55 新しい相棒
アーネストの家から外に出ると、既に多くのエルフたちが集まっており楽しそうに話し合っていた。そこに三人がやって来たのに気付くと、一斉に視線が集中した。若干気まずさを感じていると、その中からアーネストがやって来た。
「ユウイチさん、シルヴィアさん、ユリスさん。改めて、この里を守ってくださってありがとうございます。我々エルフ一同、感謝の印として精一杯のことをさせていただきます」
前に出て来たアーネストはそう言うと礼儀正しく腰を曲げる。それと同時に「ありがとう」や「助かりました」といった感謝の言葉が聞こえて来た。悠一はそれを聞いただけで大分満足したのだが、催されている宴を楽しむのもまたいいかもしれないと考えた。
「さあ、皆! 盃を持て!」
頭を上げたアーネストはくるりと回転して、二人いる奥さんの内の一人が持ってきたグラスを受け取ると、そう大きな声で言う。エルフたちはそれぞれテーブルに置かれているグラスを手に取って行く。悠一たちもグラスを受け取る。
「それでは、この里を守ってくださった英雄方に、乾杯!」
『乾杯!』
乾杯の音頭を叫ぶと、全員が揃って声を上げる。英雄なんて大袈裟なと思ったりしたが、エルフたちにとって悠一たちは英雄以外何でもないのだ。里の皆を無傷で守り切り、襲撃してきた敵を殲滅させたのだ。そう思うのは無理はない。
若干苦笑いを浮かべつつグラスを傾けて飲み物を飲むが、すぐ後にそれがお酒であることを知った。熱い物が喉を伝って行く。この世界では十五歳で成人となっているので問題はないが、悠一は本当にいいのだろうかという気持ちになってしまう。
ちらりとシルヴィアとユリスを見てみるが、彼女たちは普通にお酒を飲んでいた。一応飲んでいるのはアルコール度数の低いワインなので、あまり飲み過ぎなければ大丈夫だろう。加減を間違えて飲み過ぎたら、明日二日酔いになって動けなくなってしまう。
悠一もほどほどにしようと決めて、料理を更に盛っていく。森に棲んでいるエルフなので野菜が圧倒的に多かったが、ちゃんと肉や魚といったのも存在していた。ちゃんと味付けもされており、どれも美味しかった。
「ゆ、ユウイチ様」
やや躊躇い気味の声を掛けられて振り向くと、そこに数人の女性エルフが立っていた。外見は全員十代半ばではあるが、見た目年齢は当てはまらない。見た目は十代でも、実は百歳を超えているということもまんざらではないからだ。
だがそれでも年齢が全く気にならない程の美形揃いであり、危うく見惚れてしまうところだった。
「えっと、何ですか?」
「その、少しお話がしたくて……」
「話?」
「はい! 私たちは里の弓櫓からユウイチ様の戦いを見ていたのです。そして、どうやったらその若さであの境地に至るのかが気になって……」
それを聞いてなるほどと理解する。エルフたち(ダークエルフを除けば)戦いを好まない性格をしている。だがそれでも身を守るための武術程度は学んでおり、そこから人間の街に出て冒険者になるのも少なくはない。
多くは弓術を学んだりするのだが、中には剣を学ぶのもいる。今悠一に話しかけているエルフたちは女性なので、剣で戦ったりはしないだろうけれど魔法や弓矢で身を守る程度の魔法は使えるのだろう。ある程度戦いの心得があるので、悠一の強さが気になったのかもしれない。
「俺の強さは、まあ言ってしまえば鍛錬の積み重ねだけで済んじゃうんですよね」
「鍛錬の積み重ね、ですか?」
「はい。俺は実家では幼いころから、毎日剣術に励んでいたんです。最初はあまり好きじゃなかったんですけど、こうして剣を学んでいるといつか必ず、この力を誰かを守るために役立つ時が来るかもしれないと思ったんです」
そう、最初は剣を学ぶをは好きじゃなかった。毎日厳しい練習をして、父親に叱咤される。幼かった悠一は、それが堪らなく嫌だった。
何度も辞めたいと思ったりはしたが、父親が今の当主で普段は優しいが剣のことになると人が変わったかのように厳しかった。それが怖くて一度家から逃げ出したこともあったが、途中で道に迷ってしまい結局父親に連れ戻されて説教された。
そんなことがあってしばらくしてから、幼い悠一は平和な日本だが必ずこれが活かされる時が来るのではないかと思った。そこから真剣に鍛錬に励み、十年以上掛けて奧伝まで修得した。
予想外にも神様の手違いで死んでしまったが、こちらの世界では学んできたこと全てが活かされた。修得した剣術でシルヴィアを助けることが出来、何度も視線を潜り抜けた。ユリスとも合流して、そしてダンジョンのガーディアンモンスターを倒すことが出来た。
グラトニアの時も、守りたいという強い気持ちがあり、そして学んできたことが役に立った。今はもう述べることは出来ないが、ここまで育ててくれた父親に感謝している。おかげで今こうして、頼れる仲間を得て、一緒に冒険をしている。
「どれだけ鍛錬を積み、そして強い思いを剣に込めればその分強くなる。誰かを守りたいという、思いの力は人間をどこまでも強くする。俺はそう信じているんですよ」
「込められた思い、ですか」
「はい」
「素敵です! ところで、ユウイチ様はどんな思いを込めて剣を振るっていたのですか?」
「そうですね……、仲間を絶対に失いたくないから、何が何でも守り抜く。そんな思いを込めていましたね」
もちろん二人を守りたいからである。二人は悠一にとってかけがえのない、大切な仲間なのだ。心の支えにもなっているし、戦いの時でも安心して背中を任せることが出来る。
もし二人を失ってしまえば、もう戦うことは出来ないだろう。二人がいるからこそ、今こうしてこの場に立って進んでいるのだ。
そんな話をしてから今度は、話の話題がどんどん変わって行った。持っている武器から始まって、使っている魔法、どこに住んでいたのか、趣味は何なのか等々。武器はともかく、魔法と出身地は非常に答え辛かった。
一応魔法については素直に答え、出身地については適当に誤魔化しておいた。とは言ってもシルヴィアとユリスもいるので、矛盾が起きないようにだが。後はあまり個人情報などは渡さないようにした。
魔法は既に教えてしまっているので仕方がないが、弱点などは話さず伏せておいた。そんな話をしていると、一度家に戻っていたアーネストが布で包まれた何かを持ってきた。先程武器を渡すと言っていたので、その包まれている物が武器であるのは分かった。
驚いたのが、それがどう見ても剣であることだ。外見はまだ分からないが、長さからして確実に剣だった。エルフには主に弓矢しか使わないというイメージが定着しているので、剣があることに驚いた。
「ユウイチさん、これが先ほど言ったこの里にある最高の武器です。どうぞお受け取りください」
そう言いながら布を解いて行く。やがてその姿が明らかとなる。長さは悠一の持っていた刀よりも少し長く、黒く輝く剣だった。その剣からは魔力を感じられ、何かしらの魔法が付与されているのが分かる。
悠一は差し出されたそれを受け取り、一度鞘から抜き放つ。ズシリと思いそれは、刀ほどではないにしろ不思議と手に馴染む。
「この剣には強度を大幅に上昇させる魔法と、闇、炎、氷、風の四属性が付与されております。我々エルフは、変わり者でなければ剣を使わないのですが、これほど素晴らしい武器を手放すのはもったいなく感じており、家宝にしようと考えていたのです」
「え、そんなのを貰っていいんですか?」
「もちろんですとも。先程の言いましたが、あなたは人間性にとても優れており、信頼におけるお方です。どうか、受け取ってください。これが私があなた様に出来る、最大限のお礼です」
「……分かりました、この武器を使わせていただきます」
「ありがとうございます。あぁ、あとこの場で形を作り替えても構いませんよ。あなた様の魔法に少々興味がありますので」
刀に作り替えても構わないと言われたが、目の前で行うのは少し変な気持ちだ。しかし注目されてしまっているので、逃げ道は無い。
やれやれと溜め息を吐いてから、食器などが置かれていないテーブルに移動してそこに剣を置く。そして寝たことによって回復した魔力を使って、折れてしまった(一度修復しているが、付与された属性が消えている)刀と受け取った剣を鉄の塊に変える。その際別の金属も出て来たが、そのまま混ぜ合わせたままにしておいた。
それから鋼を作り出し、それらを混ぜ合わせて刀を作り上げる。長さは刀身が一メートル以上と長く、太刀というより大太刀になっている。ちゃんと付与されている物も残っており、強度を上昇させる魔法も効果が落ちていない。試しに魔力を流し込んで氷属性を開放してみると、刀身から白い冷気が出て来た。
使い方は、属性が増えただけで前使っていたのと変わりはない。
「折角だし、名前を付けてみてはどうですか?」
お酒を飲んだからか、少々顔が赤らんでいるユリスがそう言う。
「そうだな。それじゃあ……瞬爛、かな」
新たなる相棒に名前を付け、少々気分が上がる悠一。手にしっくりとなじむその刀を軽く振るってから鞘に納め、そして再び宴に戻る。たくさんの料理と程ほどのお酒を楽しみ、終わるころにはシルヴィアとユリスは椅子に座って、仲良く寄り添って眠っていた。
微笑ましい光景を見て小さく微笑み、悠一はシルヴィアを、アーネストにユリスを運ばせて部屋に戻る。そっとベッドの上に寝かしつけて掛け布団を掛け、一度優しく二人の頭を撫でてから振り当てられた部屋に戻る。
そこで寝間着に着替えてから歯を磨き、ベッドの縁に腰を下ろす。それから壁に立て掛けておいた瞬爛を見る。新しい命を預ける刀は黒く輝いており、込められている魔法などが強い。特に強度が底上げされているので、ちょっとやそっとでは壊れはしないだろう。
「これからよろしくな、相棒」
一度立て掛けられている瞬爛の近くに行き、柄頭に手を載せながらそう呟いてからベッドに潜り込む。最近若干寝不足気味だったので、悠一はすぐに眠ることが出来た。




