50 エルフの里
掲示板に張り出されていた、エルフの里防衛線のクエストを受注してから一時間近くが経過した頃、三人は里のある森の中にやって来ていた。森の中にはモンスターはいたが、その数は他と比べて圧倒的に少なかった。
その森の中にある里に住んでいるエルフたちが、定期的に間引きしているからである。代わりに、野生動物たちの数が圧倒的に多かった。彼らは野生動物を殺傷し、食べないのだ。家畜として飼ったりしているが、それは牛などで牛乳を搾りとるだけである。鶏も、産んだ無精卵のみ回収している。
なので口にする肉などは、食べられるモンスターのみである。それ以外の肉は、決して口にしない。と言う話しを、移動中にユリスから聞いた。
「なるほどね。害悪を排除する掃除人でありながらも、自然を愛する種族でもあるんだな」
「そうです。なので最も自然と親密なので、森に住み着いている精霊などとも仲がいいのです。エルフの中には、精霊と契約して精霊魔法を使用するのもいますよ」
精霊魔法は、精霊と契約をすることでその力の自身に宿し、行使することである。森の精霊であれば土と風の精霊、火山近くであれば日の精霊、決してモンスターが近付かない神聖な場所(神殿など)には光の精霊が生息している。
人間も契約することは出来るが、その難易度は恐ろしく高い。しかしエルフは、自然に最も親密でいるので、精霊と契約しやすい。なので、人間よりもエルフたちの方がずっと精霊魔法を使える数が多い。
余談だが南側には肌が褐色でダークエルフという種族がおり、こちらは魔法にも優れているがどちらかというと身体能力の方が高い。戦う時は、魔法を併用した白兵戦を行う。悠一と同じスタイルなのである。そしてこちらも全員が美形である。
「今ボクたちが向かっている里に住んでいるエルフは、王国とも友好的な関係を結んでいて、ボクたちのことを毛嫌いすることは無いと思います」
「よく街でエルフを見掛けるのはそう言うことだったのか」
「はい。ですが、何かしらエルフが嫌がるようなことをすれば、すぐに手を切って別の場所に移り住むと宣言しているようです。なのでこの防衛クエストは、ある意味とても重要な物なのです」
「防衛線にしては報酬がバカ高いと思った……」
いくらAランクのクエストでも、あそこまで高い値段は付かない。百万ベルに行くものもあるが、このクエストの報酬は二百万近い。ただの防衛クエストにしてはやたら高いなと思っていたら、そう言うことだったようだ。
そうして話を聞いている内に、三人は木で作られた壁に大きな門のある場所に着いた。その上には弓矢と杖を構えたエルフが一人ずつ立っており、下を警戒している。
「貴様たち、一体ここに何用だ!」
三人が門の近くに来ると、弓矢を引き絞って構えたエルフが大きな声でそう聞いてきた。杖を構えている方も、莫大な魔力を放出しており巨大な魔法陣が構築されている。込められている魔力量からして、上級魔法だ。
「俺たちは組合に貼られていたクエストを受けてやって来た冒険者だ。これがその依頼書だ」
シルヴィアに預けておいた依頼書を受け取り、それを広げてみせる。人間であれば見えないが、エルフは総じて視力が異常に高い。十メートル以上はある壁の上に立っているエルフたちは、広げられているその依頼書を見て、警戒の色を解いた。
「依頼を受けてくださった冒険者たちでしたか。無礼なことを言ってしまい、申し訳ございません。今から門を開けるので、少々お待ちを」
そう言うと弓矢を持ったエルフが壁から飛び降り、その少し後に門が音を立てて開いた。完全に開き切るとそこには、数多くのエルフたちが集まっていた。
その全員は、恐ろしく美形だった。特に女性は、シルヴィアとユリスでさえも見惚れてしまう程の美貌だった。悠一もついつい見惚れてしまったが、すぐに我に返る。
「あなたたちがこの里を守護してくださる冒険者たちなのですね」
「はい。一応パーティーリーダーの、ユウイチ・イガラシです。よろしくお願いします」
「私はシルヴィア・アインバートと申します。よろしくお願いします」
「ボクはユリス・エーデルワイスです。里の防衛なら任せてください!」
「……ふむ、三人ともまだまだ若いが、凄まじい力を持っている。剣士である君は、実力的に見ればSランクに匹敵する。そこの白髪のお嬢さんも、まだまだ伸びしろはある。そして金髪のお嬢さんは、実に珍しい。光属性に適性があり、上級、いや戦略級の魔法を使用出来る。これは信頼出来る方々だな」
前に出て来た一人のエルフは、悠一たちを軽く見てから、そう口にした。まさかただ見ただけでそこまで分かってしまうとは思っておらず、三人とも驚愕する。特にユリスに光属性に対しての適性があることと、戦略級魔法を使えることも見抜いていた。
一体どうしてそれが分かったのか三人とも気になってしまった。
「あぁ、どうもすみません。最近の冒険者は下心を持ってやってくる輩が多い物でして。村を守る村長として、本当に信頼出来るのかどうかを見させていただきました」
「村長だったのですね……」
エルフは軽く数千年は生きる。生まれてから十数年ほどたつまでは人間と同じ速度で成長するが、途中で肉体の変化が劇的に遅くなる。人間でいう成人する十五歳の時に体の成長が遅くなるか、二十を少し過ぎた辺りで遅くなるか、エルフによってさまざまだ。
そこからは、数十年に一歳といったペースで体の老化が進んでいく。中には百年に一歳のペースの者もいるそうだ。なのでかなり長い年月の間、とても瑞々しい姿のままでいられる。それは女性にとっては、憧れる物なのだ。
「はい。申し遅れました、私はこの里を治めておりますアーネスト・ルーベントラートと申します」
村長アーネストは自己紹介をすると、深々と頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いします、アーネストさん」
悠一もそう言いながら頭を下げる。シルヴィアとユリスは、それに続いて頭を下げる。
「さて、それではまずは私の家に案内いたします。そこでこの里で何が起きているのかをお話いたしましょう」
アーネストはそう言うと、先を歩いて行く。三人はその後を追い掛けていき、更にその後をその場にいたエルフたちが付いてくる。ここにいるエルフたちは外に出たことが無いのか、興味津々に観察するように見つめてくる。
一番注目されていたのは、やはり悠一だった。この世界では黒髪の人間は存在しておらず、黒髪黒目の人間は必ず注目される。そこに追加で前世にしかない刀を腰に携帯している。嫌でも注目を集める。
アーネストの家に着くまでの間、三人はエルフたちに様々なことを質問された。それに一通り答えた後、今度は女性たちがシルヴィアとユリスに方に食い付いた。若干世間ズレしているところがある為、シルヴィアとユリスは悠一の恋人か何かかと勘違いしたようだ。
実はこの世界では一夫多妻、またはその逆が認められており、経済的に裕福な人にそう言ったのが多い。エルフたちでもそれは同じで、村長のアーネストには二人の妻がいる。
シルヴィアとユリスは十五歳と若く、見目も麗しい。そんな二人が男である悠一と一緒にいるので、勘違いしたのだ。外の世界をあまり知らないが故に、世間ズレしているのだ。
二人が女性エルフたちに揶揄われているのを、苦笑いしながら聞き流しながら歩き続け、アーネストの家に到着する。煉瓦などは一切使われておらず、完璧な木製の家だった。扉を開けて中に入ると、草花などが飾られており、いい雰囲気の家だった。
そしてリビングと思しき場所にテーブルといすが置かれており、そこには二人の女性がいた。彼女たちはアーネストの妻たちである。やはり凄まじい美貌をしている。その内の一人は、見た目年齢がシルヴィアたちと同じだったが。
「あら、あなた。その三人の人間はどうしたの?」
「この里を守護してくださる冒険者たちだよ。人間性も問題ない」
「アーネスト君がそう言うなら安心ね。三人とも、里のことをお願いしますね」
「任せてください。何が何でも、この里を守り抜きます」
強い意志を込めて、悠一はそう宣言する。そう宣言したところで、三人は追加された椅子に座るように促され、そこに腰を掛ける。
「さて、ではどうして里の防衛クエストを組合に出したのか、ご説明いたしましょう」
そこでアーネストが、ゆっくりとした口調で説明を始めた。
♢
「……なるほど。軍国ヴァスキフォルが」
「はい。里に入り込まれる前に何とか撃退はしておりますが、皆疲弊しております。恐らく、次襲撃されたら間違いなく入り込まれて、里にいる女子供たちを攫って行くでしょう」
話を聞いている途中で何となく予想は付いていたが、やはりあの軍国ヴァスキフォルが関わっていたようだ。奴らは帝国と同じように、勝手に他国に侵入してそこで男性を殺して、若い女性や子供を攫って行ったりしている。
そんな奴らは、美形しかいないエルフに注目しない訳がない。今悠一たちのいる里のエルフたちは、魔法の能力は凄まじく高いが、身体能力は並の人間程度しかない。軍国の人間にしてみれば、距離を詰めれば簡単に捕まえることの出来る獲物でしかないのだ。
今までは王国の兵士たちが里を守っていたが、ここ最近兵士たちがあまり来なくなってしまったのだそうだ。その原因に、なんとなくだが心当たりがある。それは、悠一たちの倒したグラトニアである。
数多くの冒険者以外にも、王国の騎士や兵士なども捕食している。それらを倒すためにエルフの里を警護していた兵士たちも駆り出され、そして帰らぬ人となった。
兵士たちがいないということはそこは手薄になってしまうため、軍国はそれを好機と見た。そこでエルフの里を襲撃して来たのだが、思っている以上にエルフたちの魔法が強く、何度も撃退された。
ただし、ダンジョンで経験したように短い時間で何度も何度も攻め込まれてしまえば、いくら魔力が人間より圧倒的に多いエルフでも、疲弊してくる。奴らの狙いはそこにあったのだ。
そして今、エルフたちはそんなに戦えない状態にある。次攻め込まれてしまえば、確実に女性と子供たちが攫われてしまう。それを危惧したアーネストは急いで依頼書をロスギデオンの組合に送り、守ってくれる冒険者を待っていたのだ。
「前に軍国のバカ王子に絡まれたけど、やっぱロクでもないことしか考えていないんだな」
「その国の方々に聞かれたら、間違いなく怒られる台詞ですね」
「けど事実だろ。他国を侵略することしか頭になく、国を戦い以外で豊かにする方法すら考えない、バカたちの集まりみたいなもんだ」
流石に言い過ぎだと言いたくなったシルヴィアとユリスだが、言っていることが全くの事実なので言い返せない。
「それで、奴らはいつ攻め込んでくるか、分かりますか?」
「基本夕暮れ時ですね。夜に仕掛けてくることもありますが、夜でも猫のように目が利く我々の我々の有利です」
そうなると防衛線が始まるのは、太陽が傾き始めて空が橙色に染まり始める時。まだ時間はあるが、それでも油断は出来ない。今の内に周囲を索敵魔法で索敵することにした。