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45 遭遇

 トロールを討伐し探索を再開した三人は、最大限警戒をしながら進んでいた。この階には数多くの上級冒険者を喰らい尽くし、Aランク冒険者のパーティーですら返り討ちにしてしまう化け物がいる。そんなモンスターと遭遇したりでもしたら、かなりヤバい。


 まず、ほぼ百パーセントに近い確率で負ける。負けた後すぐに逃げられるような状況であれば生き残れる可能性はまだあるが、もしそうでなかったら三人揃って喰われてしまう。そのモンスターは生物を喰らえば喰らう程強くなっていくため、そういった行為をしているのだと推測する。


 シルヴィアとユリスは純粋な魔法使いなので保有している魔力量が高く、悠一はランクこそ低いが実力だけで見ればSランクに匹敵する。数多くの上級冒険者を喰らってきたそのモンスターからすれば大したことは無いが、それでもそのモンスターの力の糧となってしまう。


 お金の為というのもあるが、ちゃんと戦うことの出来ない人たちを守りたいという気持ちもあるので、自分の力が他者を殺す化け物の力になってしまうのだけはまっぴらご免だ。ここで潰していくべきだという気持ちはあるが、それと一緒に戦わずに逃げた方がいいという気持ちもある。


 シルヴィアとユリスは、あまりそのモンスターとは戦いたくはなさそうだが。もしかしたら最悪死んでしまうかもしれないので、当たり前と言えば当たり前だが。


「なんか、急に怖くなってきました……」


 歩き始めてしばらくすると、ユリスが小さな声でそう呟いた。振り向くと彼女の顔はとても不安気で、体も少しだけ震えているようだ。


 彼女もAランク冒険者であり、内包している魔力も高く戦略級魔法も使える。自分のことは一度も驕ったことは無いが、それでも腕には結構自信はある。しかし、自分とほぼ同レベルの冒険者でも勝てない化け物がこの階におり、もしかしたらそれと戦うことになるかもしれない。


 そう思うとユリスの心に恐怖が芽生え始め、体の震えが止められなくなってしまった。彼女も十五歳と成人したばかりで、年頃の乙女だ。自分の好きなことをもっとたくさんしたいし、異性にだって興味はある。それが叶わずに志半ばで死んでしまうのは、嫌だ。


 そう言った感情が心を埋めそうになった時、頭に何かが乗る。顔を上げると、小さく微笑んでいる悠一が、右手で優しく頭を撫でていた。


「大丈夫だ。君たち二人は俺が守るし、いざとなれば俺の魔法でそこら中に罠を仕掛けて、それに掛かっている間に逃げればいい。だから、そんなに怖がらなくてもいいよ」


 普段通りの声でそう言い、ユリスの頭を優しく撫でる。すると心にあった恐怖が、全てとは言わないが大分無くなってすっきりした。そしてその恐怖心が無くなると同時に恥じらいが出て来て、耳まで真っ赤にする。


「ど、どうした?」


「い、いえ、何でもないです……」


 ユリスは俯きながら、徐々に言葉がしりすぼみになって行き、最後の方は消え入りそうなほど小さな声だった。悠一はすぐに自分が頭を撫でているからだと理解し手を離そうとするが、離すタイミングを失ってしまう。


「……こほん」


 そこでシルヴィアが少々わざとらしい咳ばらいをして、そこでようやくユリスの頭から手を離す。彼女の顔はまだ耳まで真っ赤になっており、湯気が出てきそうだ。それに釣られて、悠一も顔を少し赤くして目を逸らす。顔を赤くして恥じらっている美少女の顔は、恐ろしく可愛いからである。


 暇つぶしに見ていたアニメや小説、漫画などでよくこういったのを見たが、実際自分がその立場になってみると非常に気まずい。ちらりと見てみると、向こうも上目遣いでこちらを見ており、それに更にどきりとしてしまう。


(か、可愛い……。上目遣いとか、反則だろ……)


 顔を赤くし少々涙目になり、その状態での上目遣いは男である悠一にとって、凄まじい破壊力を発揮した。その隣で、シルヴィアがジト目で悠一のことを睨み付けていた。それと一緒に、ユリスを羨ましそうな目でも見ていた。


 シルヴィア自身も何度か悠一に頭を撫でられたりはしているが、それでも彼が別の女の子にそうしているのを見ると、なんだかもやもやとした感じがする。逆に言うとそれはユリスも同じであり、シルヴィアが悠一に撫でられている時に、彼女と同じことをしている。どっちもどっちなのだ。


 やや気まずい雰囲気がその場に漂い始めたがすぐに気持ちを切り替えて、探索を始める。ユリスはまだ顔が赤く、悠一は鼓動が早いままだ。互いに変に意識してしまっている為、戦いに支障が出ないか些か心配だ。


 そう思いながら歩いていると、索敵に反応があった。かなり大きい。その反応があった瞬間、ユリスとシルヴィアが驚愕の表情に変わる。


「も、もしかして、キマイラ!?」


「ど、どうしてこんなところに……」


 キマイラ。キメラとも呼ばれているそのモンスターは、顔がライオン体が山羊、そして尻尾が猛毒を持っている毒蛇といった、三つの生物が一つになったモンスターである。神話ではエキドナの子となっているが、この世界ではAランククエスト以上にになるとよく見掛けるモンスターである。


 その力は非常に強く、口からは火を吐き、強靭な体はそう簡単には攻撃を通さず、尻尾の毒蛇に噛まれれば即死する。伝説では口に鉛をぶち込まれ、吐いた炎でその鉛が溶けて喉に詰まり、窒息死したとなっている。


「キマイラって、Aランクモンスターだっけ?」


「そうです。なのでこのダンジョンにいるはずがないのですけど……」


 過去に既に攻略されたはずであるこのダンジョンで、未確認の新種モンスターや、Aランク上級モンスターであるキマイラが出現する。これは不自然だ。


 過去に討伐された場所であれば、どの階にどのモンスターがいるのかは把握されているはずだ。それに出入り口には凄まじく強い衛兵が立っており、内部からやって来たモンスターもそうだが、外部から来たモンスターはまず通さない。


 なので、このCランクのダンジョンにいるはずのないキマイラと、新種のモンスターがいることはどう考えても異常なのである。何があるのだろうかと、少し考えてしまう。


「それで、どうする? 安全を考慮して無視して行くか、後から来る人たちのことを考えて、危険を承知で挑むか」


 もしこちらに気付いたとしてもすぐに戦えるように、刀の柄に手を掛けながら二人に問う。


「……戦いましょう。ここで無視して、後から来た人が死んでしまったら、後味が悪過ぎます」


「ボクもシルヴィアに同意です。ここで潰しておきましょう」


「了解。それじゃあ行くぞ。戦い方は、あの時と同じで行く」


「「はい!」」


 そう決めてから三人はキマイラのいる方に、身体強化を掛けてから走って行く。数十秒走っていると、次第にその姿が見えて来た。知っている神話通りの姿をしている。


 キマイラは熊のようなモンスターを、鋭い牙で肉を裂き貪っていた。グロテスクな光景をもろに見てしまったが、気持ちを乱さずそのまま走って行く。


 三人の匂いか、それとも走っている音か気配に気付いたのか、キマイラは熊型モンスターを食べるのを止めて振り向く。それとほぼ同時に【縮地】を使って一気に距離を詰め、刀で攻撃を仕掛けようとする。


 瞬間、背筋の凍りそうな殺気を感じて、すぐに上に向かって跳躍する。その場には、上に逃げた悠一を憎々しげに睨んでいる、白い蛇の姿があった。キマイラの尻尾だ。


 もしあれに気付かずそのまま攻撃を仕掛けていたら、あれに噛まれて毒を流し込まれ、即死していた。そのことに悠一は、冷や汗を流す。


「「【エクスプロード】!」」


 上にいる悠一を睨んでいるキマイラに、二つの上級魔法が放たれる。シルヴィアも最近になってようやく使えるようになったものだ。炎は一番苦手な属性なので、威力はユリスに遠く及ばないが。


「グルルルル……」


「余所見している場合じゃないぞ!」


 空中に足場を作ってそこに足を着け、【縮地】で一気に下に降下してすれ違いざまに胴体に刀を叩き込む。しかし、浅く傷を付けるだけで終わる。防御力が恐ろしく高い。


 また毒蛇の尻尾が噛み付こうとしてきたが【縮地】で躱し、生成したガスを圧縮してから解放して爆発する。その爆発をもろに受けたが、それでもダメージらしいダメージを受けていなかった。


 その高い防御力を誇っている為、キマイラは猛スピードで突進してくる。後方のシルヴィアとユリスも魔法を放つが、全て表面を僅かに焦げ付かせるだけで決定的なダメージを負わせることが出来ない。刀に分解を施して、それで斬り付ければ事は済むが、ここで多くの魔力を使う訳にはいかない。


 なので地道に同じ個所に攻撃を叩き込んでいき、傷を付けていくしかない。突進を【縮地】で躱し、シルヴィアとユリスは身体強化で走ってその場から一度離れる。そして中級と上級魔法を打ち込むが、表皮を浅く斬ったり僅かに焦げ付かせるだけだった。


「五十嵐真鳴流剣術中伝―――九字神楽くじかぐら!」


 右に薙ぎ、返す刀で左に薙ぎ、回転してもう一度左薙ぎ、一歩踏み込んで突き、右薙ぎ、左切り上げ、もう一度突き、一度刀を引いて左切り上げ、唐竹。計九つの斬撃と突きを叩き込む。しかし浅く傷を付けるだけだった。


 今の剣術は身体強化も掛けてあるためそこそこ通るかと考えていたのだが、それでもダメだった。また毒蛇尻尾が噛み付こうとしてきたので爆発を起こし、地面を強く蹴って後ろに回避する。そこにキマイラが炎を履いて攻撃をしてきたが、炎を分解して霧散させる。


 お返しに一定領域内を一気に凍らせ、そこに巨大な炎を放つことで、冷えた空気が熱せられて一気に膨張し、爆発が起きる。


「【スペクトラムランサー】!」


「【シャイニングレイ】!」


 シルヴィアの風上級魔法とユリスの光上級魔法が撃ち込まれる。そして挟むように反対側から、悠一が猛スピードで突進していき、加速した勢いを利用して、蛇の尻尾を斬り落とす。


 斬り落とされた蛇はその場で蠢いたが、地面を分解して穴を作ってそこに落とし、内部で爆発を発生させる。爆風がどこにも逃げない為、凄まじい威力になった。


 爆風が収まってから再構築して穴を塞ぎ、キマイラに対峙する。一歩踏み出そうとした瞬間、悠一だけでなくシルヴィアとユリスは、あり得ないくらいの恐怖を感じた。シルヴィアとユリスは咄嗟に身体強化を掛けてその場から大きく跳躍し、悠一は【縮地】で彼女たちの下に移動する。


 その直後、上から何かが落ちて来た。落ちてきたそれはキマイラの上に落下し、哀れ肉塊へと変えてしまった。辺りに飛び散った肉片や内臓の一部は非常にグロテスクで、精神的にかなり来るものだった。シルヴィアとユリスも顔を真っ青にして、口元に手を当てている。


 落下してきたそれは、図鑑ですら見たことのない謎の何かだった。しかし、腕は六本あり、体が人間に近いが熊のように大きいということを確認した瞬間、それが何なのかを理解する。上から降ってきたそのモンスターこそ、数多くの冒険者を喰らい、そしてその冒険者の内包している魔力を糧として強くなっていく、謎の新種のモンスターである。


「おいおいおい……、まさかこんなところで遭遇するのかよ……」


 凄まじいくらいの威圧感を感じ、悠一は嫌な汗を大量に流す。シルヴィアとユリスも同じで、大量の汗を流し、恐怖の表情を顔に張り付けていた。ガーディアンモンスターであったダークグラディアトルと同等かと推測していたが、あんなのが可愛く思えるほどの圧倒的存在感と威圧感。


 目を合わせるだけで、体中から嫌な汗が流れ出てくる。悠一ですら、恐怖で足が僅かに震えている。そして思う。どうしてこんな、あり得ない化け物が生まれたのか。一体いくらの冒険者の命を喰らい、これほどまでの力を着けたのか、と。


 じろりと睨まれた悠一は、この異世界に来てから二回目の、命を握られているような感覚に襲われた。

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