48 上級冒険者の仲間入り
翌朝、悠一は何か違和感を感じて目を覚ました。ゆっくりと瞼を開けて、それが何なのかを探る。視界がまだ少しぼんやりとしており、頭もぼーっとしている。しかし、視界にその違和感の正体が映った瞬間一気に意識が覚醒し、思考が停止する。
悠一が感じた違和感とは、鼻腔を擽る甘い香りと、左腕に感じる暖かく柔らかい物。最初は意識がまどろみの中にあったが、その正体を知った瞬間目が覚めた。そこには、左腕に抱き着き添い寝している白髪の美少女、シルヴィアだった。
鼻腔を擽っていた甘い香りは彼女の匂いで、暖かいのは彼女の体温。そして柔らかいのは、左腕に押し付けられている二つの豊満な胸である。思考が戻り始めると、悠一の心臓はどんどん速くなっていき、顔が熱くなって汗が大量に出てくる。
(な、何でシルヴィアが俺のベッドに!?)
思わず声を上げてしまいそうになったが、シルヴィアはまだぐっすりと眠っているので、何とか声を抑える。それと一緒に、どうしてシルヴィアがここにいるのだろうと考え始める。
昨日は確かにそれぞれのベッドに潜り込んだ。悠一は一人で二つあるベッドに潜り、シルヴィアとユリスは同じベッドで一緒に寝た。昨晩悠一は嬉恥ずかしいハプニングがあったので中々寝付けないでいたので、その時まで間違いなく彼女は同じベッドにはいなかった。
なのに目を覚ましたら、何故か同じベッドで寝ている。これは一体どういうことなのか。理由を考えていると、シルヴィアが僅かに身じろぎをして目を覚ます。それと一緒に冷や汗を掻き始める悠一。
やがてシルヴィアの瞼が半分ほど開いたところで、少しだけぼんやりとした目だったが次第に大きく見開かれて、顔が硬直する。
「ゆ、ユウイチさん……!?」
いつもは朝起きてすぐは眠たそうにしているが、今回は流石にすぐに目が覚めたようだ。朝起きたら悠一の顔がすぐそこにあるのだから、当たり前だが。
「おはようシルヴィア。そして、そろそろ腕を離してもらえませんかね……?」
「腕?」
そう言われてシルヴィアは視線を少しだけ下にずらすと、ぼんっと音が鳴りそうなほどの勢いで耳まで一気に真っ赤になる。
「す、すみません!」
シルヴィアは慌てて腕から離れ、背を向ける。親や冒険者になる前まで住んでいた街にいる幼馴染はともかく、まだ出会ってから一月程度しか経っていない少年と密着してしまい、恥ずかしい思いをしてしまった。
その後シルヴィアが落ち着くまで、数分間時間を有した。
「それで、どうしてここに潜り込んでしまったのか、見当は付く?」
「い、一応あります……。昨日の夜、お手洗いに行ったんです。多分、戻ってきた時に寝惚けて悠一さんのベッドに潜り込んでしまったんだと思います……」
大体予想している通りの物だった。間違って着替えを覗いてしまうかもしれないということもあるが、それ以外にもシルヴィアが夜にトイレに行って、寝惚けてこういうことになってしまうかもしれないということもある。
ただ、昨日もそうだが悠一な思春期の年頃の男なので、自分と殆んど同い年の可愛い女の子のちょっと恥ずかしいところを見るのは、嬉しく思ってしまうところがある。
「……何か邪なことを考えていませんか?」
「滅相もない!」
ジト目で睨み付けてきたシルヴィアが、鋭く指摘してくる。バレたらまたこってり絞られるかもしれないので、少し慌てて誤魔化す。それでも疑いの視線を向けているが。
居心地の悪さを感じ、悠一はベッドから降りてベッドにくるまっているユリスを起こしに行こうとする。しかし、ユリスは昨日魔力を完全に枯渇させてしまっており、感じる限りではまだ回復し切っていない。今の彼女の魔力は、悠一よりも少ない。
ユリスの最大の利点は、内包している莫大な魔力による高威力の魔法の連続発動だ。一部の上級魔法を除けばほぼ全て詠唱を唱えずに魔法を使用出来、かつ魔法の並列発動も可能だ。
魔法の並列発動は名前の通り複数の魔法を同時に発動させる、魔法使いの高みに至る登竜門である。使い慣れていなかったり、魔力量が少ないと魔法の威力が分散してしまうが、ユリスは若くしてAランク冒険者になっており、保有魔力量は十五歳の少年少女の魔法使いの平均を遥かに上回っている。
なので乱戦では、一人でも戦い抜くことが出来る。しかし今はその強みを活かすための魔力が少ない。魔法単体でも恐ろしく強いが、それでも攻略ペースは格段に落ちる。
それ以前にシルヴィアもかなり多くの魔力を消費しており、彼女もまた回復し切っていない。魔力回復薬を飲飲めばすぐだが、二人はあまり使いたがらない。回復速度が倍加しており体が鍛えられている悠一にはそうでもないのだが、魔力回復薬は実を言うと無理矢理魔力を生成している状態になるのだ。
そうなると体への負担が大きくなってしまうのだ。大して効果の無い一番安い物であれば大丈夫だが、最近使っているのは効果が高い。その分負担も大きくなる。なので、一応昨日一つ飲み干したが、それ以上は飲もうとはしない。
とにかく、昨日の戦いの疲労が抜けきっておらず戦えるコンディションではないかもしれないので、ここは起こさずにそっとしておくことにした。
「ところでユウイチさん」
「何かな?」
「昨日、組合ではなんて言われましたか? それについて聞かされていなくて……」
「あー、そう言えばそうだな」
本当は宿に戻ってすぐに伝えようとしていたことがあったのだが、扉を開けた瞬間に目の当たりにしてしまった、着替え最中の二人の艶めかしい姿。それが脳裏に浮かんできてしまい、慌ててそれを振り払う。
「……今、思い出しておりませんでしたか?」
「まさか! そんな訳無いよ!?」
否定はするが、声が上擦ってしまっているため、間違いなくバレている。現にシルヴィアは顔を赤くして、全く威圧感の無い眼で睨んでいる。その目尻には、僅かに涙が浮かんでいる。彼女もまた、見られてしまったことを思い出しているようだ。
「それで、何を言われたんですか?」
「あ、あぁ。昨日第三階層でヤバいモンスターと戦っただろ? そのことを報告した時に組合長がやって来て、ランク上げになるかもしれないから少し待っていてくれって言われたんだ」
「そうでしたか」
DからCに上がるには、一人の組合長の判断ではなく、冒険者組合の本部にて会議を行って、上げるべきかどうかを話し合う。そこでその対象が人間性に優れているか、Cランク以上になっても問題なく活動出来るほど強いのかを議論する。
実力の方では受注数クエストの難易度や、その達成率で決められる。なのでそちらに関してはすぐに話が付く。問題は人間性の方だ。表向きはとても優しいが、裏では非道なことをしているというケースもあったりする。
なので、議論の内容の殆んどそれであり、主にそれで長引いたりしている。ちなみにだが、支部長は別に本部に行かなくても、通信魔導具があるのでそれを使ってすぐに連絡を取っている。
「あとどれくらいでランクが上がるのかは分からないけど、一応組合に行って聞いてみようと思う。あと、二人とも回復し切っていないようだし、今日は仕事は休みだ。明日辺りから、仕事を再開する」
「分かりました。では、シャワーを浴びてきますね」
シルヴィアはそう言うと腰を掛けていたベッドから立ち上がり、鞄の中から風呂道具とタオルと着替えを取り出して、脱衣所に入る。そのすぐ後に、扉が開いて顔だけを覗かせる。その頬はほんのりと赤く染まっている。
「……覗かないでくださいよ?」
「しないからっ!」
「ですが昨日、私たちの着替えを覗いたじゃないですか……」
「あれは完全な不可抗力じゃないか!?」
そんなやり取りをした後シルヴィアは脱衣所に引っ込み、悠一はがくりと項垂れる。なんだか朝から疲れた感じがする。
朝起きたらシルヴィアが自分のベッドの中に潜り込んでおり、昨日のことを思い出してしまい、少しバタバタしてしまった。悠一もまた完全に回復し切っていないので、疲れが溜まっている。二度寝しようかと考えたが、健康によさそうではないので止めておいた。
それからしばらくして、可愛らしい青と白のガーリーな、丈が少し短いワンピースを着て、すらりと伸びた白い足の太腿までをフリルの付いた黒と赤と白のチェック柄のニーソックスが覆っているシルヴィアが出て来た。
今彼女が着ている服は初めて見る物で、びっくりするくらい似合っている。街を歩けば、間違いなく特殊過ぎる性癖のある男性以外は振り向くだろう。あと、特殊な性癖を持つ女性も。意外とそう言う人を街で見かけるので、少々頭の痛い問題ではあるが。
「ど、どうですか……?」
少し恥ずかしそうにもじもじとして頬をほんのりと赤く染め、上目遣いで悠一に意見を聞いてくる。若い女の子にあまり免疫のない悠一にとって、その仕草は凄まじい破壊力を孕んでいた。
「す、凄く可愛い……。とてもよく似合っているよ」
若干見惚れた後すぐ我に戻り、意見を述べる。「可愛い」と「似合っている」と言われたシルヴィアは、耳まで真っ赤にするが、それでも嬉しそうな顔をする。それもまたとても可愛らしかった。
それから少ししてからユリスも目を覚まし、同じようにシャワーを浴びてから薔薇色のブラウスに青のミニスカート、そして小さなリボンが付いているすらりと伸びた足を太腿まで二―ソックスが覆っているという私服で脱衣所から出て来た。彼女のもまたとても似合っていて可愛らしかった。
悠一はユリスがまだ寝ておりシルヴィアがシャワーを浴びている時に、黒のシャツに白のズボン、その上に青のジャケットとラフな格好だ。普段からローブしか着ていなかったので、久々に私服を着ると新鮮な気分になる。
三人は私服ではあるが何が起こるか分からないので、悠一は刀を、シルヴィアとユリスは自身の杖を持って一階に降りる。そしてそこで軽めの昼食を取り、朝の紅茶を飲んでから宿を出る。
起きる時間が少し遅かったのか、太陽は空高くに昇っており明るく照らしている。かつて住んでいた日本では、日によって違ったがこれだけ照り付けていればそれなりに暑かった。とてもジャケットを着ていられるような気温ではない。
しかしここでは太陽が照り付けられていても温暖化していない為、ジャケットを着ていても全然大丈夫だ。とても過ごしやすく、ある意味この異世界に来てよかったと思った。
そんなことを思いながら三人は、まず組合に向かう。ランクのことに着いてを聞く為だ。朝だというのに多くの人で触れている道を進んでいき、数分掛けて組合に到着する。
中に入ると多くの冒険者が集まっており、パーティーメンバーを募集している者や選んだクエストをカウンターで受注している者などがいた。そしてやはりと言うべきか、掲示板の前には多くの冒険者が集まっていた。
今日はクエストを受けるつもりはないのでその前を素通りして行き、とりあえずクエストカウンターにいる受付嬢のいるところに行く。
「おはようございます」
「あ、ユウイチさん、でしたっけ?」
「はい、そうです。昨日のことに着いて少し聞きたくて」
「分かりました。組合長を呼んできますので、少々お待ちください」
受付嬢はそう言うとカウンター近くにある階段を上って行き、少しして組合長と一緒に降りて来た。その彼の顔は、やり切ったと言わんばかりの清々しい表情をしている。
「おはよう、ユウイチ君、そしてその仲間であるお嬢さん方。君たち三人に話があるから、少しこちらに来てくれないか?」
「分かりました」
なんとなくだが何の話なのか見当が付きながらも、悠一たちは階段を上って行った組合長の後を追い掛けていく。二階は一階と違って質素ながらも、気品の良さを感じる場所であった。この世界では、稀に凄いのもあるが基本はこういったのが多いようだ。
先に二階に到着した組合長が組合長室を開けて中に入るように促し、悠一たちは中に入る。そこも申し訳程度にしか物が飾られていないが、とてもいい場所だった。そして三人は、少々大きなソファーに座るように言われて、そこに腰を下ろす。
「さて、どうして君たちをここに呼んだのかなのだが、ユウイチ君はもう大体察しは付いているようだね」
「昨日の今日ですからね。こんなに早いとは思いませんでしたけど」
「通信魔導具という便利な道具があるからね。昨日の内に済ませておいたんだ。それで、肝心な内容だが……」
組合長はそう言うと一度起ち上がり、街の景色を眺められる窓の近くに置かれている机の所に行き、そこに置かれている何かを手に取って、戻って来た。
「本部に連絡した結果、既にAランク冒険者であるユリスさんはともかく、ユウイチ君とシルヴィアさんは実力と人間性に全く問題がないと判断され、昇格することになった。おめでとう」
それを聞き、気持ちが少し高ぶって行くのを感じた。特にシルヴィアは高ランクの冒険者に憧れを抱いている節があるので、その高ぶりは悠一以上の物になっている。
「ユウイチ・イガラシ。シルヴィア・アインバート。君ら二人を、Bランク冒険者に昇格する」
「Bランク!? Cではないのですか!?」
まさかのランク一個飛ばしだとは思っておらず、シルヴィアは立ち上がってそう訊く。
「まず、君たち三人は数多くのクエストを連続達成し、ブリアルタの街付近に出現したダンジョンのガーディアンモンスターを三人だけで討伐。この街でも問題になっていたモンスターを、たった三人だけで討伐した。人間性だが、ダンジョン攻略時の達成報酬と討伐部位の売却価格の半分を孤児院に寄付しているようなので、問題はないと判断された。実力も人間性も全く問題ないので本当はAからにしたかったのだが、それだと反感が買われる可能性があったので一個下のBにしておいた」
DランクからCランクに上がるには、実力以外にも人間性が問われてくる。どれだけ力が強くても、非道なことをしている人間は信頼されない。そんな人間を高ランクにしてしまえば、好き勝手してしまう可能性がある。なので、人間性も問われてくる。
悠一たちはダンジョンを三人だけで攻略してしまう程強いし、何より孤児院にお金を寄付している。強い力を持っているにもかかわらず、生活の為というのもあるがそれはささやかな物であり、大きな力を私利私欲のために使わないというのが、一番大きかった。
「話によると、君たち三人は常に自分よりもランクが一個上のクエストを受けているようだね?」
「えぇ。一応生活もありますし」
「本当に、あまり欲が無いねぇ……。まあ、それはともかくとして、Aランククエストを受けるのであれば、今まで以上に警戒した方がいい」
急に真剣な表情になり、三人は少しだけ緊張した表情になる。
「Aランクのクエストとなれば、都市の緊急防衛クエストのクエストが出るようになってくる。他にも、規模を大きくした盗賊団の掃討。何より、Aランク上級モンスターとも戦うようになってくる。今まで以上に警戒しておかないと、いくら強いとはいえ、すぐに殺されてしまうかもしれない」
組合長は何人か、そう言った冒険者を見たことがある。自分の力を過信し過ぎてしまい、命を落としてしまった、悠一たちのように若い少年少女の冒険者たちを。今までの功績からすれば三人、特に悠一は明らかにSランクに匹敵する実力を持っているので、きっと大丈夫であろう。
しかし、それだけの力を持っていると言っても、僅かな油断が命取りになってしまう。僅か一月程度でここまでランクを上げるとなると、間違いなく期待の新星。失ってしまうと、人類の損失にも繋がってしまうかもしれない。
なので真剣な表情で、三人に警告したのだ。
「それは、十分心得ておりますよ。一瞬の油断が、命取りになる。既にそれを二回も経験しているので、身を以って知っています」
思い出すのは初めてのダンジョン攻略の時に戦った、ガーディアンモンスター。そして昨日の暴食のグラトニア。他のモンスターも強かったが、この二体は絶対に油断してはならない相手であった。
「それとですね、俺には頼りになる仲間が二人います。そう簡単に死ぬつもりはありません」
高い威力を持つ魔法を使える純粋な魔法使い二人が、自分の仲間にいる。油断はしないが、余裕を持って前にいる敵と戦える。背後に敵が出て来たとしても、頼りになる後衛が背中を守ってくれる。
「確かに、君たちは最後まで生き延びそうだ」
組合長は小さく柔和な笑みを浮かべる。そして、三人はいつかきっと、何か大きなことを成し遂げると確信する。全く根拠はないが、それでも必ずそうすると確信した。
この日悠一とシルヴィアは、上級冒険者の仲間入りを果たした。そのことを祝して、昼食と夕飯は少し贅沢をして豪華な物であった。




