1章ー2:スカイドラゴの巣と絶体絶命のピンチ!?
スカイドラゴの巣とは、PTごとにチャレンジするタイプのインスタントダンジョンを指す。
各々が事前にソロタイプのクエストをこなして、スカイドラゴの巣にワープ拠点を登録しておかねばそもそも参加できない上に、フルパーティーでもクリアは難しいクエスト。
そんな危険なクエストに見切り発車でチャレンジして、やっぱり無理だったから助けてくれって……こっちのリアルの事情もお構いなしに緊急要請をぶん投げてくるとか……鬼畜すぎにも程がある。
そして、そんな無茶ぶりに応えてしまう俺も俺だ……。
ゲンナリしながらも、すぐに戦えるように腰に下げた深みがかった蒼色のバイオリンをベルトから外してワープが完了するのを静かに待つ。
だんだんとぼやけていた視界がクリアになり、洞窟を埋め尽くす鍾乳洞の形まではっきりと分かるようになっていく。
やがて、ひんやりとした空気と緊張とが肌を刺してきて──場所移動が成功したことを知って安堵した。たまにうっかり石の中にワープしてしまって出られなくなってヤバいことになるっていう事故もあるとかないとかいう噂もあって油断ならない。
しかも、それがバグじゃなくそういう仕様だっていうから驚きだ。今時、そんなプレイヤー泣かせのゲームないだろっていう……マジでこの世界はカオスすぎる。
だが、安堵している場合じゃない。
スカイドラゴの巣では、文字通り死闘が展開していたのだから──
洞窟を駆けていった先にある開けた場所へと出た。
ここがスカイドラゴの巣の中心部。すり鉢状になった死火山の底。
体長60メートルはゆうに超すドラゴン、スカイドラゴが巨大な翼をはばたかせて宙に浮いていた。
その下に立つのもやっとという状態のPTメンバーの頭上に表示されたHPバーを目にした瞬間、血の気が引く。
っちょ!? 全員HPぎりぎりすぎだろっ! 残りあと1ミリとかっ!? HPバーが赤く点滅して、瀕死状態を警告しまくってるし! あと一撃でも攻撃をくらったら……強制ログアウトされて二度とログインできなくなってしまう。死んでも復活する仕様ならまだしも……思った以上に絶体絶命すぎる状況に一瞬頭の中が真っ白になってその場に固まってしまう。
にもかかわらず、奴らは俺の姿を認めた瞬間、歓声をあげやがった。
「やったー! リーダー! キタキターっ! ウェルカムバーック!」
「リュウキ! 遅すぎですわよっ!」
「よっ! 待ってました、さーすがリーダー! 惚れるッ!」
「………っ!」
おい、おまえら絶体絶命なんだよな!?
装備だって壊れまくってるし、あちこち傷だらけだっつーのに、なんでこんなにいつもどおりすぎにも程があるチャラけた反応なんだっ!?
立ち眩みを覚えながらも我に返って、俺も負けじといつもどおりに奴らを一蹴してやる。
「誰がリーダーだ! 勝手に決めるな! っていうか、ヒロ! 俺にはソッチ系の趣味はねーって何度も言ってるし、おまえもないだろがっ!」
「えええー!? 愛があれば性別なんてー!」
「ねーよっ!」
もう何度繰り返してきたか。
うんざりするほどいつもどおりすぎるやりとりに緊張が少しほぐれる。
と、そのときだった。上空にホバリングしていたスカイドラゴが、突如鋭い牙で埋め尽くされた口を開いた。
って、この予備動作……マジでヤバいヤツだろっ!?
開かれた口の中央に禍々しい光が収束していくのが目に飛び込んできて、心臓が跳ね上がる。
スカイドラゴの咆哮──
あれをまともにくらえばHPがフルだったとしても一貫の終わり。瀕死のプレイヤー相手に即死クラスの攻撃をしかけてくるとかこっちも奴らに負けじと鬼畜すぎる。
咄嗟にバイオリンを構えると、「魔曲」の一フレーズを奏でた。
それに呼応して、バイオリンに埋め込まれた青い魔宝石が鋭い輝きを放つ。
刹那、バイオリンは青白い光に包み込まれて──直刀へと形を変えていく。
「風、宿りて魔剣となれ! 魔風剣!」
鞘全体が光に包み込まれるのを感じながら、俺は直刀を引き抜いた。
ぎらりと濡れたように輝く刀身から凄まじい勢いの風が渦巻く。
ともすれば、手から刀を取り落としてしまうほどの風圧に抗いながら、俺は右足をめいっぱい踏み込んで気合もろとも刀を斜めに一閃した。
「──舞蒼風牙ッ!」
風が刃となり、上空で今にも咆哮を放とうとしていたスカイドラゴへと襲いかかる。
スカイドラゴの翼が俺の放った突風をはらみ、怒りを滲ませた鋭い声と共にその巨体が傾いだ。
間一髪で咆哮の中断に成功!
だが、息をつく間もなくスカイドラゴは突然入った邪魔──すなわち俺に向かって上空から突進してきた。
「げっ……マジか……」
ってか、まあ……そうなるよな。
ターゲットが瀕死寸前の奴らからそれただけでもとりあえずは良しとして、すぐさま刀を構え直す。
「「「リーダー、がんばえ~~~~~!」」」
って、騒ぐな外野っ! 頼むからせめておとなしくしていてくれ。
気が散って仕方ない。
っていうかだ! おまえらこそちょっと頑張れっ! 瀕死なりにも少しでも援護攻撃をしようっていう頭はさらさらないのかっ!?
心の中で突っ込みを入れながら、次の一手に考えを巡らせる。
さっきの攻撃のように、魔宝石は「音」を媒介として魔法を引き出す。距離を縮められれば、さすがに魔曲を奏でる余裕はない。
正直、肉弾戦は避けられるものなら避けたいが、避けられないならば仕方ない。
俺は腹をくくってスカイドラゴの足下へと駆けていく。
鋭い爪をもつ手が唸りをあげて、猛然と俺の頭へと振り下ろされる。
ギリギリでなんとかかわすと、ドラゴの爪は勢いあまって地面を抉り一瞬動きが鈍る。
その隙をついて、まださっき使った風魔法の残滓で薄く輝いている刀身をヤツの手首へと振り下ろした。
ドラゴンは全身を分厚い鱗で覆われてはいるものの、手首足首といった可動箇所は柔らかく弱点となる。
鈍い手ごたえ、青い血しぶきが宙を舞い、スカイドラゴの叫び声が耳をつんざく。
だが──やっぱりさっきの魔法の残力程度では足りない。一刀両断ならず、刃は竜の手首に食い込んだまま抜けなくなる。
「……ヤバ」
怒り狂ったスカイドラゴが、俺もろとも傷ついた手を振り上げた。
「────っ!?」
絶叫マシンに乗ったときのような胃が浮くような感覚。
たちまちざっと30メートル以上の高さまで持ち上げられ、一瞬時間が止まる。
うそ……だろ!? このまま地面に叩きつけられでもしたら───
と、そのときだった。
突如、バイオリンの艶めいた音色が朗々と奏でられる。
その懐かしい音に胸がぎゅっと詰まる。
どこまでも優しい音でありながらどこか寂しそうで──一度聴いたら忘れられない。
あまりにも久しぶりすぎて不覚にも視界が滲む。
この音色は、まさか──
「光よ、翼となりてかの者を守りたまえっ! 光の翼!」
続いて、凛とした声が響くと同時に、地面に叩きつけられるはずだった俺の身体は、仄白く暖かな光に包み込まれていた。
あらゆる脅威から守られるような感覚、心身に異様なほどの力が漲っていく。