46 暴食のグラトニア
悠一たちを確認したモンスターは、太い腕と脚の筋肉を肥大化させ、大気が震えるほどの咆哮を上げる。三人はあまりの声量に、思わず耳を塞いでしまう。そして声が止んだ直後、そのモンスターは既に、腕が届く間合いの中に入っていた。
悠一は咄嗟に鋼の盾を作り出して防ごうとするが、少しだけ動きを止めただけで防ぐまでには至らなかった。だがその少しの時間のおかげで、その場から距離を取ることが出来た。
しかし足が地面に付いた瞬間にはもう目の前に来ており、腕を振り上げていた。【縮地】を使い上に跳びそれを躱し、それと同時にダイアモンドそ構築してそれを槍にし、モンスターに放つ。凄まじい速度で放たれたそれは吸い込まれるように飛んでいくが、左の三本のうちの一本の腕がそれを掴むと、その牙で槍を嚙み砕き喰らう。
ダイアモンドは、この世界ではミスリルやアダマンタイトなどよりは強度は劣るが、それでも破壊するのはかなり難しいほど硬い。それを牙で噛み砕き、菓子のように食べている。物凄く非常識な光景だ。
ごくりと音を立ててそれを飲み込むと、モンスターの爪に変化が現れる。どす黒く禍々しかった腕の爪が、ダイアモンドのように透明で透き通った綺麗な物になる。それも見て悠一は、このモンスターは喰らった物質を自分の体そのものに変えることが出来るのだと思った。
現にダイアモンドを食べてそのすぐあと、爪が同質のものに変化した。多くの冒険者を食べて強くなったのにも納得する。悠一は勝手に「暴食のグラトニア」と命名する。何でも食べるということから、適当につけただけである。
爆発を思わせるほどの音を立てて地面を蹴って上に飛んできたので、足場を作ってそこに足を着け、【縮地】で躱す。すれ違いざまに刀で斬り付けてみたが、その体はキマイラ並みに硬く微かに皮膚を斬っただけだった。しかもその傷は、瞬く間に回復してしまう。
ちまちま攻撃して、削って行くという戦法は使えない。そうなると、回復が追い付かない程の大火力の魔法を叩き込み、消し飛ばすしかない。だが、先程Aランク冒険者の女性魔法使いは、戦略級魔法ですら倒せなかったと言っている。
それはつまり、現存している最強の魔法では倒せないということになる。しかし、今のところ、それしか方法がない。
戦略級魔法な現存している属性魔法の中で最強を誇る魔法で、一回の発動で戦況をひっくり返すほど強力だ。その分詠唱が恐ろしく長くなってしまうので一人では使えないという欠点はあるが、そこは悠一が自分から前に出て自分に注意を引かせればいい。
その間にユリスに戦略級魔法の詠唱をさせて、終わったところで多くの魔力を使って大規模な爆発を起こして動きを止めて、最強の一撃を叩き込む。その性質上かなり離れたところから放たないといけないが、それは仕方のないことだ。
地面に着地し、六本の腕から繰り出される猛攻をギリギリで見切って掻い潜り、【縮地】で二人の下に移動する。話を伝えるために、地面に穴を開けてそこにグラトニアを落としてから、口を開く。
「シルヴィア、ユリス。俺が奴の注意を引く。シルヴィアは上級魔法の詠唱を、ユリスは戦略級魔法の詠唱を頼む」
「で、ですが……!」
戦略級魔法は範囲が広い上に威力が恐ろしく高い。いくらダンジョンとはいえ、下手すると崩壊する可能性がある。そうなると多くの命が失われてしまう。ユリスはそれを懸念しており、この場で使いたくはない。
「俺もさっきはダンジョン内では使わないようにとは言ったけど、でも今はそんなことを言っている場合じゃない。ここで使わなければ、俺たちが殺される。ユリス、生き残りたければ、戦略級魔法を使え」
そう言われてユリスは少しだけ逡巡したが、すぐに決意を決めた表情になり、爆発的に魔力を高める。すると青白い魔力ががユリスの小柄な体から塔のように立ち昇り、肌がピリピリとする。一体彼女の小柄な体のどこに、これほど莫大な魔力が秘められているのかと思ってしまう。
「ボクは炎戦略級魔法、ムスプルヘイムを使います。一回の発動でほぼすべての魔力を消費してしまうので、使用した後は戦力になれません。もし倒せなかったら……」
「分かってる。もし倒せなかったとしても、俺が倒す。君たち二人は、俺が何が何でも守ってみせる」
真剣な表情で強い意志の込められた瞳でそう言われ、シルヴィアとユリスは顔を赤くする。しかし前方から何かが爆発する音がしたので、すぐにキッとした表情になる。
落とし穴に落とされたグラトニアは、魔法使いを喰らっている為魔法は使えないが魔力は扱える。その為その魔力を利用して、爆発を起こして上に跳び上がったのだ。上から落下してきたのも、その爆発を利用して上に跳んでいたからである。
原理的に言えば、悠一の【縮地】と殆んど同じだ。穴から出て来たグラトニアは鋭い目つきで悠一を睨み付けると、地面を踏み砕いて突進していく。悠一も身体強化を掛けた上で【縮地】を使って突進し、すれ違いざまに刀で斬り付ける。
だが先程と同じように僅かに傷を付けただけで、ダメージは全く入っていなかった。グラトニアは左右の六本の腕を振り回して攻撃してくるが、全てギリギリのところで見切って躱す。あの時戦ったダークグラディアトル程の速度は無い為、見切って躱すことなら出来る。
手数が多い為、中々反撃出来ないが。
「【地を焦がす業火、焼き払われる生命。燃え盛るのは破滅へと誘う地獄の炎。それは生ける者を一切の慈悲無く、全てを髑髏へと還らせる】」
攻撃を全て掻い潜り、【縮地】で背後に回り込んで斬撃を叩き込み、振り抜いてきた腕を屈んで躱し足の健を斬り、上から振り下ろされてきた腕をバックステップで躱す。そんな激しい動きをしているにもかかわらず、ユリスの鈴の様に透き通った美しくも力強い声が、はっきりと耳に届く。
魔力は相変わらず体から放出されており、見ているこっちが魔力に中てられてしまいそうな感じになってくる。足元には大きな魔法陣が展開されており、未完成なそれは言葉が紡がれていくごとに完成へと近付いて行く。
悠一はグラトニアの攻撃を掻い潜り、僅かな隙を見つけてそこに攻撃を叩き込んでいく。体が硬いため相手は防御を必要とはせず、攻撃を受けながらも攻撃を仕掛けてくる。
「【駆け抜けるのは一陣の旋風。集うのは荒れ狂う暴嵐。天を断ち斬る風刃は、暴虐な嵐となり、全てを奪い去り生命を刈り取る】」
ユリスの詠唱に続いて、シルヴィアの詠唱も唱えられ始める。これも最近使えるようになった、上級魔法の一つである。錬度はまだまだ低いが、威力は現在持っている全ての魔法の中では、氷上級魔法の次いで高い。
振り下ろされた腕を潜り抜け、【縮地】を連続して発動させる。背後に移動して、また【縮地】を使って前方に移動し、斜め上に跳び足場を作ってそれに足を着けてもう一度発動させる。それを繰り返すことでそこに残像を残し、錯乱させる。
グラトニアは無闇矢鱈にその残像を攻撃するが、どれも当たらない。代わりに悠一は連続して高速移動している為、すれ違いざまに何度も斬り付ける、あまり強く斬り付け過ぎると刀が折れてしまう可能性があるので、強く斬り付けているが強過ぎない程度に抑えてある。
相変わらず皮膚を軽く斬る程度だが、一度斬り付けて傷を付けて移動して別の所を斬り付け、回復が始まる前に最初に傷を付けたおころと同じところを攻撃する。同じ個所に何度も攻撃を叩き込んでいけば、必ずそれは大きなダメージになる。
しかしこの連撃を止めてしまえば、その努力は無駄になってしまう訳だが。
「【残されるのは、命なき死した者たちの亡霊。死した者たちは絶望し、生ける者たちに憎悪を抱く。新たなる生者が来たる時、亡者たちは焦土から這い出てその生命を奪い取る】」
「【大地を荒らし、天を断つ嵐は、死と絶望を運ぶ。駆けよ駆けよ、疾く駆けよ。一切の慈悲を持たず、奪い去れ】」
二人の詠唱が紡がれていくたびに魔力が高まって行き、ユリスの足元に展開された魔法陣と、浅く水平に構えられシルヴィアの前に展開されている魔法陣は、少しずつ完成へと近付いて行く。本能的な危険を感じたのか、グラトニアの動きは激しくなっていく。
躱し切れず攻撃が掠り始め、悠一は忌々しげに舌打ちをして【縮地】で後ろに距離を取る。少しずつつけていた傷が、あっという間に塞がってしまう。
刀の柄から左手を離し、もう一本刀を構築してそれを掴む。相手が手数で攻めてくるのであれば、こちらも同じように手数で戦えばいいと判断した。両手で振るわなくなった分威力は落ちるが、二本同時に振るうので手数は単純に二倍に増える。
【縮地】を使わず身体強化だけを掛けて一足飛びで間合いに詰め込み、二本の刀を高度に連携させて同時に振るう。威力は多少落ちてしまってはいるものの、身体強化のおかげで僅かにだが傷を与えている。
グラトニアは一番下にある二本の手を組み、それを振り下ろす。躱して背後に回り込むが、地面は大きく陥没する。受け流したとしてもあれで吹き飛ばされ、その間に食われていたかもしれない。そう思うとぞっとし、更に加速して懐に潜り込んで左右の刀を振るう。
「五十嵐真鳴流二刀剣術中伝―――祇鬼奈落!」
右袈裟、左で右薙ぎ、左突き、左薙ぎ、回転して右突き、右薙ぎ、左袈裟、右で唐竹、左薙ぎ、右の三連突き、一歩踏み込んで左突き、左の刀を引いて二本とも右薙ぎ、左薙ぎ、右袈裟、二本同時に十時斬り。十九もの斬撃が叩き込まれる。
刀には魔力が流し込まれており、刃が接触した瞬間分解が発動される。僅かにしかつけられなかった体に、大きな傷を刻む。しかし、その傷もすぐに始まる再生で回復してしまう。しかし、これも一種の狙いでもある。
傷を回復魔法を使わずに再生させるとなると、その為には多くの栄養が必要になってくる。ならば、再生に必要な栄養が無くなるまで、攻撃を与え続ければいい。ユリスに戦略級魔法を使用するようにと言ったのにも、これが狙いだからということもある。
もちろん彼女の魔法を信じ、その一撃の下倒せるかもしれないとも思っている。
「【嗚呼、何と残酷なことなのであろうか。神が造りし生命は、新たなるものを生み出す素晴らしく、美しく、誠に尊き物。それを奪うとは、何たる大罪であろうか。生み出す者を奪うなど、神は決して許しはしない】」
「【殺せ殺せ、今宵は殺戮の宴。果てよ果てよ果てよ、全てを散りばめ果てよ】」
二人の魔力が更に上昇し、もうすぐで詠唱が終わることを直感する。多くの魔力を失うのを承知で足を片方斬り落とし、【縮地】を使ってシルヴィアたちの元に戻り、自然発火するガスを魔力で圧縮して開放し爆発を起こす。
「【神は裁きを下す。審判の時よ、来たれ―――ムスプルヘイム】!」
「【終わりなき死を、絶望を私に見せておくれ―――ボレアスデスサイズ】!」
先にシルヴィアの魔法が放たれる。凄まじい風が魔法陣から放たれ、それは収束していき死神のような姿になって行く。その手には風で形取られている大鎌が握られており、とても禍々しい。
その大鎌が振るわれると、凄まじい暴風が発生してグラトニアを飲み込む。そして再度大鎌が振るわれて、中にいるグラトニアを胴体から分断する。分断されたグラトニアは、しかしまた再生を始める。凄まじい生命力だ。
そこに遅れて発動した、ユリスのムスプルヘイムが襲い掛かる。極大の魔法陣が地面に広がり、そこから莫大な炎が吹き上がりそれが上に収束していく。そしてその炎は太陽のように丸い形になると、下に落下する。
ユリスのムスプルヘイムはまるで太陽のようであり、まず凄まじい熱量で敵を溶かし、その副次効果として広範囲の爆発を起こす。その規模は炎上級魔法の【エクスプロード】や【イフリート】を優に超える。
ムスプルヘイムはまずグラトニアの体を溶かしていく。それでも高速で再生が行われて行き、完全に溶かすまでには至らなかった。そしてそこで、大地震を思わせるほどの大爆発を起こす。咄嗟に巨大な鋼の壁を作り出したが、熱量が高くすぐに溶け始める。
マズいと思い始めた時、シルヴィアとユリスが残り少ないなけなしの魔力を振り絞って、防御結界を展開する。ヒビが結界に生じ始めたが、何とか壊れずに済んだ。爆風が収まると同時に結界が限界を迎えたようで、パリンッとガラスが割れるような音を立てて砕け散った。
それと同時にシルヴィアとユリスはその場に倒れ込んでしまう。一度に多くの魔力を一気に消費してしまうと起こってしまう、魔力欠乏症という症状を発症してしまったのだ。シルヴィアは単に残りの魔力が少なくなってしまっただけだが、ユリスは一気に残りの魔力を使い切ってしまったのだ。
戦略級魔法は強力である反面、消費する魔力が恐ろしく高い。今のユリスであれば、一回の発動が限界なのである。一回でも使用すれば、このように魔力欠乏症を引き起こし、戦うことが出来なくなってしまうのだ。ソロ活動をしているユリスが滅多に使わないのは、詠唱が長いということもあるが、使用した後にまともに動けなくなってしまうからというのが一番大きい。
「よく頑張った」
苦しそうに呼吸しているユリスにそう言ってから悠一は前に踏み出し、クレーターとなってしまっている場所に向かう。索敵を使用しているが戦略級魔法のもう一つの副次効果として、辺りに莫大な魔力が拡散するため、使い物になっていない。
すぐに使用を解除して最大限警戒しながら進んでいき、クレーターの縁の辺りに立つ。地面は赤熱し溶岩と化し、一部硝子化している。どれほどの熱量が込められていたのか、全く想像出来ない。
もうもうと舞い上がっている煙を眺めていると、その中で何かが蠢いているのが確認出来た。それが一瞬で何なのかを理解し、驚愕する。
(あれだけの威力を持った魔法ですら、倒し切れていないのかよ……!)
そう、グラトニアは倒されていなかった。体の大部分が消し飛んでいるが、頭部や心臓部は辛うじて無事であり、その状態から再生を始めているのだ。そうはさせまいと【縮地】で距離を詰めるが、逸早く腕が一本再生し、それで攻撃を仕掛けられる。
左腕を裂かれ、多くの血が流れる。激痛に顔を歪め、すぐさま再構築魔法で腕を治す。そしてまた【縮地】で距離を詰めるが、体の大部分が再生を終えており心臓か頭を貫くのはそう容易ではなくなってしまっただろう。
(そんなことは関係ない! ここまで繋げてくれた二人の為に、今、ここで倒す!)
高速で振るわれる二本の刀を六本の腕で対処する。合間合間に反撃を仕掛けてきてところどころを斬られるが、すぐに回復する。刀の刃が接触するたびに魔力が多く失われているのが分かるが、ここまでつなげてくれた二人は枯渇するまで魔力を消費した。
ならば自分も、限界まで挑む。例え負った傷がすぐに再生するとしても、そんなのは関係ない。例え魔力が減って行き、体に倦怠感を感じ始めたとしても、それも関係ない。一歳とはいえ年下の少女が、頑張ってくれたのだ。
ここで攻撃を止めて逃げかえるのは、男としてダメだし、剣士の名折れになってしまう。ここで止める訳にはいかない。ここでグラトニアを倒し、後から来る他の冒険者たちの安全を確保したい。そして、共に数多くの戦いを潜り抜けて来た頼りになり、心の支えにもなる二人を守り抜きたい。その強い思いを刀に込めて、振るう。
左手に持っていた構築した刀が鈴のような音を立てて砕けてしまうが、気にせず残った一本だけで戦う。その鋭さと重さは、さっきの比ではない。そして何より悠一は、グラトニアの次の動きがなんとなくだが分かるようになっていた。
次の動きが分かるので攻撃を仕掛けられてもすぐに反応して躱し、的確に斬撃を叩き込んでいく。変わらず魔力は多く減って行っているが、不思議と頭は冴えている。六本の腕から繰り出されるトリッキーな攻撃を全て紙一重で躱し、攻撃を叩き込む。
「五十嵐真鳴流剣術中伝―――壬雲太刀!」
唐竹、右切り上げ、左薙ぎの三連撃が叩き込まれる。分解が発動しているので、容易に体に傷を付ける。グラトニアは目に見えて、再生速度が遅くなっている。再生に使う栄養が、少なくなっているのだろう。
その証拠として、体が少し細くなっている。ユリスが一回きりの戦略級魔法を使用してくれたおかげで、ここまで追い込めることが出来た。これ以上、こいつには好き勝手させる訳にはいかない。
そう強く思い、刀を振るう。次々と深い傷が体に刻まれて行き、グラトニアは初めて恐怖と焦りを感じた。次第に攻撃が大振りで単調になって行き、悠一は勝ったと確信する。
繰り出される攻撃を避けるのではなく受け流していき、自ら攻撃を仕掛けなくなる。そして最も大振りな攻撃が仕掛けられた時、悠一が動き出す。
「五十嵐真鳴流剣術中伝―――顕衝!」
相手の攻撃の威力を自分の斬撃に載せ、身体強化が掛けられているその体で強力な一撃を叩き込む。その一撃は致命傷となり、グラトニアは恐怖を感じた。その場から逃げ出そうとするが、即座に足を斬り落とされて地面に倒れ伏す。
すぐに回復したが、もう既に時は遅かった。
「五十嵐真鳴流剣術奧伝―――暁月!」
悠一の刀が、三日月のような剣戦を描く。それは的確に心臓を斬り裂き、グラトニアに止めを刺した。心臓を斬られたグラトニアは大量の血を噴出させて、地面に倒れる。そしてそれは、二度と動くことは無かった。
学校の行事の準備があり、もしかしたら明日は更新出来ないかもしれません。




