4章-3:既視感の答え
だが、ポニーテールは銀髪ではない。
艶やかな黒髪──ゲームと似ているようでどこか異なる。
っていうか、この背格好にバイオリンの音色って……まさか!?
愕然とする俺に背を向けたまま、少女は手品のように杖をヴァイオリンに変形させた。
マギアムジカ・オフラインの戦闘ではなじみの光景だが、ここはリアルだ。
本当の本当に……リアル……なんだよな?
俺は、目の前で起こっていることが信じられず、まばたきも忘れてその場に固まってしまう。
一方の彼女は、朗々とラ・カンパネラの一フレーズを奏でた。
赤い光が輝き──バイオリンは再び杖へと変化していく。
「祝福されし炎よ、灼熱の矢の雨となりてかの者を射抜きたまえっ! 聖なる炎の矢 (ホーリーファイアーアロー)!」
彼女が杖を天に向かって突き上げるや否や、杖に埋め込まれた魔宝石の一つが強い輝きを放つ。
刹那、ウミスラの上空を炎でできた十字架が切り裂いた。
その次の瞬間、仄白い炎の矢が雨あられとウミスラへと降り注ぎ──ウミスラは耳障りな絶叫と共に、のたうちながら蒸発していく。
「…………っ!?」
あまりもの迫力に気圧され、息をするのも忘れて見入ってしまう。
思考は完全に停止し、目の前で繰り広げられている光景に考えが付いてこない。
ゲームの中じゃ、特に珍しくもない中級魔法なのに──
感嘆と慄きがないまぜになった感情に心が掻き乱される。
心臓がぎこちない鼓動を延々と奏で続けている。
ややあって、公園がしんと静まり返った。
滑り台のてっぺんには焦げた跡が残るのみ。
そこでようやく少女は後ろを振り向き、肩越しに俺を見た。
「アリア……いや……東雲?」
「……はい、先輩」
掠れきった声でおずおずと尋ねた俺に、彼女は頷いてみせる。
いや、アリア……だよな?
だけど……目の前にいるのはまぐれもなく東雲だった。
激しく混乱するも、アリアがβサービスの最後を迎える瞬間に耳打ちしてきた言葉が、もつれた思考を解くのに一役かってくれた。
もしかしたらとは思っていた。
でも、同時にそれ以上にまさかそんなことはありえないと疑ってもいた。
『──約束、ちゃんと覚えていますから。守りますから』
そう、アリアは言った。
思い当たることなんて、一つしかなかった。
桜舞い散る中での卒業式の一コマ。
何度戻りたくても戻れなかったあの瞬間。
その後悔をなんとか断ち切りたくて、当時のつながりを自分から絶っていったはずなのに。
「…………」
やっぱり、アリアのプレイヤーは東雲だったってことか。
確信を得るも、どうして?という思いは拭いきれない。
なんだかもう何も言えなくなって、アリア……いや東雲を放心状態で見上げることしかできない。
今度の今度こそ気の利いた言葉の一つくらい言ったらどうだ?
結局、昔と何も変わっていない自分にへこむ。
と、そのときだった。
いきなりの周囲からの拍手と子供たちの歓声とに我に返る。
「へ?」
何事かと思って見れば、目をキラキラに輝かせた子供たちが我先にと遠くから駆け寄ってくるところだった。
「お姉ちゃん、すごーいっ! 今の何!?」
「魔法使いフリキュアって、ホントにいたんだっ!?」
「かっこいーっ!」
あ、ああ……なるほどな。
子供たちの目には、さっきの戦いはド派手なショーに映ったワケか……。
って、ショーにしちゃリアルすぎだろっ!?
現に、親のほうは怪訝そうな顔をして耳打ちし合ったりとか、めちゃくちゃドン引きしているっぽいのに……。
子供の順応能力って半端ない……。
たちまち子供たちに囲まれてしまった東雲は、さっきの勇ましさが嘘のようにオロオロと慌てふためく。
「えっ!? ええええっ!? そ、そんな……私はフリキュアなんかじゃ……」
「もっかいさっきの見せて見せてー!」
「いえ……そ、その……それはちょっと……」
「いいじゃん、けちー!」
「うぅう……そういうつもりじゃなくて……その……えっと……」
困り果てた表情で、俺に目で助けを求めてくる。
ああ……間違いない。確かに東雲だ。
しっかりしているようでいて押しに弱く、いじられキャラってところは変わっていないんだな。
よく周囲にからかわれているのを見かけては、こうして助けを求められていたことを
懐かしく思い出しながら、俺は東雲と子供たちとの間に割って入った。
「あのな、フリキュアはたくさんの人を助けなくちゃならなくて、ものすごく忙しいからもう行かなくちゃならないってさ」
「ちょっ……ちょっと……先輩っ!?」
何を言い出すんだとばかりにギョッとする東雲に、「ここは任せてほしい」と頷いてみせる。
「あっちのほうでもさっきみたいな怖いモンスターが暴れているみたいだし。フリキュアを応援できるいい子はいるかー?」
「はーいっ!」
「がんばえーフリキュアー!」
「がんばえー!」
子供たちの声援に、「あ、ど、どうも……頑張ります……」なんて応えながら、律儀に頭を下げる東雲に笑いを誘われる。
さっきのヤバすぎる緊張の反動か、なんだか変な笑いがこみ上げてくる。
いやいや、さすがにこれは夢だろう。
夢にしたってトンデモすぎだし。
リアルにゲームのモンスターが現れて、魔法が使えて倒せて、挙句にアリアが東雲だったなんて──ありえない。
俺が笑いをかみ殺していると、東雲が恨めしそうな上目使いで唇を尖らせてきた。
ああ、この表情も懐かしい。
何もかもが懐かしすぎる。
俺が遠い目をしてたそがれていると、突如、背後から蹴りをいれられた。
「ちょっと! お兄ぃ! 何ヘラヘラしてるわけっ! 超キモっ! キモいしっ! キモすぎだからっ!」
「…………」
麻昼だった。
ホント昔っから足癖の悪い……つーか、そうキモいキモい連呼してやるなよ……地味にへこむっての……。
せっかく助けてやったのに……と、軽く殺意が沸いてくる。
本当に妹っていう生き物はこれだから……たまったもんじゃない。
どんだけ危なかったと思ってるんだか。下手すりゃ死んでたっていうのに……。
身を呈して守ってくれた兄に感謝の一言くらいあってもいいだろうと思いつつも、そんなこと期待するだけ無駄ってことも身を以って思い知っている。
理不尽なワガママには目をつむってひたすらスルーに徹するに限る。
こうして妹という生き物はますます付け上がり、兄という生き物は虐げられるべき存在になっていくのだろう……。
まあ、何はともあれ……無事なら良かった。
とりあえずはそう思うことにしておこう。
厄介そうなことはすべて後回しにして──