30 お風呂で
「ここ、本当に温泉か?」
「看板がある以上そうだと思うんですけど……」
「何と言うか、派手ですね」
ユリスをパーティーに加えた悠一一行は、ブリアルタにある温泉店にやって来ていた。そしてその店を見てまず最初に思ったのが、「恐ろしく派手」である。
看板が店の前に立て掛けられてある以上間違いなく温泉なのだが、煌びやかな装飾が施されており高級感に満ち満ち溢れている。そしてそんな煌びやかな装飾に、外壁が凄い色合いになっている。恐ろしく派手よりもに、趣味が悪いと言った方がいいかもしれない。
「無駄に金を使い過ぎだろ、これ」
「ですね」
「なんだか少し入り辛いです……」
三人は店の前に立っていて入り辛そうにしているが、見るからに裕福な家系であることが伺える人たちは、何の躊躇いも無しに扉を開けて入って行っている。きっと行き慣れているのだろう。
いつまでも店前で立っている訳にはいかないので、少し躊躇いながらも扉を開けて中に入る。中は、外装とは違ってとても簡素でありながらも、どこか気品のある場所だった。外とのギャップが凄い。
「ミスマッチ過ぎんだろ……」
録音結晶という音を記憶する結晶から、ゆったりとした音楽が流れている。外装はともかく、確かに貴族た大富豪などが通いそうな場所だ。現に店に入ってすぐに見るからに派手な服装をしている貴族のボンボンや、大富豪と思しき男とその子供が視界に映った。
そして彼らは、店に入って来た三人を蔑んだ目で見ていた。貴族やそういった高いくらいに立っている人は、ただ税を取る平民のことをあまりよく思っていない傾向にある。特に冒険者になるとそれはより顕著になる。
野蛮な奴らだと思われているということもあるが、冒険者業は上手く行けば凄まじい稼ぎになる。しかもクエストの達成報酬は税金として取られることはまずないので、下手すると貴族よりもお金を持っていることだってある。史上初めてZランク冒険者に至った者は、数世代先まで遊んで暮らせるだけの資産があった。
亡くなった後はその大半が、世界中の孤児院や貧しい人に寄付されたが。とにかく、貴族や大富豪といった人の上に立っている人たちは、平民、特に冒険者を嫌っている傾向にある。悠一たちもその中に入っている。
「身分とかを無くせば結局は同じ世界に生きている、一人では何も出来ない人間なんだけどな」
「貴族の人がそれを聞いたら、間違いなく怒りを買いますね、その台詞」
貴族たちは自分がいるからこそ、国が成り立っていると信じてやまない。実際は街の平民たちが一生懸命働いてその税金で国が成り立っているのだが。更に言えば、冒険者はある意味貴族や王族以上に国を守っていると言っても過言ではない。
日夜クエストや探索に明け暮れて、遭遇したモンスターを倒している。街にモンスターがそうそう攻め込んでこないのは、冒険者たちが外で間引きしているからに他ならない。権力に目が眩んでいる貴族たちは、少し考えれば分かるそのことを分かっていないが。どこの世界でも、高い身分にある人はこうである様だ。
チクチクと刺さってくる視線を無視して脱衣所の少し前で分かれ、扉を開けて中に入る。脱衣所も簡素でありながら録音結晶から音楽が流されており、花が申し訳ない程度に飾られている。やはり外装とは真逆で、気品を感じる。どうして外装だけあんなに痛々しいのか、甚だ疑問だ。
そんなことを気にしながら服を脱ぎ、洗面道具を手に持って風呂場に突入する。そこは無駄に広く、逆に落ち着かないくらいだった。
「広っ。どんだけ金使ったんだよ」
そんなことを口にしながらそそくさと移動して、まず体を洗うことにする。この世界のシャワーは構造がかなり単純で、チューブのような物の先に簡易的に作ったシャワーヘッドが取り付けられており、そこに魔石が付けられている。
その魔石は壁に埋められている水を無限に生成するタンクの水を吸い上げて、途中でお湯に変えるという効果がある。ただし使用するのは魔力を流し続けなければならず、少ない人にとってはただの虐め道具である。
今ではかなり多めの魔力を有している悠一にとっては、ここで消費される魔力などたかが知れている。魔力を流してお湯を出し、髪の毛を濡らしてからシャンプーで髪の毛をしっかりと洗う。周囲には貴族などそういった面倒くさそうな連中がいるので、あまり激しく洗わない。
洗い終えてから泡を落とし、今度は体を洗う。五日ぶりの風呂なので体は些か汚れており、泡を立てて洗うとかなり汚れが落ちた。また泡を落とした後は洗顔しようと思ったが、流石にここでは控えておくことにして、宿に戻ったら洗顔することにした。
体をしっかりと洗った後無駄にデカい湯船に向かい、肩まで浸かる。この街の宿の風呂よりも少しだけ熱いが、全然大丈夫だ。むしろ前世ではこれくらいの温度だったので、丁度いい。
「ふぅ……、仕事の後の風呂ってのはいいな……」
どこか親父臭いセリフになってしまったが、それは仕方がない。普段から朝から晩までクエストとモンスター討伐に勤しんでいるが、今回のダンジョン探索は度が違った。十数分おきにやってくるモンスターの集団と戦闘し、時には精神的なダメージを受けたりした。
モンスターの集団とは冒険者をやっていればよく戦うのだが、一日の内に数十回もやると流石に疲れてくる。特に生理的嫌悪を抱く化け物霊長類には。
時には自分よりずっと各上のモンスターと戦ったりしたので、とにかく疲労が凄まじい。一週間くらい活動を休みにしたいと思うくらい凄まじい。それはシルヴィアとユリスも同じことである。
風呂から上がったらどれくらいの期間休息にするのかを話し合おうと、徐々に抜けていく疲れを感じながら考えた。
♢
一方少女二人組は。
「ユリスって、本当にスタイルいいね」
「い、いきなり何よ、シルヴィア」
ダンジョン探索している内に親友となり、互いにタメ口で話し合うようになった二人は、現在脱衣所で服を脱いでいる。その時にシルヴィアが、ユリスの体を見てそう呟いた。
やはりと言うべきか、普段は体の大きさに合っていないローブを着ている為多少誤魔化せてはいるが、脱ぐと物凄く抜群なスタイルである。シルヴィアの物よりもやや大きめな二つの膨らみに、とても細いウェスト。そして大きなお尻。どれもシルヴィア以上だ。
同じ女である以上、スタイルのいい同い年のユリスが早い話少し羨ましいのだ。
「そういうシルヴィアも、結構いいスタイルしていると思うけど?」
「それでもユリスの方がいいよ~。大きい方が憧れるし」
「大き過ぎてもアレなだけだけどね。それに、シルヴィアだって白髪にオッドアイだよ? 白髪やオッドアイだけでも珍しいのに、その両方を持っているなんて、そっちの方が羨ましいよ」
白は穢れ無き白とされている為、美の象徴とされている。その為この世界の女性は、白い服を好んで着る傾向がある。なので元が美少女であるシルヴィアの白髪は男性にしてみれば、とても目を惹くものである。そこに、鮮やかオッドアイ。
オッドアイは別に美の象徴とされている訳ではないが、持っている人は決まってかなりの美形である。異世界なので元から美形の数が半端なく多いが、オッドアイの持ち主はその中でも誰もが振り返るほどだ。そしてシルヴィアは白髪とオッドアイの両方を持っている為、男性に狙われやすい。
今は特に手を出されていないのは、常に近くに悠一がいるからである。
「それでも大きい方がいいな。……何をしたらそんなに大きくなるの?」
「ボクもよく分からないんだよね……」
「そうなんだ……」
淡い期待を抱いて質問してみたが、よく分からないという答えが返って来て少し意気消沈する。そうは言っているが実はユリスには心当たりがある。
彼女が住んでいたのは街ではなく村であり、農業が盛んだった。特に牧場などが多く、新鮮な肉や牛乳などが多い。ユリスは幼いころからずっと牛乳を飲んでいたので、もしかしたらそれが原因なのかもしれない。
しかしあくまでそうなのかもしれないと言うだけなので、考えても仕方がないことなのですぐに頭から追いやる。まずは体を清潔にすることが最優先だ。
扉を開けて中に入ると、そこは凄まじく広かった。とにかく広くて、逆に落ち着かない感じがする。
「広い……」
「前に行ったお風呂もこんな感じだったっけ。どこからこれを作るお金が出てくるのか、本当に疑問に思うよ」
そんなことを口にしながら二人はすぐに移動する。まずはやはり髪の毛だ。髪の毛は女性にとってはとても大切な物であり、体に次ぎに常に綺麗にしておきたいものなのだ。まんべんなくお湯で濡らしてからシャンプーでしっかりと泡立てて、手入れするように洗って行く。
髪の毛を洗い終えた後は体だ。こちらもスポンジでしっかりと泡立てた後、撫でるように洗って行く。男性は擦って落とすが、女性は肌が男性より敏感な為擦って落とすというよりも泡で落とすという感じだ。
親睦を深めるために洗いっこなどを考え付いたが、貴族の人などもいるので自重した。泡で体の汚れを綺麗に落としそれをシャワーで流した後、数十人は同時に入れそうなほど広い湯船に浸かる。少し熱いけれど、ヘロヘロな二人には丁度良かった。
「はふぅ~、癒されるねぇ~……」
「そうだねぇ~。今回のクエストはとにかく厳しかったからねぇ。体に沁みるよ~……」
広すぎて逆に落ち着かなさそうかと思ったが意外とそうでもなく、どんどん疲れが抜けていく。それに何かしらの効果があるのか、戻ってくるときにかなり消費した魔力が少しずつだがそれでも自然回復するよりも早く回復している。
実はこの温泉には疲労回復と魔力回復の効果がある為、貴族が多く目立ってしまうが冒険者も少なくはない。それなりに懐に余裕がある冒険者は、仕事帰りによくここに立ち寄る。宿の風呂よりも、こちらの方が疲れが取れるからである。
他にも美容にもいい為、女性人気が凄まじく高い。あんな外装なのに不思議と繁盛しているのだ。
「それにしても、ユウイチさん凄かったなぁ」
「ボクは気絶しててシルヴィアの話でしか聞いていないけど、本当なの?」
「本当だよ。動きも変わったし、何より魔力量が無尽蔵だって思うくらいになっていたもん」
あの時の悠一の変化は、あまりにも唐突だった。突然魔力が爆発的に膨れ上がり体から塔のように吹き荒れ、それが白銀色になっていたのだ。普通であれば凄まじい魔力量に充てられると恐怖するのだが、悠一の葉むしろ逆に安心出来たのだ。
「本人もそれが何なのか分からないって言ってたし。何なんだろうね?」
「さあ? でも、ああなる前はボクたちを守りたいって、強く思ってたらしいよ? なんだか恥ずかしいけど嬉しいような……」
「私もそれ思った。それだけ大切な仲間だって思っているってことじゃないかな?」
「かもね。なら、ボクたちもユウイチさんのことを守れるように強くならないとね!」
「うん!」
シルヴィアとユリスは悠一が自分たちを守るなら、自分たちで悠一を守れるくらい強くなろうと心に決める。いつまでも守られてばかりでは嫌なので、より努力することにしたのだ。
そんな話をした後は幼少期や、冒険者になる前に住んでいた街や村での思い出話に花を咲かせ、湯船から上がったのは四十五分後だった。このことに先に上がっていた悠一は、どうして女の子は長湯しても大丈夫なんだろうかと、疑問に思ったのであった。