15 ゴブリンの巣屈
翌朝、まだ少し外が薄暗い早朝に、悠一とシルヴィアは冒険者組合にやって来ていた。今日は一度に複数のクエストを受けるつもりでいるので、早くに受注しておいた方がいいと思ったからだ。ちなみにシルヴィアは、掲示板から少しだけ離れた場所で眠そうにうつらうつらと舟を漕いでいる。相変わらず朝には弱い。
悠一はどのなるべく報酬のいいクエストを探しているのだが、Dランククエストともなると全部のクエスト達成報酬が良いので、悩んでしまう。今あるクエストは、
ゴブリン種の巣屈の殲滅 Dランク 報酬/250000ベル。ゴブリンジェネラルがいて、それを倒した場合、更に100000ベル追加。最深部にある水晶が証拠になる。
オーク種の集落の殲滅 Dランク 報酬/280000ベル。オークジェネラルがいて、それを倒した場合、更に100000ベル追加。集落中央にある赤の水晶が証拠になる。
ロックゴーレム三十体の討伐 Dランク 報酬/300000ベル。
リザードデーモン二十五体の討伐 Dランク 報酬/270000ベル。
他にもあるが、特に報酬が良いのはこの四つだ。ゴブリンやロックゴーレムなどは全然大丈夫なのだが、オークは流石に止めておくことにした。シルヴィアはモンスターなのに性的な方で手を出してくるモンスターを、極端に嫌っている。それは他の女性冒険者も同じなのだが。
悠一も仲間にそう言った方面で手を出してくるモンスターは嫌いなので、なるべく受けないようにしている。大量発生して、緊急クエストとして貼り出されなければだが。
とりあえずゴブリンの巣屈の殲滅のクエストと、ロックゴーレム、リザードデーモンの討伐の三つを受注した。ただ、ゴブリンの巣屈の殲滅というクエストを見た時、なんだか言い表せない何かを感じた気がした。だが、それが一体何なのかは分からない。
「シルヴィア、クエストに行くぞ」
「はい~……。ふわぁ……」
大きな欠伸をしたシルヴィアは椅子から立ち上がり、眠そうな顔のまま付いてくる。朝が早いので、朝に弱いシルヴィアにとっては仕方がないことなのだが。
組合を出た二人は、事前に準備を終えているので雑貨屋には寄らず、そのまま街の外に出ていく。流石に街を出てすぐにモンスターと遭遇することは無いが、稀にそういうこともあるらしいので周囲を札的魔法で警戒する。
冒険している最中だが、シルヴィアから索敵魔法と身体強化魔法を教えて貰っていた。この二つはどの属性にも属さない所謂無属性という物なので、適正といったものが無い。索敵魔法は魔力を薄く周囲に張り巡らせることで、どこに何があるのかを探ることの出来る魔法だ。おかげで、どこ二度のモンスターがなんとなくわかるようになった。
身体強化は魔力その物を体に纏わせることで、文字通り身体能力を底上げする魔法だ。低くて一・五倍、高くて四倍まで上げることが出来るそうだ。悠一は索敵魔法を覚えるのも大切だと思っていたが、真っ先に覚えたのは身体強化だった。戦いにおいて、力の強さは重要であるからだ。もちろん、戦いの技術も大切だが。
今現在悠一が索敵出来る範囲は、半径六十メートルが限界だ。シルヴィアは生粋の魔法使いなので、レベルは低いがその倍の範囲を索敵出来るが。今はまだ少し寝ぼけ眼なので、そういった魔法は使用出来ない。
少し歩いていると、視界には映っていないがモンスターの存在が確認出来た。大きさからして、中級モンスターだ。索敵で存在を確認してから十数秒後、そのモンスターの姿が見えた。
体は深紅色で身長が三メートルほどはあり、額からは禍々しい角を一本生やしている。クリムゾンオーガだ。中級モンスターの中では一番力が強いのだが、筋肉が大きく膨れ上がっているので動きが遅く攻撃も単調だ。
「シルヴィア、魔法は使える?」
「はい、もう大丈夫です。……まだ少し眠いですけど」
振り返ってみると、まだ少し眠そうな顔をしてはいるが先程よりは全然マシだ。
「じゃあ俺が先に魔法で攻撃を仕掛けてこちらに意識を向けてから、俺が前に出る。その間に中級魔法の詠唱を済ませてくれ。出来たらちゃんと合図しろよ?」
「分かってますって」
むっとなって頬を膨らませるが、威圧感が全くない。むしろ可愛いだけだ。少しだけドキドキしながらも悠一は鋼の槍を一本だけ作り出し、それをクリムゾンオーガに向かって放つ。
飛んでくる槍に気付いたクリムゾンオーガは、右手に持っている岩の棍棒で叩き落し、悠一たちの方を見る。視界に二人の姿を映すと、クリムゾンオーガは咆哮を上げて突進してくる。一歩一歩は大きいが、動きは遅い。
身体強化を体に施して爆発的に加速した悠一は、一気に距離を詰めて高速で抜刀する。だが筋肉が硬く、軽く肉を斬るのが限界だった。そこに岩の棍棒が薙ぎ払われるが、上に跳んでそれを躱す。
左腕で掴み掛ろうとしてくるが、空中に足場を作り出してそれを蹴って移動する。そして移動した先にも足場を作り、またそれを蹴る。それを高速で繰り返し、クリムゾンオーガを翻弄する。
目では動きを捉えてはいるのだが体がその動きに追い付かず、棍棒を振るっても掠りもしない。その間にシルヴィアは中級氷魔法の【フィンブルランサー】の詠唱を紡いでいく。
「【―――放たれ穿つのは騎士の槍。騎士が立つ大地は全てが停まった場所。そこにあるのは果て無く続く、息絶えた躯。漂うのは終わりなき絶望】」
凜とした声で紡がれるのは、魔法を発動させる為の詠唱。浅く水平に構えられた杖の先には青白い光を放つ未完成の魔法陣があり、言葉が紡がれていくごとに少しずつ形を成していく。
「【全てが停まったその大地に、悪はあってはならない。誰もがそれを許しはしない。騎士は決して許しはしない】」
魔法陣が一際強く輝くと、やがて魔法陣が完成する。
「ユウイチさん! 詠唱終わりました!」
「了解!」
クリムゾンオーガと対峙していた悠一は、目の前で小規模な爆発を発生させると同時に足場を作ってそれを蹴り、一瞬でシルヴィアの隣に移動する。
「【穿て、氷結の槍! 彼の者を射殺せ―――フィンブルランサー】!」
それと同時にシルヴィアは魔法を発動させる。完成された魔法陣から無数の氷の槍が放たれ、クリムゾンオーガに襲い掛かる。だが筋肉が硬く、刺さりはしたが致命傷には程遠い。しかし、それでも十分だった。
再び身体強化を掛けて突進していき、胸に浅く刺さっている氷の槍を分解する。そしてそこに刀を突き立て、炎属性を開放する。
「ゴァァァァァアアアアアアアアア!!」
痛みで悲鳴を上げて、左腕を悠一に伸ばして掴み取ろうとする。だがその前に悠一が刀を引き抜いて、属性開放状態のまま連撃を叩き込む。少しずつだが体に小さな傷か刻まれて行き、クリムゾンオーガの怒りのパラメータはどんどん上がって行く。
次第に攻撃が威力重視の大振りの物になって行き、もっと読みやすくなっていく。そして力の限り上から棍棒を振り下ろして来たのを見て、悠一は不敵にほほ笑んだ。
―――直後、クリムゾンオーガの胴体が分断された。離れて戦況を見ていたシルヴィアですら、その攻撃が見えなかった。
「五十嵐真鳴流剣術中伝―――顕衝」
悠一が行ったのは、簡単に言ってしまえばカウンター攻撃だ。ただし普通のカウンターではなく、敵の攻撃の勢いを自身の斬撃に載せることにより相乗効果を生み出し、自分自身の力だけでは絶対に出せない力で攻撃する剣技だ。
これは士薙祓と同様中伝の中で難易度の高い、五つの技の内の一つである。元々敵の攻撃を受け流すということ自体、難易度が高い。そこに自分の攻撃と敵の攻撃の勢いを載せて返すとなると、その難易度は計り知れない。その分威力は凄まじく高いが。
今回は身体強化も掛けてあるので、その気になれば鉄ほどの強度がある物でも斬り裂けるだろう。
「ふぅ。何とか倒せたな」
刀を納めながら、悠一はそう呟く。
「危なげなく倒していたように見えましたが?」
「顕衝……今使った技はタイミングを外すと自分に返ってくるっていう、ヤバ過ぎる欠点があるからね。使い慣れている技とはいえ、あれだけの一撃を返すとなると少し疲れる」
大したことは無いのだが、ほんの少しだけ体が痛む。少しひりひりする程度だが、やはりあれだけの強さのある攻撃を自身の剣に載せて放つと、それ相応の反動が返ってくるらしい。
「そんな恐ろしい技を使ったんですね……」
「まあ、危なくなっても既に魔法仕掛けてあったし、一応大丈夫なんだけどね」
実は顕衝を使用する直前、地面に既に魔力を流し込んで、いつでも攻撃出来る状態になっていた。なので仮に失敗しても、結局こちらの勝ちになっていたのだ。
「こんな凄いモンスターを一撃で分断するとは、ユウイチさん本当に規格外です……」
「こうまでするには、相手が本気の本気で攻撃してこないといけないから、正確には一人じゃないんだけどね。さて、剥ぎ取りを始めますか」
鞄の中から剥ぎ取り用のナイフを取り出して、クリムゾンオーガの討伐部位である角を剥ぎ取る。他にも牙も武器の素材になったりするので、ついでにそれも剥ぎ取って行く。小さい牙は特に需要は無いので、大きく尖った物だけを剥ぎ取る。
討伐部位と素材を回収した後、それを鞄の中に放り込み、先に進んでいく。組合からの情報によるとゴブリンの巣屈は、大きな洞窟の中にあるという。以前冒険者登録したばかりの時に入り込んだあの洞窟も、実はゴブリンの巣屈である。
あの時はただ単に目標討伐数を倒すだけでいいだけだったのであれ以上探索しなかったが、もっと先を探していればねぐらなどがそこにある。余談だが、実はゴブリンもオークと同じように若い女性を襲ったりすることがある。
ただしそれは繁殖期の時だけであり、普段はまずない。稀に襲う時もあるのだが、年柄年中ずっと女性を襲い続けるオークとは別だ。今がどうなのかは知らないが。
ずんずん進んでいると、やがて大きな穴が見えて来た。その穴こそが、ゴブリンの巣屈のある場所だ。もちろん洞窟なので薄暗いが、ルシフェルドで買っておいた灯りの魔導具を使用する。魔力を流せば一定時間ずっと光が灯り続ける、意外と優れものだ。
「モンスター以外の何か出てきそうな雰囲気だな」
「こ、こんな時に冗談は止めてください!」
冗談ではなく、結構本気で呟いているのだが。進んでいると、悠一の索敵魔法に複数のモンスターの反応があった。大きさからして、ゴブリンだろう。すると、空を切るような音が聞こえて来た。
咄嗟に抜刀して振るうと、何かに当たった。落ちたそれを見てみると、それは矢だった。その矢が落とされたのを始めに、次々と矢が飛んできた。一々落とすのも面倒なので、全部分解してその微粒子を利用して逆に矢を返してやる。
薄暗く狙いは外れたが、ゴブリンたちはそれぞれの武器を持って襲い掛かって来た。だが悠一は、刀を鞘に納めた。理由は単純に、シルヴィアが魔法を行使しようといているからである。離れている時は合図するように言ってあるが、近くにいる時は別にしなくても大丈夫だ。
シルヴィアが使用した魔法は、初級氷魔法である【アイスブレード】である。初級魔法なので大した威力は持っていないが、ゴブリン程度であれば一撃で倒せる。現に次々と突き刺さって行き、一気に片が付いてしまった。
目的は巣屈の壊滅なのでゴブリンの討伐部位は別に要らないのだが、念のため回収して行く。少しずつ奥の方に進んでいくと、悠一は組合でこのクエストを見た時に感じた言い表せぬ何かを再び感じた。
何かある。そう予感した時、
「うわぁぁぁぁあああああああああああ!!」
「いやぁぁぁぁああああああああああああ!!」
奥の方から叫び声が聞こえて来た。それを聞いた直後、二人は同時に身体強化を体に掛けて、全力で走り始める。途中でゴブリンとすれ違ったが、全部無視して行った。
そして最深部に行くと、そこには百はいるであろうゴブリンの集団と、見るからに駆け出し冒険者であるのが分かる四人組がいた。一人は剣士の少年で、他は皆シルヴィアよりも若い少女である。そしてその内の一人が、ゴブリンに押し倒されており非常に危険な状態にあった。
剣士である少年は脚を抱えて地面に倒れており、脚をやられたのが伺える。
「ユウイチさんっ!」
「分かってる!」
地面を強く蹴って猛スピードで突進していき、間合いに入ったゴブリンを一気に切り伏せていく。一度振るうたびに数体が屠られて行き、すぐに押し倒されている少女の下に駆け付けることが出来た。
刀を振るうのは危険があるので、右足で回し蹴りをゴブリンの頭に叩き込み、頭蓋を粉砕して壁に叩き付ける。それと同時に服を作る余裕がないので毛布を作り出し、それを振り向かずに少女に投げ渡す。
「あとで代わりになる服を作るから、しばらくそれを羽織ってて」
「あ、あの―――」
少女が何かを話し掛けようとしたが、それよりも先にゴブリンの群れに向かって突進していく。間合いに入り込んで来たゴブリンを刀で切り伏せ、拳を叩き付け、魔法で貫き分解して行く。シルヴィアも離れた場所から、援護するように魔法を放っている。
数体シルヴィアに向かって行くのもいるが、魔力遠隔操作を利用して分解する。ゴブリンは最初その場にいた四人に意識を向けていたが、それはあっという間に全て悠一とシルヴィアに向けられた。




