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47 少し嬉しいハプニング

「はぁ……、はぁ……、はぁ……」


 グラトニアを完全に倒したことを確認した悠一は、刀を地面に突き立てて膝をつく。体力も魔力も精神力も大幅に消費し、疲労が一気に襲い掛かって来たのだ。感覚で言えば、ダークグラディアトルを倒した後とよく似ている。


 命を握られていると錯覚するほどの力の差がある相手に勝った後、その緊張感から精神力が一気に擦り減り、体力も魔力もかなり減っている為まともに動くことが出来なくなる。しかし、倒し切った、大切な仲間を守りきれたという達成感の方が大きいかもしれない。


 ゆっくりと立ち上がり、刀を鞘に納めてからシルヴィアたちの所に向かう。シルヴィアは苦しそうに肩で呼吸をしていたが、ユリスは意識を失っていた。魔力が枯渇しているだけなので、命の危険はない。


「お疲れ様。よく頑張った」


「ユウイチさんこそ、お疲れ様です」


 シルヴィアは何とか笑顔を向けるが、残りの魔力は少なく顔色が悪い。苦しいのを我慢しているのが分かる。


「あんなに強いとは思っていなかったよ……」


「そうですね。まさか、ユリスの戦略級魔法で倒し切れないなんて……」


 戦況その物をひっくり返すほどの威力を持つ戦略級魔法ですら、体を消し飛ばすことは出来なかった。Sランク以上のモンスターになるとそれ一回では倒せなくなることは多くなるが、今の段階でそう出来ないモンスターと戦うのは、凄まじいほどの疲労を感じる。


 しかし、その魔法を放ったおかげで倒せたともいえる。再生するために栄養を使用するのは見てすぐに何となくではあったが、予想は着いていた。ならばその栄養が無くなるまでひたすら削って行けば倒せるかもしれないという考えはあった。


 それをするための力は今の悠一には無いが、ユリスには一気に奪うだけの威力がある魔法を持っていた。だからこそ、使うように言ったのだ。おかげで再生する速度が少しだけ遅くなっていた。その少しの遅れが、この戦いでは大きかった。この戦いでのNVPは、間違いなくユリスであろう。


 流石に意識が朦朧としてきたので、シルヴィアから魔力回復薬を受け取り、それを飲み干す。ほろ苦い味が口に広がり、魔力が一気に回復する。倦怠感は先程よりは楽になったが、戦いによる疲れは半端ではない。今日はこれ以上進むことは出来なさそうだ。


 そもそもユリスが気絶してしまっているので、引き返すつもりでいる。ただ、問題は気絶してしまっている彼女の運び方だ。おぶって行くにも背中に柔らかいのが二つ当たってしまうし、だからと言って横抱き、所謂お姫様抱っこをするのもどうかと思う。


 しかしおぶって煩悩に悩まされるより、お姫様抱っこして行った方がいいかもしれない。少し考えた末に、悠一はユリスをお姫様抱っこで運ぶことにする。


 その前に両断されて動かぬ死体となり果てたグラトニアの所に戻り、何かこれを倒したという証拠を探す。だがこれは新種のモンスターとのことなので、とりあえず首と六本の内一本の腕を斬り落とし、それを再構築の魔法で作り出した容器の中に入れてから、シルヴィアから借りた鞄の中に仕舞う。


 一歳年下でも年頃の少女の体に触れるのは、なんだか気が引けてしまう。だからと言って起きるまでここで待つことにすると、魔力枯渇状態から目を覚ますまで基本半日以上、長くて一日起きないことがある。それまで待っていると外に出るころには暗くなっているか、第三階層から第二階層への階段のところで一夜を過ごすことになる。


 流石にそれは嫌なので、少々躊躇いつつもユリスを抱き抱える。この時、シルヴィアは羨ましそうに見て、ユリスに若干の嫉妬心を抱いていた。それなら自分が運ぼうかと考えるが、力は歳相応の少女の物だし、人一人を抱えてダンジョンを抜け出せる自信はない。そこで彼女は小さく溜め息を吐く。


 悠一は抱き抱えたユリスを、物凄く意識していた。元の顔がとても可愛いのに、寝顔となるとそれはもっと可愛くなり、その顔が近くに感じられる。仄かないい香りが鼻腔を擽り、何より体に合っていない大きめのローブの上からでも分かるほど大きく主張している二つの胸の膨らみ。


 それらが近くに感じてしまうのが、戸惑いを隠しながら進んでいく。なんだか背後から向けられている視線を感じながら。


 ♢


 数時間後、悠一たちはダンジョンから出て街に戻ってきていた。ダンジョンを出てからはそのままお姫様抱っこで歩いていたが、もうすぐ街に着くというところでおぶって行くことにした。流石にたくさんの人がいるところを、美少女をお姫様抱っこして行くなんていう度胸は無い。


 それでもおぶっていても物凄く目立つのだが。普段だったらかなり気にするが、今はそれどころではなかった。何しろ、とても豊満で柔らかな胸が背中に押し付けられているのだ。もし本人が起きていたら意識して体を少し離すが、今彼女は気を失っている。


 故に、全ての体重が圧し掛かっており、初めて知るその柔らかさに理性が半ば吹き飛び掛けている。気絶している女の子を襲うなんてことは、絶対にしないが


 街に戻った悠一は、まず宿に戻った。ギルドに報告をするのも重要だが、その前にユリスをいつまでもこのままでいさせる訳にはいかない。ちゃんとしたベッドの上で休ませておくべきだと思った故の行動だ。それ以外の理由の方が、ずっと大きい気がするが。


 宿の扉を開けて中に入るとそこには数名の客がおり、その多くが男性であった。ユリスをおぶっている悠一を見た途端に凄まじく殺意の篭った目を向けて来て、悠一は苦笑いを浮かべる。その中に女性がいるのにびっくりしたが。


 宿屋の店員から預けておいた鍵を受け取り、部屋に戻る。そしてユリスをベッドの上に横にさせる。


「じゃあ二人はここで少し待っていてくれ。俺は組合に行って、モンスターのことを報告してくる」


「分かりました」


 そう短く言葉を交わしてから、グラトニアの頭部と腕の入っているよう気を受け取り自分の鞄の中に仕舞って部屋から出て、一階に降りた時に向けられた鋭い視線を尻目にしつつ、そそくさと宿屋から出て組合に向かう。既にやや日が傾き始めていることもあり、飲食店に向かう人や組合に向かっている冒険者などが多く見られた。


 少しふらふらした足取りで数分ほど歩き、組合に到着する。数多くの冒険者でごった返しており、中にはダンジョン内で見掛けた人も見受けられる。悠一は、早速クエストカウンターの、受付嬢の所に行く。


「あ、今朝の冒険者さん!」


「どうも。報告しに来ました」


 カウンターに立っている受付嬢は、顔を出した悠一を見てほっとする。やはりと言うべきか、まだ若い少年少女三人が、ダンジョンに行くのは心配なのだろう。ましてや、最近では数多くの上級冒険者を食い殺したモンスターが、そのダンジョンに出現するのだ。心配しない訳がない。


 早速グラトニアを除いたモンスターの素材を、次々と提出する。その数に、受付嬢は目を丸くする。


「かなりの数のモンスターを討伐していたのですね……」


「頼れる仲間が二人いたから、成し得たことですよ」


 自分一人でもそれなりの数のモンスターを倒すことは出来たが、それでもこの数は流石に無理かもしれない。頼れる後衛二人がいたからこそ、凄まじい数のモンスターを倒すことが出来たのだ。


「それではこちらを換金させていただきます。時間が掛かると思いますが、よろしいでしょうか?」


「大丈夫です。あ、その前に一つ」


「何でしょうか?」


 少しだけ言うべきかどうかを逡巡したが、結局今渡すことにする。鞄の中からグラトニアの頭を腕の入った容器を取り出し、それを提示する。その瞬間、受付嬢の顔が硬直する。


 このモンスターのことについての詳しい話は数多くの冒険者から聞いており、それを基に掛かれた絵も見ている。見ている故に、その首が何なのかが分かった。


「しょ、少々お待ちください!」


 受付嬢はそう言うと、バタバタと荒ただしくカウンターの近くにある階段を駆け上って行った。少ししてから、一人の中年の男性を連れて戻って来た。きっとこの組合の組合長なのだろう。そしてその組合長も、その首を見て驚愕の表情を浮かべる。


 報告にあった、数多くの上級冒険者を屠ったモンスターの首が、そこにあるからである。


「ま、まさか君が倒したのか……!?」


「俺一人ではないですよ。仲間がいたからこそ、倒せたんです」


「このモンスターは、数多くの手練れを食い殺した凶悪その物だというのに……。君のような若い冒険者が、倒してしまうだなんて……」


 組合長は悠一の腰に下げられている不思議な形をしている剣を見て、すぐに剣士であると分かったが、それと一緒に魔力も感じられたので魔法も使える人間であるとも理解した。剣と魔法を両方を使用する人間は、必ずどちらも中途半端になってしまう。


 しかし目の前に立っている少年は、そこいらの剣士よりも剣に優れているのが見て分かるし、魔力の多さからしてこちらも優れている。どちらも優れているとなると、それは恐ろしい手練れになる。


「ん……? まさか君は、ブリアルタの街の近くにある大深緑地帯に出現したダンジョンを、たった三人だけで攻略したっていうパーティーの一人かい?」


「ガーディアンモンスターが、ダークグラディアトルだった奴ですか? だとしたら、そうですね」


 組合長は、最近になって凄まじいほどの実力を持った三人組のパーティーが現れたという話を、他の支部の組合長から、通信魔導具でその情報を得ていた。白髪の少女と金髪の少女を連れた黒髪の少年で、その少年は実力はAランク冒険者、もしくはSランクに匹敵するほどである。


 その功績は目覚ましく、途中で仲間となったシルヴィア・アインバートと共に一週間でランクを一個上げ、その時点で新人狩りをしていたアルバート・ハングバルクを倒した。その後はブリアルタの街に向かい、そこでは同じく途中で仲間に加わったAランク冒険者ユリス・エーデルワイスと共に、三人だけでダンジョンを攻略。


 すぐにでもランクをDらか上げるべきだという意見もあったが、信頼出来るかどうかを確かめるべく監視するつもりでいたが、ダンジョン攻略時の達成報酬とモンスターの討伐部位などの売却部位の半分を、孤児院などに寄付していたため、人間性としても十分であり信頼出来ると判断された。


 しかしそれでももう少し様子を見ようという話になったが、今回は数多くの冒険者を屠って来たモンスターを三人だけで討伐してきた。これはもはや、Dランクにしておくのがもったいないレベルである。


「……君たちの功績は、今では私たち組合長の中で持ち切りだ。私は今すぐにでもランクを上げるべきだと思っているのだが、Cランク以上ともなると私一人の判断では出来ない。そのことについては、少し待っていてくれ」


「別にランク上げを急いでいる訳ではないので、大丈夫です。俺はそもそも、生活の為っていうのもありますけど、モンスターと倒すということは誰かを守るってことになるので、それが理由で冒険者になっただけですので」


 自分の私利私欲の為ではなく、他者の為に力を使う。これほど信頼出来る人間は、そうそういない。ロスギデオン支部の組合長は、すぐにでも本部に連絡してこのことを伝えるべきだと思った。


 とりあえず悠一はグラトニアの頭部と腕を組合長に渡し、報酬は後日受け取ることにした。報告を終えた後組合内にある菓子屋に足を運び、女性に一番人気の菓子をいくつか買って帰る。


 菓子を買ってから組合から出て、宿屋に戻る。二人が部屋にいるので鍵は預けておらず、そのまま部屋に直行する。そして扉を開けて中に入ろうとして、硬直する。


 そこにはシルヴィアと、報告している間に目を覚ましたユリスが立っていた。しかし、ただ立っていただけではなく、私服に着替えている真っ最中だった。二人も突然悠一が帰ってきたため、固まっている。


 二人は着替えている真っ最中である為、白い肌と下着が丸見えであり、下手に着崩れている分かなり扇情的である。しばらく三人は無言のまま固まる。


「ご、ごめ―――」


 動き出した悠一はすぐに謝ろうとしたが、何か硬い物が顔面に命中する。それはシルヴィアが飛ばした、氷の球だった。見事顔面にクリティカルヒットし、悠一は顔を押さえてその場に蹲る。


 その間にシルヴィアとユリスは私服に着替える。急いで着替えたので、ボタンを掛け間違えていたりしているが。だがそれは気にならない範囲である。


「鍵を掛けなかった私たちも悪いですけど、せめてノックしてから入ってください!」


「そうです! もう少しそう言うところを注意してください!」


 悠一は着替え終わった二人に言われてまず部屋に入り、床に正座させられる。そして今現在、二人から説教を受けている。着替えているところを見られたからか、二人の顔は赤い。


「本当にごめん……。着替えているなんて思っていなくて……」


 まず、ユリスは悠一が組合に報告しに行って少ししてから目を覚ました。魔力欠乏症を引き起こしているため体は非常に怠く、頭痛もして気分は最悪だったそうだ。なので少しでもそれを紛らすために、風呂に入ることにした。


 ローブと身に着けていた下着はその場で脱いでから鞄の中に仕舞い、風呂に入る。湯船にお湯を張っている間に、汗を結構掻いていたのでしっかりと髪の毛と体を洗い、湯船に肩まで浸かる。そしてさっぱりしたし程よく寛いだところで湯船から上がり、体を拭いて脱衣所から出て着替えを始める。


 下着を身に着けて私服を取り出してそれに着替え始めたタイミングで、悠一が帰って来た。何とも間の悪いことである。とにかく悠一が二人にこってりと絞られてから夕飯を宿屋の一階で食べ、その後悠一が風呂に入って(湯船には浸かっていない)、今日はもう休むことにした。


 シルヴィアとユリスはベッドに潜り込むとすぐに寝付いてしまったが、悠一は中々寝付けなかった。何しろ目を閉じると、あの扇情的な姿が浮かんできてしまうからだ。二人に申し訳ないと思っている反面、やはり男なので少しだけ嬉しかったりもする。


 結局、その日眠れたのは、ベッドに潜り込んでから四時間後であった。

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