1 冒険者登録
悠一が意識を取り戻して目を覚ました時、そこは見たことのない森の中だった。高い木々が聳え立ち、草花が生い茂っている。一度起き上がり辺りをぐるりと見回してみると、その植物は一切見たことのない物だ。
しかもどういう訳か、その植物の中には明らかに大人の人間サイズよりも大きな食虫植物らしきものがある。それを見た雄一は、もしそれに捕まったりでもしたらと考え、体を震わせる。しかし、そうなったら分解魔法を使えば何とかなるだろうと、考えを改める。
「そう言えば、どうやって魔法を使うんだ?」
そう思い心の中でステータスと念じてステータスウィンドウを表示して、そこにある【魔法:分解・再構築】の欄を眺める。ゲームの様にクリックしてみれば出るのではないかと思いそうしてみるが、何も出てこない。
流石にそう簡単には出てこないかと苦笑し、一度ウィンドウを閉じて顔を上げる。
「さてさてさーて、まずは街を目指すべきだよな」
辺りをキョロキョロと見回して少し離れた場所に道があり、道なりに進んで行けば街に出るだろうと考える。そう考えるとすぐに移動して、どちらに進むべきなのかを悩む。
下手に行動してしまうとかえって迷ってしまう可能性があるので、ちゃんと考えなければならない。五分ほど考え続けて、悠一は左側に進んでいくことにした。これでもし今日中に街に出られなかったら、本気で洒落にならないが。
「とにかく、素早さが結構あるのが救いだな。まあ、だからと言ってモンスターとかから逃げられるとは限らないけど」
ステータスウィンドウを開いて歩きながら、改めて自分のステータスを確認する。力の方はそこそこだが、防具を着けていないので当たり前だが防御力がとても低い。
ファンタジーで初心者にしょっちゅう狩られる定番モンスターであるスライムなら、一発や二発攻撃を喰らったところで死にはしないだろう。喰らい続けるのは流石にマズいだろうが。
しかしその上であるゴブリンとかだったら、これは本気で洒落にならない。何しろ武器を持っているのだ。こんなブレザー制服なんか、容易く斬り裂いて肉と骨を断ち斬るだろう。転生して早々に死ぬつもりはない。魔法が使えれば、ゴブリン程度相手に出来るだろうが。
あと武器も必要だ。家が古流剣術の道場で毎日訓練している為それなりに強いので、剣などが好ましい。刀などは無いのだろうかと思っていると、剣を買った時一度それを分解して刀に再構築すればいいのではないのではと考える。
しかも質量変換と物質変化の能力も備わっているので、最悪素材となる鉄と鋼があれば刀を一から作れる。そう思うと自然と胸が躍り始め、どんな刀を作ろうかと思考し始める。
そんなことを考えている内に、悠一はかなりの距離を歩いたのかまだ大分先だが街が見えた。
「随分とまあデカい街だな。離れていてもそのデカさがよくわかるぞ。特に多分真ん中にあるであろう、あの高い塔とか」
先にある街には高い建物が多くあり、中央にあるであろう塔は一際存在感を放っていた。一体どれだけの金を使っているんだと苦笑してしまう。
そして歩き続けること約一時間半、悠一は街に到着した。街は恐ろしく活気に溢れており、人があちこちを行き交っている。
中には一目で富裕層の人間であることが分かるくらい豪華絢爛な服を着ている人や、ファンタジーでお馴染みの冒険者などもいた。鎧を着て身の丈ほどはあるであろう大剣を持った冒険者。最低限身を守る程度のプロテクターを身に着けて、背中に二本の剣を下げている冒険者。ローブを着て杖を持っている冒険者などなど。
それらを見た悠一は、本当に異世界に来てしまったのだなと改めて実感する。しばらく街をふらつこうかと考えて一歩だけ踏み出すが、そこで自分が物凄く注目を浴びていることに気付く。
(そりゃこの世界には学生服なんてある訳無いもんな)
そう、悠一が注目を浴びている理由は、彼が着ている学生服と髪の色にある。街にいる人々は中世ヨーロッパ風な服装を着ていたり、若干ゴスロリチックな服を着ていたりしている。そして誰一人として黒髪がいない。それもそれで十分目立つのだが、こちらの世界ではその服装と髪色が当たり前だ。
しかし悠一の学生服と髪の色は当たり前の物ではなく、皆が皆始めて見る物なのだ。注目を浴びない訳がない。
一先ず最低限目立たないような服を買おうと考えるが、一文無しであることを思い出す。
「こうなったら冒険者になって、簡単なクエストとかをこなして金を溜めて買うしかないか……」
まだしばらく注目を浴びるこの服装のままでいることになり、悠一は一度溜息を吐き、歩き出す。悠一はMMORPGの知識を総動員して、まず冒険者登録するための冒険者ギルドを探すことにする。
言語自体は通じると天界にいるセリスから聞いているので、近くにいた街の人にその場所を聞いた。聞いた話によると冒険者ギルドではなく冒険者組合という場所だそうで、そこで登録やクエストの受注などをしているそうだ。
場所が近くにあるしその人も丁度そこに用事があるとのことなので、一緒に冒険者組合まで移動した。数分歩くと木組みの立派な建物が見えて来て、吊るされている看板には冒険者組合と書かれていた。最低限の読み書きする知識はあるようで、そのことに安堵する。
中に入ると色々な冒険者がそこにいて、ワイワイと騒いでいた。ここまで連れて来てくれた人は組合に入ると簡単な別れの挨拶を交わして、組合の奥の消えていった。
悠一はその背中を一度見送った後、どこで登録すればいいのかと思考して、受付の所を見回す。すると一番端の方に、登録受付と書かれた看板がぶら下がっているのを見つける。早速そこに移動する。
「すみません、登録をしたいんですが」
「登録ですね。少々お待ちください」
受付の所に立っている女性に声を掛けると、眩い笑顔を向けて隣にある棚の一番下を開けてそこから小さなカードのような物を取り出して悠一に渡す。
「これは冒険者カードという物で、これに血を一滴垂らせばその時点で登録完了です」
受付嬢はそう言いながら針を一本取り出して、それを差し出してくる。悠一はそれを受け取り、カードを一度トレーのようなところに置いてから人差し指をチクリと刺して、血を一滴だけ垂らす。すると血が吸収されるかのようにカードに染み込み、白かったカードが黒くなり文字が浮かび上がる。
ユウイチ・イガラシ
性別/男性
年齢/16
種族/人間
ランク/G
武器/
防具/?
所持金/0ベル
文字が浮かび上がったのを確認すると、受付嬢は冒険者カードについて説明を始める。冒険者カードは、簡単に言ってしまえば身分証明書になるものだ。これには垂らされた血の中にある魔力を記憶する機能があるので、もし盗まれたりしたとしてもすぐに灰色になってしまい、機能しなくなる。
このような機能が付いている理由は、この冒険者カードの中にお金を入れることが出来るからである。過去に一度物凄い大金を持っていた冒険者がカードを盗まれてしまい、あっという間に使い込まれてしまったということがあったので、大急ぎで全冒険者カードにこのような機能を付けたそうだ。
また組合でクエストを受けたり組合の施設を使うのにも必要なので、無くさないようにと注意を受ける。仮に無くしたとしても、再発行してもらえるのが幸いだが。
冒険者カードの説明を終えると、今度はランクについての説明を受ける。ランクはその冒険者の強さを簡易的に表したものであり、Gから始まりそこからF、E、D、C、B、A、S、SS、SSS、Zと上がって行く。Sランク以上となると通常のクエストと一緒に、国から直接クエストを受けたりすることが出来るとのことだ。
そしてSSSランクと最高ランクのZランクともなると、仮に戦争が起きた場合その最終戦力として扱われるそうだ。冒険者組合が出来上がりこのようなランク制が始まってから、そのZランクまでに至った冒険者は一人しかいないという。ちなみにランクはクエストをこなしていたりモンスターを倒して行けば、自然と上がって行く。
ただし、Dランクからはクエスト達成率やモンスター討伐数以外に、人間性を試される。簡単に言えば、本当に信用出来る人間で、危険なクエストを任せても大丈夫なのかを試すということだ。
ランクの説明の後はクエストについてだ。クエストにもランクが存在し、Gから始まり一番高くてSSSランクの物まである。クエストは一度に複数受けてもいいが、最大でも二十個が限界とのことだ。それでも十分多いが。そして受けられるのは自分のランクより一個上までが限界だそうだ。
「ここまでで質問はありますか?」
「あーっと、ここって武器とか支給されていますか?」
「はい。初心者には最低限の武具と回復アイテムなどが支給されます」
悠一はそれを聞いて安心する。どうやら初心者は、それなりに優遇を受けられるようだ。
「他にも質問はありますか?」
「実は俺、魔法の使い方がよく分からないんです。教えていただけませんか?」
「かしこまりました」
説明によると、魔法を使うにはもちろんだが魔力が必要になってくる。ならばその魔力はどこから来ているのか。答えは血液からだそうだ。
魔力は血液から生み出されるので、その流れを意識したりすれば魔力の流れを感じることが出来る。そして魔力が一点に集まるようにイメージすれば、そこに魔力が集まり可視化される。後は使う魔法のイメージだ。
魔力を集中させながら炎をイメージすれば、その魔力は炎に変換される。ただし、適性が無ければ使えないそうだ。悠一はステータスウィンドウを開いてみると、やはり【分解・再構築】しかない。
炎や氷魔法を使えないのかと少し落ち込むが、物質変化を使用すればどうにかなるのではと考えを改める。
「他にありますか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
悠一はそう言うとトレーに置きっぱなしになっているカードを手に取って、ブレザーのジャケットの内ポケットの中に仕舞い、一度頭を下げてる。
「では支給品をお渡ししますので、少々お待ちください」
受付嬢はそう言うと一度軽く頭を下げて、カウンターの奥に消えていく。数十秒待っていると、剣と恐らく回復アイテムなどが入っているであろう袋を持って戻って来た。
「こちらが支給品となります。貸し出しは無料ですので、もし剣が壊れたり回復アイテムが切れたりしたらお申し付けください」
「分かりました。ありがとうございます」
悠一はそう言いながら置かれた剣を手に取ってみる。そこそこ身長の高い悠一でも丁度いいくらいの長さと重さがあり、意外と振りやすそうだ。ただ刀ではないので、今自身の使える剣術はいくつか使え無さそうだが、それは後で魔法で刀に変えられたら変えるので特に気にしない。
一緒に渡された革ベルトに着いている剣鞘を差す部分に差し込み、アイテムなどが入っている袋も一緒にそのベルトにぶら下げる。
「それでは、よい冒険を」
受付嬢はそう言うと、頭を下げてから眩い笑顔を向ける。それを見た悠一は少し緊張したが平常心を保ち、少しだけ離れた場所にあるクエスト掲示板の所まで移動する。
薬草の採取 Gランク 報酬/薬草一束に付き500ベル。
荷物の運搬 Gランク 報酬/5000ベル。
スライム二十体の討伐 Gランク 報酬/6000ベル。
ゴブリン十五体の討伐 Fランク 報酬/30000ベル。
オーク二十五体の討伐 Fランク 報酬/60000ベル。
やはりというべきか、討伐系のクエストは報酬がそれなりに高い。特に今の悠一のランクより一個上の討伐クエストは、とてもいい報酬だ。レベルは1ではあるが、剣術が使えるのでそれほど気にしなくていいだろう。
登録したばかりで少々不安なところもあるが、とりあえずスライムとゴブリンの討伐クエストを受けることにした。掲示板に張ってある依頼書を剝し取り、それを持ってクエスト受付と書かれた看板のある所まで移動する。
「この二つを受けたいのですが」
「えっ!? あなたまだ登録したばかりの初心者ですよね? スライムはともかく、いきなりゴブリンを倒すのは危険なのではないでしょうか……?」
クエスト受付のところにいる受付嬢は、悠一がいきなり一個上のランクのクエストを受けると言われて驚愕の表情を浮かべる。普通の冒険者であれば、安全を考慮してまず同ランクのクエストしか受けない。
しかし目の前にいる少年は、ついさっき登録したばかりの新人である。いきなり一個上のランクのクエストに行くなど、自殺行為にも等しい。
「心配しなくても大丈夫ですよ」
「はあ……」
自信満々にそう言い切る悠一を見て、受付嬢は渋々そのクエストを受諾した。
「えっと、もしクエストをリタイアした場合多額の違約金が発生するので、気を付けてください! あとあと、ゴブリンは集団で行動するので、注意してください!」
「分かりました。忠告、ありがとうございます」
悠一はそう言うと倒したモンスターの討伐部位を入れる為の、小さなウェストポーチと街の付近の地図を受け取る。これも初心者の為の支給品だ。このポーチには特殊な魔法が掛けられており、一定の重量を超えない限り重さを感じないんだそうだ。実に便利だ。
スライムはスライムの身という物を、ゴブリンはゴブリンの牙を依頼書に書かれている分だけ持って帰ればいい。ただし、ゴブリンの牙は飛び出ている長い物でなければならない。それと、指定された数より多く持ってきた場合、その分は換金されるそうだ。
それを聞いた悠一は、一体から二本とも剥ぎ取って持ってこようと考えながら組合から出て、街の外に向かって歩いて行く。