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3章ー9:おしまいの瞬間

「リュウキ、ちょっと……さすがに飲みすぎわよ?」

「だ、大丈夫ですか?」

「ダイ……ジョー……ブ……」


 グッと親指をたててみせるが、ハルルもアリアも互いに顔を合わせて眉をひそめてうさんくさそうな目を俺に向ける。


 信用ないな……。

 ダテにブラック企業で飲み会という名の飲まされ会に強制連行されてないっての! 


 まあ……あまりアルコールに強くないってのは確かなので、ウーロンハイのように見せかけてのウーロン茶で後半は乗り切ってるけど。


「酔っ払いの『大丈夫』って信用ならないわよ……」

「首筋を冷やすといいらしいですよ?」


 アリアが氷を包んだタオルを俺の首の付け根へとあててくれた。


 気持ちいい。


 もはやインフルの熱だか酔いの熱だか分からなくなっている。

 そういや、薬を飲んだ状態でアルコールってイロイロヤバいんだったけか!?

 ちょっとそれは盲点だった……。


「ありがとう」

「いえ……少し横になりますか?」

「いや、それ爆睡フラグだし。起きてるよ」

「そ、そうですか……」


 酔ったらひたすら眠くなるタイプだってこともすっかり忘れてた。

 いや、頭の隅っこには残っていたが、気が大きくなって飲みすぎてしまった。

 思考が鈍るんで、あれこれ思い悩まなくて済むのはありがたいが、ちょっとこれは度が過ぎた。


 吐き気はもちろん、少し気を緩めるだけで頭が大きく舟を漕いでしまう。

 もう半分以上意識が飛んでるし。


 って、こんなタイミングで寝オチとか……絶対避けないと。

 まだこっちの連絡先もみんなに遅れていないし。

 後はエンターボタンを押すだけっていうのに、いまだにそのタイミングが掴めずにいた。


 重い瞼を気合でこじ開けて、現在の時間を確認する。


 βサービスの終了まで、いよいよあと5分か──


 太ももをつねって必死に眠気を覚まそうとするも、意識が飛ぶ間隔がどんどん開いてしまっている。


 これがリアルだったら……下手したら死んでいただろうなー。

 あンのKS会社じゃ、冬場の植え込みに捨て置かれても不思議じゃない。

 夏場だったから死にはしなかったが、それが新入社員歓迎会とか……ホント腐ってるよな。


 でも、ここならその心配はない。


 ソファに横になってアリアに介抱されながら、俺は長いため息をついた。


「……なんか、やっててよかったなあー。このゲーム」


 唐突に口からぽろっと本音が零れ出てきて焦る。


「あ、いや……今のなし……口が滑った」

「どーしたわよ? いきなり……」

「サンギータもっ! マギムジやってて超絶よかったーっ! みんなと出会えて天にものぼったかのヨーによかったヨ!」


 俺が大切にとっていたおつまみを片っ端から平らげていたサンギータが、ちゃっかり聞き耳だけは立てていたらしい。

 勢いよく手をあげて、俺の呟きに速攻賛同した。


 ホント……オープンハートとはよく言ったもんだ。

 サンギータみたいに、いつ誰にでも飾らない態度で接することができるのがうらやましい。


「うんうん、確かに。やっててよかったよな。ハルルンと俺の出会いは運命としか思えなかったし!」

「……なぜに二人限定的わよ? っていうか、ヒロ、最終日だっていうのに自分のギルドは放っておいていいのわよ?」

「あー、もうみんなとの打ち上げは昨日済ませておいたから問題なし。なんかリアル都合で昨日が最後のメンバーがいたからさー」

「そうか──」


 ちょっと場の空気が湿るが、そこはヒロ、すかさずいつもの調子で続けた。


「ま、今は今でさ、みんなアジトに集まってすげー盛り上がってるのがギルチャから伝わってきてるけど──あいつらも俺のこと分かってくれてて、『おまえは来るな!』って言ってくれてるんだと思うっ!」

「……『来るな』って言われるギルマスって……どーなのわよ」

「……い、いや……だから、あいつらは俺とハルルンのためを思って……」

「ないわよっ」


 ハルルンの情け容赦ないツッコミに、つい吹き出してしまう。


 ああ……本当にこのままこんな時間がずっと続けばいいのに。

 そんなことをガラにもなく思う。


 でも、もうあと3分──


 サンギータの予想を信じたい。

 が、やっぱり、もしもそうじゃなかったら?と、どうしても考えてしまう。


 と、そのときだった。


 突如チャット欄に赤色の文字で運営側のアナウンスが流れた。


●3分後にマギアムジカ・オフラインのβサービスを終了いたします。1年という短い期間ではありましたが、プレイヤーの皆さまに運営スタッフ一堂感謝いたします。みなさんの今後のご活躍をお祈りしています。


「──っ!?」


 血の気が引き、眠気が一気に吹き飛ぶ。


●世界の終わりキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!

●キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!

●ついにキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!

●キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!

●今までありがとう! (_´Д`)ノ~~オツカレー!

●終わるの反対!(´;ω;`)ウゥゥ

●正式サービスマダー\(^o^)/


 全茶がものすごい勢いで流れていって目で追うのも難しい中、さっきの赤い文字が脳裏から離れない。


 頼むから……本サービスの案内に続いてくれ。

 そう願いながらチャット欄をガン見する。


「…………」


 アリアが俺の不安を見抜いたかのように、目の奥をじっと見つめてきた。

 そして、しっかりと頷いてみせる。


 大丈夫──その目はそう語っているように見えた。


 だが、期待もむなしく本サービスの案内は一向にない。


●2分後にオフライン・クエストのβサービスを終了いたします。1年という短い期間ではありましたが、プレイヤーの皆さまに運営スタッフ一堂感謝いたします。みなさんの今後のご活躍をお祈りしています。


 コピペ文章の残り時間のカウントダウンだけが残酷に進んでいく。


「…………」


 ソファから身体を起こして身構える。


 カウントダウンと共にどんどんと期待が削られていく。


 まさか──本当に終わらないよな?

 続くんだよな?


 信じたいという思いと不安と疑いとが交互にせめぎ合う中、俺はグループチャット欄のエンターボタンに指を添えた。


 その指さえ震えてしまう。


 やがて、ついに残り1分を切った。

 全茶で60秒からのカウントダウンが始まる。


●オワリまで60606060606060秒!

●60キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!

●59----------っ!

●58!


「…………」


 息をするのも忘れて、減っていく数字を凝視してしまう。


 気が付けば、部屋はしんと静まり返っていた。

 あれだけ陽気に騒ぎまくっていたみんなも、真顔になって黙りこくっている。


 それを目にした瞬間、ああ、こいつらも本当は不安だったんだとようやく気付いた。


 マギアムジカ・オフラインは、もうあと数秒で終わってしまう。

 世界の終わりが目の前に突き付けられる日が来るなんて思ってもみなかった。


 リアルならきっとその日が来たとしても、気が付けば死んでいたってのがオチだろう。

 想定外の災害が起きたときだって、国ぐるみで事実を隠したし。

 いたずらに混乱を防ぐためにって、ただそれだけの理由のために──

 ほんとふざけんなと……。


 だから、実際に世界の終わりが迫ったときもきっと同じだろうと想像はつく。

 まあ、何も知らないままのほうがある意味幸せかもしれないと今なら思える。


 終わりの瞬間をこんな風にカウントダウンで迎えるなんていうのは、人が作った世界だからに他ならない。


 脳裏に、ログインしたばかりの頃や、毎度毎度みんなに振り回されてきた思い出の数々がよぎっていく。


 死を覚悟したときですら、こんな走馬灯じみた現象は起きなかったのに。

 まったく──どうしようもない。 


 残り30秒を切った。

 もう限界だ。


 俺はついにグループチャット欄のエンターキーを押した。

 ああ、さすがにこんなにギリギリじゃみんな気が付かないかもしれない。

 その場にかたまったままの皆を見て後悔するも時すでに遅し。


 そうこうする間にも刻々と残り時間は減っていく。


 残り──10秒、9、8、7、6……


 ああ……もう駄目だ……。

 終わってしまう!?


 そう覚悟したそのときだった。


 不意に甘い香りがして、柔らかな感覚を覚える。


 見れば、アリアが感極まったような表情で、俺の身体をぎゅっと抱きしめがてら耳元に囁いてきた。


「……っ……れないでくださいね」


「──っ!?」 


 聞き間違いでないかと耳を疑い、その真意を尋ねようと口を開く。


 だが、もうその時間は残されていなかった。

 

 次の瞬間、視界が暗転し──深い闇の奈落へと突き落とされたような感覚に襲われる。

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