25 ダンジョン第四階層目
ダンジョン探索二日目の朝、悠一はまだ誰も起きていない時間帯に目を覚ました。これは普段朝練をするために日課と化しているのだが、今日は流石に出来なさそうだ。結界の張られている中で刀を素振りする訳にはいかないし、何より寝ているほかの人たちに迷惑だ。
寝癖で少しぼさぼさになっている髪の毛を手で少し整えてから、鞄の中からローブを引っ張り出してそれを黒のシャツの上に着る。ちらりと後ろを見てみると、シルヴィアとユリスがすぅすぅと小さな寝息を立てて眠っている。元が美少女な為、寝顔はかなり可愛い。
そんな考えを頭を振ってすぐに追いやり、起きるまで刀の手入れでもすることにした。あまり音を立てないように刀を解体して、モンスターを斬った時に付着した油や汚れを拭い紙で拭い落としたり、打粉を刀身に軽く掛けたり、油塗紙で刀身に油を着けたりする。
一通りの手入れが終わった後刀を組み立てて、翳してみる。ちゃんと手入れをしたので、輝きが僅かにだが確実に違う。手入れが一通り終わっても二人はまだ起きなかったので、鞄の中にある回復アイテムや食材の残量を確認する。
食材はまだまだ二週間ほどは持ちそうだし、回復アイテムも使い過ぎなければ一ヶ月は持ちそうだ。ちゃんと節約出来ているなと確認してから鞄の中にそれらを戻し、視線を上げる。それと同時に苦笑する。
置き始めた冒険者たち(特に男性)が、悠一に対して凄まじい視線を向けていたのだ。ひそひそとした話し声も聞こえて来て、「どうしてあんな奴が……」などという声が聞こえて来た。気持ちは分からなくはないが、そんな殺気を向けられると少し気分が悪い。
やれやれと溜め息を吐いて、他の冒険者たちが起き始めたのでシルヴィアとユリスを起こすことにする。
「シルヴィア、ユリス。もう朝だぞ。起きな」
肩に手を触れて、軽く揺すりながら起こす。
「んぅ……」
まず先にユリスが目を覚ました。
「? ……うに?」
ユリスは悠一の顔を見ると小首を傾げて、頭にはてなを浮かべる。しかし次第に思考が回り始めたのか、少し恥ずかしそうに頬を染める。
「えと……、おはようございますです、ユウイチさん」
「あぁ、おはよう」
朝の挨拶を交わした後、今度はシルヴィアを起こそうとする。だが、シルヴィアは朝が苦手で、中々起きない。何か大きな音をたてたりすれば起きるだろうけれど、こんなところでそんなことはしたくない。そもそもそんな起こし方をしたくない。
とにかく体を揺すって声を掛けて起こそうとする。そして三分後、やっとシルヴィアが目を覚ます。
「おはようございますぅ~……」
非常に眠そうな顔をしてそう言い、大きな欠伸を漏らして目を擦る。何というか、猫っぽい感じがする。朝起きてすぐは何もしなかったらしばらくこの状態なので、タライを構築してその中に冷たい水を作り出す。
「これで顔洗っておきな。きっと目が覚めるよ」
「はい~……」
シルヴィアはもう一度欠伸をすると、タライの水で顔をパシャパシャと洗い始める。洗い終えたところでタオルを作り出し、それを渡す。それを受け取ったシルヴィアは顔を拭く。
見ると、先程よりはかなりマシな顔になっている。やはり朝に冷たい水で顔を洗うのはいいことだ。
「もう朝なんですね……」
「そうだな。さて、朝食にするか」
悠一はそう言うと鞄の中から皿と野菜とパンを取り出す。野菜はサラダを作る為に取り出した。
数分で三人分の皿に、サラダと白くてもちもちしたパンが盛り付けられる。三人はそのサラダを食べながら、再度今日の予定を確認する。予定といっても、遭遇したモンスターはなるべく片っ端から討伐していき、今日中には第五層か第六層まで行くということだけなのだが。
朝食を食べ終えシルヴィアとユリスがローブを着ると、張られっぱなしになっている結界を解いて魔導具をユリスの鞄の中に仕舞った。それから念入りに準備体操やストレッチをしてから、先に進んでいく。その際、まだ残っていた男性冒険者から物凄く鋭い眼で睨まれたが。
階段を下りて洞窟っぽいところから外に出ると、そこは森のようになっていた。上が草原だったので、何でか納得してしまう。そこには川も流れており、モンスターではない小動物なども見受けられる。
ダンジョン内だというのに全くそうは見えないのだが、索敵魔法を発動してみると短い範囲にかなりのモンスターの反応があった。朝からいきなりこれらを相手にするのは大変だが、まだ何とかなるだろう。
そう思いながら進んでいくと、早速モンスターと遭遇する。上の階にもいたミノタウロスである。しかも一体ではなく、十数体も。
「こいつは朝から厳しいな」
悠一はそう言いながら抜刀して、正眼に構える。シルヴィアとユリスも意識を集中させて杖を浅く水平に構え、いつでもすぐに魔法が発動出来るようにする。
「オォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
三人の存在に気付いたミノタウロスが雄叫びを上げると同時に、悠一が一足飛びで間合いに入り込む。木で作られた棍棒を振り下ろしてくるが横に跳んでそれを躱し、身体強化で加速して腕を斬り落とす。そして体を捻って刀を一閃し、急所を斬る。
そこに数体のミノタウロスが襲い掛かってくるが、あえて自分方懐に飛び込む。自分から近付いて来た悠一にミノタウロスは不気味に口角を上げたが、前方から大きな火炎弾と氷の刃が飛んでくる。
火炎弾は着弾すると同時に爆ぜて体を焼き、氷の刃は的確に目と健に突き刺さって視界と自由を奪う。そしてそこで悠一が刀を振るい、致命傷を刻む。
すると岩の大剣を持った個体が上からそれを振り下ろしてきたが、右に跳んで躱す。背後には致命傷を負ったミノタウロスがいたため、振り下ろされた岩の大剣はミノタウロスを叩き潰してしまった。角が討伐部位になるのだが、一本はダメになってしまったがもう一本は奇跡的に無事だった。
悠一は地面を蹴ってその大剣を持った個体の懐に潜り込むと、体を捻って力を溜め込む。
「五十嵐真鳴流剣術中伝―――陸牙太刀」
一度右に薙いでから刀を引き戻して左に薙ぎ、斜め十字に斬り付け二連の突きを放つ。計六つの斬撃が高速で襲い掛かり、大剣を持ったミノタウロスは即死する。最後の二つの突きは、喉と心臓を貫いていたのだ。
ただこの技は中伝の中で最難関の剣技であり、使用した後は僅かだが隙が出来てしまう。その一瞬の隙が、実践では命取りになってしまう。一人であった場合だが。
その一瞬の隙を狙ってミノタウロスが襲い掛かってくるが、突如襲い掛かってきた光の雨で体をハチの巣にされてしまう。ユリスの光上級魔法である【シャイニングレイ】だ。そのまんまの名前だ。
悠一は既に持ち前の素早さで移動しており、空中に作った足場を蹴ってすれ違いざまに頸動脈を断ち斬る。凄まじい勢いで血が噴出し、その個体は即死する。そこに棍棒で攻撃して来たが、楯を作ってそれを防ぎ、防いだ直後にそれを槍に変えて脳天を貫く。
今度はその槍を巨大な剣に作り替えると、前方から迫ってきた三体を同時に斬り捨てる。そしてその剣を無数の槍の切っ先のような形に作り替えて、それを飛ばす。飛ばされたその刃はミノタウロスの体に突き刺さると、針玉のような形になり内部から破壊する。
また背後からミノタウロスが襲い掛かってくるが、シルヴィアの風中級魔法【ボレアスサイズ】によって両断される。残ったミノタウロスは雄叫びを上げて突進してくるが、地面を分解して足に絡みつくように再構築して動きを止める。
そこにシルヴィアの【ボルティックストライク】とユリスの氷中級魔法【フィンブルグラディウス】が放たれる。雷が魔法陣から放たれ、氷の剣がミノタウロスの体を斬り付ける。そして悠一が心臓と頭を貫き、頸動脈を断ち斬る。これでミノタウロスとの戦闘は終了だ。
刀を収めて剥ぎ取り用のナイフで、角を剥ぎ取って行く。数えていくと、十三体だった。一本だけ無駄になってしまったので、角の数は二十五本だ。
「大分倒せるようになってきましたね」
「レベルが昨日結構上がったからな。まだ少しきついところはあるけど、それなりに戦えるようになったよ」
レベルが上がって行くだけで基礎能力が上昇して行く。悠一は特にHPとMPとAGIの上昇率が他と比べて著しく高いので、上がれば上がるほど速くなっていく。力もそれに次いで上昇率が高い。おかげで前世では考えられない程、速くて鋭くて重い攻撃が出来るようになった。
ミノタウロスを討伐して討伐部位を回収した後、他のモンスターがやってくる前に先を急ぐ。やって来ても戦って勝てるだろうけれど、昨日はそれで結構酷い目に遭っている。なのでモンスターが来るのを待たずに、先に移動したのだ。
進んでいるとあり得ないくらい巨大な牙を持つギガファングバイソンや、あり得ないくらい巨大なギガトントードといったモンスターと遭遇する。ギガファングバイソンは大きな体で突進して牙で突き刺そうとしてきたが、属性開放した刀で縦に両断される。
ギガトントードは普通に攻撃してはその厚い脂肪で中々攻撃が通らないので、槍を構築して全体重を乗せた突きを放って突き刺し、ユリスの無属性魔法【エンチャント】で付与されていた雷を内部で解放し、内側から破壊した。
余談だが、メガトントードやギガトントードの肉は、たんぱく質が豊富で弾力も良い為実は結構美味いらしい。見た目がデカいカエルなので、どうしてもその肉を食べようとは思わないが。それはシルヴィアとユリスも同じだった。
それらの討伐部位(ギガトントードは皮膚である)を回収して、また先を急ぐ。しかしモンスター密度が半端なく、少し進むだけで何度も遭遇する。中には第二階層にいたスケルトンもおり、中々に苦労した。
「そう言えば、今更だけどこのダンジョンは何階層まであるんだ?」
襲い掛かって来たモンスターを刀で切り捨てたところで、悠一がそう呟く。
「本当に今更ですね。私も気になってはいましたけど」
「ダンジョンは基本六から八階層しかないです。そしてCからBランクからのダンジョンは、例外を除けば六階層までしかありません」
ユリスの言う例外とは、第五階層に第一のガーディアンモンスターがいる時の場合である。これが最深部ではなく第五階層にいる場合、例えCランクからのダンジョンでも第八階層まである。それはBランクも同様である。
ただしAランク以上になると八階層、かなり特殊なダンジョンでは十階層まであるそうだ。過去に見つかったダンジョンの中で、一番多かったのはSSランクからので十四階層だったそうだ。こういったのは、基本には当て嵌まらない。
「ボクはAランク冒険者なので、八階層まであるダンジョンには行ったことがありますけど、一人だと結構危険なので第五階層までしか行けませんでした」
「それでも一人でそこまで行けることが凄いと思うんだけどな」
自分のことを過小評価しているが、それでも仲間を連れずに一人でそこまで行けるとは、相当な実力が無ければ不可能だ。悠一一人だったら、第三階層で詰んでいただろう。
やはり八つもの属性に適性があるユリスは別格だなと思い、思わず苦笑してしまう。もっとレベルを上げて強くなって、一人でもダンジョン攻略出来るようにならねばと心に決めて、向かってきた白毛猿を爆発で消し飛ばす。
白毛猿を消し飛ばして森の中を突っ切っていると、三人は十数人規模の冒険者の集団と遭遇した。何やら難しい顔をして話し合っている。
「何かあったんでしょうか?」
「さあ? けど、困っているようだし聞いてみるか」
そう言うと悠一は、その集団の方に向かって歩き出す。
「何かあったんですか?」
「ん? あぁ、冒険者か。まあ、ちょっと面倒なことが起こってな」
「面倒なこと?」
その面倒なこととは、この森を東側に進んでいくと、そこには大型のモンスターがいるそうだ。見た目は黒い体をした巨大な牙を持つ獅子のような姿で、大きさで言えば五メートル以上はあるそうだ。見るからに強力なモンスターなので他の冒険者が挑んだようなのだが、ものの見事に食い殺されてしまったそうだ。
それから他の冒険者パーティーがまた挑んだようなのだが、結果は同じ。なので、そのモンスターをどうしようかと話し合っていたのだ。一番多く意見に上がっているのは、無視して先に急ぐなのだが、あんなモンスターは放ってはおけないという意見もある。
もしあれを放っておいたら、知らずにやって来た冒険者たちが殺されてしまうことを危惧しているのだ。なので今、無視して先に行く派と無いが何でも倒すべき派の二つに分かれて討論している。今も激しい口調でやっている。殴り合いに発展しなければいいが。
「そのモンスターの名前とかは分かりますか?」
「あぁ。一応地上にもいるからな。モンスターの名はベルセルク。Aランクの上級モンスターに指定されている化け物だ。どうしてこんなダンジョンにいるのかが不思議だよ」
確かに不思議だが、ユリスが憶測ではあるがこのダンジョンはCランクからの物ではなく、Bランクの物であると推測している。なので、不思議だと思う反面納得もする。
「君はどう思う?」
「え? あー、そうですね……。俺も倒した方がいいと思いますね。そうした方が、後から来る人たちが安全に来れますから」
「やはり君もそう思うか! おおっと、忘れていた。俺の名前はアルフレッド・ハインリヒだ」
アルフレッドは自己紹介すると、右手を差し伸べて握手を求める。
「俺はユウイチ・イガラシです」
悠一も自己紹介を、差し出された右手を握って握手に応じる。その間アルフレッドの後ろでは、議論が続いており、最終的にベルセルクを倒すということになった。




