27 ダンジョン第五階層目
「まさかベルセルクの体に大きな傷を付けた挙句倒してしまうとは……。こいつはとんでもないな……」
ベルセルクが静かに息絶えるところを見送ったアルフレッドは、刀に付着した血を払って落として鞘に納める悠一を見て、冷や汗を流してそう呟いた。ベルセルクはSランク並みの実力が無いと単独撃破出来ないモンスターなので、それ以下は今回のように集団で戦うしかない。
しかし悠一はこの集団の中でも突出した強さと速さがあった。それこそ、一人だけでも倒せるのではないかと錯覚するほど。現に倒す少し前には体に大きな傷を付け、あり得ない程の一撃を叩き込んで倒してしまった。
その光景を見ていた他の冒険者たちは、全員呆然としていた。
「ユウイチ君」
「何ですか、アルフレッドさん?」
アルフレッドは長剣を鞘に納めてから悠一に近付き、声を掛ける。
「もしよければ、俺の所属しているギルドに来ないか? 君みたいな実力者は大歓迎だ」
ギルドへの勧誘だった。ギルドという物にはそれなりには興味はあるが、今はどっちかというと冒険をしたいという気持ちが強い。
「すみませんが、それはお断りさせていただきます」
なのでその勧誘を断った。
「そうか。理由は聞かないでおこう。元々ダメ元だったし」
「そうしてくれるとありがたいです」
悠一はそう言うと一度頭を下げる。分解魔法を斬撃に載せたとはいえ生物に対して使用したからか、倦怠感が体に襲い掛かっている。まだ戦えない訳ではないが、後で魔力回復薬を飲んでおいたほうがよさそうだ。
そう考えていると、後衛の方からシルヴィアとユリスが走って来た。その表情は、とても心配そうな物だった。悠一が前衛となって戦っていたので、かなり心配していたのだろう。思い返せば、頻繁に二人の支援魔法を受けていた気がする。
「ユウイチさん、怪我は無いですか?」
「それは大丈夫。結構ギリギリだったけど、攻撃は喰らわなかったよ」
「体調の方はどうですか?」
「魔力を大分使ったからか、少し怠いかな。あとで回復薬飲んでおくから、そんなに心配するな」
そう言いながら二人の頭をそっと撫でる。すると揃って顔を少し俯かせて頬を赤く染める。その様子があまりにも可愛く思えてしまい、心拍数が上昇して行く。
それと同時に感じる殺意。ちらりと後衛陣を見てみると、女性はにやにやと微笑んでいたが男性は知り土居目付きで殺意の篭った眼で睨み付けていた。そのことに思わず苦笑する。
数秒間だけ二人の頭を撫でて、手を頭から離す。少し名残惜しそうにしたが、それでも嬉しそうに微笑んでいた。ちなみに頭を撫でるという行為は、悠一は天然でやっているので決して狙ってやっている訳ではない。
「三人は仲がいいんだね」
その様子をアルフレッドは、実に温かい目で見ていた。それから討伐隊総出で、ベルセルクの解体を始めていく。皮膚などの強度が恐ろしく高いので剥ぎ取るのに時間が掛かってしまったが、それでも数十分で何とか解体出来た。
一番功績を上げた悠一は、ベルセルクの長い牙を二本受け取った。一本だけでも十分だと断ったが、これに本を受け取るだけのことをしたと食い下がられたので、結局二本になった。その他の討伐隊のメンバーには平等に素材が分配されて行く。
討伐素材である前足の爪は、この討伐隊を率いていたアルフレッドが回収した。こうして素材分配が終わった後、悠一とシルヴィアとユリスは少し言葉を交わしてからその場から立ち去って行く。
「あ、ユウイチさん。回復薬飲んでないですよね?」
「そう言えばまだ飲んでなかったな」
シルヴィアにそう言われて、鞄の中から回復薬を一本取り出す。ステータスウィンドウを開いてみると、やはり生物に対して分解を使用したので、相当量減っている。やはりモンスター相手の分解は燃費が悪いなと悩みつつ、回復薬を飲み下していく。
ほろ苦い味が口に広がり、体を襲っていた倦怠感が嘘のように消えていく。これで今日一日、魔法を使わなければ戦っていられるだろう。
魔力を回復した後すぐにモンスターとの戦いになり、それらを蹴散らして行く。ベルセルクがずっと各上だったため、倒したことにより莫大な経験値が入ってきておりレベルが52から54に上がっている。シルヴィアも49から52、ユリスは96から97に上がっている。
レベルが上がっているおかげでもっと戦いやすくなっており、ミノタウロスの集団が襲ってきてもそれほど苦戦しなくなってきた。そしてベルセルクを討伐してから丸半日以上が過ぎたところで、やっと第五階層目に続く階段を見つけた。
流石にもう戦う気力と時間は残っておらず、今日は階段を下りたところで休息を取ることにした。昨日より少し凝った夕飯を作り、それを食べながら予定を話す。明日からは最深階層の一個上の階層だ。何があるかは分からない。
唯一分かることは、もちろんだが第四階層のモンスターよりも圧倒的に強く、一瞬でも気を抜いたらこちらがやられてしまう可能性が格段に高い。第六階層にはこのダンジョンのガーディアンモンスターがいるので、出来るのであれば明日一日で第五階層を突破して、第六階層に降りたところで休憩を取りその次の日にガーディアンモンスターに挑みに行きたい。
そんな感じで予定を話し合った後は談笑になり、明日に向けて早めに睡眠を取った。もちろん、ユリスの結界展開装置で、結界を張って。
♢
翌朝、早くに起きた三人はすぐに準備を整えて朝食を取った後、第五階層の攻略を進めることにした。第五階層目は第四階層以上に広くなっており、亜人種のモンスターの数が多い。中にはゴブリンキングやオークキングもいるので、それらとは戦わない。相手にしていたらすぐに体力と魔力が枯渇してしまうからだ。
「第四が森で、その次は岩場か」
「身を隠すにはもってこいですね」
「足場が少し不安定ですけど」
第五階層目は続いていた自然が消えて、どこを見回しても岩しかない場所だ。足場がやや不安定ではあるが、その分身を隠しやすい大きな岩があるので助かる。
しかし、岩場である分遭遇したくモンスターが多く存在している。代表として、赤毛の変態猿である。索敵魔法を発動して周囲を探っていると、その反応が多く見られる。身を隠せる岩が多いのは、向こうにとっても同じこと。
ここに足を踏み入れた冒険者(特に男性)は、奴らにとっては格好な獲物なのである。そっちの道に進む気は無いし、奴らに体を穢されるつもりは全くもってないが。遭遇したら痛みを与える前に消し飛ばす。そう強く心に決めている。
一度索敵を解除して進んでいくと、ホブゴブリンの集団と遭遇する。奴らはオークと同じように、雄であれば人間の若い女性を、雌であれば人間の若い男性を覆う。稀にその逆もあるが。
基本群れで行動しているホブゴブリンは雄なので、ユリスはゴミ虫を見るかのような冷めた目でホブゴブリンを見ており、シルヴィアは助けられたもののまだオークに襲われたトラウマが残っているので、顔を青くしている。
悠一はというと、その集団の中にジェネラルやキングがいないことに安堵して、抜刀して正眼に構える。ホブゴブリンも三人に気付き、雄叫びを上げて早速襲い掛かってくる。いくらゴブリンの上位種でも、知能は大して変わらないようだ。
刀を一振りしてホブゴブリン数体を一気に切り捨て、攻撃を躱してカウンターをお見舞いし、内一体を蹴り飛ばして仲間に激突させた後に爆発を起こし、針状構築した土で急所を貫く。シルヴィアとユリスも加減をせずに中級魔法を放ち、一気に吹き飛ばす。
棍棒を振り上げてくるが先に腕を斬り落とし、胴体を分断する。そしてそのまま体を捻って力を溜め込み、その力を開放して刀を振り抜き、その勢いを利用してもう一度振り抜く。十数体が一気に切り捨てられていき、魔法で吹き飛ばされる。
相手に反撃をさせるチャンスを与えることなく、一方的にホブゴブリンの集団を駆逐した。時間にして、五分程度。周囲にはBランクほどのモンスターがわんさかいるが、それでもCランク程度のモンスターもいる。全てが強力な物でなかったことに、悠一は安堵した。
赤毛のエキセントリックエイプとは遭遇した物の、その姿を確認した瞬間には容赦なく爆発で消し飛ばした。そのせいでモンスターの集団が押し寄せて来たが、それはCランク中級モンスターなので、シルヴィアとユリスの魔法で蹴散らされる。
「この階層はCからBランク程度のモンスターしか出てこないのですね。てっきりAランクも出るのかと思っていました」
「ボクもそうかと思っていたんですけど、違いましたね。オークやホブゴブリンがあんなにたくさんいるのは予想外ですけど」
岩場から顔を覗かせて様子を窺っていたオークをシルヴィアが雷魔法で打ち抜き、その後方にいた集団をユリスの風魔法で切り刻まれ吹き飛ばされる。
「何と言うか、変わったダンジョンだな。最初はCランク中級モンスターだったけど、第三からはBランク、時にはAランクモンスターが出て来た。けど第五になった途端に、CとBの入り混じった感じになっている。普通はAランクモンスターとかが出てくるんじゃないのか?」
「Aランクモンスターはそう簡単には遭遇しませんが、ダンジョンはランクが高く深い階層になればなるほど、遭遇する確率は地上よりも多いはずなんですけど。ここはそれに当て嵌まっていないのでしょうか?」
「意外とそうなのかもな。幸いガーディアンモンスターが二体いるダンジョンじゃないから、次が最後の階層だけど」
岩を粉砕してやってきたシャドウオーガという黒鬼五体を、鋼の槍で打ち抜いて刀で切り捨てる。Cランク中級モンスターなので、こうやって会話しながらでも倒せる。
しかし三人は当たりの道を進んでいるからか、モンスターが次第に強くなっていった。巨人の体に山羊の頭をした、フォモールというAに近いBランク中級モンスターや、ブラッディギヴリオンという色は赤いが見た目が二メートルほどのGといった、本当に強いモンスターと別の意味で嫌なモンスターなどと遭遇する確率が上がって行く。
しかもそのブラッディギヴリオンは飛ぶことが出来るので、走って逃げても飛んで追い掛けてくる。倒さないとどこまでも追い掛けてくるというしつこさで、冒険者の間で有名だ。逃げる前に爆砕したが。
「あんなモンスターまでいるのな……」
「G……、あんなに大きなG……」
「どうして……、どうしてあれがここにいるのでしょうか……」
ブラッディギヴリオンを跡形もなく消し飛ばしたら、シルヴィアとユリスがガタガタと震えて顔を真っ青にしていた。どの世界でも、Gは嫌われ者のようである。実に不憫ではあるが、気持ち悪いので仕方がない。特に今回は。
本来Gは生き延びるために速く動けるように小さな体に進化し、そのままずっとその姿形で生きて来た。言ってみれば生きた化石だ。なのにこちらでは、普通サイズのGもいるが、モンスターになるとどういう訳か巨大化する。
なのにその速度は普通サイズのGよりも速い。そんなのが猛スピードで来たら、ある意味エキセントリックな霊長類モンスターよりも恐怖だ。もし質量変換能力を心置きなく使える場所に奴がいたら、容赦なく消滅させようと決めた。
ただしほんの少しの質量でも、消える範囲が範囲が広過ぎるので、無属性の遠距離視認魔法が必要になるが。でないと、自分もそれに巻き込まれて消滅してしまう。そんな能力を持っている主人公が活躍する小説を持っていて、そのアニメを見ていたなと少し懐かしく思ってしまう。
進んでいると今度は普通の白いスケルトンがわらわらと湧いてきたので、爆発を起こして骨を粉々にする。そして素早く魔法石を回収して、その場から立ち去る。気分はどこぞのコソ泥の様だった。
少し離れたところに目をやると、他の冒険者たちが赤毛ゴリラとドンパチしていた。あれを見た瞬間悠一の表情は真顔になり、素通りして行く。
「た、助けなくていいんですか?」
「俺らが加勢しなくても、あの人たちは十分戦っていられるよ」
「確かに優勢に戦っていましたけど……」
赤毛ゴリラとドンパチしている冒険者たちは優勢で、ゴリラを追い込んでいた。悠一が助けに入るのは、劣勢になっている時か、完全に追い込まれている時だけである。
というのは建前で、単にあれと正面からやり合いたくないだけだ。どう足掻いても正面から戦いたくないモンスターは、魔法でしか倒したくないのだ。あのゴリラも変態猿と同じように、傷付けばその分喜ぶドSだからである。なので無闇に攻撃して傷付けるより、痛みを感じる前に完全に消滅させた方がずっといいのだ。
自分にそう言い聞かせて、ゴリラの快楽に喜ぶが響く中先を急いでいく。シルヴィアとユリスはその声を聴き、顔を赤らめて俯く。悠一は心を無にして、記憶から抹消して何も聴かなかったことにした。
どんどん遭遇するモンスターが強くなっていく道を進んでいくと、渦を巻いているような大きな岩がそのにあった。危険な臭いが悪臭レベルで漂っているが、どうしても気になってしまう。
すぐに魔法が発動出来るようにしてその岩に近付いて行くと、突然赤い何かが岩の下あたりからにょきっと出て来た。びっくりして距離を取り確認してみると、それはただのヤドカリだった。大きさは規格外だが。
「ヤドカリ?」
「ロックパグールスですね。ここにもいたんですね」
ロックパグールス。意味は岩ヤドカリ。特に何の捻りも加えられていなかった。
岩ヤドカリは籠っていた岩から姿を出すと、悠一たちに一度振り返り、そして何もせずどこかへ去って行った。
「……え? 襲ってこないのな、あれ」
「かなり臆病なので、戦うことはしないんですよ。こちらから襲ったりしたら、ヤドカリさんは攻撃してきますけど」
どしどしと音を立てて去っていく岩ヤドカリを見送りながら、ユリスがそう解説する。一応モンスターらしいのだが、臆病な正確な為こちらから攻撃しない限り絶対に何もしてこない。ただただああやって岩から出て、そのままどこかへ去って行くらしい。
そんな不思議なモンスターと遭遇してから、再び第六層目への階段の探索を始める。探していると様々なトラップがあったり、宝箱かと思ったらミミックというモンスターだったり、実に冒険をしているというドキドキ感があった。突然ミノタウロスとフォモールがやってきた時は驚いたが。
何とかそれらを倒して討伐部位を回収して進んでいくと、翼の生えた人型の石像が二体立っており、その先には第六階層に進む階段があった。ここまでもう約十五時間ほど経過している。朝早く起きたからよかったものの、外は既に暗くなっているだろう。
三人は階段を下りて第六階層に着き、そこで一晩明かす準備を進める。しかしそこであることに気付く。
「あれ? 人がいない?」
「「え?」」
顔を上げて見回してみるが、どこにも人がいない。そこには数十メートル先に進んだところに、重そうな鉄の扉が佇んでいるだけで、悠一たち三人以外人がいない。
今までは階段を下りたところには冒険者が集まっており、そこで休憩していたり人やを明かしていたりしていた。悠一たちが緊急クエストを受けた頃には既に多くの冒険者が向かっており、先にここに到着していてもおかしくはない。しかしここではそういった光景が無い。そのことの悠一は、言い表せぬ違和感を感じた。
そして直感する。この先にいるガーディアンモンスターは、恐らくだが第四階層で戦ったベルセルク並の強さがあるはずだ、と。そうなるとたった三人ではかなり危険になってしまうが、ここまで来て引き返すとなると後味が悪い。
もしこの先のガーディアンモンスターがそれだけの力があったとしても、せめてギリギリまで粘って行くことにする。三人は先に明日の戦いに着いてを話し合う。
もちろん唯一の前衛である悠一がガーディアンに突っ込んでいき、シルヴィアとユリスは背後から悠一を支援系魔法でサポートするか、攻撃魔法でガーディアンを攻撃する。悠一も最初から出し惜しみなどせず、全力で戦うつもりだ。
そうなると短期決戦に持ち込まなくてはいけなくなるが、もしこちらに勝ち目がないと判断したらすぐに退避して、他の冒険者たちが来るのを待つ。そうでないと、ここで命を落としてしまうかもしれないからだ。
明日のことを話した後は明日に向けて英気を養うために、ダンジョン潜伏を始めてから一番豪華な料理を作って、それを食べた。悠一は上手く作れたことにほっとして、シルヴィアとユリスは舌鼓を打っていた。
そして夕飯を食べ終えた後、少しでもリラックスするために談笑して、シルヴィアとユリスがうつらうつらと揃って舟を漕ぎ始めたところで、就寝準備をして寝袋に潜り込んだ。眠った後に人が来ないとは限らないので、ちゃんと結界を張ってから悠一もローブを脱いで寝袋に潜り込んだ。
疲れていたからか、二人の少女を意識はしていたが数分で眠気が襲ってきて、意識が闇の中に沈んでいった。




