4章ー4:浸食の兆し2
公園の中央にあるウミウシの滑り台──果たして、そこに子連れの親子なんかでちょっとした人だかりができていた。
みんなスマホを手に写メを撮ったりと、はしゃいでいる感じが伝わってくる。
そんな中、麻昼が必死に両手を広げて人だかりの前に立ちふさがっていた。
「あまり近づかないように! 触らないようにしてください! プルルン、なんかヤバいっぽいのでっ! どうヤバいのか全然分かんないんデスけどっ! とりあえず触らないでくださいっ!」
淡いピンク髪に真っ白なロリータ衣装──原宿系ファッションに身をつつんだ麻昼は口も態度も悪いけど、なんのかんの言いながらも律儀に俺の指示を守っているあたり、そういうところだけは昔と変わっていないんだなと思う。
果たして、その背後、滑り台のてっぺんに──本当にそいつはいた。
「……マジ……かよ」
蛍光ピンクのウミスラが、日の光の下、触覚を空に向かって突き出している姿を実際に目の当たりにして愕然とする。
やっぱり……気のせいなんかじゃなかった。
正真正銘のウミウシスライムだ。
ゲーム内よりも断然でかく見えて震えがはしる。
ぬらついた身体をとりまく人の顔のようにも見える模様は、普段は深い青色をしているが、今やドぎつい紫色に変色していた。
あれは警戒色──これじゃ、いつ暴れ出すか分かったものじゃない!
「……でも、どうすりゃいいんだ……」
ゲーム内なら、ただ単純に倒せばいいだけのこと。
初心者殺しの敵とはいえ、レベル20もあれば基本的に余裕で倒せる。
だが、それはあくまでもゲームの中の話であって……リアルじゃどうすればいいか分からず面食らう。
武器もなければ防具もない。
当然、魔法なんて使えるはずもないし──
ただ、ヤツの危険性を理解しているのは、この場ではおそらく俺だけで……俺がなんとかするしかないことだけは確かだった。
「くそっ……」
迷っている暇はない。
それは分かっているけど、頭が混乱してどう動いたものか分からない。
ウミスラは放射状に裂ける獰猛な口と牙をもっていて、強力な酸性の毒を周囲にまき散らした挙句、くるったように周囲へと襲いかかってくる。
毒で溶かして弱らせた獲物を食い散らかすのだ。
弱点は熱──火系の魔法を武器にかけて、一度で仕留めるのが基本。
ただし、失敗してしまえば毒を浴びてしまうので、ただでは済まない。
俺自身も幾度となく危険な目に遭ってきたし、目の前で強制ログアウトさせられたプレイヤーを何人も見てきた。
だが、それはあくまでもゲームの中での話。
リアルで強制ログアウトとか……。
考えただけで、冷や汗がこめかみに滲む。
「あっ、お兄っ! 遅いっ! てか、こっち! 後任せたからっ!」
「……あ、ああ」
困り顔で周囲の人たちに必死に注意を促していた麻昼が、俺の姿を見つけた途端、怒ったような安心したような表情になった。
後任されたからには──やるしかない、か。
腹を括ると、麻昼の元に駆け寄ってから声の限りに注意を訴えかける。
「すみません! こいつ猛毒持っていてものすごく危ないんでっ! 絶対に刺激しないでください! 今すぐこいつから離れてください! 今、保健所に連絡をいれるんでっ!」
なりふり構わず必死に叫ぶ俺の様子に、周囲を取り巻く親子連れたちは、半信半疑&渋々といった感じではあったが、ウミスラから距離をとってくれつつある。
とりあえず何はなくともまず第一に安全確保!
これくらいなら俺にもできる。
ってか、逆を言えば、これくらいしかできない。
あとは保健所にどう説明して出動を要請するか──
ゲーム内のモンスターがリアルに出現したとか言っても信じてもらえるはずがないし、俺自身もいまだに信じられずにいる。
もしかしたら夢を見ているだけかもしれない。
そうであったならどれだけいいか。
だが、喉の痛みもせわしなく脈打つ心臓も不安も恐怖も、何もかもがあまりにリアルで、これが夢じゃないということをこれでもかというほど訴えかけてくる。
とりあえずなんでもいい!
もっともらしい嘘でもでっちあげて、なにがなんでも保健所に来てもらうしかない。
俺が必死に考えを巡らしていたそのときだった。
「えいっ!」
ウミスラを遠巻きに眺めていた子供が、いきなりボールをウミスラに向けて投げつけたのだ。
「──っ!?」
思いもよらなかった事態に、一瞬頭の中が真っ白になる。
頼むっ! 当たらないでくれ!
ボールの行方を目で追って後ろを振り返る。
だが、ボールはウミスラに直撃した。
『ギャギャギャギギギギギ──ッ!』
刹那、ウミスラが身の毛もよだつ金切り声をあげたかと思うと、全身を水風船のように膨らませる。
そして、空中に浮かびあがると、ぶるぶると全身を異様なまでに痙攣させ始めた。
っ!? 駄目だ──ヤバ……い。
「危ないっ!」
咄嗟に、まだ俺の傍に立っていた麻昼に覆いかぶさるようにして庇う。
頭に背中にと酸が降り注ぎ、衣服ごと皮膚を焼かれるのを覚悟して目を瞑る。
鎧越しにでもスゲー痛かったのに、コレ確実に絶対痛いだけじゃ済まないヤツだろと、絶望的な思いに駆られながら。
だが、その瞬間──
不意に透き通ったバイオリンの艶やかな音色が響いた。
続いて、凛とした声が耳に届く。
「風よ、堅牢な壁となりて護り給え! 護りの風 (プロテクトウインド)!」
「っ!?」
もう何度も耳にしてきた呪。
これってアリアの──
まさか、嘘だろっ!?
ここはリアルで……ゲームじゃない。
魔法なんて使えるはずがないっていうのに!?
やっぱりこれは超リアルな夢だったんだ。そうに違いない。
こんなのあるはずがない。
そう思いながらも、恐るおそる背後を肩越しに振り返る。
果たして──俺の目に飛び込んできたのは、ゲームさながらの光景だった。
純白のローブに身を包み、杖を斜めに構えて正面に突き出す小柄な少女。
その前に展開した淡い光を持つ半透明の壁に、毒々しい色の液体が遮られていたのだ。
これは……本当の本当にリアル……なんだよな!?
それとも、まだゲームの中にログインしたまま?
「…………」
強烈な既視感と違和感に息を呑む。




