36 新たなる旅の途中
翌朝、三人は手早く身支度を済ませて街を歩いていた。次に行く予定になっているロスギデオンに行くには遠出は遠すぎるので、この街で馬車借りることにしたのだ。だが残念なことに、三人は馬車を運転することが出来ない。なので御者の人も、ロスギデオンまで雇うことにしている。
ブリアルタの街には馬車を貸し出しているところは複数存在している。そして三人が選んだのは、この街で一番信頼されているところである。悠一一人であればどこでもよかったのだが、今はシルヴィアとユリスもいる。
夜結界を張って寝ている時に寝込みを襲われたりでもしたら、少女二人は一溜りもない。それこそ、心に一生消えない傷を負ってしまうだろう。なので一番信頼されているところに行くのだ。相変わらずなシルヴィアは眠そうな顔をしており、ユリスが手に繋いで歩いている。本当に姉妹の様だ。
歩き回ること十数分。三人は馬車を貸し出しているところに到着した。そこは色が塗られていない普通の木組みの建物だが、それだけでもどこかいい雰囲気が出ている。中々に渋いなと思いながら扉を開けて中に入ると、そこには若い男性が一人カウンターに立っていた。
「おや? こんな朝早くに客とは珍しいな。兄ちゃんたちは、これから遠出かい?」
「えぇ、まあ。馬車を一台と、御者をお願いしてもいいでしょうか?」
「構わないよ。この時間帯は暇だから、御者は何人もいるよ。少し待ってな」
カウンターに立っている男はそう言うと、一度店の奥の方に消えていく。少ししてその男は戻って来たが、一緒にもっと若い男も出て来た。見るからに悠一たちとそう歳と離れていないだろうが、青年と言った方がいいだろう。
「兄ちゃん達にはこいつを着けてやる。まだまだ若いが、馬車の運転技術に関しちゃあ、ここでは一番だ」
「三人の御者を務めさせていただきます、グスタフ・ローレインスと申します。よろしくお願いします」
グスタフと名乗った青年は、深々と頭を下げる。かなり礼儀正しい。
「俺の名前はユウイチ・イガラシです。一応このパーティーのリーダーになるのかな? こちらこそよろしくお願いします」
悠一も簡単に自己紹介すると、同じように頭を下げる。
「私はシルヴィア・アインバートです。よろしくお願いしますね、グスタフさん」
「ボクはユリス・エーデルワイス。よろしくお願いします」
二人も自己紹介して、揃って頭を下げる。するとグスタフは、頬を僅かに染めて惚けた表情になる。その瞬間に、悠一はグスタフが二人に一目惚れしたのに気付いた。少し揶揄ってやろうかと考えたが、そうするとグスタフの機嫌を損ねかねないので止めておいた。
早速悠一は手続きを済ませて、建物の裏側に回って行く。既に二体の馬が、荷馬車に繋げられている状態で止まっていた。その馬には大量を持続的に回復させる魔導具が着けられているので、途中で馬を休憩させることなく走り続けることが出来るだろう。
途中で乗っている人が休憩しなければいけなくなる時もあるが、それでもかなりの距離を走って行くことが出来るはずだ。実に便利な魔導具である。
「ここからロスギデオンまでは大体一週間ほどは掛かるはずです。その分の食料の備蓄はありますか?」
「ありますよ。一週間どころか数ヶ月分の食料が……」
特にワイバーンの燻製肉やワイバーンの生ハム。他にもそこそこ値が張るような食材などもある。とにかく高報酬のクエストをこなしまくっていたので、多少贅沢をしてもすぐには無くならない程お金があるのだ。
「そうでしたか。それなら安心ですね」
「俺たちは冒険者ですし、街を転々と移動することだってあるんですよ。そのことを踏まえて、多く用意しておくのは常識です」
殆んどは前世にいる時に読んだラノベからの知識だが、それはこの世界ではとても役に立っている。特に長い旅などをする時の知識は、物凄く役に立っている。いざという時に覚えておいた野営の仕方などは、ラノベからではなく普通にネットなどで調べていたが。
軽く言葉を交わした後悠一たちは荷馬車に乗り込み、グスタフは運転席に座り手綱を握る。そして鞭で軽く馬を叩くと、二頭の馬は嘶き馬車がガラガラと音を立てて動き始める。
「兄ちゃんたち、いい旅を送れよー」
貸出所の男は、走り出した馬車を見送りながら、やや大きな声でそう言った。こうしてロスギデオンへの旅が始まった。
♢
馬車に乗ってブリアルタから外に出てから約六時間が経過した。馬車は街を走っている時よりも速く走っているが、着けられている馬具のおかげで全力で走っても疲れることなく走り続けている。
外の景色は近いところが早く通り過ぎていき、遠いところがゆっくりと過ぎていく。こうやって馬車から景色を眺めながら旅をするのも、中々にいい。
ちなみにシルヴィアは今、ユリスと楽しげにおしゃべりをしている。この周辺はモンスターなどが出現する場所ではあるのだが、全く警戒していない。モンスターが出てくる場所とは言っても頻繁に出てくるわけではないし、出て来たとしても初級から中級中位モンスター程度だ。
中級上位と、まだ苦戦はするが上級モンスターを相手に出来る三人であれば、それは大した脅威ではない。その程度であれば、片手でもあしらえる。
「ところで、三人の冒険者ランクってどれくらいなのでしょうか?」
暇だったので街で購入しておいた書籍を読んでいると、グスタフが御者台から声を掛けてくる。
「俺とシルヴィアはまだDランク冒険者で、ユリスがAランクです。この中でユリスが一番強いでしょうね」
単純な魔力量で言えば悠一の二倍ほどはあるし、魔法だって恐ろしく多彩だ。上級魔法を使用する時は詠唱を唱えなければいけないが、一個下の中級魔法はその必要が無いので高威力の魔法を連続して放てる。
「そ、そんなことないですよ! この中では、ユウイチさんが一番強いです! ユウイチさんは剣も魔法も両方使えますし、全く隙がありません! レベルで言えばボクの方がまだ上ですけど、身体能力とかでは悠一さんの方がずっと上です!」
ユリスが一番強いと言ったそのすぐあと、彼女はそれを否定して悠一が一番強いという。レベルはユリスよりまだ低いが、実力はどう見てもそのレベルとは釣り合っていない。
それに、口にはしなかったが悠一には反則過ぎる固有魔法がある。これは魔法どころか生き物ですら分解出来るし、一部を除いて魔法を再現することだって出来る。ユリスの固有魔法【リフレクション】は、魔法を跳ね返す効果があるが、悠一はそれすらも無効化することだって出来る。
なのでユリスは悠一が一番強いと思っているのだ。そしてそれはシルヴィアも同じことである。
「そうは言っても、ユリスは八つの属性に適性があるし、その全ての上級魔法を覚えている訳だろ? 俺なんかあの二つしかないし、ただの剣術バカだ。ずっと多彩であるユリスの方が強いと思うけどなぁ」
「で、ですが、ダンジョン攻略の時は、ガーディアンモンスターを一人で倒してしまったではないですか!」
「あれは数えちゃダメだと思うけど……」
あの時はとにかく失いたくない、何が何でも守り抜きたいという強い気持ちが働いたからこそ、よく分からない力が解放されたのだ。しかもその時の記憶が、殆んどすっぽりと抜け落ちている。未だに本当に、自分があれをやったのかと信じられないでいる。
「ガーディアンモンスターを一人でって、どんな無茶な戦いをしたんですか!?」
「俺はその時のことをよく覚えていないので何とも言えませんけど、シルヴィア曰はく相当凄まじかったとのことだそうです」
「ガーディアンモンスターを倒してしまう程の実力者でありながら、Dランクの冒険者……。世界は広いとはこのことですね」
冒険者ランクがそのままその人の実力ではないということは知っているが、悠一はどう考えてもおかしい。ガーディアンモンスターは少なくともAランク並みの強さを兼ね備えている、正真正銘の化け物である。
それを倒すには大規模なレイドパーティーを組まなければならないのだが、ユリスとシルヴィアが言うにはそれを一人で倒しているとのこと。どう考えてもSランク以上の実力を持っている。それなのにDランク冒険者である。
グスタフは、中にはこんな凄まじい人間もいるのだなと心の底から思った。そうして進んでいると、前方に数台の馬車が停まっていた。
「何かあったんでしょうか?」
「さあ? ただ、嫌な予感しかしませんね」
こういった時、悠一の予感というのはよく当たってしまう。念のために索敵魔法を発動させていたら、それに反応があった。御者台から体を出し、反応のあった方に顔を向けると、三本の矢が飛んできた。咄嗟にそれを刀で叩き落す。
「な、なんです!?」
「こいつは盗賊ですね。何かよく鉢合わせするな」
一昨日貴族の護衛クエストを受けている時にも、盗賊の襲撃があった。すぐに魔法で消し飛ばしたので襲撃と言っていいのか分からないが。とにかく、二日前に盗賊を倒したばかりだというのに、今日また遭遇した。
盗賊とは、切っても切れない縁でもあるのだろうかと、本気で考えてしまう。
「ヒャハハハハハ! てめぇら男には死んでもらうぜ~? 金になる物と女子供はありがたく頂戴して、女共は俺たちがたっぷりと可愛がってやるからよぉ~! その後で奴隷として売ってやんよぉ~」
「くっ……、人質を取るとはなんと卑怯な……!」
荷馬車から降りると、確かに何人かが人質にされており、護衛として一緒にいるであろう冒険者は苦虫を噛み潰したかのような表情をしていた。
「兄貴、また新しいカモが来てますぜ?」
「お? マジじゃねぇか。しかもとんでもねぇ美少女が二人もいるじゃねぇかよぉ!」
盗賊共は悠一たちに気付くと、厭らしい表情をして舌なめずりをする。シルヴィアとユリスは盗賊たちをゴミを見るかのような目で見ており、助けたいが魔法を使えば間違いなく人質に当たってしまう。そこまで繊細なコントロールは出来ないのだ。
盗賊共が高笑いをしてこんなどうやって捕らえた女性たちを辱めようかを想像していると、全身が硬直し凄まじいほどの冷や汗が出るほどの殺気を感じ取った。殺気を感じる方に顔を向けると、そこには刀の柄に手を掛けて鋭い目付きで睨んでいる悠一の姿があった。
「何だよ、ただのガキじゃねぇか。ビビらせやがって」
リーダーと思しき男が一人の盗賊に合図を送ると、その男は背中の大剣を金具から外して悠一に向かって突進していった。まだまだ若いので、大した実力が無いと考えていたのだ。しかし、その考えが命取りになる。
大剣の間合いに入り込み、それを上から振り下ろし始めた時、意識が遠のく程の衝撃が腹に奔る。その数瞬後、男は猛スピードで後方に吹き飛ばされて行く。そして、たった一撃受けただけなのに再起不能にさせられてしまった。
悠一はただ、腕だけに身体強化を全力で掛け、一歩踏み込んでそのまま普通に殴りつけただけだ。向かってくる勢いと踏み込んだ時の勢い、そしてそれから繰り出された拳の勢いが重なり、凄まじい威力になったのだ。
「さてさてさーて、次はどいつがやられたいか?」
刀を鞘から抜き、更に強い殺気を放ちながら盗賊たちに向かってそう言い放つ。




