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2章-2 『完全平等ナ世界ヘノ招待状(ログイン)』

 

 スマホのアラーム音──某ゲームのレベルアップの効果音が延々と続く中、鉛のように重たい瞼を渋々引きはがしていく。


 あと少しだけ、あの瞬間(・・)にとどまっていたい。あと10分、いや5分、1分でもいい……。 


 だけど、そんなことできるはずもなく、ため息まじりに目を開いた。


「またあの夢か……」


 うれしいような悲しいような、なんとも言い難い複雑な感情が重くのしかかってきて鬱になる。


 いまだに夢に見るとか、どんだけ未練がましいんだ……つくづく呆れてしまう。


 もう何度目になるだろう? 

 あまりにしょっちゅう見る夢なんで、途中からは数えるのをやめてしまった。


 とはいえ、ここ数ヶ月は見ることもなくなって、ようやく吹っ切れたものだとばかり思っていたのに。


 ため息をつきながらも、久しぶりに見た夢の余韻に浸る。


 珍しく桜が早めに咲いた年の卒業式。

 桜の花びらが舞い散る中、東雲と最後に交わした最後の会話が鼓膜に焼き付いて離れない。


 つくづく高校時代はリア充だったよなあと今さらのように思う。

 たぶん卒業式はその総仕上げのようなものだった。


 高校時代、俺はオケ部の部長をやっていて東雲は副部長だった。

 やっていたというか……やらされていたといったほうが正しいか。

 

 俺も東雲もわりとこう「頼まれると断れない」ところは似ていて、でも、まあ、どうせやるからにはトコトンってとこもおんなじで、ガッツリ戦略と対策を練ってのスパ練ことスパルタな練習に明け暮れた。


 結果、今まで先輩たちがずっと惜しいところで逃してきた全国大会への出場も果たしたし、最優秀賞まで獲ることができた。あの一体感に達成感、全力を尽くして燃え尽きた。そう断言できる。


 だけど、だからといって、それがその後の進路につながるかどうかというのはまた別な話だ。


 ぶっちゃけ日本で音楽で食べていくのは厳しい。音大に入ることすら、庶民にはハードルが高すぎる。目の前のことだけに集中して、後先なんにも考えずに突っ走っていたときには考えもしなかったけど──


 オケ部を引退していざ進路を考えなくちゃならないってとこでようやく目が覚めた。


 いや、親からは「やりたいようにしなさい。なんとかするから」と言われたけど、さすがになんとかしようとしてなんとかなるものでないことくらい分かる。


 バイオリンですらバイト代を貯めて、オークションでジャンク品を入手。自分でメンテナンスして使っていたくらいだし、それまではオケ部から借りていた。


 無論、小さい頃から有名な先生についてレッスンを受けていたわけでもなく、当然そういうヤツらに勝てるはずもなく──


 音楽は趣味で続けていけばいい。


 そう自分に言い聞かせて現実を受け止めた。


 ただ、仕事はあくまでも金を稼ぐ手段として割り切って入ったのが……超絶ブラック企業のゲーム会社だったっていう……。


 正直、早くも「積んだ」感は否めない。


 サービス残業は当たり前。先月とか100時間超えだっけか?

 有給、ボーナスなんてまず幻想。


 えぐい中毒性のあるソシャゲばっかり開発している。利益至上主義で手段は選ばない。社訓は『お客様はカモ様です』……くさってやがる。


 社員はみんな使い捨てが基本で働けなくなったら自己都合退社を強制。

 新作リリース直前なんかは徹夜続きの社員やアルバイトが死屍累々と床に転がっているのがデフォルト。


 激務に加えて、給与はなんか遅刻だとか素行不良だとかでやたら罰金が多くて、実質支給額は10万ちょいとか……詐欺にも程がある。


 転職していったり鬱になって辞めていったり、とにかく人の出入りが激しい。

 それでも、すぐに次が決まるかは分かったもんじゃないし、そもそも次を決めたくても転職活動をする余裕がない。まさに負のスパイラル。


 そんなこんなでズルズルと働き続けてきて思うことは、「つくづく世の中っていうのは不平等にできている」ってことだった。


 夢をあきらめて命と心を削りながら微々たる給与のために働く俺みたいなド底辺もいれば、金を稼ぐ必要もなく夢に向かって着実に歩みを進める人間もいる。


 けっこう前に、東雲が某有名音大の推薦が決まったってことをグループチャットで知った。


 いや、育ちがいいんだろうなーとはことあるごとにうすうす感じてはいたけれど……やっぱり本当ならエスカレーター式の有名私立女子校に通って当然レベルの超お嬢様だったらしい。


 だけど、親の方針だか本人の希望だかで、大学に行くまではいろんな層の人たちとたくさん触れ合うために敢えて私立を避けていたんだとか──


 そもそも生まれも育ちもまったく俺とは違っていたわけで……接点があったってことそのものが奇跡にも近かったんだと知ってから、例の夢を見る回数は格段に減った。


 俺とは真逆の順風満帆な人生。


 もちろん音大に入ったってだけじゃ、音楽で食っていけるわけじゃない。

 でも、東雲ならきっとその夢を叶えることができるだろう。人一倍努力家だし。


 卒業式の約束を思い出して苦笑する。


 あんな身の程知らずな約束なんてしなければよかった。思い出すだけで軽く死にたくなる。


 でも、もしも世界がもっと平等だったなら──


 そんな考えが頭をよぎって自嘲する。


 アホらしい。ありえもしない「たられば」なんて考えないで、さっさと支度を済ませて会社に行かないとまた理不尽な罰金をとられる。


 気乗りしない心身を鞭うってレベルアップのアラームを消し、リアルじゃレベルアップどころかレベルダウンしまくってるよなあ……今頃レベルマイナス30くらいかなあなんて独りごちながらベッドから身体をおこしたちょうどそのときだった。


 不意にスマホが振動する。

 見れば、一通のメールが届いていた。

 

 ブラック企業の社畜になってからっていうものの、グループチャットも基本放置だし、メールのやりとりをするような相手も特になし。


 どうせスパムメールだろうと思って削除しようとする。


 だが、その件名に目が吸い寄せられた。


『不平等ナ世界ヲ壊セ』


「……っ?」


 ゴミ箱のアイコンを押そうとしていた指が止まる。


 なん……だ、これ? 


 薄気味悪い違和感と共に、久々に心臓が震えた……気がする。

 懐かしい思いに戸惑いながら、半信半疑でメールの本文を確認してみた。


『完全平等ナ世界ヘノ招待状 ログインする』

────────────────────


 たった一行の文章にURLが張られている。


 よくあるタイプのスパムに肩を落とす。

 URLを踏むと、大抵エロサイトか詐欺サイトに飛ばされるってヤツに違いない。


 同じ過ちを繰り返す俺じゃない。伊達に繰り返しまくっていない。

 と、ドヤ顔で華麗にスルーすべくメールを再び削除しにかかる。


 なのに、やっぱりゴミ箱のアイコンを押すことができない。


 なんでこんなにも胸がざわつくんだろう?


 まるで本能がメールの削除を拒んでいるかのような不思議な錯覚に首を傾げる。


 完全平等な世界とか──


 気にならないはずがない。


 まあ……最後の一度くらい……騙されてみてやってもいいかもしれない……。


 どうしても好奇心を押さえることができず、俺はURL付きの本文をタップした。


 だが、まさかこの選択が今後の全てを変えるような大きな岐路になるなんて、その時は思いもよらなかった。


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