2章-3 海兵隊式リアルな日常
半年前に届いた奇妙なメールは、究極のVR&MRを謳ったMMO『マギアムジカ・オフライン』──オンラインなのにオフライン? っていう謎すぎるネーミングのゲームへの参加を促すものだった。
そのコンセプト『完全平等システム』に惹かれて、まあ、ゲームなんてする時間ないだろうなと思いつつも、基本無料だし現実逃避がてらちょっとやってみるかっていう軽い気持ちでβテストに参加してみた。
だが、これが想像以上に面白くて──気が付けばどっぷりハマっていた。
何がいいって、まずログイン時間は1日2時間だけと限られている点。
これなら多忙な社会人であっても、時間が余り放題のニートや学生に対抗できる。俺みたいなブラック企業勤めでも2時間くらいなら睡眠時間を削ることでなんとかなった。
得てしてMMOっていうのは、時間とお金をかけられる者勝ちなところがあって、多忙な身からすれば萎える仕様だが、このゲームでそれはない。
あとは、運要素も徹底的に排除してある点。レアドロップすらなくて頑張ったら頑張った分だけ見返りがあるシステムになっている。
一方のキャラメイクや戦い方は自由自在。「音」によって魔法を発動する魔宝石を武器や防具に埋め込んで、各々好き勝手に戦闘スタイルを試行錯誤しては自称ジョブクラスを名乗るみたいな緩さもいい。
中には、あきらかにあの漫画のアイツだろ!っていうプレイヤーも複数いたりして、「偽物」を排除するための対人戦闘(pvp)なんて物騒なものもサービス開始直後は相当流行った。海賊王関連のキャラ同士のpvpとか……まさに熾烈そのものだった。
死んだら強制ログアウト。再ログインは不可という鬼仕様なため、強者だけが生き残れるというシビアな世界。
だが、限られた時間の中、皆平等のスタート&条件下で、頑張れば頑張った分、工夫すればした分、リターンが得られるという快感は、一度知ってしまえば病みつきになるものだった。
しかも、ゲーム内通貨はリアル通貨に換金できたりもするもんだから、一攫千金を目指して大型ギルドを束ね、一国の城主を目指すガチ中のガチプレイヤーも多い。
過去に同じようにリアルとゲームを密接にリンクさせたものもあって、一時騒がれていたらしいけれど、すぐにゲーム内通貨が暴落して廃れてしまった。
その失敗を踏まえてか、暴落を阻止するために、このゲームにおける換金手段=魔法石の総数があらかじめ決められているらしい。
何もかもが今までのゲームとは違う。
『マギアムジカ・オフライン』にはそんな魅力と──反面、どこか得体のしれない薄気味悪い空気があった。
正直、まともな会社と比べることすらおこがましいとは思うが、同じゲームを作っている人間としては気になってどうしようもないことがある。
それは──このゲームは一体何を収入源としているのかということ。
通常、基本無料のゲームでは、洋服などのアバターや便利アイテムを課金アイテムとして別途売り出したりして、その売り上げが会社側の収益になる。
だが、このゲームはそういった課金要素は皆無だ。
どこかの企業のCMも兼ねてのコラボ案件なども特になく、どういうわけか運営会社の詳細までもが伏せられている。分かっているのはWEプロジェクトという社名だけ。
昨今のゲームにはデフォルトと言っても過言ではない丁寧なチュートリアルもなければ、プレイヤー数そのものが少ないせいか、そうそうネットに攻略情報が転がっているわけでもない。
仮にあったとしても、リアルマネーが絡んでいるせいだろう。ライバルを減らすためのガセや悪質な罠だったりして気が抜けない。
だから、基本的には自分で情報を集めて、自分の頭で精査して、手探りで冒険を進めていかねばならない。信頼できる情報筋や知り合い、仲間を少しずつ増やしながら──
知りたいことがあったらすぐにネットで検索、答えを得られる現代リアルとは真逆といってもいい世界。
それでも、やったらやった分リターンが得られるからこそ夢中になってしまう。
気が付けば、リアルはそっちのけで、隙あらばいかにこのゲームを攻略できるか、そればかり考えるようになっていた。
※ ※ ※
『ガチャキャンペーン☆今だけ!☆あのレアキャラの確率大幅アップ!(当社比)』
文末の米粒ほどの文字に真実を謳い、確率わずかに0.00 1%アップのキャンペーンをでかでかと煽る広告ラフを切る。
0.001%って……普通預金の金利分かよ!
100万円預けて、1年でたったの10円……いや、税金を引くと7円ぽっちしか増えないっていう……。頭を使わずにとりあえず普通預金に金を預けている人の何割がこの事実を知っているんだろうか? リスクをとらないことが一番リスクだっていう……。
そんなツッコミを内心いれつつ、レポートパッドに中毒ユーザーの脳汁ドバドバ出させるような煽り文句を考えていく。
多様するキーワードは「今しか!」、「ここしか!」etc。『今なら諭吉たった一枚で無料で超絶レア出現率アップガチャが10回引ける!』。
「…………」
はあ、我ながら……クズな仕事極まりない。
だが、「情弱&養分は自己責任。騙したもん勝ち」がウチの社長の口癖だ。ホント……社長が口を開くたびに「あんたサイテーだな!」って何度心の中でツッコミを入れてきたことか……。サイテーな会社の社長はやっぱりサイテーだ。
とにかくユーザーの飢餓感を煽るような仕様のゲームにして、ユーザー同士を競わせ、たまに甘い蜜を吸わせて、徐々に中毒者に仕立て上げていくっていう……。
ゲームって、いつからこういう殺伐としたものになったんだろうか?
利益最至上主義もここまでくるとエグすぎる。
そんなエグいリアルに直面するたびに、『マギアムジカ・オフライン』に逃げ込みたくなる。
やりたくもないことばかりやらされるリアルと、やりたいことだけやれる世界。
ンなもんどっちがいいかなんて言うまでもない。
ゲームのコンセプトだけでなく、魔宝石から魔法を引き出すのに「音」が重要なファクターになるというのが俺的にはたまらなくツボで……もちろん楽器を演奏できない人用にオート操作もあるけれど、俺はマニュアルで操作している。
一度本当に好きなことから離れた後、ゲームを介してではあるが、もう一度触れるようになってみて改めて思う。
やっぱり好きなことにはどんな形であれ関わっていたいと──
っていうか、そもそもゲーム音楽づくり「にも」携われる「かもしれない」っていう話でここに入社を決めたのに、この「にも」とか「かもしれない」とかいうのが罠だった。
蓋を開けてみれば、音楽はフリー素材をガンガン使いまくって、浮いた資金を有名声優に回すっていう。
んで、雑用から営業からプランナーからなんでも節操なくやらされる社畜=奴隷の出来上がり。
ああ、マジで……こんなクソ仕事さくっと終えて早くログインしたい。
ちらりと時間を確認すると、もう11時過ぎてるとか……シャレにならない。
昨日もあいつらの無茶ぶりのせいで、三日前に入手した魔宝石の試運転すらまだできていないし。今日こそはなんとしてでも2時間確保してブレずに我が道を進む!
俺がそう胸に誓ったそのときだった。
「奏ぇえ、さっさとデザイナーにラフを渡せぇっ! こンの糞ナマケモノがぁっ! ゴールに特大のxxxが待ってると思えばヤれるだろーっ!」
クズ部長からの檄がとぶ。
「イエッサーッ!」
すかさず脊髄反射で敬礼!
ああ、この無駄に海兵隊式な社風。
ホントよくよく訓練された社畜だなと自分でもつくづく思う。