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4章-1:夢(ゲーム)から覚めて

「…………」


 本当の本当に──終わってしまったのか?


 マギアムジカ・オフラインのゲームタイトルに茫然自失となって見入る。


 ログインとログアウトでおなじみの画面。

 だが、ログインボタンはもう跡形もなくなっている。


「……っ! うそ……だろ?」


 ログインボタンがあった場所に拳を何度も振り下ろすも当然なんの反応もない。

 

「…………」


 思考が完全に停止してしまう。

 脱力してその場にへたりこむ。


 その拍子にウェアラブルモニターが外れて、六畳一間の部屋リアルへと意識が引き戻される。


 ローテーブルには、ビールの空き缶が散らばっていた。

 打ち上げで浴びるようにエール酒を飲みながら気の置けないバカ話をしていた名残に現実を突きつけられる。


 本当の本当の本当に──終わってしまった。


 もうマギアムジカ・オフラインには二度とログインできない。

 あいつらともアリアとも、もう……。


「……なんで……続くなんて保証どこにもなかったのに……信じてしまったんだ……」


 なんでもっと早くみんなに連絡先を伝えておかなかったんだ。

 一番大事なことだったのに──


 終わりを信じたくなくて、目を背けて、ギリギリまで希望に縋ってしまった。

 マギアムジカ・オフラインが続くというのは、ただの憶測にしか過ぎなかったのに。


 なんの根拠もない希望が取返しのつかない失敗を招いてしまった。

 希望ってのは、こんなにも残酷な面もあるってことをいまさらのように思い知らされる。


 後悔が怒涛のように押し寄せてくる。

 でも、もうどうすることもできない。


 無力感と自己嫌悪に押しつぶされそうになる。


 ギリギリ送った俺のメアドに、みんなが気づいてメモをとってくれたことを祈ることしかできない。


 でも、あのときの思いつめたみんなの横顔からすれば、たぶんそんな余裕はなかっただろう。


 終了までカウントダウンされていく数字と共に、心身が削られていくような感覚を思い出してゾッとする。


 息をすることすら躊躇われるほどの緊張、胃と心臓が押しつぶされるかのような圧に吐き気。


 あんな思いをしたのは初めてだった。


「……何度同じことを繰り返せば……いい加減学習しろと……」


 敷きっぱなしの布団に突っ伏して目を閉じる。

 

 サービス終了の瞬間、アリアが最後に残した言葉だけが頭にリフレインしている。


 あの言葉にはどういう意図が込められていたんだ?


 もっと話したかった。

 もっともっと話しておけばよかった。

 もっともっともっと──


 現実リアルを受け入れるのをまるで全力で拒むかのように、異様な眠気の奈落に落ちていく。


 ドラゴに殺られるときの既視感デジャブにとてもよく似ている。


 いや、今度の今度こそ本当に死んだんだ。

 強制ログアウトと同じ、もう二度とマギアムジカ・オフラインにはログインできなくなったのだから。


 もう二度とみんなと一緒に狩りもできない。

 勝手にアジトにされた家に戻ることだってできない。


 大切にしていたものすべてが消えてしまった。


 こうして、マギアムジカ・オフラインの世界は、プレイヤーたちの期待もむなしく、あっけなく幕を閉じてしまった。



                ※ ※ ※



 スマホのアラームがめちゃくちゃ遠くで鳴っている。


 頭が異様に重いし痛い……胸のあたりがムカムカする。

 最悪の気分で目が覚めた。


 ノロノロとスマホを手にとってアラームを解除した。


 そのままいつものくせでみんなとのグループチャットを確認しようとして、その手が止まる。


「ああ……もう必要ないんだっけか……」


 呟くと同時に、頭だけでなく全身にまで気怠さが拡がっていった。


 マギアムジカ・オフラインのβサービスは終了した。

 ゲームと連動しているチャットもたぶんもう動かないはず。


 でも、もしかしたら──と思って、アプリを起動してみる。


 だが──


「やっぱり……駄目か……」


 途中でエラーが出てアプリが立ち上がらない。

 

 往生際が悪いと思いつつも、さらに念のため公式ホームページをこわごわ確認しにいった。


 マギアムジカ・オフラインの見慣れたゲームロゴが現れたが、そこにもβサービスは終了したと書かれているだけ。


「…………」


 やっぱり、終わってしまったのか──


 その事実を呑み込もうとしても、否定したいという思いのほうが強すぎる。


 脱力感に打ちのめされ、布団に仰向けになったまま、スマホを突き出していた手をバタンと下ろして天井を見上げる。


「はー……」


 信じられない。

 っていうか、信じたくない。

 信じてたまるか。


 必死に積み上げてきたものが全部消えてしまったかのような空虚感に放心する。


 ただ、嫌な予感はしていた。

 全力で目を逸らしてはいたけれど──

 だからこそ、万が一のことを考えて連絡先を伝えておこうと思ったわけで。


 でも、たぶん遅すぎた。

 なんであんなギリギリまで引き延ばしたんだろう?


 たぶん、これで終わりなんてことはないだろうという根拠のない希望のせいもあったが、さすがにリアル情報を交換することには躊躇いがあった。

 もしも、誰からも連絡がこなかったらどうしよう……という不安もあった。


 今思えば、そんなの投げ捨ててでも、速攻知らせておくべきだったのに──

 何度後悔してもし足りない。


「……きっとこれでよかったんだ。いろいろ大変だったしな」


 もうあいつらに悩まされることもなくなる。

 修羅場&残業中にボス討伐の協力要請なんていう無茶ぶりもなくなる。

 さんざん苦労してきたじゃないか? 


 そう自分に思い込ませようとするが、脳裏によぎるのは、あいつらの無茶ぶりに翻弄されながらもまんざらでもなかった日々。


 最終日の地獄のペア狩りに最後の打ち上げ──

 まさかのサプライズに……そして、アリアが最後に残した言葉。


「……いいわけ……ないだろ……」


 二日酔いとインフルのダブルの追い打ちに、鬱な気持ちに拍車がかかる。


 今日が仕事でなくて本当によかった。

 こんな状態で仕事とか、さすがに無理すぎる。


 でも、マジでこれからどうするんだ?


 インフルが治って出社して──またマギアムジカ・オフラインをする以前の単調な日々に戻らなくちゃならない。

 

 それを考えただけでもう軽く死にたくなる。


 と、そのときだった。

 唐突にスマホが振動した。


「……!?」


 もうチャットアプリは使えなくなったはず。

 だから、あいつらからメッセージが届くはずもないのに心臓が跳ねあがる。


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