31 休息期間
シルヴィアとユリスが楽しげにおしゃべりしながら湯船に浸かっている間、悠一は既に上がって私服に着替えて外で待機していた。刀は携帯していないので、誰が見てもただの少年にしか見えない。
しかしこの世界には黒髪黒目の人間はまずいないので、冒険者をしているとかなり目立ってきてしまう。それが短い期間でランクを一気に上げているとなると、更に目立ってくる。証拠に、ベンチに腰を掛けてこの街に来た時に購入した分厚いモンスター図鑑を読んでいると、多くの冒険者(特に男性)に見られている。見られているというか、睨まれている。中には女性がいるのが悩みどころだ。
こうして睨まれている理由は、今は湯船に浸かってゆっくりしているが、美少女二人と一緒にいるからである。どちらも誰もが振り返るほどの美少女で、そして何よりスタイルが抜群だ。そんな二人が悠一と一緒にいるので、男性に睨まれても仕方がない。
悠一もそれを自覚しており、ユリスもパーティーに参加すると言った時は少しだけ悩んでいた。しかし一人だと別の意味での危険もあるので、了承している。
「ああやって睨んでくる奴は、冒険者になってモテたいっていう不純なことを考えている奴だろうな。この世界では強い男がモテやすいみたいだけど、冒険者になったからといってその願望が敵う訳無いのに。むしろそんな考えじゃなくて、この街の人を守りたいと考えろよ」
鋭い目つきで睨んで来る男どもを一瞥しながらそう呟き、図鑑を鞄の中に仕舞う。あまりにも見られているので、集中出来なくなったのだ。悠一とシルヴィアがブリアルタに着いて二日目辺りで、シルヴィアがお手洗いに行っている時に喧嘩を吹っ掛けられたことがある。
吹っ掛けてきた理由は「気に入らない」である。その男もかなりの美形だったし、実力もかなりあることは見て分かった。しかし素行が悪いらしく、女性にはモテていない。なのでシルヴィアと一緒にいる悠一が、気に食わなかったんだろう。もちろん返り討ちにされたが。
「これって人目のないところで、いきなり不意打ちとか仕掛けてこないよな? もしくは二人を無理矢理連れ去るとか、そんなヤバいことはしないよな?」
冒険者は出会いはあるこそ確率は低く、意外と性欲が強い人が多い。しかしそういった問題を起こすのはチンピラや札付き冒険者で、ちゃんと規律に従っている人は問題は起こさない。悠一は規律を守っていない人が、いきなり不意打ちを掛けてくるかシルヴィアとユリスを無理矢理連れ去るかのどちらかを、若干危惧している。
あの二人は並みの冒険者よりもかなり強いので、まずないとは思うのだが、警戒するに越したことは無い。そんなことをぼんやりと考えていると、やっと二人が出て来た。
シルヴィアはフリルのあしらわれている白のワンピースにピンクの前開きのカーディガン、そして青のミニスカートに黒のニーソックスを履いている。彼女の私服はまだ一度しか見ておらず、思わずドキッとしてしまう。
ユリスは肩が大きく出ているピンクのワンピースで白のハイソックスと、単純だがそれでもかなり似合っていた。ユリスの私服は初めてで、シンプルでもかなり似合っているのでそちらにもドキッとしてしまう。やはり女の子とそれ程接点が無かったのが悩みだ。
ユリスの髪の毛は三つ編みにされて、後ろに垂らしている。シルヴィアは首の少し下辺りでヘアゴムで束ねており、それをおさげにしている。普段から降ろしているところしか見たことが無いので、なんだか新鮮だ。
「お待たせしました、ユウイチさん」
「待ちましたか?」
「いや、そうでもないよ。それより、この後どうする? 街をふらつく?」
「そうですね。ずっとお仕事していると大変ですし、息抜きをしませんと」
二人が出てきてすぐに何をするかを決めて、早速街をふらつく。この街に来たその日も街を歩いたが、全部回り切った訳ではないので、何か新しい発見があるかもしれない。ユリスは少し前からここに滞在しているので、程よくクエストを受けて程よく休んでいたので、それなりに街のことは知っている。
しかし街は広いので、何か見落としがあるかもしれない。そういったのを探すのもまた一興である。
「ところで、俺たちしばらく休みにするんだろ? どれくらいの期間にする?」
「そう言えば決めていませんでしたね」
「う~ん……。一週間くらいでいいんじゃないですか?」
一週間は前世と同じ七日間である。こちらも太陽暦が使われているらしいので、日にちの言葉が違うくらいだったのですぐに慣れた。そしてユリスは一週間ほどの休息を提案する。
悠一とシルヴィアも同じくらいの期間を考えていたので、三人意見一致で一週間冒険者業を休みにすることにした。その間悠一は剣の鍛錬は怠るつもりはないので、起きる時間自体は変わりはない。その最中に嫉妬している冒険者に、喧嘩を吹っ掛けられなければいいが。
そんなどうでもいいような心配をしながらてくてく歩いていると、やはりちゃんと回った訳ではないので、面白そうな店を発見する。そこはスイーツ店なのだが、そこの店主が若い男性だった。
しかもただ若い男性ではなく、顔には薄く化粧がされており唇にはリップグロスを塗ったかのようなてかりがある。所謂オネェである。そんなオネェな店主がスイーツ店を経営してるのだが、どういう訳か若い女性で賑わっている。些か謎である。
「何であんな店主なのに、客が多いんだ?」
「何ででしょうね?」
「ボク一度ここでスイーツを買いましたけど、結構美味しかったですよ? 甘過ぎない上に少し苦みもあったので、それが人気になったんでしょうね」
ユリスは悠一と会う二日ほど前にこのスイーツ店に来ており、そこでケーキを食べたことがある。チョコレートケーキなのだが控えめな甘さにほろ苦さが合わさって、実に絶品だった。
「そうなのか。店主はあれとして、人気は確からしいな」
甘過ぎないのが女性受けしたのか、今も扉から若い女性客が頻繁に出たり入ったりしている。悠一も甘いものはそれなりに好きだが、店主があれな上に客は女性しかいないので物凄く入り辛い。なのでこの店でのスイーツは、諦めることにした。
次に目に付いたのは、前に見つけた魔導具店とは違う魔導具店だった。入ってみたが、前に見つけたものとほぼ同じ効果の物しか置かれていなかったので、すぐに後にした。要するに効果がしょぼかったのだ。
他にも歩き回っていると武具店や飲食店。中には娼館や、男女でそういうことをするための休憩宿などもあった。後者二つは見た瞬間何もせず素通りして行ったが。そもそも中に入る勇気など無いし、つもりもない。
そもそもそれらがあることに驚きだった。流石はファンタジー、何でもありの様だと思ったのは無理のないことであろう。なお、シルヴィアとユリスは娼館と休憩宿を見た瞬間、顔を真っ赤にしていた。当たり前といえば当たり前だが。
その後も街を適当にふらふらして、有意義な時間を過ごした。その間悠一は男性から凄まじい視線を送られていたし、二人がお手洗いに行った時に絡まれた。もちろん即座に伸して放置したが。
♢
一週間後、回り切っていない街を散策して有意義な時間を過ごしていた三人は、ローブに着替えて武器を以って組合にやって来た。疲れももう一切なく、今日から冒険者業に復帰するのだ。
「あ、ユウイチさん。ちょっといいですか?」
組合に入ってクエスト掲示板を眺めていると、この街の組合のクエスト受付嬢に声を掛けられる。
「何ですか?」
「一週間前三人が持ち込んできた、モンスターの討伐部位の換金が完了したんです。それをお渡ししようと思いまして」
「そうでしたか」
そう言われて三人は受付嬢に付いて行く。ちなみにシルヴィアは、ユリスに手を引かれている。どう足掻いても、朝に弱いのは中々改善しないようだ。
カウンターの所まで移動すると三人は言われるよりも前に冒険者カードを、受付嬢に渡す。それを受け取った受付嬢は、一度それをトレーの上に置く。
「まずですけど、換金した討伐部位の合計金額は、4860000ベルになっております」
ダンジョンの達成報酬以上の金額になっていることに驚き、半ば思考停止状態に陥る。確かにとにかく遭遇したモンスターを片っ端から討伐して部位を回収していたし、中には上級モンスターの部位もある。しかしここまで凄い金額になるとは、全く思ってもいなかった。
「そ、そんなにですか……」
「はい。ですがあとから戻って来た冒険者の方々の中には、これ以上に稼いでいるグループもありましたし、不思議ではないかと」
そうは言っているが、たったの五日間で恐ろしいほど稼いでいたのだ。あまり実感がない。とにかく、それほどの金額を持っている訳にはいかないので、三つに山分けした後それの半分を寄付することにした。それでも810000ベルだったが。
おかげ尚億あればあるほどいいが、大金過ぎると逆に怖い。それを狙った犯罪が起きるかもしれないからだ。だが、お金は冒険者カード内に納められており、それを使えるのはそのカードの持ち主だけである。なので、そういったお金目的での犯罪は無い。しかしそれでも不安なのだ。
「クエスト達成報酬の一部を孤児院に寄付した時、そこのシスターがかなり驚いていましたよ? そんな大金を一括して支払う人はまずいないので」
「でしょうね」
悠一もあの金額を寄付すると言った時は特に考えていなかったが、後になったらやはりあれは多過ぎたかもしれないと思った。しかしその分孤児院で不足する可能性のある食料や様々な器具を買えるので、全く後悔はしていなかった。
なので今回も全体報酬の二分の一を寄付するのだ。どこまでも弱者の味方である様だ。
今回もまた、凄まじい金額が孤児院に寄付されて、そこのシスターや司祭は寄付してくれた名も姿も知らぬ人に心から感謝したのであった。この日の孤児院の夕飯は、今までに無いほど豪華だったという。




