2章―4:緊急ログイン要請再びorz
クズ部長の檄を受けた俺は、「屈強な精神は屈強な身体に宿る」と筆でデカデカと描かれた張り紙を横目に匍匐前進でデザイナーの席まで移動。
移動は基本的に匍匐前進な会社って……。
デスクワーカーにありがちな運動不足解消のため、健康のためとかもっともらしい理由をつけてはいるが……それを言うなら、やって当たり前と化しているサービス残業や休日出勤をもう少しだけでも減らすだとか、もっと他にすべきことはあるだろっていう。
「うへへへ……へへへ……へ……スゴーイタノシー……エヘヘへ……」
虚ろな目をしてブツブツと何やら呟いているデザイナーの机の上に、そっと今きったばかりのラフを置くと、再び匍匐前進で自席へと戻っていく。
ただでさえ寝不足でリアルもHP&MP不足だっていうのに……さらにゴリゴリ魂ごと削られていく感覚。
いつ自分も壊れてしまうか分かったもんじゃない。
っていうか、「まだ大丈夫」と思っているのは自分だけだったりして、もうとっくに壊れていたりして……なんてことが頭をよぎる。人間は、どうも希望を過大評価する傾向があって、時にそれによって殺される。
まったく……シャレにならない。
と、胸の内で独りごちたそのときだった。
スマホがジーンズのポケットの中で振動する。
「…………」
ものすごく嫌な予感と既視感とに、一瞬その場に固まる。
きっとおそらくたぶん……見ないほうがいい。
気付かなかった。そういうことにしておこう。今は仕事中だし。
自席に戻って、仕事のつづきにかかろうとする。
だが、もう一度スマホが振動した。
「…………」
こんな時間に届くメッセージとか……ロクでもないものに決まっている。
大体予測はつくが──
脳裏をよぎるのは、いつもつるんでいる困った奴らの姿と……銀髪のポニーテール。
思い出してしまった途端、心がざわつく。
懐かしいバイオリンの音色。
加えて、ログアウト直前の意味深な呟きのこともものすごく気になる。
アリアの中の人は、東雲なんだろうか?
って、だから……ゲームで再会とか──ありえなさすぎだって。
第一、東雲がゲームをやる姿とか想像もつかない。俺がハマってたメジャーなゲームタイトルすら知らなかったくらいだし。
ガチギルド所属+2つ名を持つなんてガチ中のガチじゃないか……。
極力考えまいとしているのに、ことあるごとにアリアの姿が頭をちらついて落ち着かない。
また出会えるだろうか?
いや、さすがに二度はないか。
昨日、ピンチを救ってもらったのも奇跡みたいなもので……。
「…………」
イラストレーターに督促メールを送ろうとメーラーを立ち上げるも……駄目だ……やっぱりスマホが気になって仕方ない。
ちなみに、スマホの使用は、「業務のためなら」という前提付きではあるが、禁止されていない。
やめておけばいいのに、ついスマホをチェックしてしまう。部長の監視の視線をひしひしと感じながら──
そして、やっぱり後悔する。
●サンギータ:リーダー、討伐クエ、オーエンplz! レッドドラゴ強すぎぃb SOS:)
「…………」
あああ……やっぱりそう来るか……。
予想が悪いほうに的中しまくって脱力する。
っていうか、マジで懲りない奴らだ……。
昨日、スカイドラゴでやらかしたばっかりだろう!?
しかも、今度はレッドドラゴとかマジで勘弁してくれ。スカイドラゴより強いってのに……。
ホント昨日みたいなのは、基本的に超修羅場中じゃ無理だし、次は絶対にないからな! って、あれほど釘を刺しておいたはずなのに……。
せめてこの地獄の修羅場を抜けてからにしろと。
そもそも、誰がリーダーだ!
毎度毎度……勝手にリーダー呼ばわりして……厄介ごとばっかり押し付けてきて。
そういうのはどこかのギルドに所属してやれと!
ギルドには、大抵面倒見のいいプレイヤーの一人や二人はいるはずだし。
リアルですら友人知人と疎遠気味になってるっつーのに、ゲーム内で人付き合いとか無理ゲーすぎってことで、敢えてどこのギルドにも所属していなかったのに……なんでこんなことに……。
憤りながら長く深いため息をつく。
今度の今度こそ自業自得だ。あれだけ釘を刺しておいたんだし──わざわざ助けにいく義理はない。
そう自分に強く言い聞かせてスマホをズボンのポケットに突っ込んだ。
パソコンのディスプレイに向きなおり、再びメールのチェック作業にとりかかる。
こんな真夜中であってもメールのやりとりは日常茶飯事。ブラック企業の下請けはやはりブラックっていう……負の連鎖はどこまでも続く。
だが、ポケットの中で再びスマホが振動して……マウスに添えた手が止まる。
「…………」
いやいやいや……ここでいつも甘やかすからあいつらがつけあがるわけで!
俺は保護者じゃない! 心を鬼にして突き放すことも時には必要だ。
そう何度も自分に言い聞かせるも、仕事に集中できない。
どうしても昨晩の全滅寸前な光景が頭をちらついて、いてもたってもいられない気持ちに駆られてしまう。
あと数秒でもログインが遅れていたら──
思わず考えてしまって心臓がぎしりと軋む。
あーもう……これじゃ仕事も手につかないし、かえって非効率的だ。
今度の今度こそ……最後だからな!
もう何度目になるかしれない「これで最後」という言い訳に背中を押されて、俺は席から立ち上がった。
「部長っ! ちょっと自分気合い入れ直してくるんで、屋上で200回スクワットしてきますっ! 30分で戻りますっ!」
「おうっ! 眠気なんてくそくらえだ! 屋上まで犬になって行ってこいっ!」
「イエッサー!」
スマホにタイマーを設定してから、四つん這いになって部屋を飛び出し、はやる思いで非常用の階段を駆け上がっていった。