28 ガーディアンモンスター
第六層に到着して一夜を明かした悠一たちは、起きてすぐにローブを着て朝食を取って準備をした。傷と体力を回復させるポーションと、魔力回復薬の数を確認し、入念にストレッチをする。戦っている最中に足を攣って、それでやられたら元の子も無いからだ。
ちなみに他の冒険者たちは、この場所には到着していなかった。まだ上で会談を探しているのだろう。
「最後に確認するぞ。俺はガーディアンモンスターの姿を確認したら、すぐに飛び込んでいく。そのすぐ後に、ユリスは支援魔法を俺に掛けて、シルヴィアは牽制程度の魔法を放つ」
そこまで言うと二人は頷く。その表情からは、緊張しているのが伺える。
「そこからは常に俺に意識が向くようにするから、二人はとにかく魔法を放て。少しずつでもいいから、確実にダメージを与えていくぞ」
「「はい!」」
緊張気味の声で同時に返事をする。確認を終えた後、緊張感を抱きながら扉の前まで移動して、手を掛けて魔力を流す。鈍い音を立ててゆっくりと扉が開いて行き、内部の様子が伺える。扉の向こう側の部屋は他の階層と同じように、壁から飛び出ている光を放つ特殊な鉱石で照らされている。
なので一切薄暗くは無く、はっきりと見えている。見えているからこそ、三人は目を見開いて絶句した。
そこには、奥の方に大剣を地面に突き立てて佇んでいる黒い鎧を着た騎士がおり、その周辺には―――――挑んだのであろう冒険者の変わり果てた姿があった。
それを見たシルヴィアとユリスは、顔を青くして口元に手を当てて一歩下がる。部屋に蔓延する血の匂いが鼻腔を刺激し、慣れてきているとはいえ気分がいい物ではない。
「これ全員を一体で倒したのかよ……」
「ひ、酷いです……」
「どうして……、どうしてこんな……」
地面に転がっている死体を見て、悠一の表情は険しくなっていく。今はもう遺体となっているので図りようもないが、それでもここにいる時点で実力者であることが伺える。その数は、数十にも及ぶ。
数十にも及ぶ実力者全員が、たった一体のモンスターに倒されている。それだけで悠一は、凄まじい恐怖を感じた。最悪、自分たちもここにいる冒険者たちのようになってしまうから。
しかし怖気付いても何も始まらない。悠一は刀を鞘から抜いて、下段に構える。シルヴィアとユリスも同じようにいつまでも怖気付いていられないと自分に言い聞かせて、杖を握り直して魔力を集中させる。
すると奥の方で幽鬼の如く佇んでいる黒騎士が地面に突き立てている大剣を引き抜いて、それを両手で構える。直後、息が詰まりそうな程の殺気が全身に襲った。間違いなく、ベルセルクかそれ以上の強さがある。
(俺たちだけであれを倒せるのか……!? ベルセルクだって最後は何とかなったけど、もっと多くの冒険者がいたからだ。けど、今は俺らしかいない。あれ一体で苦戦しているようじゃあ、下手すると……)
悠一はつい最悪な事態のことを想像してしまい、それを頭の中から消し去る。
(いや、そんなことは考えるな! 今はとにかく、俺たちにしか出来ないことをやればいい!)
自分にそう言い聞かせて刀の柄を強く握り、身体強化を全力で全身に掛けてから、地面を強く蹴って一足飛びに間合いを詰め込む。ユリスの【エクエスベネディクトス】が体に掛けられて、体が軽くなり力が湧いてくる。そして左下からの切り上げを喰らわせようとした瞬間、恐ろしい悪寒が奔った。
咄嗟に体を捻って右に躱すと、その直後に大剣が振り下ろされる。その大剣は地面に叩き付けられると、思い切り地面に減り込んだ。躱さなかったら、開戦数秒で殺されていた。大量の冷や汗を浮かべて、嫌な汗が背中を伝い落ちていく。
そして、本当にこのガーディアンモンスターは、たった三人だけで倒せるのかという疑問が頭を過る。その直後に向こうから間合いを詰めて来て、大剣を左に薙ぐ。辛うじてそれを躱すと刀で攻撃を仕掛けるが、硬い鎧によって阻まれる。
そこに再度上から振り下ろされてきた大剣を、バックステップで躱す。しかし振り下ろされた直後にはもう間合いを詰められており、大剣は霞に構えられていた。
「くっ……!」
放たれた突きを本当にギリギリで躱すが、僅かに間に合わず頬を掠める。ズキズキと痛む頬の痛みを無視して刀を三連続で振る。しかしダメージは無かった。
重くて鋭い大剣を全てギリギリ辛うじて躱していき、合間に反撃を仕掛けるが、それもダメ。シルヴィアとユリスが中級と上級の魔法を放つが、それでも鎧にごく小さな傷を付けるだけだった。
刀に魔力を纏わせて、刀を振るい接触した瞬間にのみ分解魔法を発動させる。黒騎士は触れてはいけないということを察したのか、自ら距離を取る。その隙を突いて、悠一は手数の多さで攻めることにする。
「五十嵐真鳴流剣術中伝―――夜覇羅蛟!」
分解の能力をそのままに、高速で刀を振るって行く。大剣はその大きさ故に威力は高いが、その分小回りが利かなくなる。代わりに刀は大剣より遥かに軽く、小回りが利く。なので手にしている武器の利点を活かした攻撃を仕掛けることにしたのだ。
黒騎士は大剣で反撃をしてくるが、敵が攻撃してくるという動作も含めてこの技が成り立つので、かなり強引だが何とか受け流してそのまま連撃に繋げる。やはり分解の能力を刀に掛けておかないと、ダメージすら与えられない。
しかしこの黒騎士は生物となっているのか、分解魔法が発動するたびに消費する魔力量が多い。ましてや、今は夜覇羅蛟で終わり無い連撃を叩き込んでいる。【エクエスベネディクトス】で一定時間魔力が回復する効果があるとはいえ、消費の方が早い。
このままだとすぐに枯渇してしまうので、一度技を中断して速さを活かして背後に回り込む。そして斬撃を叩き込もうとするが、回転しながら大剣を振って来たので紙一重でそれを躱す。悠一の髪が、僅かに風に散った。
黒騎士はもう一回転しながらその勢いを載せて上から振り下ろしてくるが、ギリギリで躱して脇腹に一撃叩き込む。するとそこから、黒い霧のような物が出てくる。どうやらこの黒騎士は、デュラハンやスケルトンと同じ死者の怨念が取り憑いて動いているタイプの様だ。
離れた場所にいるユリスもそれに気付いたのか、すぐに光上級魔法の詠唱に入る。その間悠一は黒騎士と刃を交えずに、躱して攻撃を叩き込んでいく。大剣の一撃を正面から受け止めたりでもしたら、間違いなく折れて斬られてしまう。
そうならない為にも、決して防御はせずただ躱していくしかない。振り回される大剣を紙一重で躱したろ、辛うじて受け流し、合間合間に反撃を叩き込み、少しずつではあるがダメージを与えていく。
集中力がどんどん研ぎ澄まされて行き、最初はただ圧倒されていた悠一だが次第に先を予測して、躱しながら攻撃をするようになっていく。
「【アークジャベリン】!」
大剣を辛うじて受け流したところでユリスが魔法の詠唱を終えたのが聞こえ、一度距離を取る。無数の光の槍が黒騎士に襲い掛かる。そこで、悠一はもう一度走って距離を詰めていく。
すると黒騎士の大剣から、何か黒い物が吹き出てくる。瞬間、今まで以上の恐怖と悪寒を感じた。
「シルヴィア、ユリス!! 今直ぐ防御結界を―――」
急いで防御するように二人に指示を出そうとするが、それは叶わなかった。黒騎士は地面に大剣を突き立てると、そこを中心に黒い風の嵐が吹き荒れたのである。
シルヴィアとユリスは大剣から黒い何かが吹き出た瞬間には、今使える最高の防御結界を張り、悠一は自身の周囲を囲うように鉄の壁を作り出す。しかし、それは守るという意味をなさずに一瞬で砕かれてしまい、悠一たちは吹き飛ばされてしまう。
「ぐぁぁあああああああああああ!?」
「「きゃぁぁあああああああああああああ!?」」
吹き飛ばされた悠一たちは、勢いよく壁に叩き付けられる。一瞬だけ視界が暗くなり、骨がきしみ、内臓全てが叩き潰されたかのような感覚が全身を奔る。意識が遠のきかけたが、その痛みのおかげで何とかその尻尾を手放さずに済んだ。
とはいえ、受けたダメージは凄まじい。【エクエスベネディクトス】を掛け続けていたユリスは壁に叩き付けられた時に気絶しており、効果が消えてしまっている。動こうとすると鋭い痛みが奔り、動けない。
体中には鋭い痛みを発している切り傷が刻まれており、すぐにあの黒い風でやられたものであると理解出来た。シルヴィアたちの方を見てみると、シルヴィアは意識はあるようだが、たった一回の攻撃を受けて満身創痍になっている。
そして理解する。この手のモンスターには、手を出してはいけないことを。第六層への階段を見つけた辺りで、戦いに挑まずに引き返しておけばよかったと後悔する。しかし、今更後悔しても遅い。
黒騎士はゆっくりとした足取りで、離れた場所に倒れているシルヴィアとユリスのいるところに向かって歩いて行く。今は動けに二人にとって、それは果てしない恐怖でしかない。悠一は必死で体を動かそうとするが、言うことを聞いてくれない。
その間にも黒騎士は二人に歩み寄って行く。シルヴィアは近くに転がっている杖を掴んで両手で持ち、座り込んだ状態で魔法を放つ。しかし、ダメージは無く歩く速度も変わらない。それでもひたすら何度も魔法を放ち続けている。
だが、黒騎士がすぐ近くにやってくると、恐怖で魔法を唱えることすら出来なくなる。そこでシルヴィアは、死を覚悟した。ゆっくりと大剣を上に振り上げて、また大剣から黒い何かが吹き出てくる。あれは黒色の風だ。
(くそっ……! 頼む! 動いてくれ……!)
ボロボロになっている体を必死に動かそうとするが、動かない。やがて黒騎士の大剣から吹き出る黒い風が、増大して行く。あれを喰らったら、間違いなく原形を留めていられない。
(俺は……、二人の女の子すら守れないのか……! たった二人も守れないのかよ……! 俺は……、俺は、何のために……)
どんどん増大して行く黒い風を見て、悠一は自分を激しく攻める。離れた場所から攻撃させて、後は自分に意識を向けさせておけば危険は無いと信じていた。今までもずっとそうだった。悠一が前で敵の注意を引き付けて、後方からシルヴィアとユリスが支援する。それだけで、彼女たちは安全だった。
ずっと人を守るための剣として剣術を習ってきたのに、強大な力を持ったモンスター相手では何の役にも立たず、ただただ殺されて行くのを見ていることしか出来ない。それが堪らなく悔しい。
せめて……、せめて体が動けば戦える。体がまだ動くのであれば、痛みを我慢して魔法を使える。せめて…………自分にもっと力があれば、こんな後悔はせず命を守れるのに。
(俺は……、誰も死なせたくはない……。その為に剣を習ってきた。この世界でも、誰かを守れるようになりたいから、女神にこの魔法を頼んだ……。誰にも……悲しんでほしくはない……!)
体がジワリと熱くなっていく感覚を覚える。それは、心の底から本気で誰かを、シルヴィアとユリスを守りたいと願っているから出てきた感覚だ。
(俺の前で、決して仲間は殺させやしない……!)
そう心の中で強く叫ぶと同時に、悠一の体から信じられな程の魔力が放出される。それはあまりにも莫大で、可視化される程凝縮されている。そして魔力の色は、青白い色ではなく、白銀色に染まっていた。
あまりにも突然な変化に、黒騎士は意識をシルヴィアから悠一の方に変える。大剣から吹き出ていた黒い風が、消失して行く。塔のように昇っている莫大な白銀色の魔力は、物凄く濃密だが、それと同時に心地よさと安心感を感じる。
頭が信じられないくらい冴え渡っている。さっきまでは脅威でしかなかったあの黒騎士は、今ではちっぽけな存在のように思えてくる。今の自分は、何でも出来る。悠一はそう直感した。
地面を強く蹴って一瞬で黒騎士の背後に回り込むと、鋭い蹴りを背中に叩き込んで数メートル吹き飛ばしていく。黒騎士は地面を転がって立ち上がるが、既に目の前には悠一が迫っていた。高速で刀が振るわれて、黒い鎧に傷が刻まれる。
刀は分解の能力が掛けられていない、普通の状態だ。それなのに、能力が掛けられている時と同等以上の傷を刻んでいく。黒騎士は大剣を振り回してくるが、悠一は難無く刀で受け止める。しかも片手で。
さっきまでは避けるか辛うじて受け流していた攻撃を、片手で持っている刀で止めたのを見て、シルヴィアは驚愕する。さっきから分解能力を使用しなくても攻撃が通り、反応速度もその力も格段と上がっている。
「す、凄い……」
一方的にやられていたのから一転、今度は一方的に敵を圧倒し始める。片腕だけで振るわれているのにもかかわらず、その一撃一撃は見るからに両手で持っている時よりも鋭くて重い。現に、攻撃を受け止めている黒騎士の大剣は、大きな金属音を鳴らすたびに弾かれている。
ゆらりと悠一の刀がぶれたかと思うと、目では決して負えない程の速度で振るわれる。黒騎士も全く対応出来ておらず、堪らず距離を取る。が、既に悠一が先回りしており、左手を斬り落とす。斬り落とされた左手は地面に落ちると、ボロボロと塵となって消えていく。
この時シルヴィアは気付いた。悠一の左眼だけが、黒ではなく塔のように立ち昇っている魔力と同じ白銀色になっているのが。
「綺麗……」
黒と白銀。その組み合わせは彼女にとって、実に幻想的な物だった。悠一はまるで黒騎士の動きが分かっているかのように動き、一手先を対応していく。そして強烈な回し蹴りが胴体に炸裂すると、凄まじい勢いで飛んでいき、大きな音を立てて壁に衝突する。
壁に飛んでいった黒騎士を見ていた悠一は、再構築の魔法を発動させて傷と着ていたボロボロになってしまったローブを元通りにする。それと同時に、塔のように立ち昇っていた白銀色の魔力が消える。
「……何だったんだ、今の感覚は?」
白銀色の魔力が消えると同時に、悠一はそう口にする。本人はただ恐ろしく頭が冴え渡り、何でも出来ると思っていたのだ。現に黒騎士を圧倒した挙句、片手を斬り落とした。
立ち昇っていた魔力は消えてしまったが、あの感覚がまだ残っている。まだ、黒騎士とは戦える。そう直感し、ゆっくりと立ち上がって右腕だけで大剣を握って突進してくる黒騎士に向かって走って行く。
「ユウイチさん!」
元に戻ったのでシルヴィアが引き留めようと名を叫ぶが、悠一は止まらなかった。黒騎士が大剣を上に振り上げようとするが、先を読んだかのように刀を大剣に叩き付けてそれを阻害し、右切り上げを叩き込む。分解の能力が掛けられていないのに、大きな傷を刻む。
黒騎士は大剣を大きく振り回して反撃するが、悠一はバックステップで躱して距離を取る。そして、
「五十嵐真鳴流剣術奥伝―――夜汰羅刹!」
両腕両脚を斬り落とし、眉間、両目、喉、そして五臓のある場所に突きを放つ。十三連撃を短い時間で叩き込まれて四肢を失った黒騎士は、地面に倒れ伏す。そしてそこに炎属性を開放した刀により斬撃が叩き込まれて、そこで決着する。
強力な一撃を叩き込まれた黒騎士は、綺麗に真っ二つになりボロボロと形が崩れていった。そこに残ったのは、特大サイズの魔法結晶と黒騎士の使っていた黒い大剣だ。
決着が着いた瞬間、悠一は勝ったという喜びを感じたが、極限まで精神を研ぎ澄ませて集中していたので、解放された反動で力が抜けて仰向けに倒れてしまう。
「ユウイチさん!」
意識が徐々に薄れていく中、守ることの出来たシルヴィアの声が耳に届いた。自分の剣で守ることが出来て、悠一は心の底から喜び意識を手放してしまう。




