21 ダンジョン攻略開始
「ここがダンジョンの入り口か」
「大きいですね」
「ダンジョンの入り口は大体これくらいですよ」
ユリスをパーティーに迎え入れた悠一とシルヴィアは、ダンジョンへの入り口にやって来ていた。そこには岩で作られているであろう大きな門があり、今はそれは閉ざされている。とても人の力では開かなさそうだ。
だがこの門は魔力を少し流し込むと勝手に開く仕組みになっているようで、少しだけ魔力を流しただけで門が鈍い音を立てて、ゆっくりと開いた。完全に開き切ったところで、三人は早速中に足を踏み入れる。内部は洞窟のような作りになっているが、壁から発行する鉱物が飛び出ており、それが内部を照らしている。
灯りはいらないようだと入る前に取り出したランプを鞄の中に仕舞い、いつ襲われてもすぐに対処出来るように索敵魔法を発動させて、周囲を警戒する。
「ユウイチさんは魔法も使えるんですね」
索敵魔法を発動したら、ユリスがそう声を掛けて来た。
「まあ、使えるね。結構特殊な魔法だけど」
パーティーに迎え入れたとはいえ、自分の魔法を話そうとはしない。一緒にダンジョンに潜っている時点で、いつかバレてしまうのだが、それまでは教えないつもりでいる。固有魔法はあまりにも特殊過ぎるからだ。
レベルが上がって索敵範囲が六十メートルから八十メートルになったので、より広い範囲を索敵出来るようになった。おかげで、離れた場所にいるモンスターなどをより早く発見出来るようになった。
ダンジョンに入ってから僅か数十秒、早速モンスターの反応があった。流石はダンジョン。一体索敵したら次々と反応が見つかった。
「まだ大雑把にしか分からないけど……、ヘルハウンドか?」
「そうみたいですね。結構群れているみたいです」
ヘルハウンドは全身が真っ黒で、目が黄色いモンスターだ。口から火を吐くので、中級モンスターに指定されている。ランクで言えば、D~Cだ。そんなモンスターが、感知出来る範囲で十数体いる。そうと分かると、悠一は早速抜刀してすぐに攻撃出来るように構える。
シルヴィアとユリスも杖をしっかりと握り直し、悠一の後を付いて行く。真っ直ぐ進んで角を左に曲がると、そこにはヘルハウンドが十数体群がっていた。入ってすぐにモンスターと遭遇するとは、実に運がいい。
どうやら先に来たであろう冒険者は、別の道を進んでいるのだろう。そう考えると悠一はほくそ笑んで、刀の柄を両手で握って構える。
「では、先制行きます!」
ユリスはそう言うと、杖を水平に構える。するとすぐに魔法陣が出現し、そこから光の槍が放たれる。突然飛来した光の槍にヘルハウンドは屠られるが、先に気配に気付いた個体は躱して襲い掛かってくる。
そこに悠一が突進していき応戦する。刀一振りで首を斬り落とし、回し蹴りで頭蓋を砕き、攻撃を体を捻って躱してその勢いで両断する。口から炎を吐いてくるが、それを刀で切って霧散させ、お返しに氷をシェルハウンドの周辺に構築して、氷結させる。
どんな生物でも、体を凍らせられると生きてはいられない。それを利用した攻撃だ。
更に離れた場所にいるヘルハウンドの周囲の魔力を操作し、微粒子を集めて水を周囲に生成する。そしてその内部に熱エネルギーを生み出して一気に水を熱して、水蒸気爆発を起こす。水が出現した時点で察したシルヴィアは、既に防御結界を張ってあったため被害は無い。
水蒸気爆発からギリギリ逃れたが大分大きなダメージを負った残り数体のヘルハウンドは、足搔きとして炎の球を吐き出してくる。
「【リフレクション】」
そこでユリスが、何かの魔法の名前を唱える。すると半透明で縦長の膜のような物が出現する。ヘルハウンドの放った炎の球はその膜に当たった瞬間、悠一は目を見開いた。炎が来た道を戻るようにして、飛んでいったのだ。
跳ね返った炎の球は、ヘルハウンドの頭に着弾して爆ぜる。一撃で倒させる程の威力は無い為、ヘルハウンドは悶え始める。そこに悠一が飛び込んでいき、首を断ち斬り心臓を穿ち絶命させる。
「一通り片付いたな」
一分足らずの戦闘が終わり、悠一は刀を収める。そしてそのままになっている氷を分解する。凍り切っておらずまだ生きている可能性があったが、杞憂に終わった。三人は早速討伐部位の剥ぎ取りを始める。
ヘルハウンドの討伐部位の回収を終え、三人は更に奥に向かって進んでいく。
「なあ、ユリス」
歩き始めて少ししてから、悠一は気になったことを質問することにした。
「何ですか?」
「さっきの魔法は何だったんだ? リフレクション、って言ってたけど」
「あぁ、あの魔法のことですね。あれはボクの固有魔法です」
「やっぱりか……」
「固有魔法!?」
悠一は何となくではあるが、あれが固有魔法であると勘付いていた。まず魔法そのものを反射させる魔法など、属性魔法には存在していない。シルヴィアは勘付いておらず、かなり驚いているが。
「ユウイチさんは驚かないんですね」
「まあな。俺も固有魔法持ちだし。さっきの水と氷は、その魔法で作った物なんだ」
「あ、そうなんですか? 確かに氷や水の魔法の魔力の感じではなかったですけど」
属性魔法には、それぞれに魔力の感覚に違いがある。炎属性だったら、少し熱を感じるような魔力、水や氷だったら冷たさを感じる魔力といった感じだ。まだそれは解明されていないが、魔力を別の属性に変えることによる変化であるという線が、とても濃厚だ。
ただその違いが分かるのは魔法使いだけであり、魔力の扱い方を知らない剣士と行った冒険者などは、その違いは一切分からない。特殊な魔法だと、稀にだが分かることもあるらしいが。
「ボクの固有魔法の名前は【リフレクション】で、ただ単に魔力を反射させることしか出来ないんです」
「それも十分反則な気がするけどね。俺の固有魔法は分解と再構築の二つだけだ。このほかに魔法適正は無い」
「そっちの方が反則な気が……」
悠一も自身の魔法が反則であることは認めているが、ユリスの固有魔法の方が反則なのではと思っている。何しろ、魔力で作られたものであれば、向かってくるものを反射することが出来るのだから。欠点は魔法しか跳ね返せないので、剣士相手にはこの魔法は意味は無い。
しかしユリスには他の属性魔法がある。特に、数十万人に一人という確率でしか現れない、光属性に適性があり、それを行使出来る。もうこの時点でかなり優秀だ。
そもそも光属性に対する適性があっても、魔法の術式が恐ろしく複雑で使えない可能性がある。通常の術式が10だとすれば、光属性の術式はその百倍の1000だ。それ程までに違いがある。それを使えるとなると、魔力制御などにも優れていることになる。
「ユウイチさんはともかく、どうしてユリスさんは冒険者を……?」
「ボクは単に自由を束縛されるのがめんどくさいので、この魔法については隠しておいたんです。光を含めて八属性に適性がありますし」
「八属性って……、こいつは一種の天才ってやつか?」
シルヴィアには五属性の適性があり、これも珍しい方なのである。しかしユリスは更に三属性多い八つの属性に適性がある。これは俗にいう天才だ。
分解と再構築しか使えない悠一にとって、それだけ多くの属性に適性があるのは羨ましいことだ。思わず、その才能を分けろと言いたくなってしまう程に。
ちなみにどうして悠一は軍の戦力として保管されていないのかと聞かれたので、ユリスと同じような理由を適当に口にした。普通は誤魔化せないのだが、再構築の方で微粒子を集めてそれで雷や光といった特殊過ぎない物であれば、大体は再現出来るので納得させることが出来た。
そんな話をしていると、またもやモンスターの集団と遭遇した。今度は蟹みたいなモンスターだ。その数は二十数体程。中級でCランクの中で一番弱いモンスターに部類されているので、シルヴィアの魔法一発で吹き飛んだ。
使った魔法が、最近使えるようになった爆発系なので、戦闘終了後に香ばしい良い香りが漂ったが。とりあえずその蟹モンスターの鋏を斬り落としてそれを支給品として受け取った鞄の中に放り込み、先に進んでいく。
何度かモンスターの集団と遭遇し数十秒から数分でそれを片付け、討伐部位の回収をするという作業を何回か繰り返したところで、下に続いている階段を見つけた。周囲に罠が無いのを確認すると、その階段を下りていく。
第二層目に到着すると、がらりと雰囲気が変わった。幽霊でも出てきそうな雰囲気である。シルヴィアも似たような雰囲気を感じ取ったのか、不安そうな顔をして悠一のローブの裾を指先で摘んだ。そしてユリスもまた、同じように悠一のローブの裾を指先で摘んだ。
二人揃って、こういった雰囲気はダメなようである。そこで悠一は、少し悪戯を仕掛けてみることにした。
「そう言えばさ、モンスターには色んな種類があるよな」
「? 急にどうしましたか?」
「亜人、竜族、変異種、昆虫型、植物型、そして……ゴースト」
「ひっ!?」
ゴーストという単語を口にした瞬間、シルヴィアの顔が蒼褪める。ちなみにゴーストタイプのモンスターは実際にいる。見た目が幽霊にそっくりで、物理攻撃が殆んど効かないモンスターだ。一応物理攻撃も効くには効くが、一番手っ取り早いのは魔法だ。特に光属性。
「まあ、ゴーストは限られた場所にしか生息していないって話だし、特に気にしなくても大丈夫だと思うけど」
「急に変な話しないでください!」
「そうですよ! ユウイチさんは意地悪です!」
涙目になって二人は頬を膨らませて怒るが、全く威圧感が無い。むしろ可愛いだけである。元がかなりの美少女であるが故に、自分で仕掛けておいてあれだが見ている方が照れ臭くなる。
そんなやり取りをしていると、また索敵に反応があった。緩くなっていた空気が一気に締まり、緊張した空気は張り詰める。警戒しながら進んでいると、そこにいたのはスケルトンだった。
スケルトンはアンデッドタイプのモンスターで、死者の怨霊が骸骨に宿った物である。このモンスターの厄介なところは、首を斬り落としても体をバラバラにしてもすぐに再生してしまことと、筋肉が無いのに恐ろしく力が強いことだ。
このモンスターは集団行動はしないタイプなので、ある意味運がいいともいえる。ただ、討伐部位が胸にある結晶化した魔力、魔法石なのでなるべくそこ以外を狙わなければいけない。
「スケルトンですか……」
「魔法を使えば一回で倒せますけど、それだと魔法石を傷付けてしまいますし……」
魔法石は魔力を溜め込む性質のある石なので、何かと便利で需要が高い。しかし、殆んどないが傷を付けてしまうと溜め込める魔力量が大幅に減ってしまう。それを防ぐのに非常に有効なのは、光属性魔法による浄化だ。
光属性に適性があるユリスにちらりと顔を向けてみると、何を期待しているのかを察したようで、顔を左右に振る。どうやら浄化魔法は使えないようだ。こうなったら仕方がない。
悠一は刀を抜かず、ただ全力で突進していく。徒手空拳で戦うつもりだ。悠一は剣術以外にも槍術や弓術、小太刀術なども使え、剣術の次に得意なのが組討術だ。武器を失った時に、すぐに対応出来るようにと開発された物である。
スケルトンは構えていた武器を上から振り下ろしてくるが、悠一はその動体視力で剣を見切って剣を腹を殴って無理矢理軌道を逸らす。そして身体強化を右腕だけに集中させて、左肩を殴りつける。鈍い破壊音と共に肩が粉々になり、左腕が地面に落ちる。
スケルトンは体がバラバラになっただけであれば再生してしまうが、強い打撃や威力の高い魔法で粉々にされると再生出来なくなる。悠一もその辺の知識は一応あるので、それを実行したのだ。
左腕を失ったスケルトンは、感情が無い為他のモンスターとは違いただ淡々と殺す為に剣を振るってくる。悠一はその攻撃を全て紙一重で躱し、打撃を叩き込んでいく。そして大振りの一撃を凌いだところで、悠一が大きく動く。
「五十嵐真鳴流組討術―――千離蔓!」
眉間、顎、右肩、胸部の四つに鋭い打撃を叩き込む。身体強化を腕だけに集中させた、強化した拳でだ。最後に両足を下段蹴りで砕いて地面に倒し、魔法石のある所に手を伸ばして骨を砕き、それを取り出す。
すると魔法石を取られたスケルトンは、その姿を塵に変えてしまった。これがアンデッド系のモンスターの末路である。死者の怨霊は胸部にある魔法石に宿っているので、それを切り離せばそれで終わりだ。
「本当に素手で倒してしまうとは……」
「ユウイチさんって、もしかして凄い人です……?」
離れたところでその一部始終を見ていたシルヴィアとユリスは、呆れたように溜め息を吐いた。




