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56 一時の休息

 翌朝、まだ周囲が少し薄暗い時間帯に、悠一は目を覚ました。毎日朝練を欠かさないので、だいたい同じ時間帯に起きている。


 一度大きな欠伸をかましてから頭をポリポリと掻き、ベッドから起き上がる。壁に掛けてある鏡の前に立って寝癖を整え、それから寝間着からローブに着替える。そして新しい相棒となった瞬爛を手に取り、腰に差して音をなるべく立てずに外に出る。


 もちろんまだ誰も外を歩いていないが、里の中で朝練をするわけにはいかない。門の所に行って【縮地】を使って壁を飛び越え、里の外に出る。一度入念にストレッチをして、そこから軽いジョギングで少し先に流れている、川の所まで走って行く。


 モンスターが全く出てこないので順調にジョギングして行き、やがて川に到着する。程よく心拍も上がっており、もう準備は整った。瞬爛を鞘から抜き放ち、正眼に構える。そして目を閉じ、目を閉じ感覚を研ぎ澄ませる。


 まず最初に行うのはイメージトレーニングだ。こうして意識を集中させて、過去に戦った強敵を思い浮かべてそれと戦う。あくまで意識の中でだが、結構いい訓練にはなっている。過去に戦った最も強い敵は、やはり昨日のライアンであろう。


 ダークグラディアトルとグラトニアもそうだったが、彼は確実にそれらよりも上を行っていた。大切な仲間に手を出そうと考えた輩ではあるのであまりよく思っていないが、訓練の為であれば致し方ない。悠一は昨日の打ち合いを鮮明に思い浮かべ、そして意識内で剣を交える。


「ふぅ……、こんなところかな」


 イメージトレーニングを始めてから約十数分後、閉じていた眼を開けて構えを解く。その額には、汗が滲んでいる。


 今度は刀をもう一度正眼に構えてから、素振りを始める。毎日これを二百回行っている。そして二百回振り終えたところで、そのまま型を始めようとする。すると意識を広げていたので、何かを感じ取った。


 左を向いてみると、腕が四本生えた赤毛の六メートルほどの熊が悠一を見つめていた。口からは涎を流しており、その眼は射貫かんばかりに鋭い。どうやらその熊は空腹で、悠一を食料としか見ていないようだ。


「あ、あれって確か、バーバラスグリズリーじゃないか? 肉が結構美味いって有名な」


 現れたモンスターはバーバラスグリズリーというBランク上級モンスターで、名前に野蛮バーバラスが付いているとおり、とても野蛮で強い。Aランク冒険者でも苦戦することがあるらしいモンスターなのだが、悠一にとってはそうでもない相手であった。


 空腹時は凶暴化している為、危険度は跳ね上がっているのだが、その分攻撃はとても大振りな物になる。しばしの間お互いに見詰め合っていたが、やがて我慢出来なくなったのか雄叫びを上げて襲い掛かって来た。


 腕による攻撃だったがとても大振りで、躱しやすかった。掠るだけでも重症になりかねない攻撃だが、全く問題はない。四本の腕から繰り出される凄まじい威力を持った攻撃を全て搔い潜り、懐に潜り込む。


 僅かに春蘭の刀身がぶれたかと思うと、次の瞬間には三つの斬撃が襲い掛かっていた。


「五十嵐真鳴流剣術中伝―――壬雲太刀みくもたち


 斬られた傷から血が噴き出し、バーバラスグリズリーは悲痛の雄叫びを上げる。攻撃はより大振りで単調な物になって行き、実に躱しやすい物となった。紙一重で躱していき、その中で刀を鞘に納める。


「五十嵐真鳴流抜刀術中伝―――奈屡咬なるかみ!」


 抜刀して右に薙ぎ、返す刀で左薙ぎ、そして唐竹の三つの斬撃が襲い掛かる。新しく三つの傷が体に刻まれ、更に血が吹き出る。本当であれば体を傷付けずに首を斬り落とす方がいいのだが、練習も兼ねてあるのでそうはいかなかった。


 しかしこれ以上傷を付ける訳にはいかないので、次の一太刀で決めることにした。むやみやたらに四本の腕を振り回すが全て見切って躱し、【縮地】で背後に回り込む。あえて速度を落としたのでバーバラスグリズリーは動きについてきており、右の二本の腕を回転しながら振ってくる。


 それを上に跳んで躱した後、足場を作ってそれを踏んで足に身体強化を集中させて強く蹴り、刀を突き出す。突き出された刀は違わず心臓に突き刺さり、破壊する。


 重要器官を破壊されたバーバラスグリズリーは、ズンッという音を立てて地面に倒れる。悠一は刀に着いた血を振るって落とし、鞘に納める。


「さてさてさーて、倒したはいいけどどうするか。……普通に持って帰るか。お礼ばかりされるのも、なんだか悪い気もするし」


 そう言ってから今日の朝練を早めに切り上げて、バーバラスグリズリーの血抜きを始める。こうしておかないと血生臭くなってしまい、味が落ちてしまうのだ。地面に穴を開けてから死体に傷を付けて、そこから血が落ちていくようにする。


 それまでの間素振りをして、血が抜けきったのを確認して引き車を構築してその上に載せ、引いて里に戻る。門の前に到着し、バーバラスグリズリーを担ぎ上げてまた【縮地】で壁を超える。


 既に皆が起き始める時間だったので、里の中にはちらほらとエルフが見られた。バーバラスグリズリーの死体を担いでいる悠一を見た時、若干騒ぎになったが。とりあえず事情を説明し、細やかなお礼と称して提供した。


 食料の数が昨日ので一気に減ってしまったそうなので、アーネストは感謝していた。またお礼をと言い出しそうになったが、その前にこれ以上は流石に受け取れないと断っておいた。それから一度アーネストの家に戻り、まだ寝ているであろう二人を起こしに行った。


 以前誤って二人の着替えを目の当たりにしてしまったことがあるので、反省を活かしてノックをする。


「あ、ユウイチさんですか? 少々お待ちください」


 すると中から返事が戻って来た。少し慌てている感じがするので、きっと着替えていたのだろう。ノックをしてよかったと安堵の溜め息を吐く。


 少し待っていると、ローブに着替えた二人が部屋から出て来た。その頬はほんのりと顔を赤く染めていた。朝に弱いシルヴィアも、今はしゃきっとしている。


「お待たせしました」


「いや、そんなに待っていないよ。それじゃあ朝食を取りに行こうか」


 そう言ってから三人は下に降りていく。そこでは既に朝食が用意されており、アーネストとおくさん二人と一緒に朝食を食べた。その後エルフの皆に別れを述べてから、里を出た。


 エルフの皆は悠一たちの姿が完全に見えなくなるまで手を振り続けたり、感謝の言葉を述べ続けた。



 ♢



「まさか軍国ヴァスキフォルが王国内に足を踏み入れて、エルフたちを攫おうとしていたとは……」


 街に戻って早速報告すると、受付嬢は困ったような顔をした。やはり他国が勝手に国に干渉してくるのは、よくないことの様だ。


「このことは組合長を通して本部に報告し、国王陛下に報告することにいたします。この件は、大問題です」


「分かりました。お願いします」


「はい。では、報酬をお支払いしますね」


「お願いします。あ、二人共報酬はどうする?」


 百万越えの報酬を受け取るのは中々に勇気がいる。それに、それだけの大金を持って歩くつもりはない。なので普段から報酬は山分けだが、報酬が多過ぎると基本その半分を孤児院かどこかに寄付している。


 今回もまた報酬が凄まじいので、三分割して半分を孤児院に寄付することにした。


「本当にいいお方なのですね。報酬の半分を孤児院に寄付するだなんて」


「あまり大金を持っていても怖いというのもありますけど、それ以前に使い道がありませんし、ならせめて俺たちの稼いだお金をまだ将来芽吹くかもしれない孤児たちの為に、渡した方がいいと思っているんですよ」


 孤児院は基本的に寄付されているお金でやりくりをしている。なので常に金欠に近い状態なので、そこにいる子供たちは満足な生活を送れているとは言い難い。なので、多過ぎて使い道のないお金を、せめて気休め程度でもいいから寄付してあげたいという気持ちがあるのだ。


 この三人の場合、気休めどころが普通にしばらく、少しは贅沢して暮らせるだけの金額なのだが。とにかく、三人は本来の報酬の二分の一だけを受け取って後は孤児院に寄付して、組合から出る。


 まだ昼前なのでクエストを受けることは出来るが、今日は午後からクエストをやることにしている。それまでの間、さんにんはまだちゃんと回り切っていないこの街を散策することにする。


 適当に街中をふらついたり、ローブが売られている服屋や、武具が売られている武具店、女性に人気なスイーツ店などを回って行く。魔法使いが多い街なので魔導具店にはそこそこいい性能の物が揃っているのだろうかと若干期待して入ったりしたが、ここのもいまいちだった。


 付与されている魔法の効果は凄いのだが、あまりにも限定的過ぎたり弱かったりするのだ。のちにユリスから魔導具について聞いたのだが、魔導具は武器や道具などに魔法を付与する魔法使いの腕によってその性能が左右されてしまうそうだ。


 並の魔法使いであればいまいちの性能の物しか作れないが、超一流の魔法使いが作れば強力な兵器にもなりうる。その強力な物は別名魔導兵器とも呼ばれており、主に軍が所有している。


 なので街に出回っているのは、いまいちの性能の物か、もしくはそれよりも多少効果の高い物しかないそうだ。初めて知ったその事実に若干がっかりするのは、今から少し先の話である。


 軽く街を見て回ってから軽めの昼食を取り、そして三十分程談笑してから組合に戻って、Bランクのクエストを受けた。そのモンスターは思っている以上に強力な個体であり、倒すのに中々に時間が掛かってしまった。


 やはりこのランクのモンスターともなると、一筋縄ではいかないなと改めて実感した。

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