43 第三階層目へ
ゴブリンの集団を倒してから一時間ほどが過ぎ、何度目か分からないモンスターの襲撃をやり過ごしたところで、誰かのお腹が鳴った。振り返ってみると、お腹を手で押さえて顔を赤くしているシルヴィアが映った。
「そろそろ昼時なのかもな。ここいらで休憩する?」
「うぅ……」
シルヴィアは耳まで真っ赤になって、顔を俯かせる。それを見て小さく微笑むと、近くに流れている川の所に移動して、そこにシートを敷いて靴を脱いでその上に座る。こんなところで油などを使った本格的な料理は出来ないので、手軽なサンドイッチにすることにした。
と言っても作って来てあるわけではないので、鞄の中から皿を取り出して例の如くその上に野菜やワイバーンの燻製肉などを並べていき、自分の好きな物をパンに挟むのだが。こうしてフィールドやダンジョン内で昼食を取る時は大抵サンドイッチなのだが、女子二人は手軽に食べられるし自分の好きな量を選べるので、結構気に入っている。
悠一も手軽に食べられることから、仕事が休みの時以外は昼食はサンドイッチだ。
「とはいえ、毎回同じ食材を使うのもなぁ……」
適当に野菜と燻製肉を挟んだ後に一口齧りつくが、いつもと同じ味なので少しだけ飽きがくる。こうしたダンジョン内ではモンスターが多く存在しているので、油を使った料理をすればその匂いや、油の始める音を聞きつけてやってくる可能性が非常に高い。
もちろん外のフィールドでもそれは同じなのだが、ダンジョン内の方が危険度は高い。多く存在している分、血の臭いに引き寄せられてくる数も多いのだ。一体一体はそんなに強くは無くても、数が多いと苦戦するし面倒くさい。
なのでモンスターが寄ってこないように、油など臭いの強い調味料は使わない。最近よく使っている辛みのあるソースっぽい何かも、味はするが臭いはそんなにしない物だ。これは組合に売られている、冒険者向けの味付けソースなのだ。
色んな種類がありバリエーションが豊富なので、多くの冒険者に愛用されている。悠一も気に入っており、気分次第で使うのが変わる。それでも昼食が毎回サンドイッチというのは、繰り返すことになるが飽きが来てしまう。
明日からはサンドイッチとかではなく、本格的ではないにしろ何か別の物を昼食にしようと決める。
「やっぱりワイバーンのお肉は美味しいですぅ~」
「何度食べても飽きませんし、燻製肉ですから余分な脂が無くてさっぱりですし、体にいいし太りにくいですし。……ボクも今度ワイバーンを倒して、燻製肉を作ってみようかな」
サンドイッチに飽きている様子の無い二人は、パクパクと実に美味しそうに齧り付いて行き、無くなったらまた自分で野菜と肉をパンで挟んで、また齧り付く。本当に気に入っているようだ。
ワイバーンの肉は高級食材の一つなので、そう簡単にはお目に掛かれない。しかし悠一は以前シルヴィアとワイバーンの討伐クエストを受けた時、鱗を持って帰ってくるようにと言われていただけだったので、肉は自分たちで回収してある。
なので、悠一たちはその高級食材の一つを、ほぼ毎日贅沢にサンドイッチに挟んで食べている。片やごくごく普通の一般家庭の街娘、片や酪農の盛んな田舎で育った村娘。高くて美味しい物に、一種の願望を持っている。
四つほどのサンドイッチを平らげた後、食器を川で洗ってから鞄の中に戻し、シルヴィアとユリスは靴と靴下を脱ぎ、脚を川に浸してリラックスする。冒険者になって多くの戦いを経験しているが、やはり歳相応の可愛らしいところもある。見え隠れするそれに、悠一は意識してしまう。
二人が寛いでいる間、悠一は周囲の警戒を怠らない。今現在の最大範囲まで索敵を広げ、こちらに向かってくるモンスターがいないかを探る。幸い向かってきているモンスターはいないが、ところどころに大きな反応がある。それらには警戒した方がよさそうだ。
「ここの川のお水、冷たくて気持ちいいね~」
「そうだね~。とてもリラックス出来るよ~」
周囲を警戒しているその背後で、美少女二人は楽しそうに話しながら、脚を軽くバタつかせてパシャパシャと音を立てる。とてもリラックスしているようには見えるが、実は周囲の警戒は怠ってはいない。それでも気を張っている訳ではないので、狭い範囲だけだが。そうでなければ周囲を気にし過ぎて、気が休まらない。
悠一は索敵しているとはいえその場から動いていないので、とても暇になる。その間、まだ覚えきっていないモンスターがいるので、図鑑を取り出して目を通していく。ついさっきユリスの話したモンスターのことも探してみたが、新種というのは本当にようでそこには載っていなかった。
それがいないというのを確認した後、栞の挟んであるところから目を通していく。名前がユニークで面白い奴や、捻りを加えすぎてよく分からないモンスターの名前があった。その中で一番目を惹いたのは、悪魔族という物だった。
悪魔族は知能が低い下級から、知能が高く人の姿に近い最上級まである。その最上級の悪魔ともなると実力はSSランクの冒険者に匹敵し、下級や中堅、最悪上級の冒険者ですら殺されてしまう程の力があるそうだ。
焼き尽くすまで絶対に消えない煉獄の炎を使用してくるので、戦いになったもちろん気は緩めないが、その炎を使用している時は更に気を張ってそれに集中しなくてはならない。でなければ、その炎に焼かれて灰になってしまう。
悪魔族は、ベルセルクとダークグラディアトルと以上の警戒が必要になりそうだ。仮にそれを見掛けたりしたら、飛び掛からず気付かれないように逃げるしかない。十六という若さで死ぬつもりは全く無い。
覚えておいてよかったと思うような情報を、その図鑑から覚えていくこと十数分、十分に休憩出来たので先に進むことにする。シルヴィアとユリスは靴下と靴を履き直し、一度大きく伸びをする。
その時二人の豊満な胸が強調されてしまい、悠一は思わず目を逸らしてしまう。これは女性にある程度慣れていたとしても、目を逸らすだろう。二人はどうして目を逸らしたのか、気付いていないようだったが。
理由を聞かれたので適当に誤魔化しておき、進んでいく。索敵出来る範囲には数多くのモンスターが存在しているが、他の冒険者と戦っているのかその反応が激しく動き回っているのもあった。
助けに行くべきか少し迷ったが、次第にその反応が鈍くなっていき、やがて消滅した。助けに行く必要はなさそうだ。また歩いていると、最近何かとよく遭遇するモンスターと遭遇した。
既に恍惚とした表情になっており、股間の危険物をスカイツリーの如く高くした、赤い毛をした猿型モンスター、エキセントリックエイプとその上位種であるエキセントリックコングと。猿の方もヤバいが、ゴリラの方がもっとヤバい。
体が猿よりも大きい分、危険物も大きい。それを視界に映した瞬間、水素と酸素を奴らの周囲に発生させて混ぜ合わし圧縮させ、水素爆発を起こす。轟音を鳴り響かせながら、現れた奴らを消し飛ばした。しかし意外と生き残っていることもあり得るので、槍を構築してじりじりと近寄って行く。
そして数メートルの所まで移動したところで、腕が片方千切れ飛んでいるゴリラが飛び掛かって来た。
「五十嵐真鳴流槍術中伝―――緋淵椿!」
右薙ぎ、突き、右切り上げ、左薙ぎ、四連突きを急所に放つ。急所に斬撃と突きを叩き込まれたエキセントリックコングは、呆気なく絶命する。しかしその表情は、実に幸せそうだった。ドMであることを失念していた。
襲い掛かって来た時に一度蹴り飛ばした後、もう一度爆発を起こせばこのゴリラに幸せを感じさせる暇もなく、消し飛ばせていた。そのことに若干後悔する。
動かぬ骸となったそのゴリラを魔法で分解してから槍も分解し、探索を再開する。何故か桃色の気をした、男を狙うオークとも遭遇したが消し飛ばし、通常種のオークとそれを引き連れたオークジェネラルを、魔法と剣術で駆逐していく。
オークも特にいい素材が取れないので、討伐部位を回収せずに炎で焼き払う。その途中で、血の臭いを嗅ぎつけたモンスターたちがやって来て乱戦になったが、どれもCランクの中級モンスターで、危なげなく討伐出来た。
その他にも数多くのモンスターの襲撃を受けたが全て討伐し、第二階層に降りてから二時間で、その下の階に続く階段を見つけた。悠一たちは数多くの冒険者を屠った、噂の新型のモンスターと遭遇しないようにと心の中で密かに願いながら、その階段をゆっくりと下って行く。
階段を下りきるとそこには、そこで休憩している他の冒険者たちがちらほらとおり、真剣な表情で何かを話し合ったり普通に談笑しているところがある。そして、彼ら悠一たちに気付いた瞬間凄まじく鋭い視線を、悠一に向ける。
やはり中には「何であんなガキが、あんな可愛い娘と一緒にいるんだよ……」よいったひがみが聞こえてくる。彼女たちも視線を感じているのか、悠一に少し近付き指先でローブを摘んで離れないようにする。それを見た男性冒険者たちは、する追い視線を通り越して殺気の篭った視線を向け始める。
苦笑いを浮かべながら歩いていると、酷く重傷を負って苦しそうにしている冒険者を見つけた。パーティーメンバーである魔法使いの女性が、回復魔法の効果のある魔導具を使用して傷を治そうとしているが、効果は明らかにあまり出ていない。
こういったのを見過ごせない性格をしている悠一は、その冒険者の所に駆け寄る。
「何があったんですか?」
「き、君たちは……?」
「取りすがりの冒険者です。それで、一体何が?」
質問しながらも、重傷を負っている冒険者の傷を具合を見てみる。その傷は切り傷で、とても深い。殆んど致命傷だ。このまま放置しては、この冒険者は死んでしまう。
ユリスもそれが分かったのか、すぐに回復魔法を発動させる。女性魔法使いはユリスが光属性の回復魔法を使用したのを見て驚いたが、まずは悠一の質問に答えることにした。




