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9 バルヒルドの村

 新人狩りアルバート・ハングバルクを倒し、特別報酬を受けてEランク冒険者になり三日が過ぎた。今現在悠一とシルヴィアは、森の中で地図と睨めっこしていた。二人はクエストを受けている訳ではない。街から離れて、別の街に行くつもりでいるのだ。街の名前は【ブリアルタ】である。


 どうしてそうしたのかというと、シルヴィアから冒険をしてみたいという意見があったからだ。悠一もいつまでも同じところでクエストを受けないで、別の街に行ってそこの組合でクエストを受けるのもいいかもしれないと考え、それを了承する。


 それから朝早くに起きて組合から支給品として渡されていたポーチと同じ魔法の付与されている、大きくたすき掛けの鞄を購入し、ありったけの食料と水、そして回復アイテムなどを購入してその中に放り込んだ。準備を終えてから馬車を使おうともしたが、モンスターと遭遇した時に一々止めるのが面倒なので歩きで行くことになった。


「どっちに進むべきでしょうか……」


「安全を考えるとこのまま真っ直ぐ行けばいいけど、冒険しながらレベル上げもしたいから右に曲がりたい。でも、そうすると時間が掛かり過ぎて次の街に行く途中にある村に着く前に日が暮れて、最悪野宿になるし……」


 二人が悩んでいるのは、進路方向だ。目の前には真っ直ぐ続く道と右に曲がった道があり、そのどちらも最終的には同じ場所に至る。しかし危険度が全く違い、右に曲がったらモンスターがわんさかいる場所であり、レベル上げするには丁度いいが途中にある村には日が沈み切る前に付く可能性が低い。


 真っ直ぐ進めば日が暮れる前に村には着くが、モンスターとはそんなに遭遇しない。今二人はそのことに悩んでいるのだ。なるべく早くレベルを上げて強くなりたいので右に進みたいのだが、せめて進む先に村があるのであればそこの宿に泊まって暖かいベッドで寝たい。


 数分間あれこれ話し合い、結局真っ直ぐ進んで村に行くことにした。進んでいるとDからCランク総統のモンスターと遭遇はするが、それほど数は多くは無く瞬殺されて行く。ただ格が二人よりも上なので、経験値が結構多く入ってくるのは嬉しい誤算だった。


 そうして進むこと約五時間、二人はブリアルタに行く途中にある唯一の村である【バルヒルド】に到着した。バルヒルドは特にこれといった特徴は無いが、自然に囲まれており野生動物を村の中で見ることが出来る。


 村に到着した二人は早速宿屋を探して歩き始めるが、どうも変な雰囲気を感じる。道にいる村人たちを見てみると、どうも怯えた様子だ。特に若い女性は、悠一の姿を見ると顔を真っ青にしてその場から走って逃げていく。


 何もしていないのにいきなりそんな行動を取られた悠一は、若干傷付きつつも宿屋を探し歩いた。


「村人の皆さん、どうしたんでしょうか?」


「さあ? もしかして、余所者はあまり歓迎しない村なんじゃないのか?」


 目が合っただけで走り去っていった同い年と思しき少女を見て、また若干傷付きながらそう予想する。少し歩いているとやっと宿屋を見つけ、早速扉を開けて中に入る。


 そこの食堂には人が集まってはいたが、どうも活気がない。しかも悠一とシルヴィアが中に入った途端、警戒の色が伺えた。本当にどうなっているのだろうと、本気で考えだす。


「俺とこの娘の二人で一部屋ずつお願いします」


「あ、はい。あの……冒険者、ですよね……?」


「そうですけど?」


「そ、そうですか……」


 部屋を取る時、露骨に嫌な顔をされた。周囲にいる人たちからも警戒の色が伺えるし、これは何かあったなと確信する。


 部屋を取った二人は、とりあえず村を散策することにする。だが村を見て回っている時も、村人たちからは招かれざる客のように見られていた。中には明らかに殺気の篭った視線を向けている人もいる。


 周囲を見回しながら歩いていると、悠一は頭や腕などに包帯を巻いている少女を見つける。普通に立って歩いているところからして大した傷ではなさそうだが、それでも放っておくことは出来ない。その少女の所に向かって歩き出すが、顔を真っ青にして体を震わせている。


「い、嫌……来ないで……!」


 ついには腰を抜かして地面に座り込み、目尻に涙を浮かべて震える声でそう口を開く。それを見て、やれやれと溜め息を吐く。


「俺は別に手を出そうって考えている訳じゃない。単に、怪我をしているみたいだから治そうと思っているだけだ」


 そう言いながら右手を伸ばし、魔力を集中させる。既に再構築の能力で怪我の治療が出来ることは確認済みであり、それは自分以外にも他人に施すことも可能である。この能力のチートは、止まることを知らないようだ。


 集中させた魔力を魔法に変換し、再構築の魔法を発動させる。包帯で隠れていて分からないが、傷は治って行ってはいる。数秒間魔法を掛け続け、使用を止める。


「どうかな? 痛みはもう無いか?」


「え? ……嘘、痛みが……」


 巻かれていた腕の包帯を外し始め、あったはずであろう怪我を確認するが、そこには跡も残っていない白い肌だけがあった。成功したようだ。


「あなたは……裏切ったりしないんですか……?」


「裏切る? どうしてさ」


 少女の話によると、つい数日前にこの村に盗賊団がやって来たそうだ。盗賊団は村の金目になりそうな物を奪って行き、そして年頃の少女を数人攫って行ったとのこと。それから毎日数人盗賊がやって来て、一人から二人少女を攫って行くんだそうだ。


 しかも、その中にはこの村に在住していた冒険者がいるんだそうだ。その冒険者は村の周辺に現れた大型の魔物を狩り、守ってくれた村の英雄みたいな人だったそうだ。しかしその冒険者は、盗賊がやってくると途端にそちら側について、率先して人攫いを始めた。


 常に戦いに身を置ている冒険者に村人が敵う訳がなく、立ち向かったところで返り討ちにされた。今傷を治した少女も、二歳年上の姉を取り戻そうとしたが、返り討ちにされてしまった。それから村人たちは冒険者に対して、激しい嫌悪感を抱くようになったそうだ。


「だからお二人が来た時は、もしかしてあの盗賊団の仲間なんじゃないかと思って、怖くなってしまって……」


 体を小刻みに震わせて、涙を流す。


「俺は人を裏切ったりはしない。生活するために冒険者になったっていうのもあるけど、出来るのであれば手の届く範囲でもいいから人を守りたいと思っている」


 話を聞いた悠一は激しくも静かな怒りを覚え、右の拳を強く握った。誰かを悲しませるなど、言語道断。人を殺す為の剣ではなく、誰かを守るための剣を習って来た悠一にとっては、そんな行為をする輩には容赦はしない。


「守ってくれるん、ですか……?」


「あぁ、守ってやる。そして、攫われた人たちを連れ戻す」


 強い意志を込めて悠一はそう言い、少女はぱぁっと表情を明るくする。その直後、離れた場所から悲鳴が聞こえて来た。


 悠一とシルヴィアはその悲鳴を聞いた瞬間にはその場から走り出しており、悠一は既に刀を抜いている。悲鳴が聞こえたところに着くと、大剣を持った男がそこで暴れていた。出ている露店を大剣で斬り倒し、家屋に大きな切り傷を付けていた。


「おらぁ! さっさとこの村の娘を出せや!」


 男は大剣を地面に突き立てて、大きな声でそう叫んだ。周囲にいる人々は委縮してしまい、誰も動こうとはしない。


 悠一は地面を強く蹴って一瞬で距離を詰め込み、一切の手加減なしで刀を振るう。だが男は突き立ててある大剣を引き抜いて剣の腹で受け止め、力任せで押し飛ばす。飛ばされた悠一は腕の力だけで跳び上がり、構築した四つの鋼の槍を飛ばす。


 大剣でそれは防がれるが、そこにシルヴィアの放った魔法が飛んでくる。こちらも加減などしていない。


「ぐっ!」


 魔法が炸裂し男は吹き飛ばされるが、地面を数回転がってすぐに立ち上がる。大したダメージを受けていないようだ。


「いきなり不意打ちしてくるたぁ、い~い度胸じゃねぇか」


「村の人を裏切って人を攫って行くような奴に、加減など一切しない」


 そう言って再び一呼吸で距離を詰めるが、それに合わせて大剣が振り下ろされる。だが楯を上に構築して大剣を防ぐと、持ち前の素早さで背後に回り込み斬り付ける。


 軽鎧阻まれて大した傷を与えることは出来なかったが、それで十分だ。大振りに振り回されてきた大剣を屈んで躱し、右の小手先を狙って下から切り上げる。男は咄嗟に右手を離してそれを躱すが、そのまま流れるように軌道を変えた刀で左腕の健を断ち斬られる。


 健をやられて男の左腕は力無くだらんと下がり、重量のある大剣を右手だけで振り回すことになる。男は幸い力が凄まじく強く、片腕でも大剣は振るえる。しかしその分威力は落ちるし、動きも単調になる。


 片腕で振るわれる大剣の攻撃を全て紙一重で躱し、合間合間に斬撃を加えていく。大半の攻撃が軽鎧に防がれるが、それを気にせず攻撃を叩き込んでいく。


「ぬぅん!」


 上からの振り下ろしをバックステップで躱し、構築した水を弾丸のような形にしてそれを打ち出す。それも軽鎧に防がれるが、小さなヒビが出来ていた。男は距離を取った悠一に向かって突進してくるが、飛んできた炎の球を躱し切れずにもろに食らう。


 そこに再度懐に潜り込んで来た悠一の刀で連撃を受け、小さな傷を少しずつ刻んでいく。男は拳などでも応戦するが、全て躱されて逆に殴られたりする。再度大剣を大きく振るって攻撃をするがまた距離を取られる。


 再び突進して攻撃を加えようとするが、悠一が右手を伸ばして魔力を僅かに放出すると、身に着けていた軽鎧と持っていた大剣が突然消滅した。


「なっ……!」


 防具と大剣が消滅し、突進速度が僅かに緩まったところに、構築したガントレットを左手に着けた悠一の突きが、鳩尾に叩き込まれる。体重の載ったその一撃は、いくら鍛え上げられた男でも耐えられるものではない。


 ましてや、ガントレットまで装備されている。凄まじい衝撃を感じるとともに、男は白目を剥き前のめりに倒れて気絶する。それと同時になるレベルアップのファンファーレ。ちなみにシルヴィアも戦闘に参加したため、あと少しだった経験値が溜まりレベルが上がっている。


「やっぱ人を裏切るくらいだから、大したことは無いか」


 左手のガントレットを分解して、右手の刀を鞘に納める。離れた場所で二人の戦闘を見ていた村人たちは、しばしの間呆然としていたが、裏切った冒険者が倒されたのだと理解すると表情を緩めて、大きな歓声を上げる。


 まだ万事解決したわけではないのだが、それでも不安分子であった一人が倒されたのだ。こうなるのも無理はない。とりあえず気絶した男は、悠一が構築した太めの縄で縛り上げられて、近くにある気に巻き付けられた。


「あの、喜んでいるところすみませんけど盗賊団の居場所を知っている人はいませんか?」


「それならワシが知っておりますが」


 立派な髭を生やした、一人の老人が前に出てくる。髪の毛も総白髪で、杖を突いている。


「ここの村長ですか?」


「いかにもです。それで、どうして盗賊団の居場所を知りたいのですか?」


「いや、ちょっとね、盗賊団を潰しに行こうかと考えておりまして」


 何食わぬ顔でそう言った悠一の言葉に、その場にいたシルヴィアを抜いた全員が驚愕した。

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