3 クエスト達成
ヴァルドラスの森に入り込んでから十数分後、悠一は一向にゴブリンと遭遇しない。遭遇するモンスターと言えば、スライムばかりだ。今も数体のスライムと遭遇し、もう自分から倒しに行くのが面倒くさくなったので、空気中の微粒子を集めて構築して上に鎚を出現させて叩き潰す。
もう100近くは倒しているのだが、レベルが6になった今ではスライムから得られる経験値は微々たるものだ。ステータスを開いてみるが、経験値は四分の一にやっと至ったところだった。
「どうしてこうもスライムと遭遇するのかね。スライム倒し過ぎて、【スライムバスター】とかそんなダサい称号とか付けられないよな?」
あまりにもスライムを倒しているので、そんな果てしなくどうでもいいことを懸念する。後ほど知るのだが、称号や二つ名が付くのは最低でも中堅冒険者になってからである。
悠一はそんな懸念を抱きながらも進んでいると、とある洞窟を見つけた。そこからは異様な雰囲気が漂っており、そこに何かがいるなと確信する。
もしかしたらこの中にモンスターがいるかもしれないと思い、鞘に納めてある刀を抜いて警戒しながら中に入って行く。洞窟の中は湿度が高く薄暗い為、外よりもすっと異様な雰囲気を感じる。しかもなんだか変なにおいがする。
その匂いに顔を少し顰めつつも、周囲を警戒しながら進んでいく。するとやがて、開けたところに出た。そこは洞窟内にずっと漂っていた嫌な臭いが充満しており、地面には錆びた武具などが散乱している。……大量の骸骨と、臆の方でその骨を貪っている数十はいるであろうゴブリンと共に。
「おいおい、もしかしなくてもこれ全部冒険者のなれの果てかよ……」
悠一の読みは当たっていた。ここにある骸骨は全て、冒険者の物である。これだけの大量の骸骨があるのは、まだ駆け出しの冒険者がそれなりの実力が付いたと勘違いして調子に乗って、この洞窟に入り込んだのだ。
ゴブリンは初級のモンスターなので、単体では大した強さを持っていない。しかし集団で行動すると、大した強さを持っていないが数の暴力によって駆け出しどころか、下手したら中堅冒険者でも苦戦、最悪死んでしまう。
数体程度ならまだ大丈夫だが、それが十数体、数十体ともなるとかなり苦戦してしまう。上級はともかく、駆け出し冒険者だったら普通は逃げ出す。
「見た感じ三十体以上はいるよな、これ。倒すのにどれくらいかかるんだろう」
しかし普通の冒険者とは違い、悠一は倒す気満々だった。七体倒しただけでレベルが2も上がったため、三十体以上も倒したらどうなるのだろうと少しわくわくしているのだ。
もちろん不安はあるが、敵を前にして背を向けて逃げることはしないという気持ちが勝っている。
「この際全部倒す時間は気にしなくてもいいか。……五十嵐真鳴流、五十嵐悠一、全力で推して参る!」
地面を強く蹴って、前方にいるゴブリンの集団に向かって突進していく。それに気付いたゴブリンたちは、不気味な笑みを浮かべてから身の毛のよだつような雄叫びを上げて、地面に散乱している棍棒や亡くなった冒険者の錆びの浮いた武器を拾い上げて向かってくる。
悠一は右手だけで持っていた刀を両手でしっかりと握り、逆袈裟懸けに振り上げる。ゴブリンはそれに反応して錆の浮いた剣で受け止めるが、突き出された刀で喉を貫かれる。
喉を貫いた刀を引き抜いて左右からやって来たゴブリンを、回転しながら切り伏せる。そこからバックステップで一度距離を取り、地面を分解して粒子状にした後それを槍の様に再構築して一直線に飛ばす。何体か躱されたが槍は一度に数体貫いて行き、そのまま壁に突き刺さった。
前方から複数体が同時に押し寄せてくるが、慌てず冷静にその攻撃を刀で受け流し最小限の動きで掻い潜り、喉や心臓、頭を斬り裂き貫く。時には組討術で急所を思い切り殴り、微粒子を集めて性質を変化させて氷を発生させる。
その氷を一度小さく分解した後細かな刃に再構築して、一斉に飛ばす。高速で迫る氷の刃は次々とゴブリンを斬り裂いて行くが、中にはボロボロではある物の防具を身に纏っているのもおり、防がれてしまう。まだ上手く威力調整が出来ないなと思い、今後改善するように心に書き留めて斧による攻撃を紙一重で躱して、首を断ち斬る。
もう一度バックステップで距離を取り、残りの数を簡単に確認してみると、あと十五体程度だった。何度かレベルアップのファンファーレが聞こえた気がするが、そんなのを気にしている余裕はない。再び地面を強く蹴って間合いを一気に詰め込み、すれ違いざまに刀を一閃して体を分断して刀を鞘に納める。
「五十嵐真鳴流抜刀術中伝―――深瀬祓!」
鞘に刀身が引っ掛かるようにして力を溜め込み、高速で抜刀する。この時最速で、音に近い速度で刀が振るわれる。ボロボロの防具を身に纏ったゴブリンは咄嗟に持っている剣で防御するも、その剣はへし折られ防具を突破し肉と骨を断ち斬られる。
しかしそれと同時に悠一の刀も折れてしまう。だがそんなことは気にせず、空気中の微粒子を集めて刀身の形に構築する。スライムの集団を一度に倒す時に微粒子を集めて鎚を作っていたのを参考にしたのだが、上手く行った。折れた個所と新しく作られた刀身には繋ぎ目が無い。ただ、少し真新しく見える気がするが。
やはり便利だなと思いながらゴブリンの攻撃を最小限の動きで躱して、カウンターで絶命させて一体また一体と数を減らしていく。やがて残り数体にまで減ったところで、残ったゴブリンたちは勝てないと思ったのか出入り口の方に向かって走り始める。
しかしそんなのを逃がす訳がなく、何もないところから壁を作り出して退路を断つ。逃げ場を失ったゴブリンはその場で狼狽えるが、そこに容赦なく槍が上から襲い掛かる。槍は違わずゴブリンの頭を貫き、その場に串刺しにしてしまう。これで殲滅完了だ。
「ふぅ……三十体以上を相手にして、約七分弱ってところか。まあまあだな」
そう言いながら刀に付いている血を振るって落とし、鞘に納める。そしてステータスウィンドウを開いてみると、6だったレベルが今では10にまで上がっている。HPもMPもびっくりするくらい跳ね上がっており、力と素早さがそれに次いで跳ね上がっている。体もとても軽くなっており、全力で走ったとしても数分間は最高速度を出せるだろう。
ステータスを確認した後、ポーチからナイフを取り出してゴブリンの牙を剥ぎ取って行く。一体ずつ数えながら剥ぎ取って行った結果、倒した数は三十八体、牙は計七十六本入手した。先に狩っていた八本を加えると、八十四本になる。
十五本だけでいいものをかなりオーバーしてしまった。その分お金が入ってくるから別にいいが。
「さてと、街に戻ってクエスト報告しよう。そしてどこか宿を見つけよう。流石に疲れた……」
HPは一切減ってはいないが、初めて生物を手に掛けたという精神的疲労が大きい。それと、魔力を結構多く消費したので倦怠感もある。今日はもう何もしたくない気分だ。
さっさと街に戻って体を休めようと踵を返すが、一度思い止まり振り返る。そこにあるのは夥しい血を流して絶命しているゴブリンたちの死体。これを残しておくと凄まじい悪臭が漂い、最悪もっと厄介なモンスターがやってくるかもしれない。
そうなったら被害がもっと酷くなってしまう可能性がある。なので悠一は地面に残った魔力の半分以上を流し込み、分解魔法を発動させる。するとその場にあった全ての死体が消滅する。
「これで一先ず問題は無いだろ。うし、今度こそ帰るぞ」
消滅したのを確認すると再度踵を返して、洞窟の出入り口の方に向かって行く。幸いモンスターはあの開けた場所にしかいないようで、帰り道には遭遇しなかった。とはいえ外に出れば、他のモンスターと遭遇する。
魔力もかなり消費し倦怠感が凄まじいがそれでも周囲への警戒を怠らず、森を突っ切って行く。何度かモンスターと遭遇したが、刀を一振りするだけで瞬殺する。結構レベルが上がっているので、経験値が入ってもそれほど溜まって行かないが。
♢
「ほ、本当に倒して来たんですか……?」
「はい、これが証拠です」
クエストを達成してから数十分後、何度かモンスターと遭遇しながらもそれを一撃で瞬殺していき、悠一は街に戻ってきていた。クエストの受付嬢は不安そうな顔でそわそわしていたが、何食わぬ顔で戻って来た悠一を見て驚いていた。
それもそのはずだろう。今日冒険者登録したばかりの新人だというのにいきなり一ランク上のクエストを受注した挙句、無傷で帰って来たのだから。その顔から疲れているのが分かったが、それは新人冒険者によくある、生物を殺したという精神的な物から来るものであると理解する。
受付嬢は大きなトレーの上に取り出されたスライムの身二十個と、ゴブリンの牙八十四本を見て目を見開く。
「こ、こんなに倒して来たんですか!?」
「一体のゴブリンから二本剥ぎ取ったので、四十二体ですね」
「それでもおかしいですよ! 今日登録したばかりだというのに、まさかこんなに……」
悠一本人も、これは流石にやり過ぎたと自覚している。おかげで周囲の冒険者から変に注目されている。
「とにかく、精算をお願いします」
「あ、はい! では冒険者カードを提示してください!」
そう言われてジャケットの内ポケットの中に仕舞ってあるカードを取り出して、それを受付嬢に渡す。それを受け取った受付嬢は、カウンターの奥に消えていく。しばらくすると、カードを持って戻って来た。
差し出されたカードを受け取り貯蓄金額を見てみると、スライム討伐で6000ベル、ゴブリン討伐で30000ベル、そこに上乗せ料金が25000ベルが加わり、合計61000ベルになっていた。たった一日でこれだけ稼げるとは、危険が伴うが上手く行けば結構楽して大金を稼げる。悠一はそのことに内心ほくそ笑んだ。
「ユウイチさんは凄いのですね! 登録したばかりだというのに、もうFランククエストをこなせるだなんて!」
冒険者カードを内ポケット内に仕舞いこむと、受付嬢がそう言った。その眼は心なしか輝いており、尊敬の念が浮かんでいる。
「そうでしょうか?」
「そうですよ! 普通だったら初心者さんは同ランクで低レベルのクエストをこなしていき、ゆっくりとレベルを上げていくのが普通なのですが、ユウイチさんはいきなりFランクのクエストを達成したのですから! こんなの、多分初めてのことだと思いますよ!」
ずいっと顔を近付けてそう言う受付嬢に対し、悠一は少し意識していた。異世界だからだろうか、見た感じ街には美男美女しかいない。この受付嬢もまさしくそうである。
人形のように可憐で鼻筋の通った整った顔、ぱっちりと大きく透き通るような青い眼をして流れるように腰まで伸びている癖のない金髪。肌も陶器のように白く、きめが細かい。そして一番目を引くのは、彼女の抜群のスタイルである。服の上からでも、とてもふくよかなのがよくわかる。
そんな美女の顔が間近に来たのだ。意識しない訳がない。
「ユウイチさんはきっと期待の新星ですよ! 将来、凄い冒険者になると思います!」
「そ、そうですか……」
また少し顔が近付いてきたので、少しだけ距離を取る。果たしてこの人は、これを天然でやっているのだろうかと考える。
「あ、自己紹介していませんでしたね! 私の名前はレイナ・カールストンと言います! よろしくお願いしますね、ユウイチさん!」
「よ、よろしくお願いします、レイナさん」
眩しい笑顔を向けられて、少しドキドキしながら顔を逸らす。その後少しだけ言葉を交わし、悠一は組合から出る。
まず最初にするべきは宿屋探しだ。さっきまでは一文無しだったが、今はそれなりのお金を持っている。これだけあれば、よほど贅沢をしなければしばらくは持つだろう。
早速宿を探し始めるが、案外組合の近くに宿屋がありそこの部屋を予約した。寝床を確保したら、次は武具屋だ。制服のままだと、非常に目立って仕方がない。予約した後真っ先に武具屋に立ち寄り、そこにある防具などを物色する。
やはりファンタジー。ローブや鎧、杖と剣、楯といったものが並んでいる。身を守るために軽鎧でも買おうかと考えたが、それだと動きが制限されてしまう可能性がある。それに折角|AGI(素早さ)が高いのだ。それを活かさないといけない。
なので結局ブレザーの青色のズボンはそのままに、フードマント付きの白のローブを購入した。とある小説に出てくる最強の騎士とかが着ていそうな少し派手な物だったが、こちらではこれが普通なのだと知っているので何の躊躇いもなかった。
ローブを買うついでに刀に変わってしまっているが、初心者用の支給品だ。しかも直してあるが、既に一度折れている。量産型だと簡単にれてしまう。なのでこの武具屋で新しいロングソードを購入することにする。
これもズシリと重いが丁度良く、悠一の身長にあった長さだ。しかも炎魔法の属性付与がされている物なので、そこら辺の武器よりもずっと攻撃力もあるし耐久値が高い。その代り41000ベルという高さだったが。
一気にお金が減ってしまったが、それでも十分ある。食事も出来るし、回復アイテムなども相当数買い込める。ローブと武器を購入した後、今度は食事処を探し始める。この世界に転生してからまだ何も口にしていないのを思い出したからだ。
街の人に聞いてどこかいいところが無いかを聞くと、近くに銀弧という食事処があるという。そこは肉料理が基本のようで、とても美味らしく貴族も立ち寄ることがあるそうだ。
早速言われた場所に行くと、なるほど貴族が立ち寄る店だ。木組みで建てられ白く塗られているが、どこか気品を感じる。扉を開けて中に入ってみると、既に多くの人で賑わっており店員があちこちを忙しそうに動き回っている。
適当に空いている席を選びそこに座ると、店員の一人が水の入ったグラスとメニューを持ってきた。悠一はそれを受け取り、開いて料理を見てみる。もちろんだが、見たことも聞いたこともない料理だ。とりあえず鶏肉ステーキを頼む。
「かしこまりました~。しばらくお待ちください~」
店員はそう言うと厨房の方に消えていった。悠一は料理が出てくるまでの間、ステータスを確認することにした。
ユウイチ・イガラシ
LV 10
HP 240/240
MP 417/590
EXP 2742
NEXT 631
ATK 81
DEF 69
AGI 94
INT 92
魔法:分解・再構築
(やっぱ魔力と素早さの上がり方が異常だよな、これ。何だよ、590って)
レベルが一上がるだけでも結構魔力量は増えていたが、やはり九上がっただけで500を超えるのは異常だ。強力な魔法を使える分消費量は多いので、そのことを考えるとこれだけの量があるのはそれなりに嬉しい。
他にも攻撃力や素早さなども軒並み上昇している。防御力の方はレベルが上がったのもそうだが、やはり防御障壁付きのローブを着ているので、これだけあればこの周辺のモンスターでは手傷を負わせるのは難しいだろう。まだ試したことは無いが仮に傷を負ったとしても、傷付いた細胞そのものを再構築すれば治るだろうが。
そんなことを考えながらステータスウィンドウを眺めていると、頼んだ料理が運ばれてきた。出来立てなので湯気が上がっており、じゅうじゅうと音を立てている。ハーブの香りと香ばしい香りが鼻腔を刺激する。
「それではお楽しみくださいませ~」
店員はそう言うとぺこりと頭を下げて、別のテーブルに移動してそこで注文を受ける。悠一は手を合わせて小さな声で「いただきます」と呟いてから、ナイフとフォークで一口サイズに切って行く。
肉は中までしっかりと焼かれており、とても柔らかい。大した抵抗もなくあっさりと切れていく。そして口の中に入れて咀嚼すると、肉汁が口いっぱいに広がり香辛料の味が舌を刺激する。
(こいつは当たりだな)
そう思いながらもどんどん鶏肉を食べ、一緒に運ばれてきたパンも平らげる。心地よい満腹感に満足しながら悠一は立ち上がり、会計を済ませて外に出る。
「さて、もう宿に戻って今後の予定を考えるとするか」
一度大きく伸びをしてから悠一は、部屋の予約を取った宿屋に戻って行った。