19 ワイバーン討伐
大深緑地帯の最深部に向かい始めてから一時間半後、悠一とシルヴィアは少し休憩していた。体力的には全く付かれていないのだが、精神的には物凄く疲れている。
理由は、大深緑地帯に入る前に一度だけ索敵に反応があった、エキセントリックコングと遭遇してしまったからだ。これはエキセントリックエイプが進化した個体であり、同じ赤毛をしているゴリラである。悠一はそのモンスターを目にすると、思い切り顔を引き攣らせた。
まず第一に、見た目がデカいゴリラであることだ。身長は六メートルほどはあり、遠くから見ればただの赤毛のゴリラだ。しかし、運が悪いことに二人はその近くにまで移動していた。
近くに移動してしまったので、もちろんエキセントリックコングとばっちり目が合ってしまい、エイプの方と同様に股間の危険物を立ち上がらせて、背筋がゾッとするような声で襲い掛かって来た。すぐに魔法で分解したので、一先ず安心だとほっとしたのだが、その声を聞きつけたのは同じモンスターがぞろぞろとやって来た。
雌と雄がおり。雄は全て危険物を立ち上がらせており、雌はシルヴィアを狙い始めた。二人にとってそれはもう恐怖にしか映らなかった。魔法で分解したり爆発を起こしたりしたが、一度に倒すことが出来ずそこから逃げ出した。しかし奴らは追いかけて来た。
二人の精神的疲労は、奴らに追い掛けられたことからきている。
「マジで何なんだよ、この森は……」
「こ、怖かったです……」
大きな木の切り株の上に腰を掛け、揃ってぐったりと項垂れている。ちなみにエキセントリックコングは、広範囲に亘って発生させた水蒸気爆発によって跡形もなく消滅している。
「何でこの森にも、あんな化け物がいるんだよ……。俺はそっちの道に進む気は全く無いぞ……」
恍惚とした表情で追い掛けてくる奴らの顔を思い出し、悠一の顔が蒼褪める。あんなのに追いかけまわされるなど、もう恐怖としか言いようがない。
余談だが、エキセントリックコングの毛皮もエイプの方と同様に高級の毛皮のコートとして使われるので、高値で買い取られるのだが悠一はあんな穢れ切ったモンスターには、絶対に触れたくないと心に決めている。
気持ちが沈んでいた二人は、十数分間休憩してから大深緑地帯の最深部にに向かって歩き始める。二度とあんな化け物と遭遇しなことを、心の奥深くで祈りながら。
ひたすら最深部に向かって進んでいき、様々なモンスターを次々と倒して行き二人共レベルが一上がったところで、最深部付近にまでやって来た。上を見上げてみると、鳥にしては大き過ぎる何かが飛んでいた。
「あれがワイバーンでしょうか?」
「そうだろうね。鳥にしてはデカ過ぎるし」
上を見上げて、大雑把にだが数を把握する。ざっと数えただけで、十はいる。目標討伐数は二十五体なので、あと十五体いない。
ただ、ワイバーンは結束力が非常に高く、仲間が一体倒されればたちまち集団がやってくるという。数は場合によって変わってくるが、大体の場合は二十ほどは来るそうだ。そのせいで、ワイバーン討伐に挑んだ冒険者パーティーが幾つも壊滅している。
魔法使いの上級魔法に匹敵する火炎弾を飛ばしてくるというのは非常に厄介だが、そこは何とかなるだろう。そう思い、悠一は刀を鞘から抜く。
「それじゃあ上に行って叩き落してくるから、シルヴィアは魔法で止めを刺してね」
「簡単に言いますけど、全力で魔法使わないと無理です。倒せても恐らく七、八体が限界です」
「そっか。じゃあいくつか倒しておくか。それじゃあ行ってくる」
悠一はそう言うと地面を強く蹴って上に跳びあがり、足場を作ってそれを蹴ってどんどん上昇して行く。まずこちらに意識を向ける為に、氷の槍をいくつか構築してそれを放つ。シルヴィアの持つ氷魔法ほど威力は無いが、それでもこちらに意識を向けさせることは出来る。
飛んでいった氷の槍が体に当たると、僅かな傷を付けるだけで砕けてしまった。だがおかげで、ワイバーンは悠一に気付いて飛翔してくる。噛み付きや体当たりなどの攻撃をしてくるが、構築した足場を蹴って躱していく。
そして一体の体当たりを躱したところで、翼を片方だけ斬り落として飛ぶ力を失わせ、踵落としを脳天に叩き込んで地面に叩き落す。そこにシルヴィアの全力の氷中級魔法が放たれ、絶命する。
「まずは一体」
一体が倒されたのを確認すると、噛み付き攻撃を躱して頸動脈を断ち斬り地面に叩き落す。なるべく同じところに落としておいた方が、戦闘が終わった後が楽なのだ。
「ゴァァァアアアアアアアアアアアアア!!」
ワイバーンの首を斬り落として地面に叩き落し、もう一体を殴って地上に落としてシルヴィアが止めを刺したところで、一体のワイバーンが思わず耳を塞いでしまう程の咆哮を上げた。それは仲間を呼ぶための咆哮である。
それを一瞬で理解した悠一は、もしかしたらこれでワイバーン討伐のクエストが終わるかもしれないと、不敵な笑みを浮かべた。次々と襲い掛かってくるワイバーンと断ち斬り殴って地面に叩き落していると、背後から殺気を感じた。
咄嗟に上に向かって跳躍すると、その直後に大の大人一人を丸々飲み込めそうなほど巨大な火炎弾が通り過ぎていった。ワイバーンが放った物である。
「あの体の大きさなのに、どうやったらあんなにデカいのを放てるんだ、よ!」
躱したところに同じ規模の複数の火炎弾が飛んできたので、分解魔法で全て消し去り、お返しと言わんばかりに鋼の鎚を作って、それで地面に思い切り叩き落す。そして圧縮した自然発火性のガスをワイバーンの近くに発生させて、小規模ながらも強力な爆発を起こす。
もろに爆発を喰らったワイバーンは、硬い鱗で身を守られているのにもかかわらず、一撃で瀕死に追い込まれて落下して行く。そこにシルヴィアが止めを刺す。
下を見てみると、離れた場所で止めを刺したワイバーンを、シルヴィアが尻尾を両手でしっかりと掴んで、頑張って引き摺って一つの場所に固めていようとしていた。頑張っているなぁと思いながらも、構築した楯で攻撃を防ぎ、それを鉄の剣に作り替えて突き立てていき、刀で首を斬り落とし、身体強化を掛けて首の骨を強引にへし折って行く。
離れた位置にいるワイバーンは次々と火炎弾を放ってくるが、微粒子から作り出した水で防ぎ湯気を出すことで、それを利用して一度姿をくらませる。悠一の姿を見失ったワイバーンは、周囲をキョロキョロと見回す。
悠一は湯気が発生した時に、一気に下まで落下していき、そこから再度足場を作って上まで猛スピードで上がって行く。途中でワイバーンもそれに気付いたが、時すでに遅し。もう間合いに入り込んでいた悠一は刀を振るって、的確に首と頸動脈を断ち斬り心臓を穿つ。
慌てて距離を取り始めるのもいるが、背後に構築した剣で羽を断ち斬り地上に落とす。落ちてきたワイバーンにシルヴィアが魔法で止めを刺そうとしたが、残りの魔力が少なくなっており一撃では倒せなかった。
何とか止めを刺すと、すぐに鞄から魔力回復薬を取り出して、それを飲み干す。今飲んだのは、保有魔力量の約四割を一気に回復させる、そこそこ値の張る物だ。ちなみに味はほろ苦い程度だ。
「さてさてさーて、残りのワイバーンは……六体か。逃がしはしないぞ」
一気に片を付けることにして、刀に魔力を送り込んで炎属性を開放する。真っ直ぐ突進してくるワイバーンを躱すと同時に切り伏せ、離れた位置から火炎弾を飛ばしてくる個体には炎の斬撃を飛ばして二体同時に焼き切り、背後から迫って来たのには鋼の槍で心臓を穿つ。
残った二体のワイバーンは逃げ出そうとし始めたが、その前に翼だけをピンポイントで分解し地面に落とす。シルヴィアのいる場所から少し離れてしまったが、それは致し方ない。走って逃げられる前に地上に降り立ち、首を断ち斬り心臓を穿つ。これで、最深部付近にいたワイバーンを全て倒した。
悠一は刀を鞘に納めた後、二体の尻尾を掴んでずるずると引き摺ってシルヴィアの所に移動する。彼女のいるところに着くと、頑張ってワイバーンを並べている姿が映った。
「お疲れ、シルヴィア」
「あ、ユウイチさん。終わりましたか?」
「あぁ。これが最後の二体だ」
並べられているワイバーンの所に持っている二体を置き、数を数える。その数は、二十六体と一体多いだけだった。まあ、何がともあれこれでクエスト達成だ。
まず最初に討伐部位を二十六個回収して、その後でワイバーンの肉を剥ぎ取って行く。二十六体から回収出来るのでその総量は凄まじく、軽く数ヶ月は毎日その肉を口にすることが出来る。
シルヴィアの鞄の中にはもうそれ程入らないので、大きな袋を作り上げてその中に肉を放り込み、悠一の鞄の中に入れる。高級の肉が手に入ったことに二人はホクホク顔になり、早速街に戻ることにした。
♢
ワイバーンを討伐してから四時間後、二人は冒険者組合に戻ってきていた。どうしてそんなに時間が掛かったのかというと、大深緑地帯が広大過ぎる為に道に迷い、挙句の果てにはまた赤毛ゴリラに追いかけまわされて、更に迷ってしまったからである。
また、桃色の体毛をした謎のオークとも何回か遭遇したりして、やっとの思いで森から抜け出したのだ。
「わ、ワイバーン二十五体、いえ、二十六体の討伐を確認いたしました……。こ、これにてクエスト達成です……」
組合に着き証拠になる鱗を二十六個提示すると、受付嬢が信じられないといった表情をした。ワイバーンは、竜族の中でも一番弱いタイプだが、それでも一体だけでも十分脅威になりうる。それをたった二人だけで倒して来たのだ。驚かないはずがない。
「ルシフェルドのレイナから凄い新人だと聞かされていましたが、まさかこれほどとは……」
「あれ? レイナさんを知っているんですか?」
「えぇ。レイナとは同期ですから」
意外な事実を知った。
「レイナからはよく通信魔導具で、凄い新人が来たと聞かされておりました。登録したばかりの新人なのに常に一個上のランクのクエストを受け続けて、新人狩りのアルバート・ハングバルクを下したと」
既に自身のことを知ってるということを聞いて驚いたが、通信魔導具があると言う方にもっと驚いた。それさえあれば、離れた位置にいる仲間と簡単にやり取りが出来る。今はそんな道具は必要ないが。
悠一とシルヴィアはワイバーンの討伐を達成したのでその報酬を受け取り、今日はもうゆっくり休むことにした。二人は組合から出るとすぐに宿屋に向かい、少しの間だけ部屋のベッドの上で仮眠を取った。
仮眠を取った後再度街に繰り出て、適当に散策したり夕飯を食べたりしてその日を終えた。
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