑いを浮かべ、シルヴィアとユリスの待っている酒場まで戻る。
ここ最近三人は非常に目立っている。何しろ数多くの冒険者を屠って来たモンスターを倒し、次々とBとAランククエストをこなしていき、更にはエルフの里に侵略してきた軍国ヴァスキフォルの兵士とその国の大佐、【剣帝】のライアン・アルバシューズを倒したのだ。目立たない訳がない。
特にシルヴィアとユリスは誰もが目を惹く美少女であり、悠一は彼女ら二人と一緒にいる。なので、悠一は別の意味でも注目されている(主に男性、時々女性)。
冒険者たちの間では専ら、最強とも呼ばれているあのライアンを剣で倒した悠一の噂でいっぱいだ。中には最強の剣士を倒したので、【剣聖】という剣士の頂点の二つ名が与えられるのではないかと予想している者もいる。これについては、悠一本人は知らないことだが。
特にいいクエストが無かったので今日は街の外に出て、そこで探索をしようかと二人の意見を聞こうと思い酒場に向かうと、ある程度想定はしていたことが起こっていた。シルヴィアとユリスの周りに、いかにもガラの悪そうな冒険者六人が集まっていたのだ。
全員非常に目付きが悪く、まさしくゴロツキといった言葉がぴったりだ。彼らは厭らしい笑みを浮かべて二人を舐めまわすように見ており、中には舌なめずりしながら二人の歳不相応の豊満な胸を凝視しているのもいる。
おかげで二人は、少し怯えた表情をしている。これはマズいなと思い、急ぎ足で彼女らの下に移動する。
「いいじゃんかよぉ~、俺たちと一緒にいると楽しいぜぇ~?」
「そうそう! あんな冴えなさそうな男なんかより、俺たちの方がずっと満足させられるしよぉ!」
「け、結構です! ボクたちはあなたたちよりも、ユウイチさんと一緒にいた方がいいんです!」
「おぉ~! そんな可愛い顔してボクっ娘かぁ~! いいねいいねぇ!」
ユリスが大きな声で突っ返そうとするが、ゴロツキたちは引こうとしない。
「二人とも怯えているんで、その辺にしてくださいませんかね?」
そこに悠一が間に割って入る。その瞬間二人共パッと明るい表情になり、すぐに椅子から立ち上がって悠一の背後に移動する。それを見てゴロツキたちは、じろりと鋭い眼で悠一を睨む。
「てめぇ、何勝手に間に割って入って来てんだよ?」
「だから言っただろ。怯えているからその辺にしてくださいって。第一、どうしてこの二人をあんたらのパーティーに入れようと思ったのさ。男だけのパーティー、しかも全員ガラの悪い奴しかいないところに、進んで加わる女性冒険者はいないと思うんだが?」
「うるせぇ! その女は俺らが目を付けたんだよ! ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさと寄越しやがれ!」
モヒカンヘアーの片手剣使いの男が、大きな声でそう言う。かなりの人から注目されており、若干視線が突き刺さってくるが、殆んどは六人組の方に向いている。
絡んでいる六人組はCランク冒険者の集まりなのでそれなりに実力は高いのだが、そこから先に進めないでいる。理由は、素行の悪さである。この六人は何度も、他の冒険者があと少しでモンスターを倒せるといったところで突然横から入って来て、モンスターを横取りするという行為を繰り返している。
彼らはそのことはバレていないと思っているのだが、被害に遭った冒険者がきっちりとそのことを報告しており、組合は彼ら六人をCランクに留めているのだ。Bランク以上ともなると達成報酬は凄まじい物となるが、その分失敗した時の違約金も凄まじい。
被害に遭った冒険者たちはちゃんと報告しているので違約金は発生していないが、それでもモンスターの討伐部位を持って帰ってきていない為、報酬を受け取れていない。中には生活に困窮し始めてしまいそうな冒険者も出て来ていた。なので組合は、自分の本当の実力でモンスターを倒そうとしない彼らを留めている。
他にも、若くて用紙の整った女性に対して数多くのセクハラ行為をしているということもある。彼らはそれらのことがバレていないと完全に思い込んでいるのだが、全てきっちりと報告されているので全部バレている。
しかし中々ランクを上げてくれない組合を不満に思っており、それが拍車を掛けてしまっている。このままでは悪循環になってしまう。
「目を付けたからと言っても、この二人は既に俺の仲間だ。パーティーもずっと組んでいるし、そちらに渡すつもりはない。組んでいなくても渡さないけど」
「はっ! 可愛い可愛い女の前でカッコ付けてんのか? なら、今ここで無様な姿を晒しな!」
そう言いながらモヒカンヘアーの男は剣を鞘から抜き、斬り掛かってくる。シルヴィアとユリスは小さく悲鳴を上げたが、悠一の右手がぶれたと思った瞬間、迫っていた剣は届くことは無かった。
「あ?」
半ばからへし折られた剣を見て、男は間抜けな声を上げる。そして、足元の床に折れた剣が突き刺さる。後ろにいる五人と、酒場にいる冒険者たちは、何が起こったのか全く理解していなかった。ただ悠一の右腕がぶれたと思ったら、振られた男の剣が折れていた、としか理解出来なかった。
それほどまでに悠一の抜刀速度は速く、そして重く鋭い一撃なのだ。剣術を努力で極めた悠一の一撃は、鉄すらも斬る。そこに強化を底上げする魔法が付与されているので、鉄どころか厚い鋼すらも断ち切る。普通の剣であれば、簡単にへし折ることは出来る。
「てめぇ、よくも俺の剣を!」
「剣士どうこうの前に、有無を言わさず斬り掛かってくるのはどうかと思うんだが」
「うるせぇ! お前ら、やっちまえ!」
モヒカンヘアーの男がそう言うと、他の五人が襲い掛かってくる。全員剣士なのだが、その太刀筋はとても酷い物だった。これ以上ないほど酷い物だったので、自分の家の道場にいた小学生でも相手にすることは出来るだろうと考える。
シルヴィアとユリスに下がるように指示してから瞬爛の柄に手を掛けて、抜刀する。上から振り落とされてきた大剣を半ばから叩き折り、左から迫ってきた剣を身体強化を集中させた左手で掴んで握り潰し、右の剣は上に振り上げた刀を振り下ろしてへし折り、前からの突きは剣の腹を蹴って軌道をずらしてから柄を蹴って上に弾き飛ばし、最後は根元からへし折る。
全員動きもあまりにも酷かったので、素早さが高く機動力のある悠一にとっては欠伸が出るような遅さだった。
「なっ……!」
「一瞬で俺らの武器が……!?」
瞬く間に武器を失って無力化された五人は、驚愕の表情を浮かべる。
「驚くことじゃない。あんたら六人の動きは、Cランクにしてはあまりにもお粗末な物だ。よくこんなんでここまでこれたな。ほぼ奇跡みたいなもんだな。けど、このまま続けていると近い内に、命を落とすぞ。もう一度駆け出し冒険者から始めた方がいいと俺は思うな」
悠一はそう言うと、瞬爛を鞘に納める。すると、最初に剣を失ったモヒカンヘアーの男は、口元を歪めた。彼は悠一の動きや技量ではなく、その強さは剣にあると考えた。
たった一撃で鉄剣をへし折る武器となると、かなりの業物。醜くも、彼らは強い武器があればより強いモンスターを倒すことが出来るといった、稚拙な考えを持っているのだ。
「こうなったら女は諦めてやる。代わりに、その剣を寄越せ」
「だが断る。シルヴィア、ユリス、行くぞ」
即答で断り、くるりと踵を返して二人を連れて酒場から出ようとする。
「何でだよ、お前魔法使いだろ!? どうして剣なんか持っているんだよ!?」
「確かに俺は魔法使いだけど、剣士でもある。それに、どっちかというと剣の方が得意だ。剣で打ち合っている間に魔法を使うっていう戦い方だな」
「そんなんじゃあ中途半端になっちまうだろうがよぉ。折角魔法が使えるのなら、そっちを極めた方がいいって。だから、俺にその剣を……!?」
「うるせぇよ。言っただろ、俺はこっちの方が得意だって」
モヒカンヘアーの男は何かを言おうとしたが、それ以上先を口にすることは出来なかった。いつの間にか抜き放たれていた刀の切っ先が、喉元に突き付けられていたからだ。
悠一の抜刀を見ることが出来たのは、同党の一流剣士か、物凄く目のいい弓使いだけだった。それ以外は、ほんの瞬きの間に抜刀されたかのようにしか見えていない。すぐ傍にいた、シルヴィアとユリスも同じだ。
「お前は、俺の武器が強いからそれを狙ったんだろうけど、それじゃあ強くなれない。たった一本の、強度を上げる魔法を付与されていない剣一本で、どこまで行けるかを突き詰めないと途中で死ぬぞ。俺は別に、お前らが死のうが関係ないけど」
そう言って納刀し、その場から立ち去って行く。三人は酒場から出ていったが、その背中を六人は憎々しげに睨んでいた。




